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Ocean Newsletter
第447号(2019.03.20発行)
生分解性プラスチックを用いたカキ養殖用パイプへの取り組み
[KEYWORDS]広島湾/養殖資材/流出防止(公財)海と渚環境美化・油濁対策機構業務2課長◆福田賢吾
カキ養殖ではカキパイプ (養殖牡蠣用の 20cm のポリエチレン筒) や発泡スチロールなど、複数のプラスチック材料を使用している。
広島湾で使用されるカキパイプの数は2億本以上と推定されており、その一部は船の衝突により失われている。
カキ養殖に使用されるパイプに生分解性材料を導入すれば、パイプの喪失や漂流による環境問題を低減することができる。
発泡スチロールによる汚染を減らすための研究に加え、2018年から生分解性のカキパイプの強度試験を実施している。
カキ養殖用パイプの流出は止められるか?
広島湾のカキ養殖資材と漂着ごみ問題は20年以上前からあり、何年か毎に発泡スチロール製フロート(以下、フロート)とカキパイプ(以下、パイプ)が交互に注目されてきた。機構では2017年、フロートのペレット燃料化の実証試験を全国4カ所で実施し、一定の成果を出せたので、次に生分解性プラスチック(以下、生プラ)製カキパイプの実験を広島で実施するに至った。これは海洋プラスチックが社会問題化する前からの長年の課題に取り組んだものである。
カキ養殖用のプラスチック製のパイプは、種苗を付着させるホタテ貝を筏から吊るす際に一定の間隔を確保するために使われる。現用のポリエチレン(以下、PE)製パイプは長さ20cm、外径1.5cm、内径1cm程度で1本数円だが、大事な資材なので流出させないで再利用している。カキ業者にとってパイプ流出は環境問題と同時に経済問題となる。現在、広島湾には17,000本/台として2億本以上のパイプが使用されているという。0コンマ数%流出しただけで、10万本単位のパイプが流出することになる。累積すればかなりの量になるが、流出原因は養殖作業以外にもあり、漁業者の努力だけでは完全な流出防止は不可能と思える。例えばカキ筏への船舶の衝突事故件数は、過去3年平均40台/年間。この事故でパイプがすべて流出したとすれば事故による流出量は68万本/年間。漁業者が流出防止と改善に取り組むことは当然だが、こういう背景があるので、万が一流出してもPE製パイプよりは早く分解するであろう生プラ製パイプでの現場実験に取り組むことになった。
広島県内の取り組み
広島県西部漁業振興対策協議会では、15年以上前から県内から流出し、県外に漂着したパイプを買い取る制度を設けているが、買い取りにはパイプの形状など条件があり、漂着した浜の自治体が処分することもある。また、広島県漁連や広島県水産課では、機構が2017年度に実施したフロート処理の実証試験への見学など現場担当者は問題意識を持っていたが、処理事業に取り組むには至っていなかった。
しかし、2018年5月14日には山口県が広島県庁を訪れ、「カキ養殖用のプラスチックパイプの流出防止対策の徹底や回収」などを文書で要望し、これを受け広島県は県内のカキ養殖を扱う漁協の組合長宛てに流出防止について通知した。知事の定例会見でも海ごみ対策、特にカキ養殖資材の流出について、山口県から申し入れがあったことなど記者から質問されている。
広島県のカキ養殖業者が、9月7日に山口県周防大島町などで漂着パイプなどを回収した際には、その量の多さに驚いた人もいるらしく、排出者側の認識はまだ薄いようにも思える。一方、広島県漁連が窓口となってフロート処理に取り組む動きもあり、漁業者の認識向上とともに、パイプ対策への取り組みにも繋がると期待している。
生プラ製パイプの試作と実験、導入に向けた課題
試作した長さ20cmのPBS、PLA(2種)※1の計3種のパイプを用い、対照用に現用のPE製パイプを用いて2通りの実験を計画した。実験①は、養殖生簀に垂下して、筏の移動など実際の作業を想定しパイプの割れや曲げなど、再利用不可のものを選別して良品率を計測する。生プラ製パイプについては試作新品の他、海水で数時間沸騰させた劣化品を用いて、同じ筏に取り付け比較する。漁協において10月25日に設置し、翌年の1月と5月に回収する計画である。実験②は、水深0m(表層)、1mおよび5mに設置し、重量および表面の劣化状況を観察する。広島県水産海洋技術センターにおいて11月2日に海水浸漬試験を開始し、1、3、6カ月後に重量変化を計測して耐久性と分解性を調査する。
試作品をPE製既製品と比較すると、PLA製試作品は大変硬く丈夫そうだが亀裂に弱い。PBS製試作品は柔軟性があり、現時点ではPE製の既製品に最も近いように思う。2019年1月に、筏浸漬3カ月の状況を観察した。実際の収穫と同様の作業でホタテ貝殻ごと船上に落としてパイプを分別回収した。協力してくれている漁業者によると割れているパイプが日頃使用しているPE製と比べ多い感じがする、再利用するため洗浄機に入れるが洗浄機の中で割れないか心配という意見であった。まだ課題は多い。
導入に向けては、より効果の高いものから検討する必要があるかもしれない。種ガキ採取にはパイプを長さ1cm程度にせん断した「まめ管」とも言われる短いパイプが使用されている。パイプ同様に再利用されているが、2017年のICC(国際海岸クリーンアップ)※2の報告書では、国内の回収ごみの中で最も個数が多かった。まめ管は流水抵抗による破断の可能性が小さいことから、パイプよりも現場に導入しやすいと考えられる。
また、導入に向けての注意事項として、陸上使用では気づきにくい比重の問題がある。生プラはほぼ沈むので、生プラを使用すれば筏に取り付ける浮子が多くなり、漁業者の負担が増える。流出した場合はPE製パイプなら筏や作業船から回収できるが、生プラは海底ごみとなり回収困難となる。以前使用されていたポリ塩化ビニール製パイプや付着物が付いたPE製パイプが今も海底にあるという。生プラに限らず、自然界に放置させても良い材料などない。
養殖業から出る廃棄物
養殖業は、安価でおいしい、安全・安心な魚介類を食卓に届ける産業である。そして養殖業には道具(網、浮子、カキパイプ、筏、生簀など)や餌等の管理が不可欠である。道具は劣化して必ず廃棄物になる。問題は海に流出することである。ストローやレジ袋など顧客に直接提供する品のプラスチックの不使用は企業イメージアップにもなるが、フロートやパイプは顧客に提供するものではないので、対策しても魚価向上に繋がり難く、対策が遅れがちになる。そのため、広島県の周辺住民の関心も重要だが、漁業者が流出対策を講じると同時に流通業者なども漁業者が漁具を適正に管理しているか関心を示す必要がある。また、エコラベル等の認証においても適正な漁具処理に関するチェック項目の追加が求められる。
海洋プラスチックの問題に対し耳当たりの良い情報が報道されているが、海洋ごみ問題に特効薬はない。地道な取り組みを途絶えさせないことが最善の方法である。海洋プラスチック憲章に署名していれば、これほど盛り上がらなかったかもしれない。2019年6月に大阪で開催されるG20で燃え尽きないよう、その後の行政や産業界の動きを注視する必要がある。(了)
- ※1PBS(ポリブチレンサクシネート)とPLA(ポリ乳酸)はともに生分解性プラスチックの一種
- ※2国際海岸クリーンアップ(International Coastal Cleanup : ICC):アメリカの環境NGO「オーシャン・コンサーバンシー(Ocean Conservancy : OC)」の呼びかけによる取り組み。毎年、100カ国前後の国と地域で行われ、ごみのデータ収集も行われる。
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