イラン核開発問題と中東原子力コンソーシアム構想
小林 祐喜
1.混迷するイラン情勢と中東原子力コンソーシアム構想
高濃度ウラン濃縮など核開発が疑われるイラン情勢が混迷している。2025年6月、イスラエルと米国が核兵器の開発阻止を目的にイランの核関連施設を空爆し1、8月には英仏独3か国が、2015年に国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えた6カ国との間で合意された核問題に関する「包括的共同作業計画」(JCPOA)にイランが違反したとして、解除された制裁を復活させる「スナップバック」手続きを開始した。9月末に対イラン制裁は再適用され2、イランは国際原子力機関(IAEA)との協力を一時停止するなど反発している。
こうした状況の中、イラン情勢に関する解決策の一つとして、近隣国を巻き込み、ウラン濃縮を複数国で実施する地域コンソーシアムの設置が水面下で構想され、関心を集めている。米国メディアによると、米国が要求するイランによるウラン濃縮の完全停止と、原子力平和利用の権利を放棄しないとするイランの主張の隔たりを埋める方策として、最初にイラン側が米国に提案したとされている3。イランの元政府高官もこうした構想の存在を認めている。同国の元副大統領、モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ氏は2025年11月3日、広島市で開催された第63回パグウォッシュ会議世界大会で講演し、原子力平和利用と核不拡散を目的とする「中東原子力研究推進ネットワーク」(Middle East Network for Atomic Research and Advancement:MENARA)の設立構想を披露した4。
現状のイランの動きは、ウランの濃縮度を核兵器級に近い60%にまで引き上げるなど原子力平和利用の範囲を逸脱している側面を否定できない(下記の図参照)。同国が欧米諸国の制裁再開に反発して核兵器不拡散条約(NPT)を離脱し、核開発にこだわれば、隣国の大国サウジアラビアなども核開発に動き、中東、あるいは他地域にも「核拡散ドミノ」が起こりかねない。その文脈で、地域コンソーシアム構想が核拡散の防止と原子力の平和利用を両立させる解決策になるのか、検討する余地があると考えられる。
本稿ではまず、イランによるウラン濃縮活動、およびそれに関するイスラエル、欧米諸国の対応を概観する。次にイランが掲げる構想について、原子力分野におけるコンソーシアムの歴史を振り返りつつ、交渉の主体となる米国や原子力、核不拡散の専門家の視点を交えながら検証する。最後に、日本を含む国際社会がイラン核問題の解決に向け、何をなすべきかを考察する。
2. 核開発が疑われるイランの原子力利用と欧米諸国の対応
(1)ウラン濃縮と核兵器
原子力は、発電としての利用であれ軍事利用であれ、ウラン濃縮の工程が欠かせない。天然ウランは、核分裂して膨大な熱エネルギーを放出するウラン235の含有量がわずか0.7%であり、残りは核分裂しないウラン238で構成される。そのため、遠心分離機などを用いてウラン235を分離し、その割合を高める加工が必要である。具体的には、天然ウラン鉱石を化学処理によりイエローケーキと呼ばれる黄色い粉末状にした後、フッ素と化合させ、六フッ化ウランに転換し、熱により六フッ化ウランをガス状にして遠心分離機に供給する5。図にあるように、通常の発電用原子炉にはウラン235の割合を3~5%に高めた低濃縮ウランが使用される。そしてこの5%程度の濃縮技術を確立すれば、90%の核兵器級高濃縮ウランの製造も可能になる。ウラン型核兵器を製造するためには、核弾頭1基あたり約22キロの高濃縮ウランが必要とされている。
六フッ化ウランへの転換や遠心分離機への供給等のウラン濃縮工程、高濃縮ウランなどは、原子力の専門家以外にはなじみが薄いと思われる。しかしながら、後述するイラン問題の核心や中東原子力コンソーシアム構想における各国の役割分担を理解する際に有益であるため、読者の方々にも、ぜひウラン濃縮工程の概要や濃縮度に応じた用途などについて関心をもっていただきたい。
図:ウラン濃縮の概要
出典)筆者作成。
イランは同国西部に位置するナタンズやフォルドゥで遠心分離機の製造とウラン濃縮を手掛け、2018年、米国の第一次トランプ政権が一方的にJCPOAを離脱してから、JCPOAで定められたウラン濃縮度の上限(3.67%)を大きく超え、濃縮度を60%にまで高めた。IAEAのラファエル・グロッシー事務局長が2025年6月20日に行った国連安全保障理事会への報告によると、イランが保有する60%濃縮ウランは、すでに400kgを超えている6。図にあるように核兵器級と呼ばれるウランは濃縮度が90%であるが、イランは3週間程度で保有する全量の90%濃縮に到達可能である。
(2)イスラエル、米国による爆撃と英仏独による制裁再適用の動き
2025年6月13日、イスラエルがイランの核開発を阻止するとして、同国内の核関連施設を含む各地への攻撃を開始した。さらに、同月22日未明(現地時間)、米国はイランの核関連施設3か所を攻撃し、トランプ大統領が「完全に破壊した」と戦果を誇示した7。米国が爆撃に加わったのは、フォルドゥなど地下の堅牢な岩壁内に整備されたウラン濃縮工場を破壊するには、米国が保有する地中貫通爆弾GBU-57、通称「バンカーバスター」による攻撃が不可欠なためである。GBU-57は60メートル超の地下深くまで浸透する能力を有し、世界でこの能力レベルの地中貫通型爆弾を保有するのは米国のみである。以下のように、米国防総省は爆撃に際し、バンカーバスターを使用したことを認めている。
After proceeding quietly and with minimal communication for 18 hours from the U.S. to the target area, the first of seven B-2 Spirit stealth bombers dropped two 30,000-pound GBU-57 Massive Ordnance Penetrator "bunker buster" bombs at the Fordo site yesterday at approximately 6:40 p.m. EDT…
米国から目標地域まで18時間、最小限の通信手段で静かに準備を進めた後、7機のB-2スピリット・ステルス爆撃機のうちの最初の1機が、昨日午後6時40分(東部標準時)ごろ、フォルドゥの施設に2発の3万ポンド級GBU-57貫通型「バンカーバスター」爆弾を投下した…
Ref: U.S. Department of Defense “Hegseth, Caine Laud Success of U.S. Strike on Iran Nuke Sites” 22 June 2025.
ナタンズの地下にあるウラン濃縮施設の攻撃にもバンカーバスターが使用され、下記衛星画像(中央上部)を見ると、バンカーバスターによる攻撃とみられるクラスター状の穴がはっきり確認できる。
衛星画像 :米軍の攻撃直後のナタンズ核関連施設
出典)Google Earth
しかし、トランプ大統領の発言とは裏腹に、今回の爆撃では、フォルドゥやナタンズのウラン濃縮施設を完全には破壊できなかったうえ、すでに60%へと濃縮度を高めたウランは爆撃前にイランが移動させ、無傷だったとみられている8。イランによる核開発の可能性が解消されたわけではない。
そのため、JCPOAの当事国である英仏独の3か国も懸念を強め、同年8月28日、国連安全保障理事会にイランによるJCPOAへの違反を通知した。JCPOAは本来、2025年10月18日にイランへの制裁が完全に終了することを定めていたが、同時に、イランにJCPOAの重大な不履行があった場合、制裁を復活させることができると定めていた9。中国、ロシアは制裁解除の継続を求める提案を安保理に提出したが否決され、制裁は日本時間同年9月28日に復活した。イラン外務省は「制裁の再発動は不当であり、イランや他の国連加盟国に対し、いかなる義務も課さない」と激しく反発している10。
3.中東原子力コンソーシアム構想
イラン情勢が緊迫する中、地域コンソーシアム構想がイランとJCPOAを離脱した米国との交渉の中で提案されたのは、先述したようにイスラエル、米国による核関連施設への爆撃の直前とされている11。具体的な内容は明らかになっていないが、ザリーフ元イラン副大統領の広島市での講演から、その一端を知ることができる。
Another initiative that a colleague and I proposed in the Guardian a couple of months ago is the Middle East Network for Atomic Research and Advancement, or MENARA—a term that in Arabic means “beacon.” MENARA envisions a collaborative regional network dedicated to non-proliferation while harnessing peaceful nuclear cooperation. This network should include an enrichment consortium, bringing together existing capabilities into a collective peaceful and transparent effort. Crucially, the network would also incorporate robust oversight mechanisms, including mutual inspections to foster trust through transparency. Open to all Middle Eastern countries willing to renounce nuclear weapons and adhere to strict safeguards, its mission is to reframe the nuclear question from a source of tension into a platform for collaboration.
数か月前、同僚と私がガーディアン紙で提案したもう一つの取り組みが、「中東原子力研究推進ネットワーク(MENARA)」です。MENARAとは、アラビア語で「灯台」や「光の導き」を意味する言葉です。MENARAは、核兵器の不拡散を目的としつつ、平和的な原子力協力を推進するための地域協力ネットワークの構築を構想しています。このネットワークには、既存の能力を結集し、平和的かつ透明性のある共同の取り組みとしての濃縮コンソーシアムが含まれるべきです。さらに重要なのは、相互査察を含む強固な監視メカニズムを導入することで、透明性を通じて信頼を醸成することです。MENARAは、核兵器を放棄し、厳格な保障措置を遵守する意思のあるすべての中東諸国に開かれており、その使命は、核問題を緊張の源から協力の基盤へと転換することにあります。
Ref: Pugwash Conferences on Science and World Affairs "Keynote Speech by Dr. Javad Zarif at the 63rd Pugwash Conference Hiroshima” November 3, 2025.
ザリーフ氏の構想は、
- 原子力平和利用と核不拡散を目的とする地域ネットワークであること
- 核兵器開発に関連して最も懸念されるウラン濃縮を地域協力の柱とし、原子力利用の透明性向上を訴えていること
- IAEAによる保障措置(原子力施設、核物質への査察)に加え、中東各国で原子力利用の相互監視を提案していること
- 核兵器の放棄と保障措置を遵守する中東のすべての国を加盟対象とすること
を強調しており、ザリーフ氏のほか、イラン国内で国際協調を重視する改革派と目される政治家、官僚の間で真剣に検討されたのではないかと推察される。
イランは現在、議会において保守強硬派が多数を占め、ウラン濃縮、および原子力平和利用の権利を決して放棄しないとの主張が勢いを増している。ザリーフ氏もそうした国内事情を踏まえ、NPT第4条で非核兵器国の原子力平和利用が「奪い得ない権利」と定められていること、およびイランが原子力平和利用の権利を放棄しないことを強調し、「米国、イスラエルの爆撃は第4条を侵害するだけでなく、NPTの基盤を破壊する行為だ」と激しく非難している12。
4.コンソーシアム構想の実現性と課題
しかし、ザリーフ氏が提唱するコンソーシアム構想は、イランによる高濃度ウラン濃縮への懸念を解消しようとする意思がうかがえる半面、イラン国内でコンセンサスを得られるのかまだ見通せない。また、構想自体にもあいまいな点が残る。例えば、ウラン濃縮の工程をどのように各国で分担するのかも明確にされていない。そのため、米国の中東専門家や原子力科学者の団体が、コンソーシアム構想に対する評価や新たな提案を行っている。
(1) The Washington Institute による国際コンソーシアムの類型化からの評価
中東政策への提言を主に実施しているThe Washington Instituteの研究者は国際コンソーシアムの類型化から、イランが提唱するコンソーシアムの評価を試みている。
The many consortium ideas that have been proposed to deal with the Iran enrichment quandary can be grouped into three general categories:
Financial stake for services rendered. In this model, participants pay for a stake in a company, receive enriched uranium in return, but do not participate in all aspects of production…
Split technical participation. In this model, consortium partners identify parts of the fuel production process to be done by each member and share the resulting product. For example, one member mines the uranium, another converts it into enrichable form, another produces the fuel, and yet another handles waste maintenance….
Black-box operations. In this model, a country could house an enrichment facility but not be involved in the technological aspects of its work. Such a facility could be under foreign control and operation, as seen with Urenco’s plant in the United States…イランのウラン濃縮問題に対処するために提案されてきた数多くのコンソーシアム構想は、以下の3つの一般的なカテゴリーに分類することができる。
1. サービス提供に対する財政的出資
参加国が企業への出資という形で資金を提供し、その見返りとして濃縮ウランを受け取る。ただし、製造工程のすべてに関与するわけではない…。
2. 技術的役割の分担
コンソーシアムの各参加国が燃料製造プロセスの一部を分担し、最終的な成果物を共有する。たとえば、ある国がウランを採掘し、別の国が濃縮可能な形に転換し、さらに別の国が燃料を製造し、最後に別の国が廃棄物の管理を担当する、といった具合である…。
3. ブラックボックス型の運用
ある国が濃縮施設を自国内に設置するものの、その技術的運用には関与しない。施設は外国の管理・運営下に置かれる可能性がある。米国にあるウレンコ社の施設がその一例である…。
Ref: The Washington Institute for Near East Policy “An “Enrichment Consortium” Is No Panacea for the Iran Nuclear Dilemma” June 5, 2025.
上記の類型化は1970年代に欧州で相次いだ原子力国際コンソーシアムの分析に基づいている。それまで、二大核兵器国の米国、ソ連を除き、商業用ウラン濃縮施設はなく、西側諸国間では、米国が濃縮ウラン供給を一手に引き受けることで、各国の原子力利用を管理していた。しかし、1970年代になると、欧州でウラン濃縮の自給と原子力政策の自立の機運が高まった。そのため、インフラ建設にかかる高額なコストを分担すること、相互監視により核拡散リスクを防止することの両立を目的として、1971年、英国、オランダ、西ドイツ(当時)の3カ国でウラン濃縮を手掛けるウレンコ(URENCO)を設立し、三か国にそれぞれ遠心分離法によるウラン濃縮工場を建設した。また73年には、フランスを中心にベルギー、スペイン、スウェーデンの4カ国で設立したユーロディフ(EURODIF)がフランスでガス拡散法の商業用ウラン濃縮施設を建設し、1980年代初頭に運転を開始した13。
ウレンコは今も事業を継続し、ウラン濃縮の世界シェアで30%超を占め、ロシアの国策原子力会社ロスアトム系子会社に次ぐ世界第2位とコンソーシアムの成功例とされている。ユーロディフは1991年に解散したが、フランスのアレバ社(現オラノ社)に引き継がれ、ウレンコ製の遠心分離機を採用してウラン濃縮を続けている14。
欧州の二つの事例は形態としては1.に近いが、成功要因として、域内に濃縮ウランの十分な需要があったこと、各参加国が原子力インフラにかかる高額なコストの分担と核拡散の防止、および米国依存の脱却という共通目的を有していたことが挙げられる15
対照的に、中東はまだ原子力発電の黎明期でウラン濃縮の需要が十分に見込めないうえ、イランはウラン濃縮の基幹技術、および主要な工程を国外に移設する意思は薄い。逆に米国はウラン濃縮の大半の工程がイランで実施されることに否定的である。この意見の相違をコンソーシアム構想が埋め切れるのかわからない上、どういう形態であれ、イランにウラン濃縮の工程と技術の蓄積が残ることで、軍事転用への懸念が完全に解消されることはない。こうしたことから、The Washington Institute はコンソーシアムが万能薬にはならないと結論づけている16。
(2)『原子力科学者会報』が提案するコンソーシアム案
こうした課題への解を模索し独自の提案をしているのが、米国の『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists)である。核兵器をはじめとする大量破壊兵器を中心に人間社会への脅威となる科学技術の問題を扱う科学学術雑誌で、年に1度、人類破滅までの時間を示す終末時計を公表することで知られる。同誌は、イランを含めた中東各国の経済力、地理的特性、建設計画を含めた原発の有無を考慮し、発足時の構成国をイラン、オマーン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦と仮定し、各国の役割を以下のように定義している。
Iran: The development, production and operation of centrifuges for uranium enrichment has been the focus of Iran’s program and of its technological accomplishments…. Iran would maintain research, development, and manufacturing/production of centrifuges and operation of research and development test or pilot cascades. These activities could continue at its current nuclear complex.
Oman: An obvious candidate to host a new uranium enrichment plant for the regional consortium would be Oman, across the Gulf of Oman from Iran and bordering on both Saudi Arabia and the United Arab Emirates. Oman has repeatedly acted as a diplomatic intermediary and venue for discussions between Iran and the United States.
Saudi Arabia: Uranium mining and imports of uranium and uranium ore concentrate; conversion to uranium hexafluoride (UF6); the stockpiling of enriched uranium product and tails; and processing the enriched uranium back into uranium oxide for fabrication into fuel would all take place in Saudi Arabia…. As the richest country in the region, Saudi Arabia could become the primary financier and potentially a major customer for the output of the regional enrichment plant.
United Arab Emirates: The management headquarters of the multinational consortium could be in the United Arab Emirates. The UAE also could be an early client for consortium uranium enrichment services and for fuel supply from the LEU fuel store in Saudi Arabia.
イラン:ウラン濃縮のための遠心分離機の開発、製造、運用は、イランの計画および技術的成果の中心である・・・。イランは、遠心分離機の研究・開発・製造を維持し、研究開発用の試験カスケードまたはパイロットカスケードの運用を継続し、これらの活動を、引き続き現在の核施設において実施することも可能である。
オマーン:地域コンソーシアムによる新たなウラン濃縮施設の候補地として、イランの対岸に位置し、サウジアラビアおよびアラブ首長国連邦(UAE)と国境を接するオマーンが有力である。同国はイランと米国との間の外交的仲介者および協議の場として、繰り返し重要な役割を果たしてきた。
サウジアラビア:ウランの採掘、ウラン鉱石の輸入、(ウラン濃縮の前工程となる)六フッ化ウラン:UF6への転換、濃縮ウラン製品および残さの備蓄、そして濃縮ウランを再び酸化ウランに加工して燃料製造に用いる工程は、すべてサウジアラビアで行われることになる・・・。地域で最も裕福な国である同国は、コンソーシアムの主要な資金提供者となり、またその製品の主要な顧客となるだろう。
アラブ首長国連邦(UAE):多国籍コンソーシアムの管理本部は、アラブ首長国連邦に設置される。UAEはまた、(原発をすでに稼働させているため)コンソーシアムによるウラン濃縮サービスおよびサウジアラビアにある低濃縮ウラン(LEU)燃料備蓄からの供給において最初の顧客となるだろう。
Ref: Bulletin of the Atomic Scientists “A nuclear consortium in the Persian Gulf as a basis for a new nuclear deal between the United States and Iran” June 2, 2025.
同誌の提案するコンソーシアムは、ザリーフ氏の構想と同様、地域に開かれたコンソーシアムを強調し、上記4か国以外にも、希望する国があれば参加を認めるとしている。原発の建設計画が進むトルコやエジプトが有力候補になるとみている17。
しかし、地域コンソーシアムと言っても、The Washington Instituteの研究者が指摘するように、中東諸国のみでコンソーシアムの持続性を担保することは困難とみられ、『原子力科学者会報』は国際社会の強力な関与の必要性も訴えている。特に同誌は、国連安全保障理事会による決議と米国議会の批准によってコンソーシアムに関する協定が承認されることは不可欠と強調している。2015年、イランと国連常任理事国+ドイツがJCPOAに合意したものの、米国議会は批准を行わず、2018年にトランプ大統領によって一方的にJCPOAからの離脱を宣言された経緯を踏まえた提案である。新たなコンソーシアムについては、共和党の大統領が協定を支持すれば、批准に必要な上院の3分の2の票数を達成できるはずだ、と指摘している18。
さらに、イランがウラン濃縮技術を軍事転用することを防止する方策についても、同誌は提案している。コンソーシアムに移行する間、IAEAの監視の下、高濃縮ウランを5%未満に薄めたうえで、同国内で運転中の原発に使用できるとしている。また、イランに遠心分離機の開発、製造を認めるものの、分離機の選択はコンソーシアムが行い、イランに選択権を認めないとしている。
『原子力科学者会報』の提案は、ウラン濃縮工程の役割分担など原子力工学に精通した団体ならではの視点が随所にみられるものの、The Washington Instituteが提起する「イランにウラン濃縮の工程と技術の蓄積が残ることで、軍事転用への懸念は継続するのではないか」との問いに、明確な解答を示しているとは言えない。また、コンソーシアムの持続可能性を担保する国際社会の関与についても、国連安保理自体が分断により機能不全に陥る今、実現を見通すことは困難であろう。
5.おわりに
ここまでの分析から明らかなように、コンソーシアム構想は、イラン問題を解決する一つの手段として、イラン自身、および交渉の主体となる米国の専門家の間で真剣に検討されている。しかし、現段階では、イラン、および米国の一部で議論されているにとどまり、中東諸国間で実質的な議論は始まっておらず、実現への道のりは容易でない。あらためて構想の背景、中身や提案を要約しつつ、最後に日本からの視点で貢献できることについても考察する。
- イラン情勢が緊迫する中、イスラエルと米国によるイランの核関連施設への爆撃の直前に、解決策の一つとして中東原子力コンソーシアム構想が提案された。
- イラン国内においては、少なくとも国際協調を重視する改革派の間で真剣に検討されている。
- しかし、改革派の重鎮、ザリーフ元副大統領の構想を読む限り、コンソーシアムの構成国、ウラン濃縮工程の各国による役割分担などの詳細は定まっていない。
- The Washington Institute は、過去の原子力国際コンソーシアムとの比較考証により、中東諸国によるコンソーシアムは成功が見込める要因が少ないうえ、すでにイランにウラン濃縮の技術が蓄積されており、軍事転用の懸念を解消することは困難とみている。
- 一方、米国のBulletin of the Atomic Scientistsはコンソーシアムの構成国に関する独自の提案を行っており、検討の余地がある。しかし、実現への道筋を明確に描いているとは言えない。
こうした現状を考慮すると、主要当事者であるイラン、米国、JCPOAの関係国、さらには中東諸国を巻き込んでウラン濃縮工程の役割分担など構想の具体化に向けた作業が不可欠である。日本としてそうした過程、およびイラン核開発問題の解決に向け、何ができるのか?最後に考察してみたい。コンソーシアム構想とは別に、日本の役割は、対米関係も踏まえて何よりもまず、イランがNPTにとどまるよう説得することだろう。日本は戦後、IAEAとの協調の下、原子力平和利用の権利を最も享受する国の一つとなり、非核保有国でありながら、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出する再処理技術の取得を米国から認められてきた。この歴史をイランと共有し、NPTの枠内で原子力技術の平和利用に徹しながら、IAEAと協力するよう粘り強く訴える必要がある。1979年のイラン革命後も同国と良好な関係を維持してきた歴史も、日本がこうした役割を果たすことを後押しする。仮にコンソーシアム構想が実現するのであれば、日本は核拡散防止のためIAEAと協力して築いてきた原子力施設や核物質の監視手法を提供するとともに、中東諸国の原子力規制当局の人材育成にも寄与することができるだろう。
現状は厳しいが、コンソーシアム構想を含めて多様なアイデアや提案が議論され、イランの核開発問題の解決に向けた道筋が見えてくることを期待したい。
(了)
- “'Historically Successful' Strike on Iranian Nuclear Site Was 15 Years in the Making,” U.S. Department of Defense, June 26, 2025, <https://www.war.gov/News/News-Stories/Article/Article/4227082/historically-successful-strike-on-iranian-nuclear-site-was-15-years-in-the-maki/>(accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- “Completion of UN Sanctions Snapback on Iran,” U.S. Department of State, September 27, 2025, <https://www.state.gov/releases/office-of-the-spokesperson/2025/09/completion-of-un-sanctions-snapback-on-iran>(accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- Farnaz Fassihi, “Iran Proposes Novel Path to Nuclear Deal With U.S.,” The New York Times, May 13, 2025, <https://www.nytimes.com/2025/05/13/world/middleeast/iran-us-nuclear-talks.html>(accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- “Keynote Speech by Dr. Javad Zarif at the 63rd Pugwash Conference Hiroshima, 3 November, 2025,” Pugwash Conferences on Science and World Affairs, コンソーシアムに関する言及は5頁参照。<https://pugwash.org/wp-content/uploads/2025/11/251103-mjz-pugwash-hiroshima.pdf>(accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- 日本原燃ウェブサイト「ウラン濃縮工場での工程」などを参照。<https://www.jnfl.co.jp/ja/business/about/uran/summary/process.html>(本文に戻る)
- “IAEA Director General Grossi’s Statement to UNSC on Situation in Iran,” IAEA, June 20, 2025, <https://www.iaea.org/newscenter/statements/iaea-director-general-grossis-statement-to-unsc-on-situation-in-iran-20-june-2025> (accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- “President Trump Delivers Address to the Nation, June 21, 2025,” The WHITE HOUSE, June 21, 2025, <https://www.whitehouse.gov/videos/president-trump-delivers-address-to-the-nation-june-21-2025/>(accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- 拙稿「イラン核開発の現状と核関連施設への攻撃に関する暫定評価」笹川平和財団SPF China Observer、2025年7月1日、<https://www.spf.org/spf-china-observer/eisei/eisei-detail014.html> (accessed on November 6, 2025) (本文に戻る)
- 「対イラン安保理制裁決議の再適用(外務大臣談話)」外務省、2025年9月28日、<https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/25/pageit_000001_00003.html> accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- “US, European attempts to restore UNSC resolutions against Iran ‘illegal’: Baghaei,” Islamic Republic News Agency, September 29 2025, <https://en.irna.ir/news/85952546/US-European-attempts-to-restore-UNSC-resolutions-against-Iran>(accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- 脚注3参照。(本文に戻る)
- ザリーフ氏は2025年11月3日、広島市での講演後、メディア、研究機関の質疑応答に応じ、発言の引用も承諾した。(本文に戻る)
- 原子力百科事典ATOMICA「世界のウラン濃縮施設」<https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_04-05-02-02.html> (accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- “An “Enrichment Consortium” Is No Panacea for the Iran Nuclear Dilemma,” The Washington Institute for Near East Policy, June 5, 2025, <https://www.washingtoninstitute.org/policy-analysis/enrichment-consortium-no-panacea-iran-nuclear-dilemma> (accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- 同上。(本文に戻る)
- 同上。(本文に戻る)
- Frank von Hippel et al., “A nuclear consortium in the Persian Gulf as a basis for a new nuclear deal between the United States and Iran,” Bulletin of the Atomic Scientists, June 2, 2025, <https://thebulletin.org/2025/06/a-nuclear-consortium-in-the-persian-gulf-as-a-basis-for-a-new-nuclear-deal-between-the-united-states-and-iran/> (accessed on November 6, 2025)(本文に戻る)
- 同上。(本文に戻る)