2025年5月27日、マレーシアの首都クアラルンプールにおいて、ASEAN(東南アジア諸国連合)、GCC(湾岸協力会議)、中国の首脳が一堂に会するサミットが初めて開催された。この会議は、貿易や投資、経済協力のほか、テロをはじめとする国境を越える犯罪への共通の取組を話し合い、東アジアと中東の協力に関する新たな枠組みを模索する場となった。本短評は、同会議の意味について、ASEAN、特に議長国マレーシアのねらいに焦点を当てて考察するものである。

トランプ関税とASEAN

 2025年4月、アメリカのトランプ大統領は各国にかける関税率を発表した。ASEAN諸国にも軒並み高関税が課され、最も高いカンボジアで49%、最も低いシンガポールで10%であった。

表:2025年4月にトランプ大統領が発表したASEAN諸国に対する関税率

国名 関税率
カンボジア 49%
ラオス 48%
ベトナム 46%
ミャンマー 44%
タイ 36%
インドネシア 32%
ブルネイ 24%
マレーシア 24%
フィリピン 17%
シンガポール 10%

出典:Amir Yusof, “Why are Trump’s tariffs in Southeast Asia highest among Indochina countries?” Channel News Asia, April 3, 2025を参考に筆者作成。

 各国はアメリカとの2国間交渉にさっそく乗り出したが、交渉は難航している。46%の関税率のベトナムは、米側から長大な「要求リスト」を突き付けられ、その中には中国からの輸入の削減が含まれていると報じられた[1]。中国から中間財を輸入して完成させ、アメリカに輸出することでベトナムの貿易は成り立っており、その貿易サイクルでベトナムの経済は成長してきた。ベトナム1国の努力でこうしたサプライチェーンの再編は不可能であり、同国は対米関係においてこれまでにない難局に直面している。

 ASEANのほとんどの国は粛々とアメリカとの交渉を続けているが、反発を隠さない国もある。その国とはマレーシアである。そもそもバイデン前政権期からマレーシアの対米関係は停滞していたが、その主たる原因の1つはガザ問題である。イスラエルを支援するアメリカに対しイスラム教徒のマレー人が多数を占めるマレーシアの国民は反発を強め、国民の声を受けたアンワル・イブラヒム首相も米国の政策を批判してきた。トランプ大統領が表明したパレスチナ人の再定住のアイディアに、マレーシアは強い反発を示した[2]。マレーシアは中国への接近を強め、2024年7月にはBRICSへの加盟を正式に申請した[3]。

 2025年4月に習近平国家主席がマレーシアを訪問した際、歓迎晩餐会の席でのアンワル首相のスピーチは、アメリカやトランプ大統領という名指しこそしないものの、強い調子での対米批判を含むものであった。アンワル首相は「今日、多国間主義が大きな圧力にさらされ、一部の国が責任共有の原則を放棄し、別の国は長年の約束に疑問を投げかけている」、「一部の方面では、ルールに基づく秩序が覆され、対話は要求に屈し、関税は抑制なく課され、協力の言葉は脅迫と強制の雑音にかき消されている」と述べ、トランプ大統領の関税政策を批判すると同時に「中国のグローバルな取り組みは新たな希望の光を投げかけており、それは内向きではなく外向きであり、競争ではなく刷新を語っている」、「この困難な時代に、世界は堅実さ、信頼性、そして目的を切望しているが、我々は中国の行動にそれを見出している」と中国を自由貿易体制の守護者として称揚した[4]。

ASEANと議長国マレーシア――米国との「団体交渉」を目指す

 2025年、マレーシアはASEAN議長国を務めており、トランプ関税に直面し、議長国としてASEANを率いて対米「共同戦線」の形成を図ろうとした。2025年5月25日に行われたASEAN外相会議の際、マレーシアのモハマド・ハサン外相は、アメリカの関税政策によってもたらされる国際貿易の混乱に対応するため、ASEANは域内の経済統合を推進し、市場を多様化し、団結を維持しなければならいと述べ、マレーシアは議長国としてアメリカに対するASEANの「団体交渉」を申し入れたことを明らかにした[5]。

 続くASEAN首脳会議では、やはり関税が主要議題の1つとなった。会議後の議長声明では「世界的な貿易摩擦が高まる中、アメリカによる一方的な関税導入の発表とそれが両国経済に及ぼす潜在的な影響について、我々は深い懸念を表明する」とASEANとしての懸念を表明した。一方で「我々はアメリカとの率直で建設的な対話に関与し続け、アメリカの関税へのいかなる対抗措置も課さないことを約束し」、「ASEANは信頼できる経済パートナーであり続け、特に高付加価値かつ未来志向の分野において、米国との経済協力枠組みの強化に取り組む」とアメリカとの生産的な対話による事態の打開を基本原則とすることを明らかにした[6]。こうした言説には、アメリカに強い態度で臨もうとする議長国マレーシアと、対米批判によって2国間交渉に悪影響が出ることを懸念する他の国々との温度差が表れていた。

ASEAN・GCC・中国首脳会議の開催

 一方、ASEAN首脳会議議長声明は「対話パートナーを含むASEANの域外パートナーの経済連携を強化・拡大するとともに、新たなパートナーとの協力機会を模索する」とも述べた。ASEANにとってGCC・中国との首脳会議は、アメリカへの輸出に依存しすぎない新たな経済パートナーの開拓という意味を帯びていた。

 ASEAN・GCC・中国サミットで参加各国首脳は、国連憲章や国際法に基づく基本原則を尊重し、平和、安全、安定、繁栄を促進するための協力強化が確認された。ASEAN中心性、GCCの安全保障上の役割、中国の国際的影響力がそれぞれ評価され、善隣友好、主権尊重、内政不干渉、平和的解決の原則が強調された[7]。

 また、アジア太平洋および中東地域における経済発展と協力の重要性が認識され、3者は補完的な経済圏として、貿易・投資・経済協力の拡大に大きな可能性を持つことを確認した。また持続可能な開発と経済の強靱性を高めるため、WTOを中心としたルールに基づく多国間貿易体制への信頼を強化し、経済のグローバル化をより開かれた、包摂的で均衡の取れたものにする決意が再確認された[8]。

 さらに、国際犯罪やサイバー犯罪、テロへの対策、過激主義の防止に向けた協力の必要性が共有される一方、共同声明では中東情勢について特に項目が設けられ、詳細に語られた。そこでは民間人への攻撃を非難し、恒久的停戦と人道支援の確保を求めた。特に、ガザ地区における電力・水道の復旧や燃料・食料・医薬品の供給の円滑化が強調された。また紛争当事者には、民間人の保護の観点から国際人道法、特に1949年のジュネーブ条約の遵守が求められ、2024年7月19日の国際司法裁判所による勧告的意見を支持し、国連がイスラエルのパレスチナ占領を速やかに終結させるための具体的措置を検討すべきとの立場が示された[9]。

 ASEAN、GCC、中国のGDP総計は世界のGDPの2割以上を占め、3者間の経済協力の緊密化は世界経済に大きなインパクトを持ちうる。またそれぞれの2者間の貿易額の合計は1兆1,500億ドルに達し、世界貿易にも巨大な存在感を示す潜在力を持つ[10]。

 こうして注目すべきASEAN・GCC・中国サミットであるが、何分始まったばかりの取り組みであり、参加各国や地域枠組みが持つ潜在能力がどのような具体的な政策に転化するかはまだ見通せない。また各国のGDP総計や2者間の貿易総額が巨額であると言っても、これらはASEAN・GCC・中国の中で完結しているわけではなく、あくまでアメリカ経済に強く紐づいているものである。ASEANがアメリカに代わる輸出先を求めたとしても、アメリカの巨大な購買力に代替しうる市場を開拓することは容易ではない。

 さらに、今回の会議については、イスラム教という共通項で中東諸国と独自の協力関係を構築してきたマレーシアが開催を強力に推進したという経緯から、次年度以降の議長国が、同様にGCCとの協力を推進するかは定かではない。今回のサミットは、3者間での経済圏の確立で具体的に合意したというよりは、トランプ政権の関税政策を背景に、あくまで政治的な協力を国際社会(というよりはアメリカ)に対して示そうとする象徴的な意味合いにとどまるものであろう。

 (本稿は筆者の個人的見解であり、筆者の所属機関の公式見解ではない)

(2025/06/30)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The ASEAN-GCC-China Summit--The Search for New Partnerships