【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


戦域間の相互連携:NATOにとっての重要性

 今日の安全保障環境は、戦略的競争、長期的な係争によって平和・危機・紛争が紙一重にある状態、そして不安定な情勢の広がりを特徴とする。NATOはこのように複雑で敵対的かつ予測不能な安全保障環境の中で効果的に機能すべく、適応中である。加盟国の安全保障と防衛の確保に向けてNATOに求められるのは、相互に絡み合った世界的脅威や課題の数々に信頼性をもって対応する能力と、自身が責任を負う欧州・大西洋地域に対して地域外の紛争、危機、不安定性がもたらしかねない影響を明らかにする能力だ。

 世界における地政学的競争の震源地であり、かつ世界有数の急成長エリアでもあるインド太平洋地域は、欧州・大西洋地域だけでなく国際的な平和と安全保障にも密接にかかわっている。欧州・大西洋地域の安全保障や繁栄とインド太平洋地域の安全保障や繁栄は不可分だ。このため、どちらか一方の戦域に深刻な危機が発生した場合には、もう一方も政治・経済・安全保障面で直接影響を受ける。ロシアの対ウクライナ侵略戦争によって両地域の安全保障面でのつながりがさらに深まる中で、ロシア、中国、北朝鮮、イランの4カ国も戦略の整合性を高め、より足並みの揃った行動を取るようになっている。後者3カ国はロシアの侵略を支持することで、事実上、欧州戦域における不安と不安定さの増幅に一役買っている。

 戦略的競争と敵対国間連携の進展を背景に、欧州・大西洋とインド太平洋の両地域では同志国間の政治的関与や実務的協力が強化される明確な事例も生まれている。

 NATOとIP4は近年、両者間の政治対話や実務的協力を大きく前進させた。豪州、日本、ニュージーランド、韓国はNATOの責任地域から物理的には遠いものの、価値観の点では地政学的に近く、ルールに基づく国際秩序の支持という姿勢も共有している。NATOとIP4はさらに、戦域をまたぐ複数の共通課題にも直面している。敵対的サイバー活動、経済的威圧、核不拡散規範・体制の弱体化、ハイブリッド脅威の高度に洗練されたハイブリッド脅威などだ。欧州・大西洋地域とインド太平洋地域の国々がこうした共通の課題に力を合わせて取り組めば、それぞれの安全保障を強化することが可能となる。

 ワシントンDCで開かれた2024年NATO首脳会合において、NATOとIP4はウクライナ支援、サイバー防衛、偽情報対策、AIを含む新興破壊的技術(EDT:Emerging Disruptive Technology)の適応・採用といった問題に関する協力強化を目指し、複数の旗艦事業を立ち上げた。NATOは同会合で産業能力拡大誓約も採択し、IP4をはじめとする関係パートナー国との防衛産業協力を拡大する必要性を前面に出している。こうした戦域を横断する課題と防衛産業協力の双方への注力は、強く野心的な協力アジェンダの基礎となり得るものだ。

より強力で強靱な防衛産業生態系の構築:戦域をまたぐ取り組みの可能性

 環大西洋地域の防衛・技術産業基盤の活性化は、NATOの軍事的適応を可能にするためにも、信頼性ある抑止力と防衛態勢を維持するためにも極めて重要だ。戦略的競争が激化する現状において、こうした努力の重点は、NATOの技術的優位性を取り戻して維持すること、そして危機や紛争時にその際の敵対国や競合国が生産のスピードや量でNATO加盟国を上回り得ないようにすること、この両方に置くべきだ。

 NATO加盟国は、何十年にもわたる防衛への投資不足で防衛産業の生産能力低下を招いてきたが、今や継続的な防衛費増額へと重点を急激に切り替えている。さらに、各企業が生産を持続し、必要な場合には防衛上のニーズに応えて大幅増産もできるよう、防衛産業とともに生産能力拡大に取り組むことにも注力している。こうした取り組みは、ロシアの侵略に対して自衛権を行使しているウクライナへのNATO支援を確保するためにも、より敵対的な安全保障環境における抑止と自衛のためにも必要なものだ。

 NATOは、加盟国と産業がこれらの問題を協議する際の重要なプラットフォームとなる。軍事作戦基準を策定し相互運用性の向上を後押しする上で、NATOは中核的役割を果たす。さらに、需要の結集、スケールメリットの創出、多国間協力の推進においても効果的な枠組みだ。NATOが防衛産業とその生産能力の拡大・強化に向けた投資を続ける中、これに関連する協議や活動には、インド太平洋パートナーの関与を高め得る分野がある。技術的優位性の維持に関しても同様の可能性があり、インド太平洋パートナーとの協力を緊密化して両地域のイノベーション生態系を活用すべきだ。

 欧州・大西洋地域のNATO加盟国とインド太平洋地域のパートナー国との戦略的な対話や交流について、関連業界のステークホルダーも巻き込んで、活発化させることも重要だ。その目的は、産業を強靱化するとともに、防衛産業や技術産業がこの先長期にわたって有効な基盤を備えられるようにすることにある。ただし、これらには以下の共通の課題が存在する。

  • 生産能力の大規模化に向けた生産の量と速度の大幅増
  • コスト削減
  • 購買と資金調達に関するより機動的な仕組みの確保
  • 相互運用性の維持
  • EDTの適応と採用の迅速化

 戦略的対話を超えて、資金分担、共同開発、共同生産といった実務的協力を進めることができれば、NATO加盟国とパートナー国のそれぞれのアセットや開発・生産能力のうち両戦域で必要となるものを活用し、その過程で設計段階から相互運用性を組み込むという前向きな作用が期待できる。さらに視点を広げれば、こうした産業協力は複数の戦域にわたり戦略収斂を促す原動力にもなり得る。その例としては、三国間安全保障パートナーシップ(AUKUS:「第2の柱」を含む)、日英伊3カ国間のグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)、そして最近ではノルウェーのコングスベルグ社が豪州に建設する打撃ミサイル工場に対し豪州政府が共同出資するという決定が挙げられる。実務的協力の強化に向けた取り組みを加速させるためには、欧州・大西洋地域の加盟国とインド太平洋地域のパートナー国が技術共有やデータ共有を行う上での障壁を下げ続けることが重要だ。

 さらに、持続可能で安全な防衛産業サプライチェーンの確保も、戦域をまたぐ課題である。欧州・大西洋地域の加盟国とインド太平洋地域のパートナー国が対話と協力を進めれば、防衛上重要なサプライチェーンに関する戦略的依存度や脆弱性を特定・軽減する上で役立ち得る。

目的にかなった海洋能力の確保:協力のテストケース?

 海洋脅威をめぐる情勢は急速に変化を続け、国家と非国家主体が採用する技術や戦術が海洋戦の性質を変えつつある。

 2022年NATO戦略概念は加盟国に向けて、NATOが持つ海洋での抑止や防衛の能力、航行の自由を支える能力、海洋通商路を確保する能力、および重要通信回線を守る能力に対して地政学的力学の変化やEDTの導入が及ぼす影響につき、高いレベルの状況認識を維持するよう求めている[2]。

 加えて、これまで以上に複雑かつ敵対的で目まぐるしく変化する環境において海洋での優勢を保つためには、今後必要な能力に関する想定を考え直すことが必要かもしれず、その際にはインド太平洋パートナーを巻き込むのも一案だ。例えば、欧州・大西洋戦域とインド太平洋戦域の海軍参謀は、中国の「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイルの開発、そしてウクライナによる沿岸巡航ミサイル・沿岸砲・自律型の水上無人機・無人潜水機を用いたロシア黒海艦隊に対する防衛の有効性から、いかなる教訓を得ることができるだろうか。さらに、片道攻撃用の無人航空機(UAV)と対艦ミサイルを使ったフーシ派による商船や軍艦の攻撃から、どのような気付きを得るのだろうか。

 こうした技術や戦術は、陸海の空域で安価な自爆UAVに対処できる費用対効果の高い兵器の開発といった共通の課題を浮き彫りにするかもしれない。しかしこうした動向は、より広範な任務の遂行に向けてUAVの空母への搭載が加速する可能性も示している。AUKUSの「第2の柱」は、無人潜水機をはじめとする水中能力についての交流・協力・演習の拡大を優先事項の1つに定めるという適切な判断を下している。これはNATOもIP4も大きな関心を寄せるテーマだ。そのほかに欧州・大西洋とインド太平洋両戦域の海洋安全保障強化に向けた有望な分野としては、海底通信ケーブルなどの重要海底インフラを守るための技術イノベーション活用を目的とした取り組みや協力が挙げられる。こうした問題はいずれも、NATOとIP4の戦略的対話、情報交換、実務的協力だけでなく、共同での訓練・演習・能力構築をも拡大させる可能性を秘めている。

 戦略的競争の激化と急速な技術進歩は、欧州・大西洋地域とインド太平洋地域両方の安全保障に色濃く影響を及ぼすとともに、領域や戦域を問わず戦争の性質も変えつつある。こうした中、NATOとそのインド太平洋パートナーが戦域をまたぐ課題への強靱性強化に向けた対話と協力を拡大していくことは、いずれの側にとっても利点がある。防衛協力を加速させれば、それぞれの作戦効果を向上させつつ相互運用性を高めることも可能だ。こうした方策を実施することで、両者が抱える固有の、しかしますます相互のつながりを深めつつある安全保障上の課題についても、対応に必要な能力を強化できるのである。

(2025/06/27)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 9】
Enhancing Euro-Atlantic and Indo-Pacific Theater Cooperation: What Is NATO’s Role?

脚注

  1. 1 The opinions expressed in this essay are the author’s own and do not reflect the views of the Policy Planning Unit, the Office of the Secretary General, or NATO.
  2. 2 NATO 2022 Strategic Concept, 7.