【「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」のポリシーペーパー掲載のお知らせ】
この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「欧州とインド太平洋の同盟間協力プロジェクト」と提携して、米欧と日韓豪の専門家による欧州とインド太平洋の同盟間協力構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の世界の戦略的中心となるインド太平洋と欧州の米国の同盟国間の協力について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。
2022年に始まったロシアによるウクライナ全面侵攻は、NATO加盟国のサプライチェーンが抱える大きな欠陥をさらけ出す結果となった。長距離ミサイルや武器弾薬、大砲の不足に加え、特に目立ったのが防空装備品と安全なデジタル戦場通信システムの不足であった。また、防衛企業の生産の大幅な遅れ、弾薬の規格化問題、防衛産業基盤の制約といった問題も明るみに出た。こうした状況を受け、NATO加盟国は「それぞれの抑止と防衛の能力を高め、ウクライナへの支援で枯渇した在庫を補充する」との決意を固めている[1]。
重要・新興技術(CET)を中心に防衛関連サプライチェーンを早急に改革する必要性を鑑み、ワシントンDCでの2024年NATO首脳会合では「NATO全域の防衛産業を強化する」ため、防衛産業の発展に向けた重点的で体系的な手法を採用し、「防衛能力の大規模かつ国際的な調達を強化する」とともに、NATOパートナー国との協力を拡大する、という重要な合意が加盟国間でなされた。加盟国はまた、相互運用性と互換性を確保するため、「防衛資材生産に関するNATO規格の強化に取り組む」ことにも合意している[2]。
このように欧州・大西洋地域の防衛産業基盤やサプライチェーンは重要な問題を抱えているが、それでも、インド太平洋地域で同盟国やパートナー国が直面する防衛産業基盤やサプライチェーンの問題と比べれば大したものではない。台湾と北朝鮮で同時に、しかも現在のウクライナ戦争の最中であっても有事が発生するかもしれないという可能性は豪州、日本、ニュージーランド、韓国というNATO域外パートナーの非公式グループたるIP4にとって極めて深刻な問題である。2027年までに防衛費を倍増するという日本の決断に代表されるように各国が防衛費の大幅増額に踏み切ったとしても、こうした問題は容易に乗り越えられるものではない。台湾有事だけでも、頻繁に言及される半導体不足や重要鉱物不足をはじめ、世界中のサプライチェーンに前例のないレベルの混乱を引き起こすことだろう。台湾で紛争が起きた場合には、世界のGDPが10兆ドル失われると推定する向きもある。
NATO戦略概念は、2022年版において初めてインド太平洋地域に明示的に言及し、「同地域の動向は欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼし得る」と記している[3]。世界の貿易の80%超が海上輸送に依存する現在、インド太平洋地域は重要拠点の一角を成す[4]。また、世界10大港のうち9つを擁する世界で最も重要な海洋地帯として、世界の貿易の60%が通過する地域でもある[5]。このように世界はインド太平洋地域のサプライチェーンに大きく依存しているにもかかわらず、そのサプライチェーンはいくつもの大きな問題に直面している。これには、南シナ海や台湾周辺での軍事衝突の可能性や北朝鮮の核計画だけでなく、台風や津波等の自然災害、北朝鮮籍船舶による違法な洋上での船舶間物資積み替えの増加[6]、中露朝からの大規模なサイバー脅威、オマーン湾でのイラン・中国・ロシア3カ国による合同海軍演習[7]、中露による日本への頻繁な領空侵犯が含まれる。このように、NATO防衛サプライチェーンに混乱を招く可能性だけでなく、インド太平洋地域における(さらにはイランやその代理勢力等による)世界の海運・防衛サプライチェーンが直面する問題も考えると、NATOとIP4は相互運用性の拡大推進に向けた第1歩として、両者間の防衛関連サプライチェーン協力を強化しなければならない。
NATOとIP4は、かつては「ワンパートナー・ワンプラン」(one partner, one plan)プログラムと呼ばれていた国別適合パートナーシップ計画(ITPP)の実施を域外国へと拡大する必要もある。その中心とすべきは「防衛および関連安全保障能力構築イニシアティブ」という、NATOがパートナー国の要請に応じて戦略面での助言や実務面での支援を提供する制度だ。パートナー国の防衛体制強靱化を目指し、各国の必要性に即した形で防衛改革、制度構築、能力開発、国内部隊訓練を推し進めるものである[8]。
NATOがIP4等のパートナー国との防衛産業協力を強化する上で最良の手段は、防衛サプライチェーンに負の影響が及ぶ恐れのあるシナリオを徹底的に分析することかもしれない。その主たる重点は、先述した複数戦域で同時に危機が発生するというNATO能力への負荷が最大限に達し得るシナリオに置くべきである。NATOの政策立案者は、IP4をはじめとする域外友好国に関するシナリオについても、同様に熟考すべきだ。対象とする状況としては、中露朝との同時紛争の長期化、南シナ海における中国と東南アジア諸国との紛争勃発、イスラエルと湾岸アラブ諸国との戦争継続などが考えられる。NATOとIP4が合同でシナリオプランニングを行えば、サプライチェーン上の脆弱性を特定して重点化し、その改善を図ることが可能となろう。
こうしたシナリオの徹底的な分析は、各加盟国、NATO全体、そしてパートナー国の防衛サプライチェーンの欠点を浮き彫りにする上で効果的だ。NATOとIP4はその場合、NATOが近年行っている防衛サプライチェーン安全保障強化に向けた取り組みを足掛かりにできる。防衛サプライチェーンが抱える安全保障上の問題の克服に加え、重要鉱物やICチップ等のサプライチェーンに関するNATOとIP4の標準規格が策定されれば、両者間の協力をさらに後押しするものとなろう。そして標準規格は、アライ・ショアリング(同盟国に限定したサプライチェーン構築)、共同生産能力、共同調達、サプライチェーン冗長化等の取り組みを大きく前進させるだろう。こうした規格を設定すれば、各国は規格に基づく防衛計画策定や調達先のさらなる多様化に集中できる。規格策定者が特に留意すべきは次世代防衛生態系にとって必要不可欠な資材や技術であり、これについては官民両部門でも注目が高まりつつある。
NATOとIP4が防衛サプライチェーンの安全保障を強化し、サプライチェーンに関する両者間のベースライン規格を設定することは、大きな第一歩となるだろう。長期的には、その他の主な技術・外交・政治・産業安全保障面において、両者間の協力強化や防衛産業基盤の整合性向上を妨げる障壁の解消も必要だ。徐々にこうした障壁を解消していくことは、最終的に共同開発や共同生産を実現するために重要なだけではない。最も複雑な安全保障シナリオ下での抑止力に向けてNATOとIP4が求める攻撃力を発揮するためには、戦場に近い地でのモジュラー生産が必要であり、これを可能にするためにも不可欠なのである。インド太平洋地域における地政学的不安定化の脅威と欧州・大西洋地域や中東における深刻な安全保障問題が同時に発生している今、NATOとIP4の協力深化は喫緊の課題だ。
(2025/07/04)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Cooperation between European and Indo-Pacific Powers in the US alliance system project:Policy Paper Vol. 10】
Unifying NATO-IP4 Defense Supply Chains and Beyond
脚注
- 1 “NATO’s Role in Defence Industry Production,” NATO, July 15, 2024.
- 2 “NATO’s Role.”
- 3 NATO 2022 Strategic Concept, 11.
- 4 Ji Yeon-jung, Yu Jihoon, Friso Dubbelboer et al., “Maritime Security for Resilient Global Supply Chains in the Wider Indo-Pacific,” Hague Centre for Strategic Studies, December 19, 2024.
- 5 To Anh Tuan, “Maritime Security in the Indo-Pacific: Mixed Opportunities and Challenges from Connectivity Strategies,” in Responding to the Geopolitics of Connectivity: Asian and European Perspectives, ed. Christian Echle (Konrad-Adenauer-Stiftung, 2020).
- 6 “Suspicion of Illegal Ship-to-Ship Transfers of Goods by North Korea-Related Vessels,” Ministry of Foreign Affairs of Japan, December 25, 2024.
- 7 Can Kasapoğlu, “Iran’s Proxy Wars Reshape Middle East Security,” MENA Defense Intelligence Digest, Hudson Institute, April 1, 2024.
- 8 “Defence and Related Security Capacity Building Initiative,” NATO, May 29, 2024.