第208号(2009.04.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男

◆微かに漂っていた沈丁花の芳香が去り、桜の蕾がすっかり膨らんで来た。首都圏が桜花で覆われる日はもうすぐそこだ。大学では卒業式、送別会、そして入学式、歓迎会などが続き、行事の季節の到来である。人それぞれに、去りゆく世界を想い、来るべき世界に一抹の不安を覚えながらも胸ふくらます変化の季節でもある。
◆この3月に富山大学のシンポジウム「高低差4,000メートルの地球環境モデル」と会津大学のシンポジウム「地域社会のための気候研究」に相次いで出席してきた。暖冬で平野部にはほとんど積雪が見られなかった。雪が少ないと丈の低い植物は寒気に直接的に晒され、枯れ死する傾向があるそうだ。一方で、大気の流れが変わるために、少し離れたところでは逆に積雪が多くなることもあるという。温暖化傾向はこのように時空スケールで大きな変動をもたらすことから、地域気象の性質と地球規模の現象との関係をよく理解した上で対策を立てることが望まれるという議論になった。
◆今号ではまず西村雅志氏が水産エコラベル制度について紹介している。生産者が消費者、行政機関や研究機関と協働して、認証制度を導入し、持続的な活動を相互に支えあってゆく仕組みは、<sustainable development>の概念を越えて、人々の幸福さえも視野に入れる<sustainable well-being>の社会構築に向けた一歩ともいえるのではないだろうか。
◆私たちの安全、安心は水や空気のように自然に得られているように見える。しかし、ナショナリズムや力の外交が横行する現実の国際社会においては、絶えざる努力があってはじめて維持できるダイナミカルなものである。香田洋二氏は米国の海盆スケールの海上防衛能力の劣化を危惧し、これを補完する日米新体制を提案する。
◆一方で、海は県境どころか国境も、人種も、言語の違いも軽々と越えて、人々を結びつける。長野 章氏は驚くべきマグロの行方の話から始め、海が私たちにもたらしうるダイナミズムを熱く語っている。  (山形)

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