はしがき
海洋政策研究財団では、人類と海洋の共生の理念のもと、国連海洋法条約およびアジェ
ンダ21 に代表される新たな海洋秩序の枠組みの中で、国際社会が持続可能な発展を実現す
るため、総合的・統合的な観点から海洋および沿岸域にかかわる諸問題を調査分析し、広
く社会に提言することを目的とした活動を展開しています。その内容は、当財団が先駆的
に取組んでいる海洋および沿岸域の統合的な管理、排他的経済水域や大陸棚における持続
的な開発と資源の利用、海洋の安全保障、海洋教育、海上交通の安全、海洋汚染防止など
多岐にわたっています。
このような活動の一環として、当財団ではボートレースの交付金による日本財団の支援
を受け、各国および国際社会の海洋政策の動向に関する調査研究を実施しています。
この報告書は、本年度の調査研究結果をとりまとめたものです。本調査研究の成果が、
我が国における海洋政策の立案等に資するものとなれば幸いです。
最後になりましたが、本事業にご支援を頂きました日本財団、その他の多くの協力者の
皆様に厚く御礼申し上げます。
平成27 年3 月
海洋政策研究財団
理事長今義男
各国の海洋政策の調査研究
国際会議の共同研究・参画
研究メンバー
寺島紘士海洋政策研究財団常務理事
古川恵太
※1、2
海洋政策研究財団海洋グループ長代理
酒井英次
※2
海洋政策研究財団海技グループ海事チーム長
塩入同
※1
海洋政策研究財団海洋グループ研究員
ジョン・A・ドーラン同上
大塚万紗子海洋政策研究財団特任研究員
大西徳二郎海洋政策研究財団研究員
倉持一同上
小林正典同上
長岡さくら同上
黄洗姫同上
堀井進吾同上
山本リリアン光子
※3
同上
吉川祐子海洋政策研究財団海技グループ海事チーム主任
瀬木志央オーストラリア・カトリック大学教養学部講師
李銀姫東海大学海洋学部講師
※1:各国の海洋政策の調査研究プロジェクトリーダー
※2:国際会議の共同開催・参画プロジェクトリーダー
※3:平成27 年2 月まで
目次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第1部各国の海洋政策と法制に関する研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
第1章各国の海洋政策の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
第2章欧州連合における海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
第3章英国における海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
第4章ドイツにおける海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
第5章ロシアにおける海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
第6章オーストラリアにおける海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43
第7章ニュージーランドにおける海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53
第8章中国における海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
第9章韓国における海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69
第10章ブラジルにおける海洋政策の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85
第2部国際社会における海洋問題への対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・89
第1章PEMSEA:東アジア海域環境管理パートナーシップ・・・・・・・・・・・ 91
1. PEMSEA の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91
2. 第6 回PEMSEA 東アジア海域パートナーシップ会議・・・・・・・・・・・91
3. 第1 回東アジアにおける持続可能な開発戦略(SDS-SEA)改訂
のための作業部会(TWG)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
4. 第2 回東アジアにおける持続可能な開発戦略(SDS-SEA)改訂
のための作業部会(TWG)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・102
5. PNLG Forum 2014 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107
第2章小島嶼開発途上国(SIDS)国際会議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 115
1. 小島嶼開発途上国国際会議会期間準備会合・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 115
2. 小島嶼開発途上国国際会議最終準備会合・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・117
3. 第3 回小島嶼開発途上国国際会議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 121
第3章その他の国際会議への参加・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
1. 海洋と海洋法に関する国連非公式協議プロセス第15 会期(UNICPOLOS-15)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
2. 2014 NorthPacific Arctic Conference ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・129
3. SOI 国際パートナーシップ会合・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 131
参考資料編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 137
資料1.【欧州連合】海洋空間計画の枠組構築に係る2014 年7 月23 日の欧州議会
及び理事会指令第2014/89/EU 号・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 139
資料2.【英国】東部沿岸・東部沖合海洋計画(概要版)・・・・・・・・・・・・・・・・・155
資料3.【ドイツ】ドイツ北極政策ガイドライン:責任を担い、チャンスを活かす・171
資料4.【ブラジル】国家海洋政策に関する大統領令
1994 年10 月11 日付大統領令第1.265 号・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・189
資料5.【ブラジル】国家沿岸管理計画に関する法律
1988 年5 月16 日付法律第7.661 号・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 207
資料6.【ブラジル】国家沿岸管理計画Ⅱ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 213
資料7.【ブラジル】国家海洋資源政策に関する大統領令
2005 年2 月23 日付大統領令第5.377 号・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 227
資料8.【ブラジル】第8 回海洋資源分野別計画(2012 年?2015 年)・・・・・・・・・ 235
-執筆担当者-
(第1部)
第1章塩入同、倉持一、大西徳二郎
第2章長岡さくら
第3章小林正典
第4章長岡さくら
第5章吉川祐子
第6章瀬木志央
第7章小林正典
第8章李銀姫
第9章黄洗姫
第10章山本リリアン光子
(第2部)
第1章1.~4.古川恵太
第1章5.大塚万紗子
第2章小林正典
第3章1.堀井進吾
第3章2.酒井英次
第3章3.古川恵太
- 1 -
はじめに
1982 年に採択され、1994 年に発効した国連海洋法条約は、領海幅の拡大、直線基線の採
用などにより沿岸国の内水・3領海を拡大しただけでなく、その外側に、沿岸国の主権的権利・3
管轄権がその資源・3環境等に及ぶ広大な排他的経済水域・3大陸棚の制度を設けるとともに、
他方で海洋環境の保護を各国の義務とした。これにより海洋の法秩序の原則が「海洋の自
由」から「海洋の管理」に転換し、沿岸国は、200 カイリに及ぶ広大なその沿岸海域の資
源等に主権的権利を有するだけでなく、その環境の保護にも責任を負うこととなった。こ
れを受けて各国による、新たな海洋秩序の下での自国が管轄する海域の画定、沖合に拡大
した自国の管轄海域の管理、資源の開発・0利用や環境の保護・0保全などの取組みが始まった。
しかし、広大な海洋に関する人間社会の科学的知見の蓄積はまだまだわずかであり、ま
た、水で覆われて陸域とは異なる特性を持つ海洋空間で活動するための技術の開発も不十
分である。加えて、いずれの国にとっても、今まで「海洋の自由」原則が支配していたこ
の広大な海洋空間をその環境保護等を含めて総合的に管理することは新たな課題である。
このため、各国は、1992 年の国連環境開発会議(リオ地球サミット)で採択された行動
計画『アジェンダ21』の「第17 章海洋、閉鎖性海域及び準閉鎖性海域を含むすべての海
域及び沿岸域の保護及びこれらの生物資源の保護、合理的利用及び開発」などの海洋の総
合的管理と持続可能な開発に関する国際的政策枠組みや他国の海洋管理に関する先進的な
取り組み事例などを参考にしながら、それぞれの国が海洋やその資源に対していだく期待
と関心を実行するために海洋政策の策定、海洋法制の制定、取組み体制の整備に取り組ん
できた。
国連海洋法条約発効から20 年近く経った今、各国の海洋の管理の取り組みは大きく進展
してきており、また、それに伴い各地で海域の管理をめぐって関係国間で対立や紛争も増
加している。
さて、周囲を海に囲まれた海洋国であり、国連海洋法条約によって広大な排他的経済水
域・0大陸棚を管理することになったわが国は、条約発効当初は新海洋秩序への対応も緩慢で
あったが、ようやく2007 年に海洋基本法を制定して本格的に海洋の総合的管理の取り組み
を開始した。
海洋政策研究財団は、日本財団とともに、1990 年代の後半から上述したような海洋をめ
ぐる状況並びに新たな海洋秩序や海洋をめぐる国際的政策枠組みへのわが国の対応に関心
を持ち、その対応の遅れを憂慮し、「総合的海洋政策の策定及び推進に関する調査研究」に
取り組んできた。「各国および国際社会の海洋政策の調査研究」もそうした取り組みの一環
である。2005 年に海洋政策研究財団が行った「海洋と日本:21 世紀の海洋政策への提言」
が、時の与党をはじめとする超党派の政治家、海洋関係各界の有識者等の賛同を得て、2007
年の海洋基本法制定の直接のきっかけとなったのは、その成果の一例である。当財団の海
- 2 -
洋政策研究の成果は、海洋基本法制定後の同法の基本的施策の具体化にも活かされている。
地球の表面の7 割を占め、相互に密接な関連を有している海洋の問題は、全体として検
討される必要がある。したがって、わが国が海洋の総合的管理と持続可能な開発を推進す
るにあたっては、同じく新しい海洋秩序に対応するために進められている各国や国際社会
の具体的な取り組みが、それをそのままわが国で採用するか否かは別として、わが国の海
洋政策の策定・実施の参考資料として大いに役立っている。また、このように他国の取組
みを自国の海洋政策の参考にしようとする姿勢は、世界各国も共有しているものである。
近年では海洋基本法を制定して海洋の総合的管理に取り組んでいるわが国の取組みに関心
を持ち、これを先進的な参考事例として学ぼうとする動きも海外で盛んになってきている。
今後とも、各国や国際社会の海洋政策の取り組みについて調査研究を進めるだけでなく、
わが国の海洋政策研究の成果を海外に発信していくことも重要である。
最近の各国における海洋政策の動きについてみると、広大な海洋空間の管理手法として
注目を集めてきた海洋空間計画(又は海洋計画)の導入等の先進的な海洋政策の取組みが
さらに進展を見せている。
本報告書の第1部では、このような取組みを概観するため、まず米国、欧州連合、英国、
フランス、ドイツ、ロシア、オーストラリア、ニュージーランド、インド、中国、韓国、
及びブラジルの海洋政策の概要を一覧表に整理する。その上で、これら各国における2014
年の海洋政策の動向について取り上げる。
2014 年の各国海洋政策における主な動向を挙げると、まず、欧州連合においては、EU に
おける統一的な海洋政策を目指す動きの中で「海洋空間計画の枠組構築に係る2014 年7 月
23 日の欧州議会及び理事会指令第2014/89/EU 号」がEU 総務理事会で採択された。また、
英国では、海洋沿岸アクセス法を受け「東部沿岸・東部沖合海洋計画」が策定された。ド
イツでは、極氷の融解などにより変化しつつある北極海に関しての「ドイツ北極政策ガイ
ドライン」が示された。中国では、海洋立法業務の確実な推進等のために「海洋政策法整
備の要点」が示された。韓国では「沿岸旅客船の安全管理の革新対策」が発表された。そ
の他、前年度までの報告書では扱ってこなかったブラジルについても新たに取り上げ、そ
の動向を紹介する。
参考資料編として、上記の欧州連合、英国、ドイツの重要文書の和訳に加え、ブラジル
の海洋政策に関する文書の和訳を収録する。
2014 年9 月には、国連持続可能な開発会議(リオ+20)で開催が決定されていた第3 回
小島嶼開発途上国(SIDS)国際会議が、サモア国アピアで開催され、今後10 年間の行動計
画が採択された。また、同じく2014 年9 月には、PEMSEA(東アジア海域環境管理パート
ナーシップ)のもとで東アジアにおける持続可能な開発戦略(SDS-SEA)の改訂作業が開
始された。このように2014 年には、海洋政策に関する大きな動きがあった。そこで、本報
告書の第2 部では、PEMSEA のもとで今年開催された諸会合、第3 回小島嶼開発途上国
(SIDS)国際会議、その他の動きを取り上げ、国際社会における海洋の総合的管理と持続
- 3 -
的な開発に関する取組を紹介する。
本調査研究が、我が国及び世界の海洋政策の参考となり、海洋の総合的管理と持続可能
な開発の推進に貢献することを期待したい。
最後に当財団の本活動に対する長年に亘るご支援をいただいている日本財団に、この場
を借りて感謝申し上げる。
平成27 年3 月
海洋政策研究財団
常務理事寺島紘士
- 4 -
- 7 -
第1章各国の海洋政策の概要
本報告書の対象である各国(米国、欧州連合、英国、フランス、ドイツ、ロシア、オー
ストラリア、ニュージーランド、インド、中国、韓国、ブラジル)及び日本の海洋政策の
概要を次の7 項目から整理した(表1-1、1-2)。1.海洋(基本)法令、2.海洋(基本)政
策、3.海洋政策推進体制、4.沿岸域総合管理、5.領海等の管理、6.排他的経済水域(EEZ)等
の管理、7.その他特筆すべき政策等。この表は、各国担当の研究員の協力を得て、これまで
海洋政策研究財団が作成した各年度報告書などを参考に作成した。なお、この表において
は、「沿岸域総合管理」とは、沿岸の海域・陸域を一体的にとらえて総合的に管理すること、
「領海等の管理」とは、内水、領海及び接続水域を管理すること、「排他的経済水域(EEZ)
等の管理」とは、排他的経済水域(EEZ)及び大陸棚を管理することをそれぞれ意味する。
項目1~3 は国連海洋法条約や『アジェンダ21』等に対応するために各国がこれまで取
り組んできた重要課題であり、項目4~6 は、今後の我が国において一層の取組みが必要な
重要課題である。このように各国の取組を一覧で整理・把握することは、今後の我が国に
おける政策の立案に重要な示唆を与えるものと考えられる。
各国の海洋政策の詳細については、本報告書の第1部第2章~第10章の記述、及び海
洋政策研究財団が出版している各年度報告書の該当部分を参照されたい。
- 12 -
- 13 -
第2章欧州連合における海洋政策の動向
近年、欧州連合(以下、EU とする。)においては、海洋に関する重要な加盟国に対する
法的拘束力を有する文書や政策文書が、幾つも新たに採択あるいは改正されている。例え
ば、2005 年には欧州委員会(EC)から欧州議会及び理事会へのコミュニケーション「海洋
環境の保護及び維持に関する主題別戦略
1
(海洋環境戦略)」が、2006 年にはグリーンペー
パー
2
「欧州連合の将来の海洋政策に向けて:大洋及び海洋のための欧州のビジョン
3
」が、
2007 年にはブルーペーパー
4
として欧州委員会(EC)から欧州議会、理事会、欧州経済社会
評議会及び地域評議会へのコミュニケーション「欧州連合のための統合的海洋政策(
5
IMP)」
が、2008 年には「海洋環境政策分野における共同体行動枠組を創設する2008 年6 月17 日
の欧州議会及び理事会指令第2008/56/EC 号
6
(海洋戦略枠組指令、MSFD)」が、2013 年に
は「(改正)共通漁業政策に関する規則第1380/2013 号
7
(CFP)」が、それぞれ採択されて
いる。このような流れの中、昨(2014)年も、幾つかの海洋に関する文書が採択された。
例えば、「欧州連合海洋安全保障戦略
8
」や「海洋空間計画の枠組構築に係る2014 年7 月
23 日の欧州議会及び理事会指令第2014/89/EU 号
9
」の採択もその一つである。本章では、以
1
同戦略は、2005 年10 月24 日に採択された。なお、同戦略の正式名称は、COMMUNICATION FROM THE
COMMISSION TO THE COUNCIL AND THE EUROPEAN PARLIAMENT, Thematic Strategy on the Protection
and Conservation of the Marine Environment, COM(2005)504 final である。
2
グリーンペーパーと呼ばれる文書は、「欧州レベルでの一定のテーマの議論を盛り上げるために、欧州委
員会により刊行される文書」と定義されている。cf.
http://europa.eu/legislation_summaries/glossary/green_paper_en.htm (as of 19 February 2015)
3
同文書は、2006 年6 月7 日に採択された。なお、同文書の正式名称は、GREEN PAPER, Towards a future
Maritime Policy for the Union: A European vision for the oceans and seas, "Ho inappropriate to call this planet
Earth when it is quite clearly Ocean・attributed to Arthur C. Clarke, COM(2006) 275 final, vol.II ?Annex である。
4
ブルーペーパーと呼ばれる文書は、「2007 年以降、EU により、統合的海洋政策の手段として用いられて
いる」と定義されることがある。cf. Yves Henocque, "Toward Integrated Coastal and Ocean Policies in France: a
Parallel with Japan" Hubert-Jean Ceccaldi, Ivan Dekeyser, Mathias Girault and Georges Stora eds., Global Change:
Mankind-Marine Environment Interactions: Proceedings of the 13th French-Japanese Oceanography Symposium
(Dordrecht: Springer, 2011), pp.191-196, esp. p.193.
5
同文書は、2007 年10 月10 日に採択された。なお、同文書の正式名称は、COMMUNICATION FROM THE
COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND
SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS, An Integrated Maritime Policy for the
European Union, COM(2007) 575 final である。
6
同指令は、2008 年6 月17 日に署名・採択、及び、同年7 月15 日に発効した。なお、同指令の正式名称
は、DIRECTIVE 2008/56/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 17 June 2008
establishing a framework for community action in the field of marine environmental policy (Marine Strategy
Framework Directive)である。
7
同規則は、2013 年12 月10 日に採択、同年12 月11 日に署名、同年12 月29 日に発効、及び、2014 年1
月1 日より適用されている。なお、同規則の正式名称は、REGULATION (EU) No 1380/2013 OF THE
EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 11 December 2013 on the Common Fisheries Policy,
amending Council Regulations (EC) No 1954/2003 and (EC) No 1224/2009 and repealing Council Regulations (EC)
No 2371/2002 and (EC) No 639/2004 and Council Decision 2004/585/EC である。
8
同戦略は、2014 年6 月24 日に採択された。なお、同戦略の正式名称は、EUROPEAN UNION MARITIME
SECURITY STRATEGY である。
9
同指令は、2014 年7 月23 日に署名・採択、及び、同年9 月18 日に発効した。なお、同指令の正式名称
は、DIRECTIVE 2014/89/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 July 2014
establishing a framework for maritime spatial planning である。
- 14 -
下、とりわけ、海洋空間計画枠組指令の成立過程及び概要を中心に、昨(2014)年のEU に
おける海洋政策について概観する。なお、採択された海洋空間計画枠組指令の和文仮訳(翻
訳:海洋政策研究財団)については、本報告書巻末の参考資料編を参照されたい。
1.EU における海洋空間計画
(1)枠組指令採択に至る経緯
近年、EU においては、上述の様々な文書の採択を通じて、欧州における統一的あるいは
共通の海洋政策を目指す傾向がある。とりわけ、海洋空間計画については、2007 年以降、
EU は明確にその方向性を打出してきたと言えよう
10
。
まず、2007 年10 月、欧州委員会(EC)は、上述のブルーペーパーにおいて、海洋空間
計画が海域及び沿岸地域の持続可能な開発のための基本的手段であると位置付け、加盟国
による海洋空間計画の進展を促進するため、2008 年にロードマップを作成すると明記した
11
。
これを受け、2008 年11 月、欧州委員会(EC)は、「海洋空間計画のためのロードマップ:
欧州連合における共通原則の実現
12
」と題するコミュニケーションを採択し、海洋空間計画
を欧州における統合的海洋政策の進展のための重要な手段であると指摘するとともに、EU
域内で進行中の国家実行及び既存の規則から鍵となる原理・原則を識別するため、ワーク
ショップの実施や海洋空間計画における国境を越えた協力を目指すパイロットプログラム
の組織等を盛り込んだ事業計画を、翌2009 年に立上げることとした
13
。
その後、2010 年12 月、欧州委員会(EC)は、「欧州連合における海洋空間計画-実現
と今後の展開
14
」と題する欧州委員会(EC)から欧州議会、理事会、欧州経済社会評議会及
び地域評議会へのコミュニケーションにおいて、2008 年のロードマップ作成後のEU 及び
国家レベルにおける動きについて概観した。また、2011 年5 月には、海洋空間計画及び統
合的沿岸域管理(ICZM)に関するステークホルダー間の協議が行われた
15
。
そして、2013 年3 月、欧州委員会(EC)は、EU 加盟国における海洋空間計画及び統合
的沿岸域管理(ICZM)のための欧州共通枠組を構築することを目的とする指令案「海洋空
10
EUにおける統合的海洋政策及び海洋空間計画のこれまでの流れの詳細については、以下を参照のこと。
齋藤純子、「総合的海洋政策の理念と展開?UEU とドイツを中心に?U」国立国会図書館調査及び立法考査局『科
学技術に関する調査プロジェクト[調査報告書]海洋開発をめぐる諸相』(国立国会図書館調査及び立法考
査局、2013 年)、83-104 頁、とりわけ、84-90 頁。
11
supra note 5, p.6, para.3.2.2..
12
同文書は、2008 年11 月25 日に採択された。なお、同文書の正式名称は、COMMUNICATION FROM THE
COMMISSION, Roadmap for Maritime Spatial Planning: Achieving Common Principles in the EU, COM(2008) 791
final である。
13
Id, p.11, para.6.
14
同文書は、2010 年12 月17 日に採択された。なお、同文書の正式名称は、COMMUNICATION FROM THE
COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND
SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS, MARITIME SPATIAL PLANNING IN
THE EU - ACHIEVEMENTS AND FUTURE DEVELOPMENT, COM(2010) 771 final である。
15
協議の概要は、以下に掲載されている。Stakeholder consultation on MSP and ICZM, Summary results. cf.
http://ec.europa.eu/dgs/maritimeaffairs_fisheries/consultations/msp/summary-results-of-msp-questionnaire_en.pdf (as
of 19 February 2015)
- 15 -
間計画及び統合的沿岸域管理のための枠組を創設する欧州議会及び理事会指令案
16
」を提案
し、審議の結果、2014 年7 月、同指令案が「海洋空間計画の枠組構築に係る2014 年7 月
23 日の欧州議会及び理事会指令第2014/89/EU 号」としてEU 総務理事会において採択され
た。
なお、2008 年のロードマップ作成以降、現在に至るまで、EU 域内において五つの海洋空
間計画策定に関する国際プロジェクト、即ち、北海における海洋空間計画に関する準備活
動
17
(MASPNOSE、2010-2012
年)、バルト海における海洋
空間計画に関する準備活動
18
(Plan Bothnia、2010-2012 年)、
バルト海地域プログラムプロ
ジェクト「バルト海における
海洋空間計画導入
19
」
(BaltSeaPlan、2009-2012 年)、
ケルト海及びビスケー湾を含
む大西洋における海洋空間計
画に関するプロジェクト
20
(TPEA (Transboundary
Planning in the European
Atlantic)、2012-2014 年)、及
び、アドリア海-イオニア海
海洋空間計画
21
(ADRIPLAN、
2013-2015 年)が実施されてい
る(図1参照)。図1EU 域内における海洋空間計画策定に関する
国際プロジェクト
22
16
同指令案の正式名称は、Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE
COUNCIL establishing a framework for maritime spatial planning and integrated coastal management, COM(2013)
133 final, 2013/0074 (COD)である。
17
同プロジェクトの正式名称は、Preparatory Action on Maritime Spatial Planning in the North Sea である。
18
同プロジェクトの正式名称は、Preparatory Action on Maritime Spatial Planning in the Baltic Sea である。ま
た、以下の通り、同プロジェクトのウェブサイトが開設されている。cf. http://planbothnia.org (as of 19 February
2015)
19
同プロジェクトの正式名称は、Baltic Sea Region Programme project "Introducin Maritime Spatial Planning in
the Baltic Sea≠ナある。また、以下の通り、同プロジェクトのウェブサイトが開設されている。cf.
http://www.baltseaplan.eu/index.php/Home;1/1 (as of 19 February 2015)
20
同プロジェクトの正式名称は、Project on Maritime Spatial Planning in the Atlantic, including the Celtic Sea
and Bay of Biscay である。また、以下の通り、同プロジェクトのウェブサイトが開設されている。cf.
http://www.tpeamaritime.eu/wp/ (as of 19 February 2015)
21
同プロジェクトの正式名称は、ADRiatic Ionian maritime spatial PLANning である。また、以下の通り、同
プロジェクトのウェブサイトが開設されている。cf. http://adriplan.eu (as of 19 February 2015)
22
cf. http://ec.europa.eu/maritimeaffairs/policy/maritime_spatial_planning/index_en.htm (as of 19 February 2015)
- 16 -
(2)「海洋空間計画の枠組構築に係る2014 年7 月23 日の欧州議会及び理事会指令第
2014/89/EU 号」概要
23
EU において海洋空間計画に関する規則を必要とする理由あるいは海洋空間計画を策定す
ることによる利益として、欧州委員会(EC)は次の五つ、即ち、①セクター間対立の減少
及び異なる活動間の共力作用創造、②予見性、透明性及び明確化された規則を印象付ける
ことによる投資促進、③海洋活動の範囲の開発を調和させる単一文書の使用を通じた各国
における行政機関間の調整拡大、④海底電線敷設、海底パイプライン敷設、海上交通路設
定及び風力発電等の分野におけるEU 諸国間の国境を越える協力拡大、並びに、⑤空間の多
角的な使用の影響及び機会の早期の認識を通じた環境保護を挙げる
24
。
このような背景の下、本指令
25
は、27 段落からなる前文及び15 の条文から構成されてい
る。
まず、指令では、その主題を、海洋経済の持続可能な成長や海域の持続可能な開発、海
洋資源の持続可能な利用等を推進することを目的とする海洋空間計画の策定に対する枠組
構築にあるとし(第1 条)、本指令における適用海域を、加盟国の都市計画及び国土計画
の対象となる沿岸域を除く、加盟国が管轄権を有する海域とする(第2 条1 項)。そして
本指令における「統合的海洋政策(Integrated Maritime Policy)」「海洋空間計画(maritime spatial
planning)」「海洋地域(marine regions)」及び「海域(marine waters)」について定義す
る(第3 条)。
これらを前提として、加盟国による海洋空間計画の策定及び履行について定めるととも
に、その際の考慮要素についても同時に規定する(第4 条)。また、加盟国によって策定
される海洋空間計画を10 年毎に見直すことも盛り込まれた(第6 条3 項)。さらに、本指
令の履行監視を容易にするため、加盟国が、欧州委員会(EC)及び関連する他の加盟国に
対し、当該加盟国による本指令履行に伴う関連書類を作成から3 ヶ月以内に送付すること、
及び、欧州委員会(EC)が、欧州議会及び理事会に対し、海洋空間計画策定期限である2021
年3 月31 日から1 年以内に、且つ、その後4 年毎に、本指令履行状況に関する報告書を提
出することが定められた(第14 条及び第15 条3 項)。なお、加盟国は、本指令の発効か
ら2 年後の2016 年9 月18 日までに本指令を履行するために必要な法令等を制定し国内法
化する義務が課されている(第15 条1 項)。
2.2014 年におけるEU の海洋政策概観
さて、昨(2014)年、EU では、上述の指令の他、海洋環境及び海洋安全保障に関する分
23
以下にて同指令の概略が紹介されている。加藤浩、「【EU】海洋空間計画の枠組構築」『外国の立法』(2014
年10 月)、25 頁。
24
supra note 22.
25
EU 法上、「指令(Directive)」は、「達成すべき結果について、名宛人である加盟国を拘束するが、方法
および手段の選択は加盟国の機関に委ねられる。」とされる(リスボン条約第288 条)。なお、指令におい
ては、通常、加盟国が一定の期限までに指令を遵守するために必要な国内法令等を定める、国内法化・国
内実施義務が定められている。
- 17 -
野における文書や報告書の採択が行われた。
(1)海洋環境分野における動き
EU における海洋環境分野における基本的枠組文書の一つである海洋戦略枠組指令
(MSFD)は、本指令の履行第一段階終了後、全加盟国からの報告書受領後2 年以内に、遅
くとも2019 年までに、欧州議会及び理事会への報告書を送付し、公表することを定めてい
る(第20 条1 項)。この規定に基づき、2014 年2 月、欧州委員会(EC)は、欧州議会及
び理事会に対する報告書「海洋戦略枠組指令(2008/56/EC)履行第一段階
26
」を提出した。
なお、同報告書では、EU の海洋環境が憂慮すべき状態にあること、これを2020 年までに
改善するためには緊急の対策が必要であること等が盛り込まれている。
また、2014 年2 月、欧州環境機関(EEA)は、欧州海洋生態系の健康状態に関する報告
書「海のメッセージ:我々の海洋、我々の将来-新しい解釈に向けた動き
27
」を刊行し、同
年6 月、欧州環境機関(EEA)及び国連環境計画(UNEP)が共同で、EU における研究イ
ノベーション計画であるホライズン2020 の中間レビューの一環として、廃水・衛生設備、
一般廃棄物及び産業排出物に焦点を当てた「ホライズン2020 地中海報告書:環境情報シス
テム共有に向けて
28
」を公表する等の動きがあった。
(2)海洋安全保障分野における動き
EU において、リスボン条約上、安全保障政策は、「国の安全保障は、各加盟国の排他的
な責任のもとに留保される」と定められ(リスボン条約第4 条2 項)、また、共通安全保
障政策事項に関するEU の権限は、外交政策の全ての分野及び共同防衛に至りうる共通防衛
政策の漸進的な確定を含むEU の安全保障政策に関する全ての問題を含むものの、共通安全
保障政策は特別の規則と手続に服し、原則として、立法行為の採択は排除されるほか、外
交安全保障上級代表及び加盟国により実施されることとされている(リスボン条約第24 条
1 項)。
このような背景の下、2014 年3 月、欧州委員会(EC)及びEU 外務・安全保障政策上級
代表は、欧州議会及び理事会に対する共同コミュニケーション(政策文書)「開放的且つ
安全な世界の海洋領域を目指して:欧州連合の海洋安全保障戦略の要素
29
」を採択した。こ
れを受け、同年6 月、EU 総務理事会において、国境を越えた組織犯罪、航行の自由に対す
26
同報告書は、2014 年2 月20 日に提出された。なお、同報告書の正式名称は、REPORT FROM THE
COMMISSION TO THE COUNCIL AND THE EUROPEAN PARLIAMENT, The first phase of implementation of
the Marine Strategy Framework Directive (2008/56/EC), The European Commission's assessment and guidance,
COM(2014) 97 final である。
27
同書は、2014 年2 月21 日に刊行された。なお、同書の正式名称は、Marine messages: Our seas, our future
? moving towards a new understanding である。
28
同報告書は、2014 年5 月13 日に公表された。なお、同報告書の正式名称は、Horizon 2020 Mediterranean
report: Toward shared environmental information systems である。
29
同文書は、2014 年3 月6 日に採択された。なお、同文書の正式名称は、JOINT COMMUNICATION TO THE
EUROPEAN PARLIAMENT AND THE COUNCIL, For an open and secure global maritime domain: elements for a
European Union maritime security strategy, JOIN(2014) 9 final である。
- 18 -
る脅威、大量破壊兵器の拡散及び環境リスクといった、世界の海域におけるリスクや脅威
に対するEU の海洋安全の利益の確保を目的とする「欧州連合海洋安全保障戦略」を採択し、
また、同年12 月、EU 総務理事会は、同戦略を補完するため、「欧州連合海洋安全保障戦
略(EUMSS)-行動計画
30
」を採択した。なお、この行動計画では、五つの異なる領域、
即ち、①対外行動、②海洋認識、海洋監視及び海洋情報共有、③能力開発、④リスク管理、
重要な海洋インフラの保護及び危機対応、並びに、⑤海洋安全保障研究及び刷新、教育並
びに訓練における130 の行動が明記されている。
(了)
30
同計画は、2014 年12 月16 日に採択された。なお、同計画の正式名称は、European Union Maritime Security
Strategy (EUMSS) - Action Plan である。
- 19 -
第3章英国における海洋政策の動向
英国は海洋に囲まれた国家で、海洋は重要な食糧や交通基盤の提供するものとして、ま
た、8,000 にもおよぶ海洋生物種の世界的に重要な生息地として重視されている。2009 年に
制定された海洋沿岸アクセス法(Marine and Coastal Access Act 2009)により、海洋管理機構
(Marine Management Organisation、MMO)が設立され、海洋域の持続可能な開発と清浄、
健全、安全、生産的かつ生物学的に多様な海洋保全推進が図られている。本章では、海洋
に関連する英国の法制度について、特に今年度の顕著な動きに焦点を当て詳述する。尚、
英国あるいはイギリスの用語は、通常、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」
のことを指し、イングランド、ウェールズ、スコットランド及び北アイルランドを包含す
るもので、海洋分野においてもそれぞれの地域固有の法制度があることから、英国全体共
通の法制度に触れつつ、イングランド、及びその他の地域法制度を概観する。
1.英国海洋法制度の概略
英国政府は、海洋関連条約に関し、1960 年3 月14 日に領海条約、公海条約、並びに、漁
業及び公海の生物資源の保存に関する条約を、1964 年5 月11 日に大陸棚条約を批准し、締
約国となっている。1997 年7 月25 日に英国政府は国連海洋法条約に加入し、同年8 月24
日に同条約は英国に対して発効した。この他、英国政府は、各種の海洋関連法を制定して
いる
1
。
2.海洋沿岸アクセス法および海洋政策声明
英国政府は2009 年11 月12 日に海洋沿岸アクセス法(Marine and Coastal Access Act 2009)
を制定し、統合的な海洋管理の推進を目指している。海洋沿岸アクセス法では、その第1
章第1 条で、MMO の設立を規定し、第2 条でMMO の責務をMMO 領域において人々によ
る活動が持続可能な開発の実現に寄与する目的で、適切な事実や事象を考慮し、一貫性を
保つよう調整されていなければならないと規定している。海洋沿岸アクセス法は、各地域
の個別の政策で具体的な実施が図られているが、海洋沿岸アクセス法自体、その第44 条で
イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの大臣・部局が海洋政策声
明を作成し、英国の海洋地域における持続可能な開発の実現に寄与する政策を表明すると
規定している。
英国政府が2011 年3 月に発表した「海洋政策声明(Marine Policy Statement)」では、海
洋沿岸アクセス法第44 条に従い、海洋計画策定の枠組みとしてこの海洋政策声明が策定さ
れたと述べている。この海洋政策声明は、海洋計画の策定を促進し、支援することを目指
し、海洋資源の持続可能な形で利用され、それにより(1) 持続可能な経済開発の促進、(2) 低
1
海洋政策研究財団平成25 年度『平成25 年度総合的海洋政策の策定と推進に関する調査研究各国お
よび国際社会の海洋政策の動向報告書』に詳述されている。
- 20 -
炭素経済への移行とそれによる気候変動の原因や、海洋酸性化の緩和やそれらの影響への
適応、(3) 持続可能な海洋環境が健全に機能的な海洋生態系を促進し海洋生息地や遺産の保
護、(4) 地域社会での社会的経済的課題に対応するための海洋資源の持続可能な利用を含む
海洋地域の社会的恩恵への寄与を目的とすると規定されている。
スコットランド政府は、スコットランド海洋局(Marine Scotland)を設立し、スコットラ
ンド沿岸の海の統合的管理を推進している。その目的は、重要な連携者、スコットランド
自然遺産局及びスコットランド環境保護庁との連携しながら、繁栄と環境持続性確保のた
めにスコットランドの海を管理することと定めている。スコットランド政府は2010 年4 月
に「スコットランド海洋ビジョン(Marine Scotland Vision、正式には、Making the most of
Scotland's seas: turning our marine vision into reality)」を発表し、「清浄、健全、安全、生産
的、生物学的に多様な海洋および沿岸環境をめざし、人々及び自然の長期的なニーズと高
度な海洋目的の実現を目指す」と謳っている。
ウェールズでは、自然資源・食糧省が海洋政策を所管している。ウェールズ議会は、ウ
ェールズの海洋政策に関する議論を行ってきており、2013 年1 月に海洋政策に関する報告
書を刊行している。その後、議会は関係団体との協議を進め、漁業・船舶などの団体や環
境NGO など19 の団体が意見書を提出している。ウェールズ議会の環境・持続性委員会の
委員長は、自然資源・食糧大臣宛てに、海洋政策文書作成の進捗についての情報提供を求
めてきており、2014 年5 月時点で、同大臣は書簡にて、統合的沿岸域管理の原則を実施し
ていくことを強調した他、海洋・漁業戦略計画を2015 年までに作成する旨の方針を表明し
ている。
北アイルランドでは、海洋の効果的管理を目指し、2013 年9 月17 日に「海洋法(The Marine
Act)」を制定、翌日より施行されている。同法により、北アイルランド環境省に、海洋保
全区域を指定する権限が付与されたことで、同年、「海洋保護区ネットワーク形成に関す
る大臣声明」を発表し、特別保全区域、特別保護区域、特別科学関心区域、ラムサール湿
地保全区域、海洋自然保護区などの設定し、海洋保護区ネットワークの拡大を進めていく
方針を表明している。また、2013 年には「北アイルランド海洋保護区戦略案」が、2014 年
には「北アイルランド沿岸地域海洋保全区域の選定と指定に関するガイドライン案」が立
案され、その後、協議が進められている。
こうした海洋政策の展開は、欧州連合の立法措置に寄与するところが大きい。欧州連合
は2008 年に「海洋戦略枠組指令(2008/56/EC)」を採択し、欧州域内の海洋沿岸域の良好
な環境状況の実現を目指している。この指令では、欧州連合加盟国は2020 年までに良好な
環境状況を実現するための管理施策を策定することが義務付けられた。この指令では、人
間活動の生態系に立脚した管理を進め、良好な環境状況を実現するための範囲内で総体的
な人間活動が行われなければならないと規定している。英国海洋政策声明はこうした欧州
連合の立法措置との整合性を確保することを目的としている点についても言及している。
- 21 -
3.海洋計画
イングランドでは、11 の海洋計画区
域が設定され、20 年という長期的枠組
みで計画が作成されている、あるいは策
定が予定されている(図1)。計画は3
年毎に見直しがなされる。計画自体は、
北西部は2 区域を統合する計画が作成
される予定であることから、計画自体は
合計10 となる予定である。全ての計画
は2021 年までに策定が終了することに
なっている。
海洋計画の必要性について、MMO は、
海洋経済は年間470 億ポンドの経済効
果を英国にもたらし、その重要性は増加
傾向にあることを指摘し、世界の先陣を
切って海洋計画を策定した実績に鑑み、
陸域同様に海洋においても持続可能な
開発のための明確な枠組みを規定する
ことが必要であると説明している。この
海洋計画は海洋保全区域(Marine
Conservation Zones、MCZs)や英国の海
洋保護区ネットワークとの整合性を図
ることと説明されている。海洋計画の策
定にあたっては、MMO は地域社会の
人々との連携を強調しており、情報公開
やワークショップの開催などを通じて、
計画を地域社会の人々との共同作業で
策定することを明確な方針として打ち
出している。
このうち、「東部沿岸・東部沖合海洋
計画」(図2参照)及び「南部沿岸・南
部沖合海洋計画」が開始され、東部沿
岸・東部沖合海洋計画は、2014 年4 月に
採択発表されている。東部沿岸沖合海洋
計画は具体的に下記の11 の目標を掲げ
ている。
英海洋管理機構.n.d. https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/325688/marine_plan_areas.pdf
図1:イングランドの海洋計画区域
英海洋管理機構.n.d. https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/312496/east-plan.pdf
図2:イングランド東部沿岸沖合海洋計画地図
図1:イングランドの海洋計画区域
図2:東部沿岸・東部沖合海洋計画区域
- 22 -
(1) 経済的に生産的な活動の持続可能な発展の促進、
(2) 雇用創出、
(3) 再生可能なエネルギーの可能性の実現、
(4) 活気ある持続可能な社会の支援、
(5) 遺産の保全、
(6) 健全、対応力ある適応可能な海洋生態系の保持、
(7) 生物多様性の保護、保全、回復、
(8) 海洋保護区の目的の支援、
(9) 気候変動適応と緩和の活動促進、
(10) 主要活動の他の計画への統合、
(11) 海洋に関する基礎的情報源の構築、
こうした計画策定にあたっては、海洋環境の調査や評価を行う手続きが詳細に定められ、
そうした調査・評価結果を踏まえ、計画が立案されている(図3)。
南部沿岸沖合海洋計画については、2012 年に策定作業が開始され、地域住民関係者との
対話や情報収集、目的設定などが2013 年を通じて実施されている(図4)。2014 年からは
取組の選択肢の策定や政策立案などが進められている。検討範囲を設定するいわゆるスコ
ーピング報告の作成が進められており、これに対しての協議が5 週間にわたって2014 年末
より実施され、2015 年1 月2 日に完了することが見込まれている。こうした作業を踏まえ、
2015 年春に計画案の検討が予定されている。2015 年の夏に必要であれば追加調査が行われ、
同年から2016 年にかけての冬に採択することが目指されている。海洋計画の策定は長期的
展望に立ち、中期的作業計画に基づき、参加型で策定作業が進められていることがわかる。
この他、北アイルランド政府は、2012 年6 月「北アイルランド海洋計画市民参加声明」
を発表し、海洋計画策定に向けた市民参加推進の方針を打ち出している。大まかに策定ま
での過程を4 段階と想定し、(1) ステークホルダー(利害関係者)の予備的対話(2012 年2
~6 月)、(2) 情報収集と計画立案(2012 年6 月~2013 年12 月)、(3) 協議と調査(2014
年1~4 月、必要である場合は6~12 か月の調査)、(4) 採択(協議・調査終了から2~3 か
月)と規定されている。協議すべき利害関係者グループとしては表1にあるように、多様
な利害関係者を対象としている。ウェールズ、スコットランドについても、先述の通り、
関係団体との協議の下に、海洋に関連する政策文書作成が進められている。
- 23 -
図3:イングランド生息地規制評価(Habitat Regulation Assessment)
イングランド東部海洋計画の例
計画過程
生息地規則承認過程段階
報告
段階1
計画が生息地規則承認が必要かを決定
段階2
計画に承認が必要な場合、承認で検討されるべき
欧州の対象地を特定する。
段階3
欧州の対象地についての情報を集める。
段階4
欧州の対象地についての情報収集
段階5
欧州の対象地への生じうる実質的な影響についての計画の検討
段階6
緩和措置の適応
段階7
緩和措置適応後の計画の再検討
実質的な影響が起こりうる場合緩和措置により実質的な影
響が生じそうにない場合
段階8
保全目的の観点から適切な評価の実施
段階9
対象地全体への悪影響がなくなるまでの緩和措置の適用
段階10
生息地規制評価の記録案の作成
段階13
SNHの見解や計画修正を踏まえた生態系規則評価記録の修正
および最終記録の完成と刊行
段階12
実質的影響の可能性に対する修正を検討し、必要な適切な評価
を実施、訂正について必要であればSNHと再協議
段階11
スコットランド自然遺産庁(SNH、および
その他の理解関係者や一般市民)との
記録案についての協議
予備的調
査結果の
収集と初
期段階で
の準備と
関与
選択肢の収集と評
価
主要課題報告(開
発計画)の作成
計画案の作成
計画案の発刊
コメントを踏まえた
計画の修正
計画立案組織によ
る計画の実施
必要であれ
ば、スコット
ランド自然
保護庁およ
び他のス
テークホル
ダーへ助言
を求める
事前調査報告
調査報告
適切な評価
情報の検討
および適切な
評価
英海洋管理機構.2011より作成. https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/312505/east-plan-hra.pdf
図3:イングランド生息地規制評価(Habitat Regulation Assessment)
イングランド東部海洋計画の例
- 24 -
図4:南部沿岸沖合計画区域地図
https://www.gov.uk/govemment/uploads/system/uploads/attachment_data/file/312537/south_marine_plan_areas.pdf
表1:主要な利害関係者一覧(例)
(了)
全般
淡水漁業、漁業、食糧
保全、環境団体
防衛、安全保障
浚渫、廃棄物処理
エネルギー生産、インフラ開発
港湾、船舶、海事
表流水管理
通信、ケーブル敷設
観光、余暇
排水処理・処分
英環境省2012より作成http://www.planningni.gov.uk/index/policy/final_version-ni_
marine_plan_statement_of_public_participation-07_june_2012.pdf
- 25 -
第4章ドイツにおける海洋政策の動向
2013 年12 月17 日、ドイツ連邦共和国(以下、ドイツとする。)では、第三次メルケル
政権が発足した。今次内閣は、アンゲラ・ドロテア・メルケル(Angela Dorothea Merkel)
首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)及びホルスト・ローレンツ・ゼーホーファー(Horst
Lorenz Seehofer)氏を党首とするバイエルン・キリスト教社会同盟(CSU)の他、ジグマー
ル・ガブリエル(Sigmar Gabriel)氏を党首とするドイツ社会民主党(SPD)が連立政権に加
わり、第二次世界大戦後三番目となる大連立政権となった。
第三次メルケル政権は、同年11 月27 日にCDU、CSU 及びSPD によって締結された政権
運営合意書において合意された通り
1
、再生可能エネルギー法(EEG 法)の抜本的改革を重
要課題の一つと位置付けている。このため、ドイツ連邦政府では、第三次メルケル政権発
足と同時に、まず、連邦行政機関の組織改革が行われた。海洋政策に一定の役割を担う省
庁に関しては、これまでの交通・建設・都市開発省から建設関連部門が環境省に移管され、
交通・デジタルインフラ省(BMVI)と改称された他、エネルギー関連政策が、経済・技術
省及び環境省の所管から、新設の経済・エネルギー省(BMWi)へと移管された。また、経
済・エネルギー相にSPD 党首であるジグマール・ガブリエル氏が任命されたことも、第三
次メルケル政権の特徴と言えよう。
さて、2013 年から2014 年にかけてのドイツ政府による海洋政策の特徴は、上述の再生可
能エネルギー法(EEG 法)の改正の他、北極政策ガイドライン
2
の策定によるドイツ政府が
目指す北極政策の明確な位置付け、「海洋-我々の青い奇跡」プロジェクト立上げ、及び、
「欧州海の日2014」のドイツでの初開催(於ブレーメン、2014 年5 月19・20 日)等を挙
げることができよう。本章では、以下、とりわけ、ドイツ北極政策ガイドラインの概要を
中心とするドイツの北極政策及び再生可能エネルギー法(EEG 法)の改正について概観す
る。なお、策定されたドイツ北極政策ガイドラインの和文仮訳(翻訳:海洋政策研究財団)
については、本報告書巻末の参考資料編を参照されたい。
1.北極政策
(1)極地研究体制
ドイツは非北極圏諸国ではあるものの、近年、ドイツ政府は、数ある研究分野の中でも
極地研究に力を入れて取組んでいる。とりわけ、ドイツ最大の研究機関であるドイツ研究
センターヘルムホルツ協会(Die Helmholtz-Gemeinschaft Deutscher Forschungszentren)の傘下
にある18 の研究センターの一つであるアルフレッド・ヴェゲナー研究所(Das
1
政権運営合意書の原文は、以下にて確認することができる。cf.
https://www.cdu.de/sites/default/files/media/dokumente/koalitionsvertrag.pdf (bezuglich am 19. Februar 2015)
2
Auswartiges Amt, Leitlinien deutscher Arktispolitik: Verantwortung ubernehmen, Chancen nutzen. (Berlin:
Auswartiges Amt, 2013), ii+22S. なお、同ガイドラインの原文は、以下にて確認することができる。cf.
http://www.bmel.de/SharedDocs/Downloads/Landwirtschaft/EU-Fischereipolitik-Meeresschutz/Leitlinien-Arktispolit
ik.pdf?__blob=publicationFile (bezuglich am 19. Februar 2015)
- 26 -
Alfred-Wegener-Institut, Helmholtz-Zentrum fur Polar- und Meeresforschung、所在地:ブレーマ
ーハーフェン)が、極地研究の中核機関となっており、極地研究に関する研究所を設置し
ている大学も存在する
3
。また、南極研究科学委員会(SCAR: The Scientific Committee on
Antarctic Research)及び国際北極科学委員会(IASC: International Arctic Science Committee)
の国内委員会として、SCAR/IASC ドイツ国内委員会(Deutsches Nationalkomitee SCAR/IASC)
が組織されている。
(2)ドイツ政府による北極政策
ドイツ連邦政府においては、外務省内の欧州局E07 課(EU 加盟国のうち、英国、アイル
ランド、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、エストニア、ラトビア及びリトアニ
アとの二国間関係、バルト海並びに北極を担当)及び経済問題及び持続可能な開発局405
課(国際イノベーション、交通及び観光政策並びに北極海に関連する経済、環境及び研究
政策を担当)が、北極政策を主に担当している(2015 年2 月16 日現在)
4
。また、ドイツ
政府は、国内的視点のみならず、各種関連条約への批准・加入や関連組織への加盟を通じ
て、欧州的視点及び国際的視点に立った北極政策に力を入れている。その背景として、近
年の北極における極氷融解がある。ドイツ政府は、これが、地政学上、地理経済及び地生
態学上、ドイツのみならず、EU や国際社会に対しても大きな影響を与えていると捉えてお
り
5
、変化を続ける北極が、多種多様な影響を自然界に与えるだけでなく、北極圏を越えて
世界規模でチャンスとリスクを生じさせるとする
6
。このような明確な認識の下、ドイツ外
務省は、2013 年11 月、ドイツの観点から見た北極のチャンス、及び、欧州的視点及び国際
的視点に立ったドイツの北極政策について分析・解説した『ドイツ北極政策ガイドライン:
責任を担い、チャンスを活かす』(以下、ガイドラインとする。)を刊行した。
①ドイツの観点から見た北極のチャンスとリスク
ドイツ政府は、ガイドラインにおいて、次の五つ、即ち、経済的機会、環境基準、航行
の自由、科学的調査の自由並びに安全保障及び安定性の観点から、それぞれ北極のチャン
スとリスクについて分析している
7
。
まず、経済的観点から、北極海における氷の融解は、二つの資源--非生物資源及び生
物資源--に影響があることを指摘する。氷の融解によってこれらの資源へのアクセスが
可能となり、これらの非生物資源の開発が持続可能なエネルギー安定供給に繋がる一方、
3
例えば、キール大学生態学調査研究所(Institut fur Okosystemforschung (OSF), Christian-Albrechts-Universitat
zu Kiel)に極地生態学に関する研究グループが設けられている。
4
現行のドイツ外務省組織図は、以下にて確認することができる。cf.
http://www.auswaertiges-amt.de/cae/servlet/contentblob/373560/publicationFile/202175/Organisationsplan.pdf
(bezuglich am 19. Februar 2015)
5
supra note 2, S.4.
6
Ibid.
7
Ibid., SS.7-12.
- 27 -
環境及び自然に対する危険も包含することを指摘する。また、氷の融解が漁場拡大に繋が
る一方、国際的枠組を通じた生物資源管理が重要であることが含意されている。
次に、環境基準の観点から、多くの国家が北極に存在する資源に着目し、