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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第410号(2017.09.05 発行)

地球と水と月の物語

[KEYWORDS]水の惑星/有人宇宙学/ハビタブルゾーン
京都大学宇宙総合学研究ユニット特定教授、宇宙飛行士◆土井隆雄

地球は水の惑星である。地球の水はどこから来たのだろう。
太陽系のハビタブルゾーン(居住可能領域)にあるもうひとつの天体である月の水はどこに行ってしまったのだろう。
人類が宇宙に展開するための学問である有人宇宙学は、人類が月の水の謎を解くために月に戻らなければいけないことを示唆している。

水の惑星

■図1 宇宙ステーション

宇宙から見る地球は、水の惑星である。休憩時間に宇宙ステーションの窓から外を覗くといつも青い海原と白い雲が見える(図1)。真っ黒な宇宙と海の境にある薄い大気層が青い神秘的な光を放っている。しばらく見ていると、白い波頭がきらめくサンゴ礁に囲まれた群島が見えてきた。地球の水はいったいどこから来たのだろう。目を宇宙空間に向けると、三日月が輝いていた。
2016(平成28)年4月1日に京都大学宇宙総合学研究ユニット(宇宙ユニット)に着任した。宇宙ユニットは自然科学ばかりでなく人文社会科学の専門家も集まって、あらゆる角度から宇宙と人間の関わり合いを探究しようという集まりだ。初めて大学に勤めることになった私は、有人宇宙活動を学問的に研究したらおもしろいだろうと思った。人間が宇宙に行って活動することを研究する学問だから、「人間と宇宙」を繋ぐ学問がすぐに頭に浮かんだ。しかし、それだと、宇宙工学や宇宙科学や宇宙医学がすでにあって、どうも新しさに欠ける。
いつの間にか夏が来て、私は系外惑星の観測準備で忙しくなっていた。アメリカが2009年に打ち上げた系外惑星観測衛星「ケプラー」がなんと今までに2,000個以上の系外惑星を発見し、世界の天文学界では、系外惑星の研究が最も熱い話題のひとつになっていた。発見された系外惑星の中に、液体の水が存在する可能性のある物がいくつも見つかったからだ。液体の水が存在すれば、生命のいる可能性がある! 私も、この京都で新しい系外惑星を発見したいと思うようになっていた。系外惑星の観測準備をしていたある日、突然、「人間と宇宙」の間に、「時間」を入れたらどうなるだろうと思いついた。「人間と時間と宇宙」を繋ぐ学問とはどんな学問だろう。

有人宇宙学

■図2 有人宇宙学

人間が宇宙に展開することを研究する学問だから「有人宇宙学」、それは「人間−時間−宇宙」を繋ぐ学問である(図2)。「宇宙−時間」は、宇宙がビッグバンから生まれ、太陽系が形成されるまでの138億年に及ぶ宇宙の進化を規定する。「人間−時間」は地球に生命が生まれ、海から陸に生物が上がり、人間が誕生するまで40億年に及ぶ生命の進化を規定する。また人間が道具を使い、村・町・都市を造りあげてきた1万年に及ぶ文明の進化も規定するだろう。「人間−宇宙」は、人類が空を飛び、宇宙に飛び出し、月に到達することを可能にした100年に及ぶ宇宙開発の進化を規定する。「有人宇宙学」は、宇宙が誕生し、人類が宇宙に展開していくまでのすべての事象を記述できる学問である。しかし、このままでは「有人宇宙学」はあまりにも大きすぎて、捕らえどころがない。もっと研ぎ澄まし、手に取ることのできる学問にしなければならない。
宇宙ユニットのオフィスの隣に、京都大学高等研究院特別教授松沢哲郎先生のオフィスがある。松沢先生は2016(平成28)年3月まで霊長類研究所の所長をされており、チンパンジーのアイちゃんの先生でもある。松沢先生から「人間もチンパンジーもすべての霊長類の祖先は同じで、約500万年前はアフリカの森に住んでいた。何故か、人間の祖先だけがサバンナに降りて、今の人間に進化したんだよ」とお聞きした話が頭の中から離れない。サバンナに降りた人類が、生き延びることができたのは、人類が社会を作ることができたからだ。それならば、宇宙に展開する人類が生き延びるためには、人類が宇宙に社会を作れるかどうかだ。
よし、有人宇宙学の研究目標は、人類が宇宙に持続可能な社会を作れるかどうかにしよう。
そうすると、4つの研究班が自動的に決まってしまう。「宇宙−時間」は、人類が宇宙に生き延びるために最も重要な資源「水」を探求する研究班(宇宙を知る)だ。「人間−時間」は、宇宙で食物を作れるかどうかを研究する班(宇宙を生きる)と人間の知的活動が宇宙でどのように変容するのかを探求する班(宇宙を考える)になる。最後の「人間−宇宙」は、持続的社会を構築するための科学技術を獲得できるかを研究する班(宇宙を作る)である。研究班(宇宙を知る)は、宇宙に液体の水を探求する活動を始めた。

地球と水と月の物語

多数の系外惑星が大きさも表面温度も異なるいろいろな恒星の周りで発見されたことによって、惑星が液体の水を持つ条件が急速に明らかにされつつある。惑星の表面温度が、液体の水が存在できる温度であるとき、その惑星はハビタブルゾーン(居住可能領域)にあるという。
このハビタブルゾーンをあらためて私たちの太陽系に当てはめてみよう。そうすると奇妙なことが起こる。私たちの地球が、ハビタブルゾーンの太陽側の端に位置しているのだ。これは、何を意味しているのだろうか。太陽が少しでも暑くなれば、地球はハビタブルゾーンの外側に飛び出してしまう。すなわち、温室効果による海水の蒸発が止まらなくなる暴走温室条件を超えて、地球が海を失ってしまうことになる。
太陽系には、ハビタブルゾーンにあるのにすでに液体の水を失ってしまった天体がある。それは地球の周りを回る月である。地球は液体の水を保持することができたのに、なぜ月は液体の水を保持することができなかったのだろうか。地球と月が形成された時、すでに月は水を持っていなかったのだろうか。月は小さすぎて、水を保持することができなかったのだろうか。磁場のない月は、太陽風によって大気そして水が剥ぎ取られてしまったのだろうか。私たちは知りたい。地球に海があり、月に海がない理由を。月に海がない理由を突き止めることができたならば、私たちは地球の海を安全に保持する方法を見つけ出すことができるだろう。
「有人宇宙学」は、人類は月の表面に液体の水がない謎を解きに月に戻らなければいけないことを示唆している。それは、奇跡である地球の海の存在をより良く理解し、地球の海を守るためだ。月の地下には、まだ水が氷として存在しているかもしれない。もし、月に水を発見できたならば、月に液体の水を保持する方法を研究班(宇宙を作る)は見つけるだろう。月に液体の水を保持できるならば、研究班(宇宙を生きる)は、月に森を作ることができるだろう。そして、研究班(宇宙を考える)は、宇宙に人間社会を作る条件を見出すに違いない。私の宇宙への夢は、限りなく広がる。(了)

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