Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第391号(2016.11.20 発行)

国家管轄権外区域の海洋生物多様性

[KEYWORDS]国連海洋法条約/公海/深海底
静岡県立大学国際関係学部講師◆坂巻静佳

国連総会は2015年6月、いずれの国家の管轄権も及ばない海域である公海と深海底の海洋生物多様性の保全および持続可能な利用について、『国連海洋法条約の下の法的拘束力のある国際文書』を作成することを決定した。
そのための準備委員会が2016年3月より2年間の予定で開催されている。新たな協定の内容は公海と深海底におけるすべての活動のあり方を左右しうるほか、国連海洋法条約の一般的規定を具体化するものとして海洋法秩序の今後を方向づけるものともなりうる。

BBNJに関する新協定作成決定の背景

出典:
http://www.iisd.ca/oceans/bbnj/prepcom1/

国連総会は2015年6月、決議69/292を採択し、『国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全および持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下の法的拘束力のある国際文書』を作成することを決定、そのための交渉プロセスを開始するとした。「国家管轄権外区域」とは、国際法上、いずれの国家の権限も及んでいない区域のことであり、具体的には公海と深海底を指す。これは、領海、接続水域、大陸棚、排他的経済水域といった海域については、沿岸国に一定の権限(主権または主権的権利・管轄権)が認められているのに対し、その外側の公海と深海底にはいずれの国の管轄権も及んでいないことに着目した総称である。「国家管轄権外区域」は英文の頭文字をとってABNJ(areas beyond national jurisdiction)と略称されることから、「国家管轄権外区域の生物多様性」はBBNJ(marine biological diversity beyond areas of national jurisdiction)と呼ばれている。
これまで、BBNJを直接規律する国際法は存在してこなかった。国連海洋法条約は海洋環境を保護・保全する一般的な義務を定め(192条)、稀少または脆弱な生態系等の保護・保全に関する規定も含むが(194条5項)、生物多様性それ自体を対象とする条文は置いていない。他方で、生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用および遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を目的とする生物多様性条約は、その適用を当事国の管轄権の及ぶ範囲に限定している(4条)。1990年代以降、国家管轄権外区域における海山、熱水鉱床、冷水性サンゴ等の生態系の保護・保全の問題や、海洋遺伝資源(Marine Genetic Resources: MGR)を利用した医薬品や新素材の開発に注目が集まるようになると、現行の法制度では不十分であって、新たな法制度が必要であるとの主張が展開されるようになった。
それらを受けて国連総会は、2004年にBBNJに関する非公式作業部会を設置した。作業部会は10年に渡って検討を続け、2015年1月に国連総会に勧告を提出した。国連総会はその勧告に基づいて前述の決議69/292を採択し、法的拘束力のある文書を作成するためのプロセスとして準備委員会を設置することとした。準備委員会は2016年と2017年に各年2回会合を行い、その結果に基づき、2017年末までに条約草案の要素について国連総会に勧告を行うことになっている。この勧告に基づいて、国連総会は新たな条約を作成するための政府間会合の開催について第72会期中(2017年9月~2018年9月)に決定する予定である。

BBNJに関する新協定の議論状況

BBNJ準備委員会は、国連総会決議69/292に基づいて、①MGR、②海洋保護区(MPA)のような区域型管理ツール、③環境影響評価(EIA)、④能力構築と海洋技術移転、という4つの主題について議論を行っている。
①MGRに関しては、その保全と持続可能な利用のためのアクセスの制限の問題と、その利用から生じた利益配分の要否とそのための制度が大きな論点である。そもそもMGRが深海底の鉱物資源と同じく「人類の共同の財産」(CHM)であるかに対立があり、それがアクセスと利益配分の議論に影響を及ぼしている。②区域型管理ツールについては、MPAの設定といった措置がBBNJの保全に資するとの認識の下に、そのための制度のあり方について議論がなされている。しかし、国家管轄権外区域ではすでにさまざまな枠組みの下で区域型管理ツールが用いられており、それらとの関係が問題になっている。たとえば地域的漁業管理機関(RFMOs)は、かねてより公海を含む海域で漁業資源の保存・管理に取り組んできた。また国際海事機関(IMO)が指定している特別敏感海域(PSSA)は、今後公海に設定されることも考えられる。③EIAについては、BBNJの保全に影響を与える活動に対するEIAの義務づけとその実施方法について議論がなされている。とくに、「重大かつ有害な変化をもたらすおそれがあると信ずるに足りる合理的な理由がある場合」にEIAの実施を義務づける国連海洋法条約206条や、深海底や南極等についてすでに適用されているEIA制度との関係が問題となっている。④能力構築および海洋技術移転については、BBNJの問題に関連する途上国への支援のあり方について、主に議論がなされている。

外務省「わかる!国際情勢 Vol.61 海の法秩序と国際海洋法裁判所」掲載図一部改変
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol61/

新たな海洋秩序に向けて

以上のうち、とくにMPAの設置やEIAの実施といった問題は、海運、漁業、海洋科学調査、海底ケーブル・パイプラインの敷設をはじめ、公海・深海底におけるすべての活動に広く関わりうるものである。国連総会決議69/292は、新協定が現行の関連する条約、枠組みおよび機関を「損なってはならない」としている。日本をはじめとした一部の国は、新協定はIMOによる海運の規制や、RFMOsによる漁業の規律といった既存の枠組みに介入すべきでないと主張しているものの、コンセンサスは得られていない。今後議論が展開する中で、生物多様性の保全と公海・深海底の利用の双方のバランスに配慮した現実的な制度設計がなされるか否かは、海洋に関わるすべての関係者にとって重要な問題である。
BBNJに関する新たな協定はさらに、具体的な制度設計の問題を超えて海洋法秩序のあり方一般についても大きな意義を有するものになると考えられる。国連海洋法条約の下でも、公海の自由には内在的な制約が存在すると解されており、また前述のように国家は海洋環境を保護・保全する一般的な義務を負っている。「国連海洋法条約の下」のものとして交渉される新協定は、こうした規定の具体化と位置づけられる。国際社会の合意により一般的な原則を具体化するものとして作り出された具体的な制度は、逆に一般的な規定の内容を明らかにするものとして捉えられ、公海制度の内容や義務づけられる環境保護措置の程度について、今後の海洋法秩序そのものを方向づけるものとなりうる。今後の交渉のなかで具体的にどのようなルールが形成されていくのか注目される。(了)

  1. ここでいう「深海底」は、大陸棚以遠の海域に適用されている国連海洋法条約上の制度の名称であり、水深に着目した概念ではない。
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