Proposal / Research

提言・研究成果

沿岸域総合管理の推進に関する政策提言 市町村主体による地方沿岸域の総合的管理に向けて

背景
沿岸域は、多様な地形を有し、森川里海が交わる場として豊かな生態系を涵養し、人々の居住、漁業、農耕、さらには海上交通、商工業立地など人間社会の営みにとって重要な地域であり、沿岸、特に内海、内湾、河口などに都市が発達してきた。沿岸域には森川里海の連関があり、それぞれに豊かな生態系が存在し、それらが水(海水)を介してつながることで物質循環が活発となり、豊かな生物資源を提供してきた。20世紀の後半に入ると、沿岸の都市およびその周辺への人口や産業の集積が急速に進み、それに伴って浅海域の埋立てが進行した。他方、産業・生活から大量の汚水・廃棄物が河川・海域へと排出された。
沿岸の地域社会は、これらの急激な発展とそれに続いて起こった環境悪化、生物資源の減少、そして沿岸域の利用の競合などの問題に直面してそれらへの対応を迫られ、その模索の中から陸域・海域からなる「沿岸域の総合的管理」に「多様な関係者が参加して計画的、順応的に取り組む」という政策概念が生まれてきた。これには、市民が地域社会の問題を自らの問題としてその解決に取り組むという民主主義を取り入れた市民社会の発達という20世紀後半を特徴づける人間社会の側の変化も大きく寄与している。
国際社会においては、沿岸域総合管理は、1960年代にスタートした米国カリフォルニア州のサンフランシスコ湾地域の沿岸域管理に端を発し、1972年の米国「沿岸域管理法」の制定、1980年代におけるカナダ、ヨーロッパ諸国、オーストラリアでの沿岸域総合管理の広がり、1992年の国連環境開発会議(地球サミット)の行動計画「アジェンダ21」へ沿岸域総合管理による持続可能な開発の義務が明記されたこと等により沿岸域総合管理が国際標準的なシステムとなり、アジアなどへと広まっていくとともに、GEFプロジェクト等により東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)等の地域における実施も進められてきた。
我が国の沿岸域においても、1960年代からの経済発展期の人口が密集し複数の自治体が水域を共有する都心部の沿岸域(以下、都市沿岸域と称する)への人口集中、環境への負荷の増大を受け、公害や内湾・内海の環境問題への対応がなされ、水質汚濁防止法(1971年)や瀬戸内海環境保全臨時措置法(1973年)等の制定、海岸法の改正(1999年)が行われた。1998年の全国総合開発計画「21世紀の国土のグランドデザイン」に至り、沿岸域圏総合管理への取組みが謳われ、2000年に「沿岸域圏総合管理計画策定のための指針」が決定された。しかし、我が国の沿岸域総合管理は全国的にはあまり進展しなかった。我が国で沿岸域総合管理が新しい段階に入る契機となったのが、海洋基本法(2007年)の制定である。同法が定める12の基本的施策のひとつとして「沿岸域の総合的管理」が初めて法律に位置づけられた。
都市沿岸域においては、2003年に都市再生本部の第3次決定に「海の再生」が記され、海の再生プロジェクトとして、2003年から順次、東京湾、大阪湾、伊勢湾(三河湾を含む)、広島湾で国の関係省庁、地方自治体が主体となり再生推進会議が発足し、各々10年計画の再生行動計画が策定されている。例えば、東京湾では、2003年に「東京湾再生のための行動計画」を策定し、陸域対策、海域対策、モニタリングの3つの柱で「快適に水遊びができ、多くの生物が生息する、親しみやすく美しい「海」を取り戻し、首都圏にふさわしい「東京湾」を創出する」という目標を掲げて取り組んだ。2013年から第2期の行動計画を実施しているが、第1期の反省を踏まえ、より多くの関係者を連携しながら活動の輪を広げるために、従来の行政主体の東京湾再生推進会議に並んで東京湾再生官民連携フォーラムを設置し、市民・企業・関係者からの意見を取り入れる仕組みを充実させた。こうした先進事例により、都市沿岸域の総合的管理の進展が期待されている。地方沿岸域においては、里海・里山などの地域住民の知恵の蓄積があり、基礎自治体が単独に近い形で管理を運営できるため、地方自治体が本来持っている総合性を発揮し、沿岸域総合管理が実施されていくことが期待される。しかし、市町村合併による地方自治体の広域化、環境悪化の進行、疲弊する地域経済振興と環境保全の両立の難しさ、海域利用の多様化による利用間調整の必要性など多くの課題に対応するための人的・財政的・技術的資源が十分でないことなどから、思ったように沿岸域総合管理が進捗していないのが現状である。
新たな海洋基本計画(2013年)において「各地域の自主性の下、多様な主体の参画と連携、協働により、各地域の特性に応じて陸域と海域を一体的かつ総合的に管理する取組を推進することとし、地域の計画の構築に取り組む地方を支援する。」と記され、「多様な関係者が参加して計画的、順応的に取り組む」という沿岸域総合管理の推進・支援が謳われた。しかし、残念ながら、沿岸域総合管理計画の立案やその実施に向けた具体の支援については、いまだ十分な施策が実施されている状況にはない。

1. 沿岸域総合管理のすがた

本提言では、「沿岸域を海域・陸域一体のものとして捉え、多様な関係者の合意に基づいて、その自然の恵みの持続的利用と環境保全の均衡および社会活動の複雑化・高度化に対応した利用間の調整を図る沿岸域総合管理計画を策定し、関連の事業を順応的に実施していく仕組み」を沿岸域総合管理と定義する※3
  • 21世紀の国土のグランドデザイン(1998):沿岸域の安全の確保、多面的な利用、良好な環境の形成及び魅力ある自立的な地域の形成を図るため、沿岸域圏を自然の系として適切にとらえ、地方自治体が主体となり、沿岸域圏の総合的な管理計画を策定する。
  • 沿岸域圏総合管理計画策定のための指針(2000年):沿岸域において、安全で多様な機能をもつ質の高い空間の形成や、美しく健全な沿岸域環境の復元・創造を推進するに当たっては、沿岸域における総合的な調整・管理が必要である。
  • 日本沿岸域学会2000年アピール(2000):沿岸域は、水深の浅い海とそれに接続する陸を含んだ、海岸線に沿って延びる細長い帯状の空間である。またそこは陸と海という性質の異なる環境や生態系を含み、陸は海からの、また海も陸からの影響を受ける環境特性を持っている。
  • 米国沿岸域管理法(CZMA)(1972)※4:沿岸域管理法の目的として、(1)沿岸域の資源の将来世代に対しての保護、保全、開発、再生、修復すること(2)州が沿岸域に責任を持って、経済的な観点だけでなく生態的、文化的、歴史的、美的配慮の元、開発と推進の管理プログラムにより陸地と海域を賢く使うこと、(3)重要な自然資源を保全するために空間計画を導入すること、(4)市民の参画と協同を推進すること、(5)国、州、地方機関との調整、協同を図ること、(6)変化し続ける状況が沿岸の環境や資源の管理に影響することに対応すること等が示されている。
  • Chua(1993)※5:海洋・沿岸域総合管理の主たる目的は、持続可能な開発と沿岸域とそこに生息する生物的な資源の有効な利用である。海洋・沿岸域総合管理は持続的な海洋と沿岸域の管理を推進する動的で学際的、参加と相互関係を持った過程であり、環境、経済、社会文化、レクリエーションの目的の利用を長期的に均衡させる。海洋・沿岸域管理は、定義された海洋・沿岸域における人々の活動に総合的な計画手法と管理を適用する。そのときに生態学的、社会的、文化的、経済的な面やそれらの間の相互作用を考慮する。理想的には、海洋・沿岸域総合管理は、地形学的な境界で定義された中、緻密に総合化され一貫した管理の枠組みの中実施される。こうした沿岸域総合管理を地方沿岸域に適用することを前提として、その基本的な概念である対象、狙い、主体、プロセス、位置づけ、効果について以下のように整理する。
こうした沿岸域総合管理を地方沿岸域に適用することを前提として、その基本的な概念である対象、狙い、主体、プロセス、位置づけ、効果について以下のように整理する。
※3 2013年の提言において、沿岸域総合管理が6つの概念(対象となる沿岸域の設定、地域が主体となった取組み、総合的な取組み、協議会等の設置、計画的・順応的な取組み、地方公共団体の計画への位置づけ)からなると示されている。
※4 Coastal Zone Management Actof 1972,16 U.S.C.§1451-1465.
※5 Chua,T.E.(1993).Essential elements of integrated coastal management.Ocean&Coastal Management,21:81-108.
1. 対象とする沿岸域
沿岸の諸問題が相互に密接な関連を有し及び全体として検討されるべきでることに鑑み、地方自治体が一体的に考えるべき陸域・海域を本提言で扱う沿岸域の範囲とする。特に、自然地形(海域においては内湾のような閉鎖性水域、外海に面する海岸線、地先水面など、陸域においては河川流域など)、一次産業(漁業、農業や林業)、社会活動(海運・舟運・陸運や人の行き来など)が、それぞれの沿岸域を特徴づけている。
  • 米国沿岸域管理法(CZMA)(1972):沿岸域は、沿岸の水域(海底下および接する陸域を含む)と隣接する海岸地(その中の水域や地下水を含む)、近接し強く相互作用を及ぼすいくつかの沿岸州の海岸線や、島々、潮間帯、遷移帯、塩田、湿地、海岸を含む。
  • 沿岸域圏総合管理計画策定のための指針(2000):沿岸域は、水圏、地圏及び気圏の交わる空間であり、自然の微妙なバランスの下、優れた景観や多様で豊かな生態系が形成されるなど環境上貴重な資源である一方、産業利用、交通・物流利用、観光・レクレーション利用等さまざまな利用の要請が輻輳し、多様な関係者間の調整を要するなどの特性を有していること。このような特性を有する。
  • 日本沿岸域学会2000年アピール(2000):「沿岸域は、水深の浅い海とそれに接続する陸を含んだ、海岸線に沿って伸びる細長い帯状の空間である。またそこは陸と海という性質の異なる環境や生態系を含み、陸は海からの、また海の陸からの影響を受ける環境特性を持っている。」また、沿岸域総合管理法で定めるべき管理範囲について、「海域においては海岸線から領海までとし、陸域は海岸線から海岸線を有する市町村の行政区域、および必要な場合はその沿岸域に大きな影響を与える河川流域の範囲を最大として、当該沿岸域の地域特性に応じて決定する。」
  • カリフォルニア沿岸管理計画:一番近い沿岸山地から州の管轄水域(State Waters)の境界までの陸から海までを一体として沿岸域としている。米国においては、州の管轄水域は原則、岸から3海里であるので、当該計画では、陸域の分水嶺から、岸から3海里外縁とする海域までの範囲を管理対象としている。
  • 志摩市里海創生基本計画(沿岸域総合管理計画):志摩市では、陸域は市域全体、海域は共同漁業権が設定されている海域とした。下図参照(左:英虞湾沿岸域、中:的矢湾沿岸域、右:太平洋(熊野灘)沿岸域、緑色部分が陸域、水色部分が海域)
志摩市里海創生基本計画の取り組みを実施する区域

志摩市里海創生基本計画の取り組みを実施する区域

2. 沿岸域総合管理の狙い
地方自治体において沿岸域総合管理計画の策定や沿岸域総合管理協議会の設置による沿岸域総合管理の実施が図られるならば、海域と陸域を一体として捉えた合理的な資源管理(生物、鉱物、景観など)やその恵みの利用と環境の保全の均衡を図ること、錯綜する管理主体・法制度にまたがる利用に関する調整を行うことが可能となる。特に、計画策定段階から市民・関係者の参画を得、十分な情報共有を行い、合意形成を進めていくことで、問題が発生してから対処療法的に対応するのではなく、長期的・総合的視野に立って予防的・計画的に問題解決に取り組むことが可能となる。
  • 比較的小規模で、独立もしくは複数の地方自治体が関与する地方の沿岸域においては、地方自治の総合性を持って沿岸域総合管理がなされるべきものであると期待される。市町村が比較的小規模であった場合には、住民一人一人の意見が反映されるようなきめ細やかな地方自治機能が発揮されていたと考えられるが、平成の市町村合併による地方自治体の広域化に伴い、行政の組織が大型化し、業務分担が細分化していくと、以前に有していたような地方自治機能が市町村の周辺部までいきわたらないといった状況が生じる場合もある。
また、計画立案から実行、評価、計画への反映といった順応的管理(PDCAサイクル)を組み込むことで、自然環境や社会経済状況の変化に応じた実施が可能となり、限られた人的・財政的資源の有効な活用が図られる。
  • 志摩市の里海創生基本計画においては、順応的管理の仕組みが取り入れられており、準備、課題認識の後、設定された基本方針に則り、計画策定、事業実施、修正・拡大(評価と計画修正を含む)が実施されている。
計画の進捗管理の考え方

計画の進捗管理の考え方

海域・陸域を含む沿岸域において、海域は国土としての管理や港湾、水産の利用に関する管理などが実施されている。これらは、個別の法制度に則り、財産管理・機能管理の面から実施されているものであり、いまだ横断的な管理制度は確立されていない。沿岸域総合管理のための協議会は、こうした個別管理の諸計画との調整を図る場としても有効である。
  • 沿岸域総合管理のための協議会に関係する国や県の関係者が参加することで、整合性の確保に関する指導や調整を図ることができる。例えば、志摩市の里海創生推進協議会には、環境省中部地方環境事務所や三重県南勢志摩地域活性化局、三重県水産研究所からの出席があり、国と県による志摩国立公園の管理と自然再生の取組みに関する調整、情報交換がなされている。
  • 地方自治体内での調整として、総合計画の重要性が挙げられる。地方自治法の規定により、ほとんどの市区町村で総合計画および、その最上位に位置づけられる「基本構想」を策定している(平成23年の地方自治法の改正により、この規定は廃止されているが「基本構想」の必要性を否定したものではなく、むしろ地方自治体が自由な発想で主体的に策定することが期待されている)。こうした総合計画の中に沿岸域総合管理を位置づけることで地方自治体内での持続的な調整が図られる。
3. 沿岸域総合管理の主体
地域における沿岸域総合管理の主体は、その人的・財政的・組織的な持続性を担保するためにも地方自治体であることが望ましい。その関与形態として、その沿岸域の大きさ、行政界との関係から、①単独の市町村(志摩市、小浜市等)、②複数の市町村(宿毛湾等)、③複数の市町村及び県(大村湾等)、④離島の市町村(竹富町等)、⑤大規模な都市臨海部を持つ内湾域(東京湾等)のパターンが考えられる(別紙1を参照)。本提言では、①及び②までを主たる対象として取り扱うこととする。
  • 単独の基礎自治体が主体となる場合には、自治体本来の持つ総合性が最も発揮されやすい。特に志摩市では、管理主体として対応するための体制として、里海推進室という沿岸域総合管理の窓口であり調整役を担う部署が設置されている。
  • 単独の基礎自治体であっても、合併による広域化を経験している場合(志摩市:2004年に5町が合併した)と、そうでない場合(小浜市:平成の大合併以前からの市域を継承)がある。合併して広域化することで広い沿岸域を一体として管理することが可能になると同時に、自治体内で複数の沿岸域に細分化されたり、旧の町単位での独自性が残っていたりすることが沿岸域総合管理を複雑化させることも考えられる。
  • 日本沿岸域学会の2000年アピールでは沿岸域総合管理主体の設置に関し、「沿岸域総合管理の基本単位は狭域管理主体とし、地先沿岸域の管理を行う市町村の行政範囲またはその連合体とする。」とされている。
  • 地形的な境界を基に沿岸域の範囲を画定すると、宿毛湾のように宿毛市と大月町といった複数の市町村が主体となる場合が生じる。地形的な一体性が高い場合には、産業活動や人的交流を含め複数の地方自治体といえども連携が十分取れており、沿岸域総合管理を複数の主体で実施していくことは可能と考えられる。
  • 沿岸域が大規模になってくると、より多くの地方自治体が関与する可能性が出てくる。大村湾では、5市5町が湾を取り囲むとともに、大村湾環境再生・活性化行動計画を長崎県が策定する等、並列の地方自治体が関与するだけでなく、県と市、町といった階層の異なる地方自治体が関与しており、管理主体が輻輳化してしまう。大規模な都市沿岸域などでは、「海の再生プロジェクト」を実施する際に「再生推進会議」といった複数の行政が参加する管理主体を設置することもある。
  • 離島においては、周囲を海で囲まれているという地形的特徴に加え、特徴的な生態系(亜熱帯域であればサンゴ礁など)を持ち、そうした自然を背景に特有の文化を発達させている場合がある。沿岸域総合的管理の推進においては、その特徴に配慮することが必要である。
  • 海洋政策研究財団が2014年に行った意識調査の結果では、都道府県や、海洋関連産業の企業などに比べて、市町村における「沿岸域の総合的管理」や、それを位置づけている海洋基本法、海洋基本計画の認知度が低く、市町村のような地方自治体が主体として取り組むためには、幅広い人材育成や能力開発、周知啓発が必要であることが示唆されている。
我が国の法制上、海は原則として私的所有の対象とならないため、海の管理の主体は公的主体とならざるを得ない。しかし、漁業協同組合やNPO団体などが実質的な管理を主導することもありうる。
  • 岡山県備前市の日生町漁業協同組合は、独自に始めたアマモ場の再生活動を日生藻場造成推進協議会に発展させ、岡山県・おかやまコープ等との連携事業も実施している。最近では、日生中学校に協力し、総合学習を通した海洋教育の推進にも協力している。
  • 自然再生推進法による自然再生協議会を設置している場合においては、管理計画の策定、保全施策の実施などを多様な主体が分担しながら行っている事例が存在する。沖縄県の石垣島と西表島の間に広がるサンゴ礁海域の石西礁湖(せきせいしょうこ)では、地元住民や市民団体、行政など、様々な主体が集まり、2006年に自然再生協議会を結成し、石西礁湖の自然再生に向けた様々な取組を行っている。
  • 北海道鵡川町の鵡川河口干潟の再生事業の実施にあたっては、地域住民や学識者、河川管理者、漁業関係者等からなる「わくわくワーク・むかわ」を設置し、現存する河道内の干潟および再生する干潟の保全、貴重な水産資源(シシャモ)の保全の実施が行われている。
4. 沿岸域総合管理の進め方
沿岸域総合管理を実施する5つの段階がある。これらの段階は、必ずしも順番に実施されるものではなく、前後したり同時進行したりする場合もある。
①海陸を一体とした状況把握:区域の設定、海域・陸域の一体とした特性把握、評価
②地域の関係者による合意形成:関連協議会、研究会、協議会の開催
③関連計画との整合に配慮した沿岸域総合管理計画の策定:根拠となる総合計画への位置づけ、独自の管理計画の策定、ゆるやかな調整
④順応的管理による事業実施:事業実施計画の策定、順応的な事業実施、持続的な実施体制の確立
⑤沿岸域総合管理計画の評価と見直し:事業実施の評価、計画策定の成果の評価、見直しによるPDCAサイクルの実施
東アジア海洋環境管理パートナーシップ(PEMSEA)で提唱されている沿岸域総合管理の実施サイクルの例

東アジア海洋環境管理パートナーシップ(PEMSEA)で提唱されている沿岸域総合管理の実施サイクルの例

5. 沿岸域総合管理計画の位置付け
沿岸域総合管理計画は、沿岸域に含まれる多岐にわたる空間、資源、行為を管理対象とすることから、国や県などが策定する法定計画(海岸保全基本計画や港湾計画等)や、その他の計画(漁業権の設定や一般海域の利用等)との整合を図ることが必要である。沿岸域において、そうした多様な管理計画の調整を行う法制度は整備されてこなかったことから、沿岸域総合管理計画を策定する過程において、関係者の協議を基本にしてそれらの計画との調整を図りつつ、沿岸域総合管理計画を策定することが必要である。沿岸域総合管理計画を、地方自治体が策定する総合計画や地方創生のための地方版総合戦略等の一部に組み込むことで、地方自治体における計画の位置付けを明確にすることが重要である。
  • 沿岸域総合管理計画の策定時に、必要な関係者の参画を得て内容の整合を図る形を取ることで実行できるが、一旦策定した沿岸域総合管理計画を尊重する意味においても、国などが上位計画の改訂する時などに、十分にその内容を尊重するための措置を講ずることを明確にしておくことが望ましい。
  • さらには、そうした措置を確固たるものにするために、将来的には沿岸域総合管理計画をその要件に従い、審査・認可するといった制度の設立についても検討すべきである。例えば、地域の主体的な取り組みを支援する仕組みとして、地域が一定の要件を満たす計画をつくって申請をした場合に、助成金なりあるいは技術的支援なりを行うという国による支援制度の運用に組み込まれた形の審査・認可の仕組みもあり得る。
  • 志摩市の里海創生推進協議会においては、国や県の関係者が、計画の評価・見直し作業に参加している。そうした関与は、沿岸域総合管理計画の策定において他計画を尊重すること、また他計画の改正時に沿岸域総合管理計画に配慮されることを可能としている。
6. 沿岸域総合管理の効果
沿岸域総合管理を実践することで以下のような効果が期待できる。
(ア)地方自治体による総合的な取組みの推進
①内湾、地先水面、島と島の間の海域等身近な海域を市町村区域に編入することにより、市町村が身近な沿岸域について自らの問題として総合的に取り組むことができる。
②沿岸の陸域、海域に関する様々な管理制度を横断的に整理して、関係者が総合的な地域計画を共有して取り組むことができる。
(イ)地域特性に配慮した環境と資源の保全と利用の調和の実現
①生物多様性(種、群集、生態系)の保全に寄与する利用計画の策定が図られる。
②地域産業の振興や地域としての社会活動の取組みの一環としての森川海の一体的な自然環境、生態系機能の維持の実施を目指すことができる。
(ウ)地方自治体による自主性を持った持続可能な開発の推進
①過疎化、高齢化の進行が著しい沿岸域・離島の地域社会の活性化対策(定住促進、IJUターン促進等)として活用できる。②合併等により広域化した市町村において、これまでの地域・集落が培ってきた生活共同体としての機能を維持して地域を活性化する手段(地域内連携の強化、地元全体での観光客の受け入れ等)として活用できる。
(エ)多様な主体の参加による当事者意識の醸成と新たな展開
①様々な関係者が国や地方自治体のリードにより、共通のテーブルについて議論することにより、参加者同士のネットワークができ、そのネットワークの中で新しいビジネスチャンスが広がり、地域の活性化や地方創生(地域産品のブランド化、新規産業の展開等)につながっていく。
②産業の多角化、多様化を推進するための調整がなされていく(例えば、海洋再生可能エネルギー開発事業に漁業者が参画するなど)。
(オ)関連自治体とのネットワーク強化
①国内ネットワーク会議などに参加することで自治体同士の連携強化を図るとともに、そうした連携を通した情報交換、相互援助等により、沿岸域総合管理の推進を図ることができる。
②PEMSEAの地方自治体ネットワーク(PNLG)のような国際連携を進めることにより、世界とのつながりが強化され、地域の視野の拡大が図られるとともに、自らの地域の良さ・特徴の再認識をすることができる。

2. 沿岸域総合管理の普及・拡大に向けた提言

提言(総論)
沿岸域総合管理の仕組みを用い、地域の計画の構築の促進と、そうした地域を支援する方策を早急に確立すべきである。

解説
地域の沿岸域は、豊かな恵みをもたらし、地域に根ざした産業、文化の継承・発展等に重要な役割を果たしてきた。しかし現在では人口減少、環境悪化、天災への不安、地域経済の落ち込みなど多くの問題を抱えている。
「沿岸域の安全の確保、多面的な利用、良好な環境の形成及び魅力ある自立的な地域の形成を図るため、関係者の共通認識の醸成を図りつつ、各地域の自主性の下、多様な主体の参画と連携、協働により、各地域の特性に応じて陸域と海域を一体的かつ総合的に管理する取組を推進する」とした海洋基本計画に則り、沿岸域総合管理の仕組みを用いて、地方自治体の主体的な計画策定とそれを支援する国の制度の充実(活用も含む)を図ることが必要である。その際には、上位計画との整合に配慮する必要がある。
国はまち・ひと・しごと創生法に基づき長期ビジョン・総合戦略を策定し、東京一極集中の是正、若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえ、地域の特性に即して地域課題を解決するという基本的な視点の下、まち・ひと・しごとの創生とそれらの間の好循環の確立により、活力ある日本社会の維持を目指している。地方創生の流れの中で示されている地方版の総合戦略の策定にあたり、沿岸域総合管理の仕組みが活用されることを期待する。
以下に具体の提言を1から3に列挙する。
提言1
地方自治体は、沿岸域総合管理の仕組みを用いて、陸域と海域を一体的かつ総合的に管理する取組の推進を目指すべきである。

解説
地方自治体が管理の主体となり、沿岸域総合管理を進めていくためには、海陸を一体とした状況把握、地域の関係者による合意形成、上位計画との整合に配慮した計画策定、持続的な実施体制の構築、順応的管理の仕組みを用いた事業実施・評価に取組むべきである。そうした要件を持った沿岸域総合管理を実施することで、地域が主体となり、市民が地域社会の問題を自らの問題として取り組む体制が構築される。

(1)海陸を一体とした状況把握
対象となる地域の社会的、自然科学的条件を把握し、沿岸域総合管理を実施するための対象区域の設定、連携すべき関係者の抽出を行う段階である。担当者および当該地方自治体が沿岸域総合管理の全体像を十分把握し、判断をするに足る情報を収集することが肝要である。
2)地域の関係者による合意形成
沿岸域総合管理を実施する根拠となるように、地方自治体の総合計画に「沿岸域総合管理」を位置づけ、協議会などを設置することで多様な関係者との話し合いの場を持ち、沿岸域総合管理の取組みで目指すべき方向性についての合意形成をはかる。これは、沿岸域総合管理計画の策定前に実施されるべき体制整備でもある。
(3)関連計画との整合に配慮した沿岸域総合管理計画の策定
地方自治体内での調整として、総合計画への位置づけ、連動が挙げられる。地方自治法の規定により、ほとんどの市区町村で総合計画および、その最上位に位置づけられる「基本構想」を策定している(平成23年の地方自治法の改正により、この規定は廃止されているが「基本構想」の必要性を否定したものではなく、むしろ地方自治体が自由な発想で主体的に策定することが期待されている)。こうした総合計画に沿岸域総合管理を組み込むことで地方自治体内での調整が図られる。
通常は先行して策定された総合計画に基づき沿岸域総合管理計画を策定するが、場合によっては、両計画が同時並行的に議論されていくこともある。こうした調整においては、市長・町長・村長ら首長によるイニシアチブの発揮といったインセンティブが与えられることが望ましい。
(4)順応的管理による沿岸域総合管理事業の実施
(4-1)個別事業の実施計画の策定
事業内容によっては、次の事業実施と同時並行的に計画策定が進む場合もあるが、事業実施計画をまず作成し、PDCAサイクルにより実施し、事業評価を経て計画の修正を行うプロセスを経ることが望ましいと考える。
(4-2)体制構築
沿岸域総合管理を実施する主体の中に、企画・調整機能を持った担当部署が設置されることが望ましい。特に市民参加の促進も含めた関係者との連携や、部署間の調整、ノウハウや経験の蓄積といった面から、継続して担当できる職員の配置や、次の世代に継承していくための人材育成に配慮する必要がある。
首長らによるイニシアチブの発揮といったトップダウン型の実施体制と合わせて、こうしたボトムアップ型の実施体制の充実も重要である。
(4-3)事業実施
地方自治体においては、市民参加、順応的管理といった事業実施の枠組みを十分に取り入れて進めていく必要がある。特に、事業間の調整や、関係者との連携、事業実施に係る専門家からのアドバイスの適時の受け入れが、スムーズな事業実施に欠かせない。
(5)沿岸域総合管理計画の評価と見直し
沿岸域総合管理を持続的な事業形態とするためには、定期的に事業評価をし、その結果を、計画修正に反映させるPDCAサイクルの確実な実行が欠かせない。特に、評価プロセスへの市民参加や効果的な評価手法の採用といった面で工夫が必要である。
評価のための指標の作成や評価にあたっては、評価者が第3者的な視点を持つこと、評価方法に他の地域との比較などを想定した汎用性を持たせることなどに配慮することが必要である。また、評価の目的は計画改訂に反映させ、より良い計画に昇華していくことにあるので、評価と同時に計画改訂に向けた提言的な指針を示すことも大切である。
提言2
国は、海洋基本法、海洋基本計画に示された、基本的施策である「沿岸域の総合的管理」にもとづいて地方自治体に対する支援の仕組みの構築を推進すべきである。

解説
国は、地方自治体の沿岸域総合管理への取組みを支援するため、段階に応じ、制度的、人的、財政的、技術的支援を実施すべきである。その中で特に
  • 地域がつくった計画と国の計画との整合性を担保すると同時に、地域がつくった計画を尊重する仕組み(計画の奨励と認定等)の確立
  • 地域がつくった計画を実施するための財政的支援・各省庁の関連事業予算等の活用(情報提供とコーディネイション等)の実施
  • 技術的支援としての、人材育成のための仕組みづくり(各種ガイドライン等の資料提供、研修の実施やスキル認定等)、人的支援(人事交流など)の促進
などは優先度の高い支援策として考えられる。

(1)海陸を一体とした状況把握
国は、地方自治体が具体の調査に着手する前に「沿岸域総合管理」の全体像を把握することを支援することとし、上で、そのために全体像把握のためのガイドラインの提供、社会的、自然的条件の把握のための調査の支援および、調査実施に係る専門家からのアドバイスの提供などを行うことが有効であると考えられる。また、地方自治体が海域の問題を行政事務として取り扱う前提として、海域(内水)の市町村域への組み入れが望ましく、そうした手続きの整備も必要である(提言3参照)。
(2)地域の関係者による合意形成
こうした準備段階の作業については、地方自治体の基礎的な事務として実施するために、自由度の高い国の予算の準備が望ましい。地方交付税の追加配分や、地域の計画策定にも活用できるような予算などのが考えられる。また、計画策定に向けた議論のファシリテーション技術に関する能力増進の支援も必要である。
(3)関連計画との整合に配慮した沿岸域総合管理計画の策定
国は、地域が沿岸域総合管理計画を策定する際に、既にある国などの個別の管理計画との整合を図るため、沿岸域総合管理計画策定のための協議会に、関係する国や県の関係者を積極的に参加させることが望ましい。
国は、地域が主体となった沿岸域総合管理計画の策定を進めるため、市民参加や計画策定についてのガイドラインの策定や、国や県からの計画策定の奨励といったインセンティブを与えることが望ましい。
(4)順応的管理による沿岸域総合管理事業の実施
(4-1)個別事業の実施計画の策定
沿岸域総合管理事業実施に向けた個別の実施計画の策定に当たって、国は、地方自治体が他事業の経験や知恵を正しく反映させるために、事例集などを提供すること、他の計画との整合を図るために県や市との連携を密にすること等が望ましい。
ガイドラインや事例集などの内容を普及させるための研修を、各地域の特性や要望に応じて実施することが望ましい。
(4-2)体制構築
地方自治体における取組み体制を強化するために、国と地方自治体の交流人事や人材派遣、研修の実施等による能力開発、人材育成、普及啓発などを推進することが望ましい。
(4-3)事業実施
国において、沿岸域総合管理および、その事業を推進するための直接的な予算措置はなされていないが、地方創生に関連する交付金や、社会資本整備総合交付金のように個別補助金を一括し、地方自治体にとって自由度が高く、創意工夫が活かせる交付金など、活用可能な財政措置がなされている。国は、こうした関連予算の紹介やコーディネイションを実施し、沿岸域総合管理への活用を促すことが望ましい。
(5)沿岸域総合管理計画の評価と見直し
沿岸域総合管理計画の評価手法についての知識と経験を持った専門家の派遣、ガイドラインの提供などが国からの支援として期待される。
提言3
自然的社会的条件からみて一体的に施策が講ぜられることが相当と認められる沿岸域の総合的管理の対象となる「海域(地先水面)」については、市町村域への編入について市町村から申請があった場合は、国は積極的にこれを認め、海域においても陸域同様に市町村による管理が実施される環境を作り、市町村の行政事務として海域と陸域を一体として沿岸域総合管理計画を策定することを奨励すべきである

解説
市町村の目の前の地先海面は、陸域同様、産業活動や市民活動の場であることから、環境の保全と持続可能な開発の両立、多様な利用の調整など、市町村が主体的に管理すべき場である。例えば、閉鎖性海域を囲むように市町村が立地している場合などは、湖沼と同様、市町村の区域として管理することが望ましい。市町村の区域となれば、海域と陸域を一体として沿岸域総合管理計画を立案し、沿岸域での事業が主体的に実施できるようになるとともに、いままで管理責任や窓口の所在が明確でなく実施が困難であった課題に対しても、市町村の行政事務として位置づけ、対処していくことができるようになる。
この点については、「海域も市町村の区域に含まれていると解されており、地方自治法上の手続きにより、海域における市町村の境界の画定・変更は可能である。」との見解も表明されている。具体的には「関係市町村の同意→都道府県議会の議決→総務大臣に届け出→告示及び関係行政機関への通知」(地方自治法第9条の3)の手続きを経ることにより、海域における都道府県及び市町村の境界変更が可能となる。
  • 平成22年6月に海洋基本法フォローアップ研究会が提出した提言の中で、「定住自立圏構想、過疎地域の自立・活性化のための沿岸域政策の推進」として、「海洋基本法は、沿岸の海域及び陸域は自然的社会的条件から見て一体的に施策が講じられる必要があると定め、また、地方公共団体は、海洋に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し、実施する責務を有する、と定めている。しかしながら現行制度では、それが陸地に大きく囲まれていても、海域は市町村域に居は含まれていない。これは、沿岸自治体・住民と地先の海の密接不可分な関係や海洋基本法により構築された新たな法的枠組みから見て不適切である。」と指摘した。これを受け、平成22年10月の海洋基本法フォローアップ研究会において、総合海洋政策本部事務局は、「海域も市町村の区域に含まれていると解されており、地方自治法上の手続きにより、海域における市町村の境界の画定・変更は可能である」、「地域間の情報共有を促すことを目標とした、各地域における取組みのベストプラクティスの取りまとめを行う予定」と見解を示した。
将来的には、制度の改訂も視野に入れ、海域における市町村の境界変更により、海域を市町村域へ組み込み、地方交付金算定基礎への組込みや、適用可能な交付金、補助金などの充実(交付金・補助金の対象を海域も含む部分に拡大する)などの可能性を検討すべきである。

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