Proposal / Research

提言・研究成果

海洋政策提言 豊かな海を取り戻すために - 『海の健康診断』の活用を -

はじめに
海洋政策研究財団は、人類と海洋の共生の理念のもと、持続可能な発展を実現するため、総合的・統合的な観点から海洋及び沿岸域にかかわる諸問題を調査研究し、広く社会に提言することを目的とした活動を展開しています。
日本の沿岸域においては、今日もなお昔のような「豊かな海」を取り戻すには至っていません。その原因の一つには、これまでの環境評価や改善のポイントが水質改善にあり、沿岸域の“海の営み”を総合的に評価するという視点が欠落していたことにあると考えられます。
そこで当財団では、このような問題意識のもと、第一期の研究として平成12年度よりこの“海の営み”を検査し定量的に評価する『海の健康診断』の手法研究を全国に先駆けて行い、新しい評価手法を開発しました。さらに、研究の第二期として、平成16年度から5ヶ年計画で同手法の普及啓蒙並びに診断精度の更なる向上を目的に研究を行い、この間、平成16年度、18年度、20年度の3度にわたり全国の閉鎖性海湾を対象にして『海の健康診断』一次検査・診断を一斉に行いました。
本年度は、第二期の5ヶ年計画の最終年度にあたることから、これまでの研究成果をもとに、『海の健康診断』の主要テーマでもある「豊かな海を取り戻すために」と題して「豊かな海」を取り戻すために必要な沿岸域の環境管理について、『海の健康診断』の活用を提言することとしました。本提言が沿岸海域の環境保全、改善に向けた有効な対策の一助となれば幸いです。
本提言は、競艇交付金による日本財団の助成事業として実施した全国閉鎖性海湾の『海の健康診断』調査のこれまでの成果をもとにとりまとめたものです。 本提言の取りまとめにあたり、ご尽力いただきました平野敏行東京大学名誉教授を委員長とする全国閉鎖性海湾の『海の健康診断』判定会議の委員の方々、財政的なご支援を頂いた日本財団に深く感謝いたします。

1. 政策提言の背景

我が国は、経済的な豊かさと引き替えに多くの海洋の自然を失い、そこから生産される多くの恵みを失った。60年代、高度経済成長期に公害問題が表面化して以降、「公害対策基本法」や「水質汚濁防止法」等の法令が整備され、沿岸海域への排水を量的、質的に規制し、水質を「きれい」に維持するための基準を設けるとともに、関係自治体による「公共用水域水質測定」や「浅海定線調査」等の水質モニタリングを開始した。これにより水質悪化を食い止め、一部の湾では改善が見られるなど一定の効果は見られたが、今日でも水産資源が豊富に存在する「豊かな海」を取り戻すまでには至っていない。
その原因の一つには、これまでの環境評価、改善のポイントが公害の防止や監視といった水質改善にあり、海域に流入した窒素やリン等の栄養物質を水産物など有用な資源の育成に有効に利用する「海の営み」を評価・改善していく視点が欠落していたことが挙げられる。
アジェンダ21行動計画第17章や国連海洋法条約の中に海洋生物資源の持続的生産や生物資源の維持の確保といった内容が盛り込まれ、さらに近年は、海洋基本計画や第3次生物多様性国家戦略の中でも「生物多様性」や「生物生産性の確保」などが強調されている。これらはいずれも、良好な「海の営み」の結果もたらされることを考えれば、それを健全な状態に保全することの重要性は明らかである。
「水清くして魚住まず」の諺が示すように、これまでのように水質のみを改善しても「海の営み」をその本来の姿に回復させることは難しく、その結果「豊かな海」を取り戻すことができないでいるものと考えられる。海洋政策研究財団では、このような認識のもと、「豊かな海」を取り戻すためにもっとも重要な「海の営み」を総合的に検査し、定量的に評価する『海の健康診断』を世界に先駆けて提唱し、その手法研究に取り組んできた。
ここでは、これまでの研究結果をもとに、『海の健康診断』を今後の沿岸域の環境管理とくに環境の適切な評価と継続的なモニタリングに有効に活用していただきたく、以下の提言を取りまとめた次第である。

2. 提言

提言 1.「豊かな海」を取り戻すため、沿岸海域の環境診断・評価に『海の健康診断』
を取り入れるべきである
『海の健康診断』は、沿岸海域の高い生物生産性を支えている「海の営み」を、生態系の構造(生物種の組成や生息空間など)と機能(栄養物質等の循環や収支など)に注目し、「生態系の安定性」と「物質循環の円滑さ」の視点で総合的に診断・評価する新たな手法である。これにより環境修復の目標を客観的に具体化することができる。
提言の背景で述べたように、「豊かな海」を取り戻すための今後の沿岸海域の環境診断・評価には、ぜひとも『海の健康診断』の考え方と方法を取り入れるべきである。このことは、海洋基本計画に基づく「海洋環境の保全」、「沿岸域の総合的管理等」、「海洋に関する国民の理解の増進等」並びに第三次生物多様性国家戦略に基づく「海洋における生物多様性の確保」などの取り組みを充実させ効果的なものとしていくためにも必要不可欠である。
提言 2.「豊かな海」を支える「海の営み」の状態を継続的に監視する体制を整備し、
『海の健康診断』の基盤を充実させるべきである
1)環境モニタリングデータの質・量の充実
沿岸海域の「海の営み」の「どの部分」が「何が原因」で不健康な状態になっているのかを正確に把握するために必要不可欠な環境モニタリングデータが決定的に不足している。特に『海の健康診断』に重要な底層の溶存酸素量や底質、並びに生物生態に関するデータの不足は顕著である。 モニタリングデータを質的・量的に充実させていくことは、様々な海洋施策を推進していく基本となるものであり、海洋基本計画にある「海洋調査の推進」を図る上でも、関係機関の最優先の課題として取り組むべきである。
2)モニタリングデータの効率的・継続的な取得のための協力体制の確立
沿岸海域におけるモニタリングデータの多くは、海洋環境へのインパクトに対する対策評価を目的としているため実施期間が限られている。しかし、過去から現在に至る環境変化の実態を把握することが、将来に向けた環境保全・回復の基盤であることから、長期間・継続してデータを取得することは重要である。 限られた予算の中でモニタリングを継続的に実施していくために、海洋基本計画第3部2に掲げられている「関係者の責務及び相互の連携・協力」を具体化し、関係機関の協力体制を早急に確立すべきである。
3)分かりやすい環境情報の発信
これまで、行政機関等から公開されているモニタリングデータの内容は、必ずしも分かりやすいものといえない。沿岸海域の環境管理をより効果的に実施していくためには、地域住民の理解と協力は不可欠である。海洋基本法第28条に基本的施策として掲げられている「海洋に関する国民の理解の増進等」を促進するためにも、関係機関は、地域の沿岸海域の状況をできるだけ分かりやすく発信すべきであり、『海の健康診断』に関する情報はその意味でもきわめて有用である。
提言3.「豊かな海」を取り戻すため、地域の各セクターが一体となって『海の健康
診断』に取り組む体制を整備すべきである 
「豊かな海」を再生することの直接の受益者は、沿岸の地域である。したがって、沿岸地域に関わる人々(行政、教育機関、漁業者、NPO、企業、住民等)の理解と連携・協力により沿岸地域の管理を進めていくことが望まれる。
『海の健康診断』は自治体が中心となり、沿岸地域に関係する各セクターが参加することを前提として構想されている。「豊かな海」を取り戻すため、自治体を中心に地域が一体となって「協議会」を立ち上げ、これを母体として『海の健康診断』に取り組んでいくことを提言する。以上

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