Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第467号(2020.01.20発行)

海底ケーブルのガバナンス~技術と制度の進化~

[KEYWORDS]海底ケーブル/インターネット/グローバル・ガバナンス
KDDI(株)グローバル技術・運用本部海底ケーブルグループシニアアドバイザー◆戸所弘光
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授◆土屋大洋

海底ケーブルは国際的な通信を担う基幹網であり、今日の情報社会を底辺で支えているだけに、その保護が重要となっている。国際電気通信連合(ITU)や国連海洋法条約というパブリック・ガバナンスによって海底ケーブルは保護・運用されているが、民間の業界団体である国際ケーブル保護委員会(ICPC)というプライベート・ガバナンスの役割も無視することができなくなっている。

通信覇権の始まり

1914年8月4日、第一次世界大戦が勃発する中、イギリスはドイツに対して午後7時に宣戦布告し、午後11時にそれは発効した。密かに命令を受けたイギリスの海底ケーブル船アラート号は、多くのドイツの海底ケーブルを切断した。海底ケーブルは通信スピードを劇的に速める革新的技術であり、海底ケーブルがなければ大海を越える通信は船に頼る他になかった。
現代の海底ケーブルは、光ファイバーを通してデジタルの光信号で圧倒的な大容量通信を可能にしている。しかし、今も昔も海底ケーブルは、いったん切断されてしまえば、復旧には長期を要する戦略的インフラストラクチャである。
海底ケーブルを保護するための国際的な動きは早くも1850年代に始まり、二カ国ないし数カ国での協定や条約が結ばれた後、1865年には万国電信連合が成立、また1884年には、海底電信線保護万国連合条約が成立している。第二次世界大戦後、万国電信連合は国際電気通信連合(ITU)に生まれ変わり、国際的な通信を管轄し、海洋秩序に関しては、1994年に海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)が発効した。1884年条約からは海底ケーブルの損壊が犯罪であること、既存ケーブルの優先、海底ケーブル保護のために被った被害の補償の項目が取り入れられ、公海や排他的経済水域における海底ケーブルの敷設権が明記された。
民間の業界団体である国際ケーブル保護委員会(ICPC)は、大西洋に初の同軸ケーブルが敷設されて間もない1958年にいかにケーブルへのダメージを軽減するかということを協議したのが始まりである。現在は60カ国以上170以上の海底ケーブルに関係する組織が参加している。

同軸ケーブルの時代

同軸ケーブルは、中心導体の周りに絶縁体、その周りにチューブまたは網組の導体が配置されたもので、高い周波数の電磁波の伝送に優れた特性を示す。第二次世界大戦後に実用化された中継器と同軸ケーブルを組み合わせたシステムでは、大陸間でも電話回線を送れるようになった(1956年TAT-1)。この頃から海底ケーブルの建設および運用が各国の通信事業者の共同事業に移行した。この方式はケーブルコンソーシアムと呼ばれ、ケーブル建設・運用の基本的な形となって現在も続いている。太平洋では第一太平洋横断ケーブル(TPC-1)が1964年6月に完成した。その前年にケネディ暗殺の衝撃的なニュースが流れた衛星通信とともに、「広帯域通信」の時代の到来を示すものとなった。

インターネットとプライベート・ケーブル

光海底ケーブル(浅海用から深海用まで)

光ファイバーが大西洋で初めて実用化されたのは、わずか30年前、1988年(大西洋横断ケーブルTAT-8)のことである。太平洋では、1989年に房総半島の千倉町とハワイの間で実用化された。さらに、1995年のTPC-5CNでは、光中継技術が取り入れられ、98年には波長多重も実用化された。これが今日の光海底ケーブルの隆盛の端緒である。その後、光ファイバーそのものの品質改良、信号方式の改良、品質劣化の補償の技術等により、伝送できる速度、波長数は倍々ゲームで増えていき、わずか6年後の2001年に運用開始したJapan-US CNでは、当初の設計容量として10Gbps×16波×4FP(ファイバーペア)という値まで到達した。
波長多重技術が使われ出した1990年代後半は、インターネットが商用化された時代にも重なる。海底ケーブルによる容量販売を業として行う「プライベート・ケーブル」が試みられ、なかでも1998年に運用を開始した大西洋のAC-1は爆発的需要増の時期と重なり、奇跡的な成功を収めた。この成功を受け、太平洋や東南アジアにも大容量のプライベート・ケーブルが作られるようになったが、ITバブルの崩壊を受け、軒並み倒産の憂き目をみている。
日米間に関しては、2003年から数年間、いろいろなプロジェクトの試みはあったが、一つとして成立しなかった。急速に伸びつつあったインターネットの世界においては、世界中の通信事業者がアメリカに接続しに来たため、アメリカの通信事業者にとって、積極的にケーブルに投資する意味が無くなってきていた。このため、いくつもの新ケーブルプロジェクトが挫折したが、日米間の太平洋ケーブルの復活のきっかけとなったのが2010年に運用開始したユニティ(Unity)である。
このユニティはプロジェクト名がそのままケーブル名になっているが、そのプロジェクトのコンセプトは、①おおよそほとんどの日米間ケーブルは同じようなルートを通っている、②光ファイバーはその性質上、端から端まで独立した動作をするため、ファイバー毎に所有者(のグループ)を分けることが可能である、③プロジェクト成立に向けて競っている複数のグループが結集(Unite)すれば大きな=事業効率の良いケーブルができあがるのではないかというものであった。
このユニティには主要メンバーとしてグーグルが参加している。グーグルのような企業は、従来の通信事業者が築き上げたネットワークを利用して事業を行うということで、OTT(Over The Top)と呼ばれていたが、そのOTTが海底ケーブルというインフラに進出してきたのである。現在では、資金面でみると、もはやOTT 抜きでは大型のケーブルは成り立たないと言っても過言ではない。

■海底ケーブル図

国際的な通信基盤の持続性

海底ケーブルは国際的な通信を担う基幹網であり、今日の情報社会を底辺で支えている。広大な海の中で占有する面積は小さいものの、一つの国への海底ケーブルが一度に失われた場合の損失は計り知れない。われわれの情報が断絶することのないよう、なるべく多くのルートが確保されるよう、今後も検討していく必要があろう。
海底ケーブルはITUや国連海洋法条約という公的な枠組みによって保護・運用されているが、ICPCのようなプライベート・ガバナンスの役割も無視することはできない。海底ケーブルの需要は今後も増えることが予想されるため、パブリック・ガバナンスとプライベート・ガバナンスの接点が議論されるようになるだろう。(了)

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