Proposal / Research

提言・研究成果

政策提言 我が国が重点的に取り組むべき北極に関する課題と施策

第三期海洋基本計画の策定に向けて考慮すべき施策の要素
1 北極域研究の強化と推進
(1)北極域研究に関する取り組みの強化
(2)北極海調査のためのインフラ整備
2 北極海の海洋環境保全への対応と貢献
(1)北極海における環境変化への取組
(2)北極海の海洋環境保全の確保
3 北極域に関する海洋経済(ブルー・エコノミー)の推進
(1)北極域の持続的な海洋経済振興のためのイノベーション支援
(2)北極域に関するビジネスチャンスの創出
4 北極海における安全の確保
(1)北極海における「法の支配」の確保への貢献
(2)北極海における海洋状況把握(MDA)の能力強化
5 北極域に関する国際協力の推進
(1)北極域に関する国際ルール作りへの貢献
(2)北極域に関する国際的な科学技術協力の推進
(3)北極域の諸問題解決に貢献する人材の育成
(4)北極域における「持続可能な開発目標(SDG s)」の達成への貢献

趣旨

日本にとっての北極の重要性
北極域は、地球平均の2倍以上の速さで温暖化が進んでおり、過去35年間で夏季の海氷面積が3分の2に減少するなど、地球温暖化の影響が最も顕著に表われている地域である。この傾向は、少なくとも今世紀中頃まで続くとされており、このまま温暖化が進行すれば、早ければ2030年頃には北極の海氷が消失するとも予測されている1。この北極域における急速な環境変動は、北極圏、非北極圏を問わず国際社会に対して様々な機会と課題をもたらしている。
温暖化による北極海の海氷減少は、北極海航路の実用化を更に現実的なものとするのみならず、北極海の資源開発や北極観光といった新たな利活用の可能性も広げている。同時に北極域の温暖化は、海氷減少に伴う北極海の水温上昇、淡水化、酸性化の進行による脆弱な北極海の生態系への影響、氷床融解に伴う水面上昇、北極圏のみならず全球規模の気候変動や水循環への影響、潜在的な安全保障環境の変化等、様々な課題をもたらしている。こうした北極域における環境変動の影響は、我が国にとっても無関係ではない。我が国は非北極圏国ではあるものの、周囲を海に囲まれた「海洋国家」であり、大気や海水の循環を通じて北極域の気候変動の影響を受けやすい地理的位置にある。他方で、我が国はアジア地域において最も北極海に近いことから、北極海航路の利活用をはじめとして経済的・商業的な機会を大きく享受し得る環境にある。
我が国は、2013年5月に北極評議会(AC)のオブザーバー資格が承認されたことを受け、北極に関する諸問題に関して一層の国際貢献を果たすべき責任がある点にも留意する必要がある。1950年代から半世紀以上にわたり、北極の環境変化に関する観測・研究活動を継続してきた我が国としては、北極における意思決定やルール策定への積極的な関与を含め、蓄積してきた科学的知見や観測技術に基づき、北極圏及び非北極圏諸国との二国間及び多国間での対話・協力関係を発展させつつ、北極域の持続可能な利用に対して積極的に貢献することが求められている。
北極(北極海)に関する施策を海洋基本計画に位置づける必要性
我が国は、2013年4月に閣議決定された第二期海洋基本計画において、北極海をめぐる取組を重点的に推進すべき課題と位置づけ、北極に係る諸課題に対して総合的かつ戦略的に取り組んできた。一方で、現行の第二期海洋基本計画においては、北極(北極海)に関する施策は「海洋に関する各施策」(気候変動、海洋観測、海洋科学技術、海洋産業、海洋資源等)に関連する要素の一つに過ぎず、必ずしもその位置づけは高くない。他方で、2013年5月の我が国の北極評議会(AC)のオブザーバー資格の承認をはじめとして、2015年10月の我が国の北極政策の策定、2017年5月のフェアバンクス宣言におけるACの活動に対するオブザーバーの積極的な貢献の認識及びオブザーバーとの更なる協力関係の強化への言及等、昨今の北極をめぐる社会的・経済的な動向を鑑みるに、海洋政策における北極に関する施策の重要性はこれまで以上に高くなっている。したがって、北極に関する施策の中には、他の海洋分野に幅広く共通する施策が多く含まれるものの、第三期海洋基本計画においては、北極に関する施策の内容をより具体的かつ実効性の高いものとするため、「北極」を独立の施策項目として扱うことが不可欠である。
また、北極をめぐる諸政策は、外交、安全保障、環境、海運、資源、情報通信、科学技術等の多岐にわたることから、分野横断的かつ多面的に取り組む必要がある。しかしながら、現在は、それぞれ関係する省庁が分野ごとに個別に取り組んでいる状況であり、必ずしも省庁間で連携のうえ戦略的に取り組まれているわけではない。このため、北極に関する諸問題の分野横断的な性格を考慮し、北極に関する諸政策を進めるに当たっては、内閣府総合海洋政策推進事務局を「司令塔」として位置づけ、関係省庁との総合調整を図りつつ、「オールジャパン」として、北極に係る諸課題に統一的な施策を打ち出せる体制を整える必要がある。さらに、北極圏は3分の2が海であり、南極条約のような個別の包括的な法的枠組みにというものは存在せず、国連海洋法条約をはじめとする海洋法を中心としたガバナンス構造となっている。このことからも、北極に関する施策については、海洋政策の一環として位置づけることが妥当である。
これらの点を踏まえ、北極の未来に関する研究会では、第三期海洋基本計画(2018年~2022年)において考慮すべき「北極」に関する施策について検討を行ってきたところ、以下のとおり提言する。
重点課題ごとの施策案
1北極域研究の強化と推進
北極域は、急速な海氷減少や海水温の上昇、海洋酸性化等、地球温暖化の影響が最も顕著に現れている地域であり、その影響は北極圏のみならず、異常気象の頻発などの形で非北極圏である我が国にも影響を与えている。しかしながら、その環境変化のメカニズムに関する科学的側面の解明は未だ不十分である。
この点我が国は、海洋観測船や観測域、地球観測衛星を用いて、長年にわたり、北極の環境変化について観測・研究を継続しており、国際的な科学協力にも積極的に貢献をしてきた実績を有する。観測手段が限られる北極域における継続的かつ高精度な研究・観測の成果は国際的にも高い評価を受けており、国際社会における我が国に対する期待も大きい。したがって、北極評議会を含む国際場裡における我が国のプレゼンスを高めかつ国際的な北極政策への更なる貢献をするためにも、我が国の強みである科学技術を活かし、積極的な国際協力、分野横断的な包括的研究、ステークホルダーとの協働といった面をさらに強化していくことは、北極をめぐる国際社会の取組において主導的な役割を積極的に果たすためにも重要である。
現在、北極域研究については、文部科学省の補助事業である「北極域研究推進プロジェクト(ArCS:ArcticChallengeforSustainability)」(2015年9月から2020年3月)の下で、自然科学分野と人文・社会科学分野の研究者が連携して、研究者ネットワークの構築、研究者の共同研究等の様々な取り組みが行われているところであるが、各実施機関間や各種プロジェクトの連携、国際共同研究、北極政策への提言機能の強化など未だ改善の余地がある。したがって、今後は、ArCSの活動強化を含め、我が国において北極域研究を定着させるための研究体制を構築していく必要がある。
また、北極域における環境変動をより正確に把握するためには、夏季以外の観測や海氷上での海洋・海氷・気象観測が必須であるが、現在、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)が運用する海洋地球研究船「みらい」は砕氷機能を有していないため、研究・観測が実施できる海域や時期に限界がある。既に、アジア諸国においては中国や韓国が砕氷機能を有する北極域研究船を保有していることから、北極域における継続的かつ高精度の研究・観測を実施し、北極域研究における我が国の存在感を示していくためにも、我が国独自の砕氷機能を有する北極域研究船の建造が必要である。また、AUV等の無人探査機や観測衛星といった観測機器等の開発を含む、北極域研究を総合的に進めるための研究インフラを整備する必要がある。

(1) 北極域研究に関する取り組みの強化
  • 国際場裡における我が国のプレゼンスを高め、我が国の北極政策に掲げられた取り組みを着実に実施するために、現在実施されているArCSの実施支援体制を強化するとともに、今後の展開についての長期的体制を整備する。このため、ArCSが推進している拠点設置や自然科学分野と人文・社会科学分野の連携強化、並びに文理連携による国際共同研究の推進等の研究推進・支援策を拡充する。
(2) 北極海調査のためのインフラ整備
  • 現在観測データの空白域となっている地域(海氷域や北極海中央部、ロシア沿岸部等)における海洋観測が実施できるよう、その技術的基盤及び国際環境の整備を支援する。具体的には、新たな北極域研究船の建造や極域観測用のAUV等、観測研究のためのプラットフォームの整備及び人材育成並びに沿岸国との共同研究の実施のための支援等を実施する。
  • 北極域の高精度・多項目観測の継続及び広範囲の観測のため、遅くとも2020年代前半までには北極域研究船を保有する必要がある。また、海洋調査船の効率的な運用の観点から、北極域以外の海洋調査・観測を含めた、通年を通じた研究船の活用方法も検討する。
  • 北極域研究船が進入できない海氷域における調査・観測を可能とするため、極域観測用のAUV等の先進的な技術開発の促進に力を入れる必要がある。
  • 北極海の海氷観測及び温暖化監視に不可欠な、マイクロ波放射計を搭載した観測衛星の後継機の開発及び維持をする。

2 北極海の海洋環境保全への対応と貢献
北極域は地球上で最も温暖化が進んでいる地域であり、その変化は全球的な環境に対しても影響を及ぼしている。たとえば、我が国の研究者による北極海周辺の科学的調査結果から、近年の北半球の広い範囲における暖冬傾向と記録的寒波や豪雪といった異常気象には、北極海の海氷面積の変動などが関係していることが明らかになってきている。また、温暖化による北極海の海氷減少に伴う北極海の海水温の上昇や淡水化、酸性化の進行による海洋生態系への影響も報告されている。このように、北極における環境変動は北極圏のみの問題ではなく、我が国の気象及び水産資源、ひいては地球規模での環境変化を引き起こす可能性のある問題である。また、公海部分である中央北極海の管理は国際社会全体の責任であり、我が国としてもその責任を負っている。これらを踏まえ、北極域における環境変化を科学的に解明及び継続的に把握するとともに、関連する国際約束の実施を含む、北極海の海洋環境保全のための取組はきわめて重要である。
このため、北極域における環境変動の長期的研究・観測を継続実施しかつ数値モデルの高度化を含む海洋環境の影響評価に関する研究開発を可能とするための体制確保をする必要がある。また、国連海洋法条約をはじめとして、極海域における船舶運航のための国際基準を定める「極海コード(PolarCode)」や2020年以降の温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定等の国際約束の適切な国内実施を通じて、北極域の温暖化対策及び北極海の海洋環境の保全への対応に貢献する。
さらに、北極海の海氷減少によって北極海航路の利活用が本格化した場合、日本海やその出入り口となる3海峡(対馬・津軽・宗谷)が輻輳化することが予想され、海難事故による海洋油濁汚染や海生哺乳類との遭遇等、船舶起因の海洋環境問題が懸念される。したがって、航路帯の指定や油濁汚染等の海洋環境被害に対する事前・事後の対応策の検討等、我が国内における対策も必要である。

(1)北極海における環境変化への取組
  • 北極海における環境変化及びその影響を正確に把握するため、北極海における観測・科学調査を継続し、観測・予測体制を強化するための技術開発を促進する。
(2)北極海の海洋環境保全の確保
  • 極海コードを実施する、国際海事機関(IMO)の海上人命安全条約(SOLAS条約)や海洋汚染防止条約(MARPOL条約)等の関連条約の改正を適切に実施すべく、国内法の整備や関連業界の対応支援策を講じる。
  • 北極域における気候変動対策に貢献すべく、関係省庁が緊密に連携をし、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)の適切な国内実施に取り組む。
  • 公海部分である中央北極海における無規制漁業の防止と水産資源の適切な管理のため、北極沿岸国を含む関係国とのルール策定に関する議論に積極的に参画し、北極域の持続可能な利用に対して積極的に貢献する。
  • 北極評議会の作業部会やその他の関連会合等のフォーラムにおける北極海の海洋環境問題の議論に積極的に参加し、我が国の経験や科学的知見、最先端の科学技術の活用を通じ、予防・対応策の検討に一層の貢献をする。
  • 北極海航路の利用増加に伴う我が国周辺海域における海洋環境問題の発生を防止するため、航路帯の指定や海洋油濁汚染対策を含めた、適切な対応策を講じる。

3 北極域に関する海洋経済(ブルー・エコノミー)の推進
地球温暖化による北極海の海氷減少は、北極域の環境に対する負の影響が指摘される一方、北極海航路の実用化や北極観光、北極海における天然資源(鉱物資源及び生物資源)及び海洋エネルギー資源の開発並びにそれらに付随する港湾及び情報通信を含むインフラ開発などを現実のものとしており、我が国に対しても大きな社会・経済的影響があることが予想される。特に、北極海航路の確立は、東アジアとヨーロッパを結びつける新たな商業航路であり、北海道を中心として我が国の地域活性化政策の一つとしても期待されている。
他方で、北極海航路の利活用や北極海の天然資源開発等の経済活動には、航行や資源開発に伴う海洋汚染や温室効果ガスの排出の増加、脆弱な北極海の生態系への影響といった懸念の他、砕氷船の建造費、維持費、人件費を含むコスト問題、天候、海氷、地政学的リスクを含む航路の安定性上の問題、人材育成、継続的な収益性の問題等、環境上、制度上、技術上及び経済上の様々な制約がある。このような状況から、北極域における海洋経済(ブルー・エコノミー)※2に対する我が国産業界の関心は限定的なものとなっており、政府レベルでの政策立案に必要な情報も十分とは言えない状況にある。
海洋経済には、海洋産業(海運、漁業、洋上風力、海洋バイオテクノロジーなど)のみならず、海洋が提供する自然資産や生態系サービスも含まれており、両者は密接な関係にある。したがって、海洋経済の推進には安全で確実な海洋環境が必要不可欠である。そのため、今後の課題として、北極海航路の利活用促進のためのインフラ整備や利用増加のための普及啓発活動、投資促進のための環境整備、イノベーション(技術革新)創出支援の充実化といった経済振興策だけでなく、気候変動を含む、北極域における経済活動に伴う様々なリスクの環境への影響評価やその基盤となる情報の収集・整備、並びに海洋資源の利用における生物多様性への影響評価も重要であり、環境と経済の両方の側面を考慮した施策の実施が必要である。
さらに、北極域の海洋経済の推進が我が国の海洋産業の発展に寄与していくためには、特に、北極沿岸国との二国間の協力関係を構築することが重要である。我が国の海洋産業の国際競争力を強化するためには、官民一体となって、北極海における経済活動への日本企業の参画の拡大のための政策支援や環境整備に取り組む必要がある。このため、北極経済評議会(ArcticEconomicCouncil)や北極サークル(ArcticCircle)といった、産業界が多く参加する対話フォーラムへの日本企業の積極的関与を支援し、我が国経済界の北極域における知見の拡大や産業化の実現に向けた動きを推進するべきである。
※2 海洋経済(ブルー・エコノミー:BlueEconomy)とは、様々な経済分野において持続的な形で海洋資源を利用することを指し、経済成長の促進、生計の向上、雇用、海洋及び沿岸域の環境上の持続可能性の確保といった概念を含む。(World Bank and United Nations Department of Economic and Social Affairs, The Potential of the Blue Economy, World Bank, 2017.)

(1)北極域の持続的な海洋経済振興のためのイノベーション支援
  • 政府、地方自治体、民間企業、研究機関が協力して、環境保全と両立する形での北極海航路の利活用や北極海の天然資源開発、北極海観光といった、北極域の商業利用に関する情報収集及び活用シナリオを研究する。そのため、産学官連携のフォーラムを構築し、継続的な検討を行う。
  • 実証事業の実施や公的資金の活用等を含む、産学官連携の北極海・北極海航路の利活用に関するビジネス形成及びイノベーション創出を支援する。
  • 各種セミナーやシンポジウム等の実施を含む、北極域に関する経済活動拡大のための普及啓発活動の実施を強化する。
  • 特に、北極海航路の利活用に関しては、北海道を中心として、将来的な北極海航路の商業利用を見越した上で、法整備を含めた環境整備を行うほか、連結する港湾、空港の充実、高規格幹線道路網の進展を含めた、必要なインフラ整備を実施する。
(2)北極域に関するビジネスチャンスの創出
  • 海洋分野における産業横断的なイノベーション支援、海洋技術の分野における研究開発拠点の整備、北極圏諸国を含む関係国とのイノベーションの共有を含む知見の交換等を通じた、国際的な北極ビジネスの機会を創出する。
  • 北極海における資源開発に関する関係国との協力推進のため、関心を有する国の政府や研究機関、民間企業と共同でコンソーシアムの創設やシンポジウム等を実施する。
  • 北極経済評議会や北極サークルへの我が国経済界の積極的な参加の支援を含め、産学官連携の下、北極域における産業支援策について検討をする。

4 北極海における安全の確保
海洋における安全は非常に多面的であり、それは北極海においても同じである。北極海をめぐっては、気候変動の影響による海氷の減少に伴い、海上輸送路としての利活用や資源開発の可能性、海洋の科学的調査の活動範囲が広がっている。他方で、北極沿岸国間を中心として、海洋境界の画定や大陸棚の延長をめぐる未解決の問題もあり、一部の国では、自国の海洋権益の確保や領域の防衛の観点から、北極圏に対する軍事力の展開を活発化させる動きも見られる※3
今後、北極海における海氷が更に減少し経済的な活動範囲の拡大が予想される中、北極海航路の利活用や科学的調査による北極の環境保全への貢献を目指す我が国としては、こうした各国の対応が軍事的な緊張や対立に発展することがないよう、二国間や多国間の対話を通じて積極的に働きかけて行くことが重要となる※4。その大前提として、北極海において「法の支配」が確保されることが不可欠となる。この考えに基づき、北極海を含む海洋において、国連海洋法条約を含む関連国際法が適用され、その中で「航行の自由」を含む国際法上の原則が尊重されるよう、北極評議会を含む様々な機会において働きかけることが重要である。また、こうした北極海の安全を取り巻く環境の変化に対応するためにも、我が国の北極海における海洋状況把握(MDA:MaritimeDomainAwareness)の能力を強化することは重要な課題の一つである。
このように、北極海における安全の確保のためには、まずもって「法の支配」の確保が重要となることから、我が国としても、北極海における海洋秩序の維持や新たなルール作りへ積極的に参画・貢献していくことが重要となる。また「法の支配」の確保への貢献として、北極評議会や二国間・多国間のフォーラムにおける対話を通じた、北極圏諸国や関係国との協力関係の維持強化及び外交上の信頼醸成に努める必要がある。
さらに、将来的に北極海における経済活動が拡大した場合、北極海航路の利活用による海上交通の輻輳化が想定されることから、それに伴う海難救助や海上災害に対する支援といった課題への対応も検討する必要がある。この他にも、北極沿岸国との協力を通じた北極海の測量や衛星による海氷観測データの活用を含む、船舶の航行安全のための海図整備や海氷速報図の作成等、我が国の強みを活かした北極海における安全の確保への貢献も重要である。
※3 平成 29 年版防衛白書、第 I 部第 3 章第 3 節 2 参照。
※4 なお、北極評議会(AC)の設置を確認したオタワ宣言(1996 年 9 月 19 日)において、軍事・安全保 障関連の問題は AC では扱うべきでないことが確認されている。北極における軍事・安全保障関連の問題 については、AC 加盟国を中心とする軍関係者で構成される「北極圏安全保障軍事会議(Arctic Security Forces Roundtable:ASFR)」が、北極の海洋状況把握の向上や捜索救助における協力・情報共有の促進 の場としての役割を果たしている。

(1)北極海における「法の支配」の確保への貢献
  • 北極海において、引き続き国連海洋法条約が適用され、「航行の自由」を含む国際法上の原則が尊重されるよう、北極評議会を含む多国間のフォーラムや北極圏諸国との二国間との対話において働きかける。
  • 北極海における海洋秩序が維持されるよう、我が国も関係国として将来的な北極海に関するルール作りに積極的に参画をし、北極海の平和的利用が確保されるよう、関係国と緊密な協力関係を構築する。
  • 北極海における資源開発等をめぐる緊張の高まりが軍事的な緊張に発展することがないよう、海における法の支配につき国家間に共通の理解を醸成する必要性を北極評議会等の関連フォーラム及び関係国との対話おいて働きかけていく。
(2)北極海における海洋状況把握(MDA)の能力強化
  • 北極海における安全、経済、環境に影響を与える可能性のある事態に対応するため、北極海に関する多様な情報を一元的に集約・管理できる体制を整え、関係省庁間での情報共有や運用面での協力体制を強化する。
  • 海洋観測等に必要な施設等の整備や観測技術・システムの開発を含む、北極海の観測・調査・モニタリングの充実や強化に取り組む。
  • 北極海航路における船舶の航行安全のため、北極沿岸国との協力等を通じて、北極海の海図整備及び海氷速報図の作成に取り組む。また、関係国との海洋情報の共有を図る。

5 北極域に関する国際協力の推進
北極域における環境変化の影響は、北極圏、非北極圏を問わず国際社会に対して様々な課題をもたらしており、その対応には二国間及び他国間での国際協力は不可欠である。同様に、北極域の環境変化が北極海航路の利活用や天然資源の開発等に関する新しい産業を生み出しており、北極域における持続可能な開発を実現するためには、国家間レベルのみならず、産業界及び研究コミュニティ間での国際協力も重要である。
北極に係る国際協力の調整やそのためのルール形成については、実質的に北極評議会(AC)において議論が進められているところ、積極的な関与なしに北極の可能性を我が国の国益につなげることはできない。また我が国はACのオブザーバー国であることを踏まえ、北極に関する諸問題に関して一層の国際貢献が求められている点にも留意する必要がある。そのため、ACの関連会合等に対する我が国専門家の派遣やそれらの関連会合において北極域の持続可能な開発に資する具体的な方策が提示できるよう、北極域に携わる専門的な人材を育成していく必要がある。また、人材育成に係る国際協力の一環として北極圏諸国を含む関係国との国際共同研究の実施も重要となる。
このように、北極における諸課題は多岐にわたり、単独又は北極圏諸国だけでは対応することは不可能である。越境的・地球規模的な影響を有する北極をめぐる諸課題と新たな機会に対応するため、我が国は、強みである科学技術の分野を活用し、北極圏諸国及び非北極圏諸国との二国間及び多国間の協力関係を更に強化し、北極における海洋ガバナンス強化のための様々な国際的枠組みへの関与を強化すべきである。
また、国際協力の一環として北極域における「持続可能な開発目標(SDGs)※5」の実現に貢献することも重要である。ACは、2017年5月のフェアバンクス宣言において、「北極における持続可能な開発目標(SDGs)の実現の重要性」を確認している。海洋立国及びACのオブザーバー国である我が国としても、北極域におけるSDGs実現への貢献は重要な課題の一つである。したがって、北極域における海洋に関する施策を立案するに当たり、我が国もSDGsの要素を念頭に置いた施策を立案し、北極域におけるSDGsの達成に積極的に貢献していく必要がある。
※5 2015年9月に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」。先進国を含む地球全体で取り組むべき課題を含む17の目標と169のターゲットとい
う広範な目標を設定している。海洋に関して「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用すること」を目標(目標14)として掲げている。

(1)北極域に関する国際ルール作りへの貢献
  • 北極評議会(AC)をはじめとした、北極域に関する国際的なルール形成に関する関連会合に積極的に参画し、我が国及び国際社会の利益が確保されるよう、科学的根拠に基づき建設的な議論を喚起する。
  • 北極海を含む海洋において、国連海洋法条約を含む関連国際法が適用され、「航行の自由」を含む国際法上の原則が確保されるよう、関係国に対して「法の支配」に基づいた行動を取るよう積極に呼びかけていく。
(2)北極域に関する国際的な科学技術協力の推進
  • 北極海の温暖化やその全球的影響を含む北極における環境問題への対応に貢献するため、自然科学分野のみならず、人文・社会科学分野における国際的な共同研究を推進し、その科学的知見の国際社会への発信をすることで、北極における諸問題への対応に貢献する。
  • 北極関係諸国との二国間・多国間の共同海洋調査の実施や科学技術協力協定の締結を含めた、協力関係の構築を推進する。
(3)北極域の諸問題解決に貢献する人材の育成
  • 北極域の諸問題解決に貢献するため、自然科学(技術含む)、人文・社会科学を問わず専門的人材を養成・確保する教育・研究支援策を推進する。
  • 国際協力の一環として、北極圏に位置する研究・観測拠点の整備や研究者の交流事業等、我が国との国際共同研究に対する支援を通じた北極関係国の能力開発に貢献する。
(4)北極域における「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成への貢献
  • 2016年12月に、内閣の「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」と「持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための具体的施策」の実施において、特に目標13(気候変動)及び目標14(海洋)の達成に関して、北極域に関する要素を考慮した施策を実施する。

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