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【開催報告】シンポジウム「海洋情報のデジタル伝送―VDESの利用とその将来―」

2021.07.26

2021年7月7日、笹川平和財団海洋政策研究所はシンポジウム「海洋情報のデジタル伝送―VDESの利用とその将来―」を開催しました。沿岸から沖合までを全球的にシームレスに海洋情報を送受信できるシステムとして、衛星を含むVDES(VHF Data Exchange System)への期待が高まっています。本シンポジウムでは、海運・漁業・海洋産業での利用、さらに次世代の海洋状況把握への応用を視野に、来る衛星VDES時代の我が国の役割を考えるべく、産官学様々な分野における専門家の参加の下開催されました。講演の模様はオンラインで中継され、250名を超えるみなさまにご視聴いただきました。

シンポジウムの様子写真

シンポジウムの様子。講演者と一部の聴講者は笹川平和財団ビルの国際会議場において参加し、講演の模様はオンラインで中継された。 以下、シンポジウムでの講演者の発言、発表、議論の要点をご紹介するとともに、講演者の承諾を得て、発表資料を公開いたします。

1. 主催者挨拶
角南篤 笹川平和財団 理事長
海洋への宇宙利用について、世界中で本格的に議論が進んでいます。海洋における安全安心、そしてMDA(Maritime Domain Awareness)が国家の海洋政策の中で重視され政策も議論・整備されているほか、宇宙政策の中でも海洋との連携が議論されています。一方で、国をあげてDX(Digital Transformation)が進められている中、陸域に比べて海洋におけるDXはスピード感が遅いのではないかという指摘があります。これを海洋でも後押しできないかということで、海洋政策研究所では2012年から海洋宇宙連携事業を開始し、第三次海洋基本計画でも海洋と宇宙の政策連携の必要性が謳われるようになりました。その中で、VDESを衛星に結び付けるアイデアを着想し、2020年度から委員会を設置し本格的に検討を開始しました。本日は、その中の取り組みの一つの成果としてみなさまと議論を深められればと思います。

2. 基調講演
粟井次雄 海上保安庁総務部 参事官 (発表資料)
海洋のデジタルデバイドと言われて久しく、ユーザーが乏しい一方で設備投資が大きいことから、海洋におけるDXは進んでいないというのが現状です。これまで利用されてきた遭難・安全通信のためのGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)は、ユーザー先行ではなく技術先行の感があり、ユーザーが多い小型船・漁船は重視されてこなかったように思います。遭難信号は平時の利便性はほぼ無く、条約上の義務であるがゆえに搭載したというのが現状であり、また商業利用についてもあまり考えられていませんでした。普段でも便利に使えるものが、非常時でも同等、またはそれ以上に使えるという形にならないと普及しないのではないでしょうか。そのような状況の中で、AIS(Automatic Identification system)の登場は海上通信の歴史の中で近年最大かつ最重要のイベントであったと言ってよいでしょう。同時多発テロの発生以降MDAの重要性が増大したことから、AISは安全保障の観点からのツールとして加速度的に普及しました。AIS信号の衛星受信による広域の船舶動向把握ができるようになった後は、各国・企業が競って受信のための衛星を上げました。そして、各種の情報解析システムがビジネスとしてどんどん展開していくようになりました。AISは海の世界を一変させたと言ってもよいでしょう。このような海上通信の歴史の中に、本日のテーマであるVDESの普及に関するヒントがあると思います。小型・軽量・安価・多機能というのがキーワードになりますし、平時有事を問わず利用できることが必要です。また、公共側だけでなく、個々の利用者に対する利便性、ビジネスからコンシューマーまで便利な機能を搭載する必要があります。VDESはDXを目指す上で有力なポテンシャルを持っていますし、安全で効率的な日本初の新しい海上インフラができることを一人のユーザーとしても期待しています。

3. 講演
野口英毅 IALA電子航法部会 議長発表資料
IALA(International Association of Marine Aids to Navigation and Lighthouse Authorities)のe-Navigation委員会において、VDESの開発に主に技術面から携わっています。IALAは航路標識の改善及び調和を通じて、船舶の安全かつ能率的な移動等のために設立された非政府国際団体です。その中のデジタル技術の部分をe-Navigation委員会で取り扱っており、AISに続いてVDESも担当しています。VDESは次世代のAISシステムとも呼ばれますが、スピード・通信容量を改善したデジタル通信システムとして検討が始まりました。通信速度はAISに比べて最大32倍、通信距離は衛星を利用すれば全球となります。データ交換の効率化のためには、ブリッジ内の他のデジタル機器とのネットワーク化や動作の自動化が必要です。また、データ送受信は船員の関与を最小限にすることや、関連アプリは多言語対応にすることなどがe-Navigation委員会では議論されています。今後のVDES利用例として、捜索救助、安全関連情報の送信、船舶通報、航路情報交換など、様々な応用が考えられます。IALAのVDES概要に関する文書が公開されているので、ぜひご一読いただきたいと思います。

今津隼馬 東京海洋大学 名誉教授発表資料
船舶航行中における事故を防ぐためには、航行環境に関する情報収集を改善することが重要です。衛星VDESを用いることにより、地形・気象・交通環境に関する情報を収集することが可能になります。また、事故の中で最も多い衝突事故を防ぐために必要な相手船情報も衛星VDESの利用によって取得することが可能であり、双方向通信によって、AISが搭載されていない小型船に対してもより安全な協調航法が可能になります。MSP (Maritime Service Portfolios)として16のサービスが提案されていますが、今後よりサービスを充実させないと小型船への普及は難しいと思います。衛星VDESの技術的な整備と利用サービスの方向性を検討するため、笹川平和財団海洋政策研究所では委員会を設置しました。その中の利用ワークグループでは、MSP以外にも様々な利用用途が提案されました。委員会がまとめた今後の方針として、全船舶装備化のための衛星VDESの世界的利用へ向けての我が国プレゼンスの向上、全船装備のための技術的・制度的・政策的な検討を進めていくことなどが挙げられています。以上をまとめて委員会報告書として公開していますので、今後の展開の道標としていただければ幸いです。

西村浩一 株式会社東洋信号通信社 顧問発表資料
東洋信号通信社では、港湾部における安全確保のため、全国各地でポートラジオを運用して情報収集や船舶との通信を行っています。VDESに関する国際的な動向に関してですが、VDESの実用化に向けて、衛星VDESの周波数割り当てがITU (International Telecommunication Union) WRC-19で承認されました。また、2024年以降にIMO (International Maritime Organization) SOLAS第V章の改正が提案されています。IEC (International Electrotechnical Commission)においてもVDESに関する技術基準・試験基準についての策定が進められています。実証実験についても、海外の複数企業が協力し、VDES衛星の軌道上実験実施を計画しています。また、EUではPrepare ships プロジェクトとして現在進行形で船舶局・基地局の間で実証実験が行われています。航法システムの性能要件として、精度、完全性、サービスの継続性、利用可能性が挙げられますが、広く用いられているGPSもこれらの要件をすべて満たすわけではありません。その補強システムとして、VDES基地局を用いた地上系測位システム(R-Mode)にも期待されており、これもVDESの利用可能性と言えるでしょう。

4. パネルディスカッション
講演の後、志佐陽氏(株式会社IHI 航空・宇宙・防衛技術領域宇宙開発事業推進部 事業企画グループ部長)をモデレーターとして、以下4名のパネリストによって「衛星VDES利用が拓く海洋新時代」と題してパネルディスカッションが行われました。まず、パネリストそれぞれの分野から見た衛星VDESについての発表が行われました。その概要をご紹介します。

パネリスト:
林敏史 東京海洋大学練習船「海鷹丸」船長・教授発表資料
VDESの漁船への利用を考えた場合、安心・安全の担保が最重要になると思います。これまで、小型漁船と大型船の連絡手段はありませんでした。VDESの利用によって一般船舶との交信や、漁具の位置を通知すること、陸上にメッセージを送信することなどが可能になり、様々な通信システムの橋渡しが期待できるのではないかと考えています。今後は、搭載・利用の無料化に期待しています。

竹森祐樹 日本政策投資銀行業務企画部 イノベーション推進室長発表資料
衛星VDES普及においては、海での経済活動のペイン(ニーズ)を考えたうえで、衛星VDESの特徴がペイン克服に貢献し得るかという視点を持っています。その中で、ペイン克服に衛星VDESが最適か、欧州を中心とした国際動向はどうなっているか、日本で率いる事業者がいるかなどについて注視しています。価値観が揺れ動く不確実な世の中で、主導する企業の中でお見合い組織・機関を設立するなど、事業化に向けて具体的な進め方を考えていく必要があります。

松隈俊大 三井物産株式会社宇宙事業開発室 プロジェクトマネージャー発表資料) 三井物産の宇宙事業で目指している衛星データの利活用、船舶事業で見据えている船舶DXが会合する領域である衛星VDES事業は、これらの事業両方の強みを発揮できる分野だと考えております。AISがVDESに代わることによる新たな情報の収集と、そのデータを活用したアプリケーションによる付加価値提供について大きな興味を持っています。また、衛星事業者向けのワンストップサービスを提供していることや、国内外の関連事業者とのネットワークを保持していることなどを生かし、日本のVDESインフラ構築に対して貢献ができればと考えています。

渡辺忠一 笹川平和財団海洋政策研究所 特別研究員発表資料
海洋デジタル検討(衛星VDES)は、海洋人材育成から始まり、これまでに複数の勉強会を実施する中で議論を深めてきました。OPRIのミッションとしては、国際運用機関の立ち上げと全船装備というものがあろうかと考えています。海洋宇宙連携により拡大する海洋利用社会として、「ワクワクする海洋」、そして共助による海洋新時代(協調航法、海洋情報の民主化、人に優しい)の実現にむけて進めていくことが必要であろうと考えています。「協調航法」とは、音声連絡に加えて搭載航法計算機間で連絡調整を行う、というものであり、衛星を経由することで全球をカバーすることが可能になります。また、船舶の安全確保にとどまらず、ゆくゆくはMDA能力の強化についても期待されます。本日ご参加の皆様には、衛星VDESのデータ利用促進階層モデルのうち、自分がどこに属するかを考えながら聞いていただきたいと思います。海上の現場で、目の前にいる船とお互いに通信できるという点に関しては、VDESに勝るものはないと考えています。今後、利用の普及と新たな付加価値の創出により、みなさまとともにワクワクする海洋新時代への船出ができましたら幸いです。

各パネリストからの発表の後、モデレーターの進行のもと、衛星VDESがもたらす変化、衛星VDESを日本が主導することの価値、そして日本が衛星VDESを主導するための方策という3つの議題について、議論が交わされました。衛星VDESがもたらす変化として、違法漁業の締め出しのような漁船の管理から、漁場の把握による資源の管理が実施できるようになること、海洋データ共有による新規参入者の登場と新たな付加価値が生まれることが挙げられました。また、ある地点における気象情報のような搭載船のローカルな情報を吸い上げられることも提起されました。衛星VDESを日本が主導することの意義・価値として、NAVAREA XIにおける安全航行の管理という日本の責任を果たし自由で開かれたインド太平洋に貢献すること、静止衛星が利用できない北極海でも利用できる衛星通信を整備する必要があるということ、そして運用国際機関設立の中で特に利用ラボを日本で設立することで技術・情報を誘致できるということなどが挙げられました。また、具体的に日本が衛星VDESを主導するための方策として、限られた分野の機関だけでなく様々なバックグラウンドを持つ人々を集めること、まずは日本の国内を固めた上で今後は海外との連携を進めていくことなどが挙げられました。VDESによって収集が期待されるSea truthデータに関しては、船舶数が多い日本のキラーコンテンツとなりえることから、これを基に、インド太平洋の調和に貢献していくことが重要であるという意見も述べられました。 議論の結論として、様々な価値が期待できる中で海洋情報創造立国として日本が主導できるよう、お見合い方式などを通して複数機関の連携を進めていく必要があるということがモデレーターから述べられました。

5. 閉会挨拶
阪口秀 笹川平和財団海洋政策研究所 所長
講演者、参加者の皆様、お忙しいところご参加いただきありがとうございました。本日のシンポジウムは、我が国のプレゼンス向上だけでなく、小型船も含めた全船装備という目標に向けて、今後の国際展開を見据えた基盤作り、そして国内における情報共有と意志統一を目指したものです。海洋政策研究所では、衛星VDESの実現・普及と今後のグローバル展開に向けて引き続き取り組みを進めます。また、衛星VDESの運用だけでなく、今の私たちには予想もできないような新たな利用可能性の創出を促すためにも、運用コンソーシアムの設立に向けて努力していきたいと思います。

(文責:海洋政策研究所 研究員 田中広太郎)

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