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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第451号(2019.5.20 発行)

氷がつくる海洋大循環とその変動

[KEYWORDS]南極底層水/海氷生成/オホーツク海
北海道大学低温科学研究所教授、第11回海洋立国推進功労者表彰受賞◆大島慶一郎

世界の海洋の深層まで及ぶ最も大きな循環は、重い水が沈み込みそれが徐々に湧き上がるという密度差による循環である。
南極海やオホーツク海では、多量に海氷が生成される際に重い水が作られ、それが大循環の起点となっている。
衛星から海氷生成量を推定することで重い水の生成域やその変動を捉えることができるようになった。
温暖化等により潜り込む重い水の生成量が減少しつつあることもわかってきた。

海洋大循環がおこるしくみと南極底層水

■図1
海洋大循環・コンベアベルトの模式図。太平洋の断面図は南極底層水起源の海水の割合を示しており、2,000m以下は南極底層水起源の水が多くを占めている。(奥野淳一氏作成)

海洋の大循環は大きく2つに分けられる。一つは風の力による循環で、北太平洋亜熱帯域を時計回りに巡る循環やその西端を担う強い流れ黒潮などがそれにあたる。表層から水深1,000mくらいまで及び、10cm/秒〜1m/秒程度の比較的速い流れを伴う。もう一つは密度差による循環で、重い水が沈み込みそれが徐々に湧き上がるという循環、世界の海洋の深層まで及ぶ最も大きな循環である。塩を含んだ海水は冷たくなればなるほど密度が高く重くなるので、重い水の潜り込みは寒冷な海で起こる。世界中の海の深層水の元となる重い水は北大西洋の北部と南極海の2カ所で潜り込み、それぞれ北大西洋深層水、南極底層水と呼ばれている。この深層への潜り込みが起点となり、約1,500年程度で世界の海洋を一巡りするゆっくりした大循環が作られる。この大循環は模式図(図1)に示されるように「海洋のコンベアベルト」とも呼ばれる。この循環は、極域の冷たい海水を低緯度へ、低緯度域の暖かい海水を極域に運ぶことで、両海域の温度差を和らげ地球の気候をマイルドにしている。2つの深層水のうち、より冷たくて重いのが南極底層水である。南極底層水は全大洋の底層に拡がっており、全海水の3~4割をも占める。太平洋では2,000m以深の水は2℃以下となっていて、そのかなりの部分は南極底層水起源の水で占められる(図1断面図)。
北大西洋深層水の場合、冷やされるだけで深層まで沈み込む重い水が作られるのに対し、南極底層水は、海水が凍って海氷が生成される際に重い水が作られる。南極大陸周辺の沿岸ポリニヤ(風や海流によって生成された海氷が次々と沖へ運ばれ疎氷・薄氷域が維持される場所)では、大陸からの寒気により多量の海氷が作られる。海水が凍って海氷となるとき、海水の塩分の7~9割ははきだされ、濃縮された高塩分水(ブライン)が下の海へ排出される。ブライン排出によって、大陸棚上では高密度水が生成される。この高密度水が陸棚斜面を下りながら、周りの海水と混合し徐々に量を増しながら底層へと潜り込んで、南極底層水が作られることになる。ロス海・ウェッデル海・アデリーランドの3つの海域が、南極底層水の3大生成海域とされていた。しかし、アクセスが難しく現場観測データが著しく欠しい南極海では、他にも底層水の生成域はないのか?
元となる高密度水がどこでどれくらい生成されているのか? といった底層水に関する基本的なことすら、よくわかってはいなかった。

衛星から重い水の生成域を推定する

■図2
人工衛星データと熱収支計算から推定した、南半球における年積算海氷生産量(厚さに換算)の空間分布(青色が濃いほど海氷生産が大きい)と南極底層水の生成域(点線の囲み)。https://geoscienceletters.springeropen.com/articles/10.1186/s40562-016-0045-4/

近年、人工衛星マイクロ波放射計データを用いることで、どこに薄氷域(ポリニヤ)があるかを検知することが可能となってきた。さらに、その氷厚を推定することができれば、熱収支計算から大気より奪われる熱量が計算でき(氷が薄いほど多く熱を奪われる)、奪われた熱量から海氷生産量が推定できる。
図2は、このようにして求めた年積算海氷生産量の最新のマッピングを、南半球で示したものである。このマッピングから、底層水の主生成域であるロス海に次ぐ第2の海氷生産海域が、南極昭和基地の東方約1,200kmにあるケープダンレーポリニヤにあることがわかる。海氷生産量が大きいほど重い水が生成されるので、ここが未知の南極底層水生成域ではないかと予測された。日本が中心となり、集中的に海洋観測が行われ、予測通りここが第4の(4番目に証明された)南極底層水生成域であることが発見された※1。一方、第3の底層水生成域アデリーランドはメルツ氷河の風下・下流にできる巨大ポリニヤでの高海氷生産が底層水生成の起源となっているが(図2参照)、2010年のメルツ氷河の崩壊後に、このポリニヤでの海氷生産量が激減したことが明らかになった。その後の海洋観測でここでの底層水生成が大きく減じていることもわかった。このように、海氷生産量を見積もる手法が開発されたことによって、新たな底層水生成域の発見に加え、底層水の変動まで予見できることが示された。
南極海での成功を機に、海氷生産量のマッピングは全球で行われているが、南極海の沿岸ポリニヤは他海域のポリニヤよりも格段に海氷生産量が高いこともわかってきた。これは、南極海は外洋に開かれた海のため、海氷が外に拡がりやすくポリニヤができやすいことによる。北極海は、同じ広大な海氷域であっても、周りを陸に囲まれ海氷が拡がりにくく海氷生産も小さく、底層に沈み込むような重い水ができない。実は、 北半球で一番海氷生産量が大きいのはオホーツク海の北西陸棚ポリニヤで、ここで北太平洋表層では一番重い水が生成され、北太平洋全体の中層(水深200~1,000mの層)へ広がっていき、北太平洋の中層(鉛直)循環を形成している。このように、(海)氷ができることで、重い水ができ、それが全海洋の中深層へ潜り込み大循環が形成されているわけである。

海洋大循環が弱まる可能性

IPCC第5次報告書でも取り上げられているように、南極やその周辺ではこの10~30年、全球の環境変動にも関わる重要な2つの異変が起こっている。一つは、南極底層水が、近年顕著に高温化・低塩化しており、その生成量が大きく減少していることである。もう一つの異変は南極氷床の海による融解加速であり、これは海面上昇※2を引き起こすとともに、この氷床融解水(淡水)の増加が高密度水を軽くし、底層水減少をも引き起こしていると考えられる。一方、近年の温暖化は北半球の高緯度で最も大きく、オホーツク海では海氷生産が顕著に減少していることが示され、それが高密度水減少をもたらし、北太平洋の中層(鉛直)循環が弱化していることも明らかになっている。海は莫大な熱容量を持つため、重い水の沈み込む量や場所の変化が深層循環を変え、その結果として地球気候が激変したことが過去地球の歴史から示唆されている。このような変動は、数百〜千年の時間スケールを持つと考えられているが、かつてない速度で温暖化が進行している現在、もっと早い速度での変動も十分考えられる。地球の気候を決めている海の大循環が深々と変化しつつあることは、全世界で認識し考えていくべき問題である。(了)

  1. ※1北海道大学プレスリリース「未知の南極底層水を発見-海洋大循環を駆動する一番重い水-」(2013年3月4日付)https://www.hokudai.ac.jp/news/130304_pr_lowtem.pdf
  2. ※2Ocean Newsletter第396号(2017年2月5日発行)「21世紀における日本沿岸の海面上昇:そのメカニズムと将来予測」見延庄士郎著https://www.spf.org/opri/newsletter/2017/396_2.html
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