繰り返し提案される危機管理部門の集約構想
2024年10月に就任した石破茂総理は、内閣の目玉政策の一つとして「防災庁」の設置を掲げている。同年12月に初開催された防災立国推進閣僚会議では、2026年度中の同庁設置を目指す方針が掲げられたが、具体的な制度設計は示されていない[1]。
日本において、各省に分散している災害対応権限を集約しようとの考えは大規模災害のたびに提出されてきた。2011年の東日本大震災後には、米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)を参考に、災害対応に特化した省庁を設立するべきとの意見が国会で繰り返し提起された[2]。2020~2022年のCOVID-19の世界的まん延後にも、医療、救急対応、外出、営業自粛などの社会対応を迅速に展開できる組織作りが議論され、2023年9月、内閣官房に新たな組織が設立された[3]。重要インフラへの大規模サイバー攻撃など新たな事態発生の可能性も取りざたされ、危機管理能力を向上させることは国家課題の一つになっている。
危機管理の専門家で構成する笹川平和財団安全保障研究グループのプロジェクト「緊急事態法制研究会」では、こうした事情を踏まえ、省庁体制のあり方を含め、緊急事態対処の実効性向上の方策を議論してきた。その成果を生かし、本稿では、日本における現行の災害対応体制を概観し、海外事例としてFEMAを分析した後、防災庁設置構想で考慮すべきことを挙げる。

日本における防災、災害対応体制の概要
日本の防災、災害対応は、内閣府防災部門を中心に、災害の種別によって主な役割を担う組織が異なる。
内閣府防災部門は約150人の体制で防災計画の策定や訓練、避難生活支援の体制づくりに当たっている。一定規模の災害が起これば、対策本部の設置に従事し、内閣官房の内閣危機管理監を中心とする対応を補完する。あわせて、関連省庁、被災都道府県、自治体との調整を行う[4]。内閣府は内閣に直属し、特定の分野や業界を担当する他省庁から独立しているため、調整を行いやすい立場にある。
上記は自然災害を想定した体制であり、高度な専門知識が必要な災害への対応は異なっている。原子力災害への対応は、東京電力福島第一原発事故を受けて新たに整備された。事故発生時は原子力の専門知識を有する原子力規制委員会、原子力規制庁で構成する緊急時対応センターチームが当該施設(オンサイト)での対応を支援する。政府対策本部の事務局は内閣府に置かれ、センターチームと連携しつつ、施設外(オフサイト)での対応を担う。オフサイト対応は、住民避難のため、輸送手段や避難先の確保で省庁、自治体、運輸会社など多くの機関との調整が必要になる(図1)。そのため、内閣府政策統括官が約50名の職員のサポートを得て対応する。
図 1:原子力緊急事態時の危機管理体制

しかしながら、内閣府がすべての災害において調整機能を果たすわけではない。パンデミックについては、COVID-19のまん延を受けて、内閣官房に内閣感染症危機管理統括庁を新設し感染症に関する対応を集約した(図2)。政府対策本部が設置された場合、同庁が各省庁や自治体、保健所との調整を一元的に担う。サイバー攻撃への対処は、2015年に内閣官房に新設された内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)が中心となる。
図 2:内閣感染症危機管理統括庁を中心とした司令塔機能の強化

このように現行の日本の仕組みは、危機対応、調整機能を果たす機関が災害の種別により、細かく分かれている。警察(都道府県)、消防(市町村)、自衛隊(国)のほか、災害派遣医療チーム(DMAT、厚生労働省)、道路や堤防の復旧を支援する緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE、国土交通省)など、被災地で実働部隊となる人員も所管が分かれている。また、人員総数も、危機管理の専門知識を持った職員も不足している。災害が発生すれば、内閣府防災部門はほぼ全員総出で対応に専念するため、防災基本計画の策定など平時の業務は中断を余儀なくされる。2024年上半期にとりまとめるはずだった南海トラフ地震の基本計画見直しは、同年1月に発生した能登半島地震の対応に追われ[5]、大幅に遅れている。
海外の災害対応体制:米国FEMAの体制分析
米国のFEMAは緊急支援業務(Emergency Support Functions:ESFs)を15に分類し、その実行について、主要担当省庁(P)、サポート省庁(S)、調整機関(C)に整理しているのが特徴である。役割分担を明確にし、迅速な危機対応を図ろうとしている(表1)[6]。1979年4月、消防庁、連邦災害援助庁など6つの庁、局を統合し、独立した省庁として設立された[7]。
表 1:米国における緊急支援業務と省庁の役割分担

ESFsのうち、FEMAは自然災害の初動対応で特に重要とされる通信、情報・計画、被災者対応、ロジスティクス、捜索・救助、対外広報の6業務に特化する。残り9業務は各省庁との調整を経て実施される。また、原子力、サイバー事案、パンデミックなどは専門知識を有する省庁が対応を主導し、FEMAは住民避難、ロジスティクスを担当する。
FEMAは危機管理の専門知識を持ち、通信や建築土木、救急対応に必要な資格や免許を有する約7,500名の要員を抱える。全米の10か所に設置した地方拠点から、こうした実動部隊が被災後すぐに派遣される。平時は、各州、各自治体が策定する防災計画策定への助言、連邦政府-州-自治体を交えた訓練のほか、企業、NPOとの災害協力協定の締結を行う。
しかしながら、FEMAの体制が不変だったわけではない。2001年9月11日に発生した同時多発テロ事件に多大な影響を受けた苦い経験があったことが知られている。
危機管理の専門家である伊藤潤によると、同事件では、中央情報局(CIA)が事前に入手していた重要情報を政府内で共有できず、被害対応も不十分だった。そのため、ブッシュ大統領(当時)は組織改編に乗り出し、2003年1月、国土安全保障局、沿岸警備隊、FEMAなど22の政府機関を統合し、閣僚が長官を務める政府機関としては、同国15番目の省として国土安全保障省(DHS)が創設された。FEMAは独立を失い、人事、予算権が制約された[8]。
テロ対策中心の組織体制は他の災害への対応力を弱体化させた。2005年8月、ハリケーン・カトリーナがルイジアナ州などに甚大な被害をもたらした。この際、自治体-州-連邦政府間の連係ミスによる支援物資、人員派遣の遅れが相次ぎ、厳しく批判された。DHS発足に伴うテロ対策偏重人事により、自然災害対応への専門知識を持った職員がFEMAの主要ポストから外されていたことが原因と指摘された[9]。この事態を受け、2006年、ポスト・カトリーナ緊急事態管理改革法が制定され、FEMAは人事、予算権など独立組織としての地位を取り戻した[10]。
防災庁設置の議論において考慮すべきこと
日米の違いは、それぞれの危機管理の歴史に由来している。日本は、災害対策基本法(1961年)が死者5,000名を超えた伊勢湾台風(1959)直後に制定されたのをはじめ、発生した大規模災害・危機ごとに法律を制定し、対処の仕組みも整備してきた。米国は外国からの武力攻撃に対する国民保護を基軸に、人員、必要物資の調達など共通項を抽出し、それを自然災害や大規模事故への対応に応用する「オール・ハザード・アプローチ」と呼ばれる方式で法制度、対処の仕組みを整備した[11]。日本方式は、種別ごとの対応力向上が望める半面、東日本大震災のような複合災害の場合、省庁間の連携に混乱が生じるおそれがある。米国方式は危機管理の汎用性が高まる半面、災害ごとの特徴を軽視した場合、ハリケーン・カトリーナ対応の二の舞になる。このように日本、海外の現行制度の効用と課題を踏まえ、上述したハリケーン・カトリーナ対応のように、組織間の連携不足が露呈する危機管理の向上を検討する必要がある。防災庁設置に向け、以下の3点を考慮するべきだろう。
- 人員の拡充、および危機管理の専門家の確保と育成
- 調整機能に力点を置き、各省庁の役割、権限を明確化
- 独立した省庁として予算、人事権の確保
何よりもまず、人員の拡充と危機管理の専門知識を持った人材の確保である。日本の現状において最も深刻なのは、人口、国土面積の差を考慮しても、FEMAと比較して圧倒的に人員が少ないことである。さらに、中央省庁、自治体に危機管理の専門知識を持った職員がほとんどいない。欧米が専門職採用を基本とするのに対し、日本が一般職採用であり、2〜3年で部署を異動させ、一定程度の知識を有しながら幅広い分野を担当させる人事慣行であることが一因である[12]。危機対応の実効性を上げるには、専門知識が不可欠であり、ただ人員を増やすだけでなく、募集の一定枠は毎年、専門職採用とすることを検討するべきである。
2番目は調整機能に力点を置いたうえで、集約する業務を明確化することである。災害、危機の種別は多岐にわたり、原子力事故やパンデミックなど、それらの分野に特化した専門知識が必要な事態も起こり得る。米国のFEMAは緊急支援業務の3分の1程度を集約しているに過ぎず、むしろ、関係者間の役割分担の明確化、調整に力点を置いている。日本においても、すでに整備されている種別ごとの対応体制、各省庁の役割分担を生かしつつ、調整機能の強化を図るべきである。
最後に、独立した省庁として予算、人事権を付与することが望ましい。FEMAが予算、人事権を喪失した時期に災害対応に苦戦した事実は、多くの教訓を示唆している。予算、人事権の獲得は、最初に挙げた専門人材の確保、訓練を通じた人材の育成や省庁間、中央政府-自治体間の連携強化につながる。
大規模自然災害が相次ぎ、サイバー攻撃など新たな危機も想定される中、災害への対応はすべての国民に密接に関係する。2025年1月24日に開幕する通常国会において、与野党が防災庁構想を真摯に議論することで、防災の強化、危機管理の向上につなげてほしい[13]。
(2025/01/17)
脚注
- 1 内閣府防災情報「防災立国推進閣僚会議(第1回)議事次第」2024年12月20日。
- 2 例えば、第183回通常国会議事録、2013年5月10日。
- 3 内閣官房「内閣感染症危機管理統括庁について」2025年1月12日アクセス。また、感染症対策の専門家組織として、また、国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターが統合され、2025年4月に国立健康危機管理研究機構が誕生する。厚生労働省「感染症等に関する新たな専門家組織の機能について」2023年2月9日。
- 4 西中隆「平成30年7月豪雨の被災状況と災害からの教訓」日本防火・危機管理促進協会、2025年1月16日アクセス、4-5頁。
- 5 内閣府「松村内閣府特命担当大臣記者会見要旨」2024年2月9日。
- 6 “Emergency Support Functions (ESFs),” FEMA, accessed January 12, 2025.
- 7 “History of FEMA,” FEMA, January 4, 2021.
- 8 伊藤潤「米国の国内危機管理におけるAll-Hazardsアプローチ」武田康裕編『論究 日本の危機管理体制 国民保護と防災をめぐる葛藤』2020年4月24日、55-78頁。
- 9 Louise K. Comfort, et al., Designing Resilience-Preparing for extreme events, University of Pittsburgh Press, 2010, pp. 42-51.
- 10 脚注7参照
- 11 伊藤潤「米国の国内危機管理におけるAll-Hazardsアプローチ」、55-78頁。
- 12 指田朝久ほか「日本版FEMA構築の可能性と留意点~政府と地方自治体の災害対応の在り方の提案~」『地域安全学会梗概集』No.35、2014年11月、3頁。
- 13 笹川平和財団「緊急事態法制研究会」は2025年3月、省庁体制の改編などの政策提言を含めた報告書の公表を予定している。