1.原子力潜水艦の技術供与と核拡散の懸念

 2021年9月に、オーストラリア(Australia)、イギリス(United Kingdom)、米国(United States)三か国の首脳によって発表された軍事協定「AUKUS(オーカス)」が波紋を広げている。特定の国名は挙げられていないものの、インド太平洋地域で影響⼒を増す中国に対抗する狙いがあるとみられている[1]。

 同協定は軍事からサイバー、人工知能(AI)まで、幅広い分野での協力を定めているが、国際的な関心を集めたのは、オーストラリアへの原子力潜⽔艦(原潜)の技術供与である。同国は2016年に合意していたフランスとの通常動力型潜水艦の開発計画を破棄し、今後、⽶英両国との共同開発で原潜8隻を配備することにより、中国海軍の動向監視を目指す。こうした内容から、同協定は日本の安全保障に深くかかわると同時に、国際的な核不拡散体制にも影響を与えかねない問題として論じる必要がある。

 原潜は、就役から退役まで燃料交換不要で、長期間潜水できるほか、航行速度が速く、射程距離が長い長距離弾道ミサイルを装備できる特長がある。そのため、核兵器級に濃縮度を高めたウラン燃料を動力とすることから、中国やロシアに加え、ニュージーランドなどの周辺諸国も、核兵器への転用が容易な核燃料が非核兵器国に移転し、核兵器不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons : NPT)体制に悪影響を与えるとして、オーストラリアへの原潜配備計画に反発している[2]。原潜はこれまで、NPTで核兵器保有を認められた五か国(米国、ロシア、中国、イギリス、フランス)と、NPT未加盟ながら核兵器を保有するインドしか配備していない。オーストラリアへの供与計画が進めば、非核兵器国としては初の原潜保有となる。

 本稿では、オーストラリアへの原潜供与の目的について分析したのち、NPTをはじめとする国際条約上、どのような問題があるのかを検証する。最後に、日本がAUKUSやオーストラリアへの原潜供与についてどのように対応すべきかを考察する。

2.原潜供与の目的と国際社会の反応

 中国は近年、海洋進出の動きを強め、水深が深く潜水艦の探知が難しいとされる南シナ海において、核兵器の搭載可能な潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)装備の原潜配備を進めているとみられている。さらには、原潜も含む中国海軍の中部太平洋への進出も活発化している。オーストラリアは通常の潜水艦では、中国海軍の動きに対峙できないと判断し、米国やイギリスからの原潜の技術供与を決断したと考えられる[3]。

 原潜の供与計画に対し、オーストラリアは、引き続きNPTおよび国際原子力機関(International Atomic Energy Agency:IAEA)の規定を順守すること、核兵器を保有する意思はなく、原潜にも搭載しないことを強調する[4]。また、米英両国もAUKUS協定について、IAEAと協力し、NPTに定められた核不拡散上の義務を全面的に遵守することを誓約している。

 しかし、中国は2021年10月、IAEAに書簡を送り、核物質の保管場所や量を同機関が査察できる保障措置が、原潜のウラン燃料には効果的に適用できないと訴えた。ロシアも原潜供与計画について核不拡散上の懸念を指摘し、停止を求めた[5]。さらに、ニュージーランドはオーストラリア原潜の領海進入を認めない姿勢を表明した[6]。

 AUKUS三か国と、中ロ両国、ニュージーランドの主張が食い違っている以上、オーストラリアの原潜配備がNPTをはじめとする国際条約上、どのような問題があるのかを理解する必要がある。

3.原潜配備の国際条約上の問題と核不拡散への影響

(1) 核物質利用に関する国際条約

 NPTは第4条で、非核兵器国が核物質を平和利用することを「奪い得ない権利」と定める一方、第3条で、原子力が核兵器その他の核爆発装置に転用されることを防止するため、非核兵器国はIAEAの保障措置を受諾することを規定している。この規定に基づき、加盟国はそれぞれの原子力利用の状況に応じ、IAEAと個別に保障措置を締結する。

 オーストラリアは世界有数の天然ウラン産出国[7]であるが、国内法で原子力発電の商用利用を禁じており、小規模な研究炉しか保有していないが[8]、同国は包括的保障措置の締結により、研究炉用の核物質燃料についてIAEAの監視を受けているほか、抜き打ちでの施設立ち入りなどIAEAにより厳しい査察を許可する追加議定書[9]も締結している。

 しかしながら、NPT第3条および保障措置は核物質の軍事利用を全面禁止はしておらず、当該国が核兵器に転用しないことをIAEAに制約し、新たに取り決めを結ぶことなどを条件に、軍事目的に使用されている期間、当該核物質への査察を一時停止できることを規定している。

 オーストラリアの原潜については、就役時に米国あるいはイギリスによりすでに燃料が装荷され、30年程度の運用の後、退役する際には、潜水艦は原子炉、ウラン燃料とともに、米英いずれかに返却される可能性が高い。この方式であればオーストラリアは、燃料の製造を行わず、原子炉への燃料補給の必要もないことから、燃料の取り出しや核兵器への転用を行わないことをIAEAに立証することは困難ではないとみられるが、原潜が実際にオーストラリアに供給されるのは、早くても2040年代初頭とみられ[10]、原潜への燃料供給がどういう形式になるか、IAEAとオーストラリアに保障措置上のどのような取り決めが新たに必要になるのかは現段階では見通せない。

 (2) 核不拡散への影響

 中ロ両国は、保障措置の一時停止規定が、核物質を核兵器に転用するための抜け穴になるおそれを懸念している[11]。他国も一時停止規定の適用をIAEAに求め、原潜配備の追随が起これば、核兵器への転用可能な核物質が拡散するためである。

 「核不拡散の優等生」と評されてきたオーストラリアだけに、影響は小さくないとも言える。同国は追加議定書をいち早く締結するなどIAEAの保障措置に協力的で、NPT運用検討会議[12]においても、日本とともに「軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)」を形成し、核兵器国と、核廃絶を求める非同盟諸国の橋渡し役を務めてきた[13]。そのオーストラリアが、保障措置の一時停止という核物質査察の抜け穴を利用しているとみなされれば、韓国、イランやブラジルなど原潜保有を目指す国にとって悪しき前例となりかねない。

4.AUKUSと日本の立場

 日本にとって、豪の原潜導入への対応は国の安全保障と、国際的な核不拡散体制の維持、強化の両面から評価しなければならず、一筋縄ではいかない。

 第一に、中国が南シナ海での実効支配を強め、インド太平洋での影響力を増している現状は日本の安全保障に直結する。そのため、米国とは安全保障条約に基づく協力を強化し、オーストラリアともクアッド(Quadrilateral Security Dialogue:Quad)に加え、日・豪物品役務相互提供協定や日豪外務・防衛閣僚協議の枠組みで協力している。AUKUSによるオーストラリアへの原潜供与が中国に対して抑止効果を持つことは歓迎すべきことである。

 他方で、日本は唯一の戦争被爆国として核不拡散に取り組んできた歴史があり、オーストラリアへの原潜供与が保障措置の抜け穴にならないよう、中ロ両国や周辺国による核拡散への懸念を解消するようオーストラリアに求めるべきだろう。さらに、原潜が実際に配備されるまでかなりの時間がある以上、国際安全保障環境の変化によっては、配備計画を停止するよう求めることも必要だろう。

(了)

(2022/02/04)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
AUKUS and Australia’s Nuclear Submarines — Challenges for NPT Safeguards

脚注

  1. 1 永沢毅、羽田野主「海中抑止力で米中攻防 米英、豪に原潜技術供与」『日本経済新聞』2021年9月17日。
  2. 2 松本史、地曳航也「豪、IAEAに査察除外申請へ 原潜計画、核不拡散に影、中ロが反対、周辺国も懸念(真相深層)」『日本経済新聞』2021年12月1日(会員限定)。
  3. 3 太田昌克「AUKUS構築 核不拡散体制に打撃」『長崎新聞』2021年10月2日。
  4. 4 「⽶⼤統領、英豪と新たな安全保障の枠組み設置へ 中国を念頭に」『NHK News』2021年9月16日。
  5. 5 「豪、IAEAに査察除外申請へ 原潜計画、核不拡散に影、中ロが反対、周辺国も懸念(真相深層)」。
  6. 6 將司覚「AUKUS枠組みとNPT(核兵器不拡散条約)の整合性は図れるか」『ロイター』2021年11月8日、(実業之日本社『実業の日本フォーラム』からの転載)
  7. 7 日本原子力産業協会によると、2019年のオーストラリアの天然ウラン資源量は確認済みで、推定埋蔵量を合わせて約2,050,000tU(トンウラン、ウランが金属の状態で換算した単位)と世界最大であり、世界の全資源量の四分の一を占める。産出量は約6,500tUで、カザフスタン、カナダに次いで第三位。
  8. 8 電気事業連合会「海外電力関連トピックス情報 【豪州】 国民の過半数が、CO2排出量削減を目的とする原子力利用を支持」2019年11月25日。
  9. 9 1997年5月にIAEA理事会で採択された。93年のイラクや北朝鮮の核開発疑惑等を契機に、IAEA保障措置制度の強化が検討され、未申告の核物質や施設がないこと、保障措置下にある核物質の軍事転用がないことを検認するために、抜き打ち査察などIAEAの権限が追加された。2021年4月現在、追加議定書の締結国は日本を含む137か国。外務省「IAEA保障措置(2)」、2021年6月11日。
  10. 10 John Carlson, “AUKUS Nuclear-Powered Submarine Deal – Non-proliferation Aspects,” Asia-Pacific Leadership Network (APLN), Series of APLN Analyses , 17 September 2021.
  11. 11 同上。
  12. 12 NPTは核兵器保有国の増加を防ぐ一方で、核兵器保有国に対し、核軍縮のための交渉を誠実に行うことを義務付けている。その成果を定期的に検討する必要があるため、5年ごとに運用検討会議が開催される。第10回NPT運用検討会議は2020年4月から5月にかけて開催予定だったが、COVID-19の感染拡大によりたびたび延期され、開催に至っていない。 「核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議」軍縮会議日本代表部『核兵器不拡散条約(NPT) 』2021年9月30日。
  13. 13 黒澤満『核不拡散条約50年と核軍縮の進展』信山社、2021年4月、373-374頁。