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オーシャンニュースレター

第425号(2018.04.20発行)

高専・産業界連携による海事人材育成プロジェクト ~高専海事教育の再生と変革を目指して~

[KEYWORDS]海事人材/海事教育/産学連携
富山高等専門学校 名誉教授、第10回海洋立国推進功労者表彰受賞◆遠藤 真

5高等専門学校の商船学科と4海事関連団体が連携して、10年間にわたる海事教育の改善に取り組んだ。
長い不況により疲弊し、方向性を失っていた海事教育機関の教育力の再生と変革を目指し、教育力の向上とともに、海運分野における人材育成のための産学連携ネットワークの構築なども行ない、今後の海運界を担う海事技術者を育成する新たな教育システムの実現への途を開いた。

高専海事教育の歩みと海事人材育成プロジェクトの背景

富山、鳥羽、広島、大島と弓削の5つの商船高等専門学校は100年を超える歴史を有する海事教育機関であり、多くの外航船舶職員を輩出し、日本の産業界に貢献してきた。石油ショック以降の長い海運界の不況、経営合理化の推進と船員育成の制度変革は、航機両用教育の導入(1983)と廃止(1998)、航海学科と機関学科の商船学科への統合(1988)など商船学教育に多大な影響を及ぼし、繰り返されたカリキュラム改訂は商船学を混迷させ、高専海事教育の疲弊をもまねいた。
長かった海運不況を脱した海運界の人的需要は、将来への継続性も含め、向上し始めたが、少子化の影響もあり、新入生の志願率は伸びず、商船学の混迷は質の良い教科書等の教材不足なども派生し、商船学科の卒業生は海運界の新たな人的需要に充分に応えられない状況となっていた。ひとつの学科、ひとつの高専としては抗えない波に翻弄され続けた高専海事教育の半世紀であった。
海事教育機関と海運界が抱えていた人材育成課題に、10年前から、五高専の商船学科と海事関連団体が連携して取り組み始めた。高専海事教育の再生を目指して、2006(平成18)年から3年間の現代GP事業※1「海事技術者のキャリア育成プログラム − 強い職業意識と高い職業能力を備えた海事技術者の育成」と2011(平成23)年から2年間の高専改革推進事業「ALL SHOSEN 学び改善プロジェクト − 商船学科における分かりやすい学び、定着する学びを目指して」を行ない、平成23年度の「船員の確保・育成に関する検討会報告」などを受け、高専海事教育の変革を目指して、2012(平成24)年から5年間の大学間連携共同教育推進事業「海事分野における高専・産業界連携による人材育成システムの開発」に取り組んだ。

プロジェクトの概要

5つの商船高等専門学校と海事分野のステークホルダーである海事関連団体の(一社)日本船主協会、(一社)全日本船舶職員協会、全日本海員組合、国際船員労務協会がひとつのチームを構成し、海運業界が求める、グローバル化と技術革新に適応できる海事技術者の確実な育成を目指し、海事教育機関である高専・商船学科に質の高い海事教育システムの実現を試みた。 プロジェクトは以下の3点に着目して進められた。
1.海事技術者に必要な資質の涵養は基本的なコミュニケーション能力、基礎的な英語力、外地駐在への意欲等の育成を目指すもので、英語力向上プログラムの開発と国際インターンシップの展開を行ない、英語力と国際性を育成する環境の充実と学生英語力の向上につなげた。
2.海事技術者に不可欠な知識・技能の育成では船舶の機関および操船に関する基礎的な知識・技能、船舶の業務・生活への適応力等の育成を目指し、教科教材の開発、電子書籍化の推進と練習船教育の充実と展開を実施し、多数の有用な教科書の開発と練習船教育の再評価を生み出した。
3.海事技術者を育成し得る質の高い海事教育システムの実現では、15才で入学し、20才で卒業する高専・商船学科において、資質、知識・技能を確実に育成する新たな海事教育システムの開発を目指し、日本人海事技術者のライフサイクル調査や諸外国海事教育機関調査等により「10/20年後に活躍できる海事技術者像」を提示するとともに、高専商船学科教員への船舶運航実務乗船研修等の新たなFD※2研修等を開発し、「商船学科学生のための海事教育セミナー」などの海運界との協働教育を含む新たな海事教育システムの骨格を得るに至った。
また、多くの参加者を得た「高専・海事教育フォーラム」を複数回開催し、プロジェクトの内容と成果を海事教育分野、海運界に広く紹介した。

カウアイ島での国際インターンシップ商船学科学生のために開発した教科書例
ビデオ会議による五校海事教育セミナー
高専・海事教育フォーラム

プロジェクトの成果、評価と今後に向けて

10年間のプロジェクト活動により幾つかの成果が得られた。
長い不況により疲弊し、方向性を失っていた海事教育機関の教育力を再生・変革し、これからの海運界を担う人材に必要な資質と知識・技能を初めて体系的に明確にし、15冊を超える教科書を共同開発し、上級海技士合格者数を倍増させた。また、国際インターンシップを含む英語力育成プログラムを強化・展開し、学生らの平均TOEICスコアを100程度向上させ、産学連携によるキャリア教育の強化・展開を行い、海上就職率を6割から8割に向上させる等の教育力の向上につながった。
加えて、海運分野における人材育成のための定常的な産学連携ネットワークを初めて構築し、学の役割を担う教員のFD研修(外航船乗船研修等)を開発し、教員個々の海事人材教育力の向上に努めた。また、海事人材のライフサイクルモデルの解析・調査等を行い、育成方針、産と学の役割分担を明確にするとともに、キャリア教育を定常的に展開し、人材育成効果を向上させ、人材育成に関わる産学連携ネットワークを定着・継続し、「高専・海事教育フォーラム」の開催など海事分野を含む社会への波及力を向上させる等の海事人材育成の継続的な展開と発展を担う教育システムを具現化した。
これら10年間のプロジェクトの活動と成果が評価され、日本航海学会より「平成28年度航海功績賞」を受賞するとともに、平成30年度までのプロジェクトの継続・展開が文科省に認められ、現在もさらなる教育改善が進められている。
四面を海で囲まれた日本にとって、海運は産業の生命線であり、海運を担う海事人材育成の重要性はこれからも変わらない。新しい輸送システムの展開、海洋開発への進出等による海事技術の変革に対応できる海事人材の育成は海事教育機関の使命であり、海運界との連携による海事分野の変革への確実で継続的な対応が強く求められている。(了)

  1. ※1現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム)=文部科学省では、「Good Practice」をキーワードとして、各種審議会からの提言等、社会的要請の強い政策課題に対応したテーマ設定を行い、大学等における学生教育の質の向上を目指す特色ある優れた取り組みを選び、財政サポートするプログラムの一つ。
  2. ※2FD(Faculty Development)=大学教員の教育能力を高めるための実践的方法

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