【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】
この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。
本稿では、まず、NATOとIP4が次世代技術協力を立ち上げるべき理由とNATOの加盟国やパートナー国以外でこれに参加可能な国はどこかを説明し、次に、NATOと日本が今後協力し得る分野である量子技術について論じていく。
北米や欧州のNATO加盟国とインド太平洋パートナー間の相互運用性強化に向けたNATOとIP4の防衛産業協力に関心が寄せられている理由は何か。それは、ロシア・ウクライナ戦争によって、独裁政権が国のリソースを戦時のニーズへと振り向ける速さに自由民主主義諸国は太刀打ちできない、という事実が明白になったためだ。独裁政権下では、市民は不満を公にする自由がなく、政府の主要決定に反対もできないため、国は戦時経済体制を民衆の抵抗もなく瞬く間に導入できるのである。
その結果、ロシアは戦時のニーズを満たす経済体制へと素早く転換し、対ウクライナで優位に立った。ロシアは現在、月間25万発の砲弾を生産している。これに対し、米軍が現在目指しているのは2025年末までに砲弾生産量を月間10万発まで増やすことだ[1]。こうした課題に対処する方法はいくつかある。最も明らかな答えは、NATOの加盟国やパートナー国のリソースを結集することだ。日本、韓国、豪州、ニュージーランドから成るIP4は強力な防衛産業基盤を有するため、防衛産業の生産量増大に取り組むNATOにとっては特に魅力的なパートナーとなる。
ただし、防衛産業基盤の強化に向けた協力を推進する際には、NATOはIP4以外の国々も、たとえ政治もしくは外交上の理由でNATOの加盟国や防衛作戦パートナーとなる基準を満たさない場合でも、招く必要がある。例えば、イスラエル、ヨルダン、エジプト、モロッコは、NATOの地中海ダイアローグへの参加を通じ、地域の能力開発と安定に向けたNATOのパートナーとなっているが、NATOの作戦にも統合的な防衛産業基盤構築に向けた取り組みにも組み込まれていない。これらの国々は、武器輸出においては世界上位50カ国に南アフリカ、インド、ブラジル、ナイジェリアとともに名を連ねており、NATOが各国の生産拡大ニーズを評価した上で特定の防衛装備品を生産するよう勧めれば、NATOの防衛産業パートナーとなるかもしれない。このプロセスの立ち上げに向け、NATOは「平和のための産業パートナーシップ」とでも呼ぶべき枠組みを創設することも考えられる。こうした枠組みは、軍民両用の機微技術の移転を防ぐためにNATOが輸出管理制度を導入する際、その土台となり得るものだ。
今後の日NATO間防衛技術協力に焦点を当てたとき、最も可能性と関連性の高い分野は量子技術だ。第1に、今後の安全保障においては、いかにして暗号システムの安全性を維持するかが最も重要な問題の1つとなる。科学者や官僚は「Qデー」という語を口にする。これは、0と1の両方の状態を同時に持ち得る量子ビットを使う量子コンピューターが、複雑な数学方程式を従来型コンピューターよりはるかに速く解けるようになり、その結果、政府等の組織がデータ保護のために使う暗号システムを破ってしまう日のことを指す。量子コンピューターを使用すれば、国家その他の主体は、他者の通信を解読することも自身の通信を傍受から守ることも可能となる。第2に、NATOと日本にはすでに、量子技術協力に活用可能な制度的基盤が存在する。量子技術開発に向けた戦略も、それぞれ策定済みだ。NATOと日本、そして先端技術産業を持つ韓国等の他のIP4諸国が手を組めば、量子技術の強力な産業基盤を欧州・大西洋とインド太平洋の両戦域で確保する上で大きな力となるだろう。
NATOでの量子技術開発は現在どのような状態にあるのだろうか。NATOは新興技術が持つ可能性に対しては常にアンテナを高く張ってきた。2019年には新興破壊的技術(EDT)の実装ロードマップについて合意に達し、2021年には一貫性あるEDT実装戦略を承認している。後者は下記の2点を目的とするものだ。
- 1. 軍民両用技術の開発と採用を後押しすること。
- 2. NATO加盟国が想定敵対国や競争国による妨害、操作、EDT利用から自国、自国のEDT、イノベーション生態系を守るための枠組みを創設すること。
戦略の重点は9つの分野に置かれている。これには量子技術、AI、自律型システム、バイオ技術、宇宙、極超音速システム、酸化物超電導体やヒドロゲル等の新材料、そして次世代通信ネットワークが含まれるが、これらに限定されるものではない。
技術イノベーションを推進するためにNATOが立ち上げたのが、北大西洋防衛イノベーションアクセラレータ(DIANA)とNATOイノベーション基金(NIF)だ。DIANAは、新技術を防衛ニーズに応えるものとすべく、NATO全域の200を超えるアクセラレータプログラムやテストセンターから成るネットワークを擁し、新興企業とその技術を利用するエンドユーザとを結び付けている。日本にはこのネットワークに貢献を果たす可能性があることを考えれば、NATOはDIANAへの参加を加盟国に限定すべきではない。
NIFは複数主権国によるものとしては世界初のベンチャーファンドとして、民間市場参加者には難しい高リスク長期技術プロジェクトへの投資機会を模索している。NIFは10億ユーロ(10.4億ドル)の小規模ファンドであり、運用期間は15年とされている。
NIFの活動において、量子技術は大きな割合を占めることになるだろう。2023年11月には、量子技術への準備を整えることを目的に、NATOとしては初めての量子戦略が外相会議で承認された。2024年1月に発表された同戦略の要旨では、量子技術が革新的な変化を及ぼす可能性のある領域として、センシング、画像処理、高精度な測位・航法・計時、通信、コンピューティング、モデリング、シミュレーション、情報科学が挙げられている。量子技術は革新的かつ破壊的な影響を及ぼす可能性があり、敵対国を抑止し加盟国を守るNATOの能力を低下させる恐れもある。量子技術が戦略的競争の対象となっているのはこのためだ。
NATO量子戦略の柱の1つは、環大西洋地域の産官学の代表者が集まってNATOのイノベーション生態系全体の問題を戦略的に議論する量子コミュニティの設立だ。このコミュニティは環大西洋の枠組みで始まったばかりであるため、量子技術で日本を代表する富士通、NTT、日立といった企業も含めるべく今後拡張される余地はある。
日本にとって量子技術は、敵対国との戦略的競争を勝ち抜く上で欠かせない極めて重要な技術である。政府は2020年1月に「量子技術イノベーション戦略」を発表[2]。2022年4月には、これを発展させた「量子未来社会ビジョン」が内閣府科学技術・イノベーション推進事務局から発表され[3]、2023年には、量子技術の実用化・産業化戦略を示した戦略が策定されている。
さらに2024年には、国際環境の劇的な変化と諸外国の量子技術分野での進歩に対応すべく、新たに「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」が量子技術イノベーション会議によって策定された。これらの文書では、2030年に目指すべき下記3つの目標が定められている。
- 1. 国内の量子技術の利用者を1,000万人に。
- 2. 量子技術による生産額を50兆円(3,238億ドル)規模に。
- 3. 量子ユニコーンベンチャー企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)を創出。
量子技術イノベーション会議は今後、日本によるこれらの目標達成を評価するデータを公表していく予定だ。目標達成に向けた意欲は、国際競争の激化を受け、これまでになく高まっている。それでも、日本が自身の量子技術政策が生み出す影響を最大化するためには、NATOとの間で今後の協力に向けたロードマップを協議すべく作業部会を設立することが不可欠だ。この作業部会の日本側参加者には、防衛省だけでなく経済産業省も加わるべきである。経済産業省はこれまで防衛協力には関与してこなかった。しかし、日本の2022年国家安全保障戦略は全省庁に対し、傘下の技術開発事業を国家防衛分野の技術開発事業と連携させるよう促している[4]。量子技術は、日本が政府横断的な技術協力に取り組む最初の例となるかもしれない。
その際の問題の1つは機微技術の拡散防止だ。多国間協調に基づく活動が開始された場合、これは一層複雑さが増す問題となる。「通常兵器および関連汎用品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント」は、輸出管理対象品目リストへのいかなる追加に対してもロシアが拒否権を発動しているため崩壊しつつあり、参加国にはこれに代わる新たな枠組みの創設が必要となっている。
NATOと日本が新技術の開発や防衛装備品の生産において協力していく際には、それと併せ、より広範で実効性の高い輸出管理体制を両者間で構築することが不可欠だ。
防衛部門での輸出管理体制はこれまでのところ、2国間か少数国間によるものが中心である。その例が三国間安全保障パートナーシップ(AUKUS)の「第2の柱」で、これは防衛技術協力に特化したものだ。また、日米韓3カ国は2023年にEDT分野での協力について合意に達し、2024年4月には創造的技術保護ネットワークの第1回会合を開催している。
NATOは、数多くの関連主体を巻き込んだ防衛技術の規格策定や専門知識において高い実績を誇る。ゆえに、ワッセナー・アレンジメントに代わる新たな輸出管理体制の事務局を編成し新体制の実行を確保するという任務は、NATOには適役のように思える。NATOが正式な加盟国やパートナー国ではない国々を平和のための防衛産業パートナーとして包含すると決定した暁には、こうした国々も新たな輸出管理体制に加盟すべきであろう。
(2025/07/11)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 12】
Prospects of NATO-IP4 Cooperation in Quantum Technology
脚注
- 1 Katie Bo Lillis, Natasha Bertrand, Oren Liebermann, and Haley Britzky, “Exclusive: Russia Producing Three Times More Artillery Shells Than US and Europe for Ukraine,” CNN, March 11, 2024.
- 2 Cabinet Office, “Quantum Innovation and Technology Strategy”, January 21, 2020.
- 3 “Vision of Quantum Future Society”, April 22, 2022.
- 4 National Security Strategy (Ministry of Foreign Affairs of Japan, 2022), 25–26.