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【Ocean Newsletter】最新号

第425号(2018.04.20 発行)

海洋生物レッドリスト ~沿岸生態系の保全に向けて~

[KEYWORDS]絶滅危惧種/干潟/環境省
熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授◆逸見泰久

2017年3月に、「海洋生物レッドリスト」(環境省)が発表され、56種の海洋生物が絶滅危惧種に指定された。
絶滅危惧種の指定が56種に留まったのは、絶滅が心配される種が少なかったためではなく、現状が不明な種が多かったためである。今後は、特に絶滅危惧種が多く指定された干潟を中心に、沿岸生態系保全の取り組みと、各種の絶滅危険性に関する調査を進める必要がある。

海洋生物レッドリスト公表

環境省は、国内の野生生物の絶滅危険度を評価し、1991年より、レッドリストとしてまとめている。環境省レッドリスト2017では、3,634種の動植物が絶滅危惧種に指定されているが、主に、陸域と陸水域の野生生物を対象としており、海洋生物については、海岸付近に生息する一部の種を除き、絶滅危険度の評価を行ってこなかった。
しかし、その一方で、海洋の生物多様性が急速に悪化していることが、大きな問題になってきた。特に、生物多様性が高く、食料の重要な供給源である沿岸域の環境悪化が著しい。言うまでもなく、沿岸は人口が密集し、人間生活の影響を強く受ける環境である。他方、人が近寄れない深海でも大量のゴミや化学物質が見つかっており、そこで暮らす生物も環境悪化と無縁でないことがわかってきた。そこで、環境省では、魚類、サンゴ類、甲殻類、軟体動物(頭足類)、その他無脊椎動物の5分類群について取りまとめた「海洋生物レッドリスト」を2017年3月に公表した。本稿では、多くの絶滅危惧種が指定された沿岸生態系の保全について、著者も作成に関わった「海洋生物レッドリスト」の選定の経緯・内容や評価対象などに関する問題点を踏まえて考える。

選定の経緯と概要

海洋生物レッドリストで絶滅危惧IA類に指定されたオオシャミセンガイ(腕足類)。国内では有明海のみに生息する大陸遺存種である。

従来の環境省レッドリストが、海洋生物を対象にしてこなかった理由は、(1)陸域、陸水域に比べ、身近な環境ではなく、社会的関心が低かったこと、(2)データが乏しく、絶滅の危険性を評価できない海洋生物が多かったこと、などであった。しかし、多くの海洋生物が、開発による生息地の悪化や乱獲、外来種の脅威、有害物質による汚染などで危機的な状況にあることは、多くの研究者の間で共通の認識となっていた。そのため、環境省のレッドリストでも、不十分とはいえ、一部の海洋生物(アカウミガメ・ムツゴロウ・ハマグリ・シオマネキ・スイゼンジノリなど)は次第に検討対象に含むようになってきた。しかし、そうはいっても、対象としているのは、沿岸域の生物までで、海洋生物全体を対象としたものではない。その意味で、今回、環境省が、すべての海洋生物(沿岸~深海)を対象としたことは、大変意義深い。
海洋生物レッドリスト(環境省)では、約3,900種の魚類、約690種のサンゴ類、約3,000種の甲殻類、約230種の軟体動物(頭足類)、約2,300種のその他の無脊椎動物を対象とし、56種が絶滅危惧に指定された。また、1種だけであるが、オガサワラサンゴが絶滅種とされた。一方、今後、絶滅危惧種に移行する可能性のある種(準絶滅危惧種)が162種、絶滅危惧種と考えられるものの、情報が乏しい種(情報不足)が224種(掲載された443種の約50%)にも上った。各分類群の絶滅危惧種の傾向として、魚類では南西諸島等の沿岸域に分布する種、サンゴ類では沿岸域に局所分布する種、甲殻類、軟体動物(頭足類)、その他の無脊椎動物では、沿岸域、特に干潟に分布する種が多い傾向にあった。

海洋生物レッドリストの問題点

海洋生物レッドリストに関しては、作成当初から多くの問題があった。1つは、すでに陸域、陸水域の野生生物を対象としたレッドリストがあり、一部は沿岸域の海洋生物も含んでいた点である。従来のレッドリストで評価した種を、再度、海洋生物レッドリストで評価するのは二重評価となる問題がある。そのため、海洋生物レッドリストでは、すでに従来のレッドリストで評価された種は、新たに評価しないことになり、また、評価対象の分類群は、魚類、サンゴ類、甲殻類、軟体動物(頭足類のみ)、その他無脊椎動物の5分類群に留まった。したがって、沖合に生息する哺乳類や貝類などは、従来のレッドリストではもちろんのこと、今回の海洋生物レッドリストでも評価対象になっていない。
また、環境省と水産庁の協議の結果、小型鯨類や水産庁が資源評価を実施している94種は水産庁が評価し、国際協定対象種(クロマグロや大型鯨類)は、どちらの海洋生物レッドリストでも評価対象から外された。これは、これらの種が絶滅危惧種に指定されると、日本が国際資源の管理で不利益を被るという懸念によるものと言われている。なお、水産庁のレッドリスト(2017年3月公表)では、ナガレメイタガレイ1種が情報不足とされただけで、残りの93種はランク外とされた。

今後の課題

上記のように海洋生物レッドリスト(環境省)には多くの問題があるが、一部は、従来のレッドリストと海洋生物レッドリストを統合することで解決可能である。統合版では、例えば、貝類は、陸域・陸水域〜深海までのすべての軟体動物が対象となる。幸い、統合に向けた協議はすでに始まっている。一方、水産庁が対象とした94種やレッドリストの対象とされなかった国際的に管理されている種(クロマグロや大型鯨類など)についても、統合版では併せて評価する必要があるが、こちらは容易ではない。どの省庁が担当するにしても、「国際的に管理されている種については、日本独自の評価は行わない」という立場を取る限り、絶滅危惧種の指定は不可能であろう。
海洋生物レッドリスト(環境省)で絶滅危惧種に指定されたのは56種に過ぎなかった。これは従来のレッドリストの絶滅危惧種3,634種に比べて、はるかに少ない。これは、絶滅が心配される種が少なかったためではなく、生息情報に関するデータが、海洋生物では大幅に不足していたことが原因である。今後は、特に絶滅危惧種が多く指定された干潟を中心に、生態系保全の取り組みと、各種の絶滅危険性に関する調査を進める必要がある。
最後に、海洋生物レッドリストで多くの絶滅危惧種が指定された沿岸域、特に干潟環境の保全について言及したい。私は、沿岸環境の悪化の原因として、干拓・埋め立て、川砂採取・ダム建設等による底質の泥化、有害物質・富栄養物質の流入・蓄積、貧酸素水塊の発生、大規模な気候変動、乱獲、底生生物の地域個体群間ネットワークの喪失の7つが重要であると考えている。これらは、どれも容易に解決できる問題ではないが、干拓・埋め立てを最小限に留める、乱獲を行わないなど、可能な対策については早急に進める必要がある。海洋は、陸域に比べれば、身近な環境とは言えず、そのため、社会的関心が低い。しかし、私たちは、海洋生物から多くの恩恵を受けていることを忘れてはいけない。(了)

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