Proposal / Research

提言・研究成果

IPCC海洋・雪氷圏特別報告書を受けた10の提言

変化する気候と海洋・変化する気候―転換点に立つ海の未来
2019年9月気候変動に関する政府間パネル(IPCC)より発表された「海洋・雪氷圏特別報告書」は、IPCCにとって初となる、気候変動と海洋・雪氷圏(極域・高山)に特化した報告書である。IPCCは、既に海洋生態系システムでは「転換点(ティッピングポイント)」を越える現象が起き始めており、海洋、ひいては地球全体が危機的な状況にあるとし、「今選ぶ行動で未来が決まる」と警鐘を鳴らす。南極やグリーンランドの氷床の融解などにより、海面水位上昇は20世紀と比べ約2.5倍の速さで進んでおり、2100年時点で最大110cm上昇すると予測されている。これにより、NY・上海や東京・大阪などの沿岸の大都市を含む、海抜の低い沿岸域で暮らす人々は大きな影響を受けうる。気候変動が既に不可逆的であり、海洋の変化は今後超長期的に続いていくことを念頭におきつつ、SDG13(気候変動)やSDG14(海洋)等を踏まえた、総合的な対策を進めることが肝要である。一方、パリ協定の下で各国が提出した削減目標(NDCs)を総計しても、1.5℃はおろか2℃未満の抑制さえ実現しえない。世界的に、より野心的、迅速かつ抜本的な対策が必要である。それに海洋がいかに貢献しうるか、海洋政策研究所から10の提言を示す。
1.海洋による緩和策を強力に推進するべき
①海域での再生可能エネルギーエネルギーエネルギー開発、海運業のエネルギーのエネルギー効率化等海洋分野での取組が、気温上昇を1.5℃未満に抑制するための追加的な緩和(GHG排出削減)策に、最大21%貢献しうることが示されている。日本は、各セクターのWin-Winの関係の下で海洋による緩和策導入を進め、より野心的なNDCsを再提出する。
②海藻を含めたブルーカーボンの炭素貯留ポテンシャルに関する研究を加速し、CO2吸排出量算定方法を整備して算定・報告を開始する。防災や減災、水質の浄化などの多面的な恩恵についても評価し、藻場の保全に努める。?
2.長期的な視野に立ち、総合的で地域に密着した対策を立案・実施するべき
③海面上昇や気象災害の頻発化・甚大化への対応として、沿岸域の総合的リスク評価、ハードインフラの整備、生態系による適応策等を検討・実施するとともに、自治体への支援を強化する。また、アジア太平洋地域の小島嶼国を含む開発途上国の沿岸防災・適応策、移転問題に関する各国の政策を踏まえ、きめ細やかな支援を行う。
④気候変動対策気候変動対策ともにともにともに陸域からの汚染対策汚染対策(プラごみ規制・栄養塩管理等)を含む総合的対策を立案・実施する。
⑤漁業者等による適応や科学に基づく資源管理を促進するため、魚種ごとの分布変化の長期モニタリングなどのデータや科学的知見を蓄積し、それを水産業界全体で活用する仕組みを構築する。
⑥生物多様性保全や生態系サービスのサービスのサービスのサービスのサービスの持続的利用を可能とするためとするためとするためとするためとするため、科学的知見・ローカルな知識を活用し、海の変化を踏まえて戦略的に海洋保護区を設置・活用する。
3.海洋科学・イノベーションを推進し、国際協力にも貢献するべき
⑦長期的長期的長期的・全球的な海洋観測海洋観測海洋観測海洋観測の実現のため、日本の観測研究を強化し(アルゴ計画や北極観測等)、データの南北格差の是正なども視野に、強固な国際協力の下、研究調査や情報の共有化、国内外の人材育成を進める。
⑧日本の科学技術科学技術科学技術を活かしたイノベーションを推進する(船舶からの排出ゼロ実現前倒し、小型pHセンサ等)。
4.すべての人々による、より野心的かつ具体的な行動を促進するべき
⑨教育、気候リテラシー向上やローカルな知識の普及を通じて、海洋を含むあらゆるセクターの人々が社会学習し、レジリエンスを高める。気候変動対策や資源管理の意思決定に女性が参画することも鍵となる。
⑩ビジネスセクタービジネスセクタービジネスセクタービジネスセクタービジネスセクタービジネスセクタービジネスセクターは自社の気候変動関連リスクを踏まえた長期戦略・計画を策定し、ビジネスモデルを転換する。また、緩和と適応(防災技術の展開、気候変動リスク対応のためのサービス提供等)両面でビジネス化を推進する。

海洋と気候を理解するための基礎情報

海洋は地球の表面の71%(地球上の水の約97%)を占め、氷河や氷床は地球上の陸域の約10%を覆っている。海洋と雪氷圏は気候システムの中で不可分な要素であり、水、炭素、エネルギーが循環することによって、その他の構成要素とともに相互に関連している。また、海洋は1980年代から人間が排出してきた二酸化炭素(CO2)の約20~30%を吸収してきた。海洋による熱及び二酸化炭素の吸収は、人間の活動によってもたらされた大気の変化の、最も重要な自然の緩衝材である。ただ、熱とCO2の継続的な吸収は、海水温の上昇(水深2000m以上の深海も含む)や海面水位上昇、海洋酸性化、貧酸素化、海洋熱波などを引き起こし、脆弱な生態系には既に大きな影響が生じている。
地球上のすべての人々は直接または間接的に海洋や雪氷圏に依存して生活している。とりわけ、現在、北極域に定住する400万人(内10%が先住民)、低海抜沿岸域に生活する約6億8千万人(2010年時点の世界人口の約11%)、高山域に暮らす約6億7千万人(2010年時点の世界人口の約10%)、小島嶼開発途上国に暮らす6500万人の人々は、より直接的に、海洋・雪氷圏の変化にさらされている。今後、たとえ温室効果ガス(GHG)の排出削減が急速かつ大幅に進んだとしても、海洋・雪氷圏の変化は続いていく。GHG高排出が続く場合は長期・超長期的により大きな変化が起こり、将来世代が受ける影響もより甚大になる。GHG高排出のRCP8.5シナリオでの2100年までの予測では、海洋の熱吸収がこれまでの5~7倍(低排出のRCP2.6シナリオでも2~4倍)となり、海洋表層の温度上昇は3-4℃に相当する。海面水位上昇は2100年時点で0.84m(可能性の幅:0.61-1.10m)(RCP2.6では0.43(0.29-0.59)m)となり、高潮など極端な海面水位現象の生じる頻度もあがる。さらに海洋酸性化が進む(pHで約0.3低下)こと等により、海域の60%超で海洋生態系が危機に陥る(RCP2.6では30%超)。海洋熱波はこれまでの約50倍の頻度で生じ、その期間・強さを増す(RCP2.6では20倍)。

「IPCC 海洋・雪氷圏特別報告書」(SROCC)等の最新の科学を理解するためのキーワード

0.総論/観測結果・将来予測
【1.5度報告書とSROCC、AR6】
IPCCはこれまで5回(第5次評価報告書(AR5)は2013-2014年公開)にわたり評価報告書を作成・公表し、国際交渉ならびに各国の政策決定の基礎となる科学的知見を提供してきた。現在は、第6次評価報告書(AR6)公表に向けた作業が進行中である。2018年~2019年にかけては、AR6にさきがけ、3つの特別報告書が公表された。「1.5℃特別報告書」、「土地関係特別報告書」、そしてSROCCである。3つの特別報告書は、AR5同様、気候モデル実験はCMIP5(第5次結合モデル相互比較プロジェクト)の下で行われ、4つのRCP(代表濃度経路)シナリオが用いられた。RCPは産業革命以降に人為的に排出された温室効果ガスが1m2あたり何ワット(W/m2)の温室効果(放射強制力)を追加するか、を意味する。AR6では新たにRCP1.9(1.5℃抑制のシナリオ)が加わりCMIP6の下で予測実験されることになる。
【転換点(ティッピングポイント)】(tipping point)
海洋と雪氷圏を含む地球システムにおいて、特に気候状態はある閾値を越えると急激・急速にジャンプして別の安定状態へ移行することが知られる。人間活動による温暖化がこの閾値を変えてきており、永久凍土・氷床融解や大西洋熱塩循環の弱化が顕在化し、現在我々はまさにその転換点(tippingpoint)に来ている。これらの変化は、例えば海洋の鉛直循環の弱化(成層化)が深層への酸素輸送を大幅に減少させるなど、連鎖して多方面に大きな影響を与える。この不安定な点(ポイント)を一度越えると、元の状態に戻ることはない。
【海面水位上昇】
海面水位上昇の値が更新されたのは、南極氷床の寄与分を踏まえて予測されたためである。AR5時点では十分に把握されておらず小さめの値が入っていた(AR5,Figure13.13)。南極氷床以外(海洋の熱膨張や、他の氷河・氷床等)は、CMIP5を基礎とし、AR5の値が用いられている(AR6ではCMIP6となり、すべて更新される)。現在の温暖化が止まった場合でも、海面水位上昇は2100年以降も続いていく。特にサンゴ環礁の小島嶼開発途上国(SIDS;SmallIslandDevelopingStates)では、国土の標高が1-4mと非常に低く、海面上昇が脅威となっている。サンゴ環礁は、サンゴ礁域の生物遺骸(サンゴ礫や有孔虫の殻など)により国土形成されており、健全なサンゴ礁が国土の維持に欠かせない。しかし温暖化、酸性化や海洋汚染によりサンゴ礁劣化は激しく、SROCCにおいて、1.5℃上昇に押さえても9割、2℃未満ではほぼ全ての熱帯域サンゴが消滅すると予測される。現在既に生態系システムの転換点をこえたと言える。
【海洋酸性化】(ocean acidification=OA)
海水中のpHは一般的に弱アルカリ性を示し、海洋表層で約8.1~8.2となっている。大気の二酸化炭素が海水に多く溶け込むことでpHが下がり、海水のアルカリ性が弱まる。海洋のpHが長期にわたって低下する現象を海洋酸性化と呼ぶ。ただし沿岸域では、富栄養化(赤潮)による有機物分解や、藻場での日周変動といった要因でもpHが変化し、これらの影響を分離し温暖化影響と区別することが難しい。全球的な観測ネットワーク整備が進んでおり、日本でも効率的な小型pHセンサの開発などが行われている。
【海洋の貧酸素化】(ocean deoxygenation)
海水中の溶存酸素濃度が2mg/L未満の水を貧酸素水(hypoxicwater)と言い、特に微生物による酸素消費が進み0mg/Lに達した層を無酸素水(anoxicwater)という(日本周辺海域表層ではおよそ6-10mg/L)。海洋温暖化に伴う成層強化、富栄養化による生物酸素消費量の増加等により、沿岸域から外洋に至るまで広範囲に貧酸素層が拡大している。
【海洋熱波】(marine heatwave)
ある特定の海域で個別的・長期に表面海水温が(ある閾値を超えて)異常に高い状態が続く現象。閾値には、水温に関しては「その海域の水温出現頻度で90%の値を超える水温」、期間に関しては「5日以上連続」を採用することが多い。オーストラリア東岸沖、アメリカ西岸沖等で観測され、漁獲量への影響が指摘されているが、日本周辺海域では発生状況等についてあまり明らかにされていない。
【持続可能な開発目標(SDGs)】
2015年に国連総会で採択された、17の目標と169のターゲットからなる国連の2030年までの開発目標。すべての目標が相互に関連し合っており、目標14「海洋・海洋資源の保全・持続可能な利用」(SDG14)や目標13「気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策」(SDG13)の推進のためには、総合的対策実施が重要である。SDG14の実施促進のため、第2回目となる「国連海洋会議」が2020年6月にポルトガルで開催予定である(第1回は2017年6月開催)。
1.緩和
【海の緩和策】
※1Gt:10億トン(1Gt=1Pg),CO2eq:CO2換算
2019年9月、持続可能な海洋経済に関するハイレベルパネルにおいて、海洋ベースの緩和オプション(再生可能エネルギー、海運からの排出削減、ブルーカーボン、畜産にかわる水産資源の活用、海底下での炭素貯留の5分野)に大きなポテンシャルがあることが発表された。「気候変動の解決策としての海洋:5つの機会」と題する報告書において、2050年までに最大11.8GtCO2eq(気温上昇を2℃未満に抑制するために必要な追加的な排出削減量の最大25%、1.5℃の場合は最大21%)を削減できる可能性があると示されている。
【ブルーカーボン】
SROCCは、主要な沿岸ブルーカーボン生態系としてマングローブ林、塩性湿地、海草藻場を挙げ、世界の排出量/年の0.5%ほどの緩和ポテンシャルがあると示すとともに、海藻による緩和(藻場再生や養殖)は不確実性が高いとする。他方、近年は大型藻類の炭素固定に関する研究もあり、広く海藻が分布する日本にとって、海藻も含めたブルーカーボンの吸収源としての可能性を追求することは重要である。
2.適応・対応
【水産資源/漁業】
海洋環境の変化は表層から海底に至る海洋生態系に影響し、その地理的な分布や季節的な活動に変化をもたらしている。SROCCでは、このまま高い排出が続けば、21世紀末までに地球上の水産資源量は最大24.1%減少すると予測されている。
【海洋保護区】
陸域・海洋ともに「保護区域」については国際自然保護連合(IUCN)のカテゴリがよく引用され、このいずれかに該当するものが(海洋)保護区と呼ばれる。2010年に生物多様性条約で採択された愛知目標や、SDG14で掲げられている「2020年までに、少なくとも海洋・沿岸域の10%を保護区とする」という数値目標達成に向けて、世界で取組が進められている。SROCCでは、海洋保護区等の(海洋)ガバナンスのための取組みは寸断されすぎており、増加・連鎖する気候変動リスクに統合的に対応できていないと指摘されている。海洋保護区を含む区域型管理ツール等を活用し、総合的な海洋の管理・ガバナンスの確立が必要である。
3.海洋科学・イノベーション
【アルゴ計画】
全世界の海洋内部の塩分及び海水温を、アルゴフロートと呼ばれる観測機器(正式名称:プロファイリングフロート)によって、ほぼリアルタイムに観測・把握する国際プログラム。全世界に展開される約3900基のうち約200が日本からの貢献。生物・化学モニタリングのための観測網拡張が進められている。このほか、気象庁による東経137度線の定線観測や、JAXAのAMSRシリーズによる海氷モニタリングなど、海洋環境の長期モニタリングに日本は多大な貢献をしてきている。
【洋上風力発電】
世界の洋上風力発電は累計18.8GW(2017年末時点、JWPA)にのぼるが、日本の導入量はその0.3%程度に過ぎない。2019年4月の再エネ海域利用法の施行を受けて、日本の導入も増加する見込みである。また、北九州沖で進むバージ型浮体式洋上風力や黒潮域での海流発電の実証(いずれもNEDO)など、浮体式洋上風力や海流発電について世界をリードする技術開発が行われている。
【船舶からの排出ゼロ】
国際海事機関(IMO)は、2050年までの国際海運からの温室効果ガス排出の半減、今世紀中の排出ゼロ化を目指している(IMOの「GHG削減戦略」)。NYKスーパーエコシップ2050などCO2排出100%削減を目指すコンセプト発表が日本の海運会社から行われており、外航海運会社による世界初のグリーンボンド発行など先駆的な取組みも見られる。
4.教育・気候リテラシー
【ローカルな(地域固有の)知識】
SROCCは、AR5に比べて、人文科学の分野(先住民・ローカルコミュニティの社会、知識など)に関する記述が大幅に増えた。「気候リテラシー」という新しい言葉が政策決定者向け要約(SPM)にも登場し、気候リテラシーの推進や、科学的知見にくわえて、沿岸域のコミュニティなどの地域固有(local)な知識、北極域などの先住民の知識を活用することの重要性が指摘されている。

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