Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第511号(2021.11.20発行)

海事産業強化法の成立とその意義

[KEYWORDS]生産性向上/事業再編/働き方改革
前国土交通省海事局長、(一財)運輸総合研究所客員研究員、(一財)日本舶用品検定協会顧問◆大坪新一郎

日本にとって安定的な海上輸送の確保は社会経済の存立基盤であり、海上輸送の公共性は高い。
しかし、公共事業ではなく、民間主体であるため、「国の予算でハコモノを作る」発想では有効な政策はうてない。
ここに産業政策としての難しさがある。2021年の国会で可決成立した「海事産業強化法」は、現時点での最善策として制度設計したものである。

海事産業政策の集大成

日本の貿易の99.6%は海上輸送による。天然資源がなく、食料自給率も低く、他国と地続きではなく、石油や穀物などは重くて航空機では運べないのだから、海上輸送比率がきわめて高くなるのは当然である。
日本にとって安定的な海上輸送の確保は社会経済の存立基盤であり、その公共性は高い。しかしながら、海上輸送は公共事業ではない。民間企業が、船というハードを装備し、船員などの人的資源を投入し、船の運航というソフトを動かしているので、「国の予算でハコモノを作る」発想では有効な政策はうてない。海運・造船が、世界単一市場で戦う企業としての強さを持たなければ、製品・サービス水準を維持できない。
海運・造船・船員が一体となって成長し日本経済を支えられるよう、産業基盤を維持・強化しつつ、GHG(温室効果ガス)排出削減といった社会的要請に応えられるように政策誘導しなければならない。このテーマに、これまでの政策の集大成として挑んだのが、本年の通常国会において全会一致で可決成立し、2021年5月21日に公布された「海事産業強化法」(以下、本法)である。本法は、造船・海運分野の競争力強化、船員の働き方改革・内航海運の生産性向上等を図るもので、正式名称は、「海事産業の基盤強化のための海上運送法等の一部を改正する法律(令和3年法律第43号)」という。新法ではなく、海上運送法、造船法、内航海運業法、船員法、船員職業安定法、船舶安全法の6本の既存法律の改正をまとめて行う、いわゆる「束ね法」である。

海事産業の課題と海事産業強化法の狙い

海運・造船・船員の課題と本法の狙いを以下に概説する。
外航海運:現在、コンテナ運賃の高騰という特殊要因もあり空前の利益をあげている。しかし、長期的には、日本経済の低成長によって世界全体の荷動きにおける日本発着貨物の比率が低下する中で、日本荷主に頼れない三国間輸送や海洋開発などの新規分野などで国際競争に打ち勝っていかなければならない。性能に優れた船舶を、デジタル技術を活用して「賢く」運航することが必須である。
造船:国営の中国造船所、巨額の公的支援を受ける韓国造船所との競争の中で、相対的に規模の小さいわが国造船業は苦戦した。この状況下で、複数企業共同の設計・営業・建造による大規模ロット発注への対応、生産システム統合と複数拠点の一体運営、新鋭技術の搭載など船主ニーズへの細やかな対応、現場生産性の向上、ゼロエミッション船・自動運航船の開発・市場投入などに取り組むことが必須である。
内航海運・船員:日本の人口減に伴い石油製品・鉄鋼などの基礎物資の輸送需要が減少する一方、殆どが中小企業で産業集中度が低い状況が続く。内航船員は、50歳以上が半数を占め高齢化しているが、水産高校からの就業者が増加し、民間船社の共同事業によって船員教育機関出身者以外の若年船員の養成が進むなど、新規就業者数は増加傾向で平均年齢は下がっている。労働条件を改善すること等により若者の定着率を上げることが必須である。

法律とそれに基づく支援措置

本法の一つの柱として、供給側の造船業と需要側の海運業の双方において投資を促進し、好循環を創出することを狙っている(図1)。造船事業者等が生産性向上や事業再編等に係る計画を策定し、これを国土交通大臣が認定して、(株)日本政策金融公庫を活用した長期低利融資や税制特例措置などの支援を行う。海運事業者等が、安全・低環境負荷で船員の省力化に資する高品質な船舶(「特定船舶」)の導入計画を策定し、これを国土交通大臣が認定して、長期低利融資、税制特例措置、さらに内航船については(独)鉄道建設・運輸施設整備支援機構の共有船舶建造制度の特例による金融支援を行う。
もう一つの柱は、内航海運の働き方改革である。現在は船上において船長に任されている船員の労務管理について「船員の使用者」(船主)が責任を持つようにする。使用者は労務管理責任者を選任し、当該責任者の下での船員の労働時間等の管理、労働時間等に応じた適切な措置(早めの下船など)を実施する。
また、内航海運の取引環境の改善・生産性向上等のため、内航海運業に係る契約(荷主、オペレーター(運航者)、船主の間)について書面交付を義務づけ、荷主に対する勧告・公表制度を設ける。さらに、船舶管理業の登録制度やエンジン等の遠隔監視を活用した船舶検査簡素化制度を創設する。このほか、コロナ禍で中止されているクルーズの再開に向けた環境整備として、外国法人等のクルーズ事業者等に対する報告徴収規定も設けている。

■図1

業界への期待

近年、多少変化しているが、日本の造船と海運はお互いに高い依存関係にあった。世界単一市場であっても、自国の産業とのつながりは重要である。好循環が生まれるためには、造船が海運の新たなニーズに合うような製品を供給できるよう、パートナーとしてコンセプト段階から協働できるようにすることが必要で、「うちの製品はこれだけです」という対応では機能しない。
一方で、造船側のマンパワーも限られていて、全方位の検討は難しい。海運側としては、この制約を意識し、長い目で協働して、商売道具(船と、それを効率的に動かすためのソフトを含む)の磨き上げに努めてほしい。
内航海運については、荷主や運航者の側が、これまで以上に自らの輸送手段(船舶、船員)確保への関与を強化していくことが必要である。本法では、働き方改革の観点からの荷主や運航者の責任も強化した措置を導入しているが、カーボンニュートラルへの対応も迫られている中で、自ら変化を起こすことを期待したい。船主側も船舶管理会社の積極的な活用など、さらなる努力を求めたい。(了)

■図2 LNGを燃料とし、GHGや大気汚染物質の排出を抑えた自動車運搬船(川崎汽船(株)提供)。この建造には、国土交通省と環境省の連携事業で支援を行ったが、本法により、今後、このような先進的な船舶に対する金融支援等のメニューが増えることになる。

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