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オーシャンニュースレター

第433号(2018.08.20発行)

ソーシャル・ラーニング ─ 自然資源環境管理における学び

[KEYWORDS]共同体の学び合い/順応的管理/熟議型民主主義
東京海洋大学海洋政策文化学部門教授◆川辺みどり

ソーシャル・ラーニングが自然資源管理の根幹として位置づけられるようになった背景には、順応的管理の必要性が認識されるようになったことがある。
複雑で不確実性に満ちたシステムの自然資源や環境には人知を超えた変動リスクがあり、順応的管理が必要である。
ソーシャル・ラーニングによる自然資源や環境のシステムについての学びを進めるために、人びとが参加する場のデザインと運営を誰がどのようにおこなうのかを解決する必要がある。

ソーシャル・ラーニングは共同体の学び合い

北海道のある漁業協同組合(漁協)で引退された組合長から伺った話である。昭和30年代の中頃、協同組合運動が盛り上がるなか、組合員の家で「芋こじ」と呼ばれる話し合いの常会が月に一度開かれるようになった。夕食後、回り持ちで会場となった家に、その地区に居住する組合員たちが集まる。漁協職員も必ず参加する。まず職員が漁協からの連絡事項を伝え、その後、全員で操業上の問題や経営資金のやりくりや組合への要望など、いろいろな話題について話し合う。ここで何かが決定されるわけでない。だが、この会で出た意見は後に漁協の理事会で報告されたり、漁業権管理委員会の諮問に付されたりすることもよくあったという。のちにすぐれた資源管理と高い平均所得で知られるようになったこの漁協の、協同組合運動の原風景である。
社会や生態系に利するための関係者間の参加型意思決定や協働の場で生まれる人びとの学び合いは「ソーシャル・ラーニング(social learning)」と呼ばれる。近年、このキーワードは森林や農地や沿岸域を含む、あらゆる自然資源をめぐる管理の根幹をなすとされている。ソーシャル・ラーニングの概念的定義は対象資源や担い手の違いでさまざまな広がりをみせているが、自然資源環境管理の現場で観察されるソーシャル・ラーニングには、「心を開いたコミュニケーション、進化していく思考、そして、他者との協働における問題解決」(White et al. 2005)といった共通点がみられる。
ソーシャル・ラーニングによる学びは、経験的学習サイクルの高次の学習であると言われる(図1)。私たちは問題を解決するために行動する。そしてもしうまくいかなければ、行動パターンを変えてみる。これが単一学習ループである。だが、ただ行動を変えただけでは問題が解決できないこともよくある。そこで、その行動の前提とした意図を見直したり(二重ループ学習)、さらにさかのぼって、より大きな規範的枠組みをも見直したり(三重ループ学習)する。この二重・三重ループ学習がソーシャル・ラーニングの本質であり、人びとが、話し合いをとおして、あらたな前提や規範を再構築しながら、問題解決をはかろうとする順応的な修正のプロセスが内包されている。

順応的管理はソーシャル・ラーニング

ソーシャル・ラーニングが自然資源管理の根幹として位置づけられるようになった背景には、「順応的管理(adaptive management)」の必要性が広く認識されるようになったことがある。自然資源や環境は、複雑で不確実性に満ちたシステムである。人間が計画的に自然資源や環境を利用しようとしても、つねに人知を超えた変動のリスクがある。そして、今日の自然資源の利用や保護は、さまざまな時空間規模で発生する資源環境問題の複雑性と不確実性の増大、そして多様な考えをもつステークホルダーの出現と、彼らがもたらす多義性を有する。これに臨んでは、従来の、行政や専門家の権威主義的な「一般市民には政策の意思決定に関与する知識や能力はないのだから専門家が決めましょう」という、「啓蒙モデル」と呼ばれる態度はもはや通用しない。多様なステークホルダーたちが自然資源や環境のシステムについて学び合い、そこで、創造された知識と合意にもとづいて利用調整をくりかえしながら、また、自然資源や環境に対する理解を深めながら、よりよい管理をおこなおうとする手法が順応的管理である。この順応的管理のサイクルが、まさに二重ループ学習であり、ソーシャル・ラーニングのそれと重なるのである。
二重、三重の学習ループとはどういうものかを漁業管理を例に考えてみよう。あるひとつの魚種について乱獲を避けるために、毎年漁期が始まる前に資源量を調査して、その年の漁獲量の目標値を定め、それを超えないように漁業を営む。このようにして一般におこなわれている漁業管理は、単一ループ学習の実践といえる。そこには、推定した資源量が正しく固定されたものである、という前提が暗黙の裡にある。だがもし、この前提を疑い、自然資源が複雑で不確実性をはらむものであることを踏まえて、漁期が始まって以降もモニタリングと資源量評価を随時おこない、当初設定した漁獲目標値を修正する、すなわち順応的管理をおこなうというならば、これは二重ループ学習である。さらにもし、ひとつひとつの魚種について漁獲目標値を設定する漁業管理の枠組みそのものの有効性を疑い、海の生態系という生きもの間の相互関係や漁獲といった人間からの干渉を全て明らかにしてそれぞれの漁獲目標値を考える、いわゆる「生態系に基づく管理(ecosystem-based management)」をおこなうという話になれば、これは三重ループ学習といえるだろう。
実際に順応的管理を導入したり、生態系に基づく管理へとパラダイム転換したりすることは、科学的にも社会的にも大きな負担と困難を伴うものである。だが、行為の前提や規範的枠組みをつねに吟味しながら新たな道を拓こうとする思考こそが、問題解決をめざすソーシャル・ラーニングの基本である。そして、持続的発展の実現に向けて、こうしたより高度な管理が求められるなかで、その実践を試みるプロセスにもまた、関係者たちが話し合いをとおして最善の方法を探る、ソーシャル・ラーニングが欠かせない。

「場づくり」が最初の課題

ソーシャル・ラーニングの「みんなで話し合いながら考えよう」という態度の根底には、狭義の資源環境問題であればステークホルダーの、より広範な問題であれば公共の、管理や政策における意思決定への参加を促すような、資源環境管理における熟議型民主主義の浸透がある。こうした一面として、日本でもここ10年くらいの間に、科学・技術にかかわる専門的な話題について研究者から気軽な雰囲気の場で聴く会がよく開かれるようになった。だが、さまざまな自然資源環境の問題 ─ 海にかかわる話題であれば、世界中で起きている内湾底層の貧酸素化や魚が獲れなくなっていることなどが思い浮かぶのだが ─ について、行政でも漁業関係者でもない人びとが、定期的に会合に参加して、情報を共有し、話し合うような場は、まだ少ない。人類共通のコモンズである海の問題においては、一般の人びともまたステークホルダーであり、その解決に向けての参加は不可欠である。だが、ソーシャル・ラーニングの「場」を運営していくこと、あるいは参加し続けることの大変さが、こうした場が少ない理由としてまず思い当たる。海の問題についてソーシャル・ラーニングを進めるうえでの最初の課題として、人びとが参加する場のデザインと運営を誰がどのようにおこなうのかを考える必要がある。(了)

  1. 熟議型民主主義=人びとが対話や相互作用のなかで見解、判断、選考を変化させていくことを重視する民主主義の考え方(田村哲樹、2008)

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