Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第519号(2022.03.20発行)

編集後記

日本海洋政策学会会長◆坂元茂樹

◆2007(平成19)年に施行された海洋基本法は、海洋が人類をはじめとする生物の生命を維持する上で不可欠な要素であるとともに、海洋については科学的に解明されていない分野があることを指摘する。北大西洋や南大洋など高緯度寒冷域での強い冷却によって重くなった表層の海水が海洋の深部にまで沈み込み、深層水として海底を這うように流れ、約1,500年の歳月をかけてインド洋や北太平洋に湧昇する鉛直循環によって、地球の温和の気候は保たれてきたという。それが、深層海洋大循環である。
◆第14回海洋立国推進功労者表彰を受賞した日比谷紀之東京大学大学院理学系研究科教授から、この深層海洋大循環とその駆動メカニズム、さらに深層水の湧昇過程で重要な役割を果たす乱流ホットスポットが月や太陽の引力による潮汐流によって形成されるメカニズムにつきご寄稿いただいた。深層水が形成される地域では、毎秒2,000万トンの海水が沈み込むとされる。そうするとどこかで同量の海水が深層から表層に湧昇していなければならない。本誌で展開される深層海洋大循環における乱流の強度不足という問題の解明には、知的好奇心が刺激される。
◆石川智士東海大学海洋学部環境社会学科教授からは、海の資源利用に適した、地域の持続的発展のためにその地域で利用できる資源の数を増やし、その資源を利用しケアする人を増やすことであるという地域ケイパビリティーについてご説明をいただいた。この仕組みの利点の一つが、日々の資源利用を通じてのモニタリングが可能な点だとの指摘は首肯できる。クジラなど寿命が長い水産資源と異なり、イワシなど多産多死型の生存戦略をとる種については、むしろ産卵場や仔稚魚の成育場の環境保全が重要だとの指摘は傾聴に値する。
◆笹生衛国学院大学神道文化学部神道文化学科教授からは、弥生時代から鎌倉時代まで、気候変化に伴い海浜に砂堤が形成されると、漁撈活動の拠点となる新たな集落が成立し、そのタイミングで房総の場合は東海・近畿地方から漁撈民と先進的な漁撈技術が導入され、新たな魚介類の流通ルートが形成されてきた歴史についてご紹介いただいた。古代・中世の漁撈と沿岸環境の相関関係がよくわかるとともに、房総半島の小椻川・小糸川の中流域で弥生時代後期に洪水が発生し、集落や水田が埋没している状況が認められていても、人々が海浜部で集落を新たに成立させ、その規模を拡大してきた歴史を振り返ると、改めて人々の営みの力強さに畏敬の念を抱かざるをえない。(坂元茂樹)

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