Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第449号(2019.04.20発行)

沖合域における海洋保護区の設定について

[KEYWORDS]自然環境保全法/重要海域/生物多様性
環境省自然環境局自然環境計画課海洋生物多様性保全専門官◆大澤隆文

わが国の沖合域において、海底地形(海山、熱水噴出域、海溝等)の特徴に応じて形成された様々な生態系を保全するべく、鉱物掘採や海底に漁具等が接した状態での曳航行為について規制する海洋保護区の設定を、環境省が中心になって進めている。
本稿では、それに関連する国内外の背景とともに、最新の取り組み状況を紹介する。

海洋の生物多様性保全と海洋保護区の現状

生態系から得られる恵みを長期的かつ継続的に利用するためには、健全な生態系を維持管理していくことが重要である。海洋は大量の炭素を保有する「炭素の貯蔵庫」であるとともに、食料・水資源等の供給、さらにはレクリエーションや精神的安らぎの場にもなっており、これらを維持していくためにも、海洋の生物多様性保全は必要である。その中核となるアプローチの一つに海洋保護区があるが、本稿では、とりわけ沖合域における海洋保護区に係るわが国の関連する取り組み状況を紹介する。
海洋の生物多様性保全において、海洋保護区は、海洋の生物多様性と生態系サービスを確保する上で重要な海域について予防的視点から何らかの規制や管理措置を講ずるもので、有効な保全施策のうちの一つとされている。この取り組みを推進するために、2010年に名古屋で採択された20の愛知目標の一つ(愛知目標11※1)や持続可能な開発のための2030アジェンダの持続可能な開発目標SDG14といった国際目標に、2020年までに海域の10%を海洋保護区に設定することが盛り込まれた。
近年では全世界で大規模な海洋保護区の設定が進められており、国家管轄権内水域の約17.3%※2にすでに海洋保護区が設定されている(2019年1月時点)。近年の海外における大規模な海洋保護区は、予防的に設定され連続性のある生態系の保全を行っているが、その規制のあり方は厳格なものから緩やかなものまで多岐に渡る。
四方を海に囲まれた日本は、国土面積の約12倍に相当する世界有数の広大な管轄海域を有する。そこには多様な環境や生態系が形成されており、生物多様性が極めて高い海域となっている。しかし、現在、海洋保護区に該当する海域は、管轄権内の海域のうち8.3%にとどまっており、その大半は「水産生物の保護培養等」を目的とした海洋保護区となっている。
わが国の海域を沿岸域(領海かつ水深200m以浅の場所)と沖合域(領海及び排他的経済水域:EEZのうち、沿岸域を除いた場所)に分けると、沿岸域については、長く複雑な海岸線や干潟・藻場・サンゴ礁等多様な生態系が見られる。また、沖合域については多様な海底地形が広がる深海域に特有な生態系があること等の特徴がある。例えば、深海生物には原始的なもの、巨大化したもの、長寿命なもの、高い水圧に耐えるもの等が含まれ、今後、医学や薬学などの分野でも利用が見込まれており、生物資源の利用の観点からも保全を進める必要がある。さらに、沿岸域については23.3万km2、沖合域は423.7万km2の面積を有しており、それぞれの72.1%および4.7%が海洋保護区に指定されている。このため、沖合域の海洋保護区の設定は十分とは言えない状況にある。

■図1 わが国における既存の海洋保護区の制度および指定状況

沖合域における海洋保護区の設定

このような背景から、環境省では、沖合域における海洋保護区の設定に向けた検討に取り組んできた。わが国が環境を保全し得る領海およびEEZの生物多様性の中で重要度が高い海域について、2016年に「生物多様性の観点から重要度の高い海域」(以下、重要海域※3)として公表した。また、2018年度には、専門家により構成された「沖合域における海洋保護区の設定に向けた検討会」を設置し、2019年1月21日の中央環境審議会自然環境部会では、以下のような海洋保護区の理念、指定方針および管理方針を含む答申が出されたところである※4

〈沖合域の保全のための海洋保護区の理念〉

●海底地形(海山、熱水噴出域、海溝等)の特徴に応じて形成されたさまざまな生態系は、沖合域の生物多様性の確保、生物資源の保存・管理等の観点等から保全する意義が高いと考えられる。

●沖合域の生態系は科学的に解明されていない事象が多く、特に生物多様性の観点から重要な海底の撹乱等は、生態系に対して不可逆的な影響を与えるおそれがあるため、現在ある知見を基に海洋保護区の設定を検討することが必要。

●海洋保護区については、適切な空間的な広がりの確保、保護と利用の適切なバランスと統合等を検討して設定し、柔軟な見直し等をすることが適当。

〈沖合域の保全のための海洋保護区の指定・管理方針〉

●重要海域のうち、海山、熱水噴出域、海溝等を対象として、可能な限りどの生態系の種類も、いずれかの海洋保護区に含めるように指定することが必要。

●保全の必要性や利用形態等を踏まえて、必要な規制の強さによって2段階にゾーニングをした上で、それぞれに適した管理を行うことが適当。

●鉱物掘採に加え、海底又は海底に付着する動植物に漁具等が接した状態での行為について対象とすることが必要。

●海洋保護区内での将来的な資源開発・利用については、今後得られる情報の蓄積を踏まえ、新たな同等以上の保護区を指定することを前提として、保護区の見直しを行うことも考えられる。

なお、優先的・先行的に保全を図る海域としては、上述のような方針をもとに慎重な議論と調整が必要である。但し、わが国のEEZ内で最も深い海溝や、最も高密度に海山が存在する重要海域を含み、脆弱な生態系タイプが多様に存在していること、また、現時点で資源開発・利用の可能性が低いと考えられる海域があること等を勘案すれば、小笠原方面の沖合域が有望な選択肢に該当する旨が、上記答申中に盛り込まれた。
また、このような取り組みについて社会的な機運を醸成させる必要もあり、2019年1月24日には環境省と(公財)笹川平和財団海洋政策研究所が主催して、一般公開シンポジウム「沖合域を中心とした生物多様性と海洋保護区」が開催され約110名の参加があった。同シンポジウムでは、平成30年度海洋立国推進功労者表彰を受賞された白山義久氏による「深海生物の多様性とその保全」に係る記念講演に続いて、環境省から上記取り組みについて報告した。
今後、関係機関や専門家との調整を行いながら、自然環境保全法という既存の法律を改正する形で制度作りを進めた上で、実際の保護区の設置や保護管理を進めていく予定である。(了)

  1. ※1陸域の17%、海域の10%が保護地域等により保全される
  2. ※2Protected Planet: The World Database on Protected Areas (WDPA) (https://www.protectedplanet.net/marine#growth)(2019年1月確認)
  3. ※3EBSA (Ecologically or Biologically Significant marine Area)クライテリアを基本に、独自の基準(典型性・代表性)を1つ加えた8つの基準に基づき、生態学的及び生物学的観点から、科学的・客観的に環境省が抽出したもの。
  4. ※4環境省「生物多様性保全のため沖合域における海洋護区設定ついて(答申)」http://www.env.go.jp/press/files/jp/110591.pdf

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