1. 原子力技術の維持に向けた課題に直面する日本

 2021年は、福島第一原発事故から10年の節目の年となる。その間、我が国における原子力を取り巻く状況は大きく変化した。2011年当時、日本の供給電源の約30%を担っていた原子力発電は、全国に54基あった原子炉の半分近くの廃炉が決まり、現在、わずか1.9%となっている[1]。原子力利用の停滞により、世界でも最も高い技術水準を維持してきた日本において、その維持に黄色信号がともっている。また、人材の育成も課題となっている。例えば、全国の大学で原子力分野を専攻する学生数をみると、2010年度には300人超だったものが、現在は250人を下回っている[2]。原子力工学科の廃止を決めた大学もあり[3]、今後、さらに減少傾向が続く可能性が高い。

 一方、海外に目を向けると、中国とロシアが国家戦略として原子炉の輸出を図っており、従来、原子力発電所がなかった中東などで建設受注を行っている。今後、さらに新興国や開発途上国に原子力の新規導入国が増える可能性が高く、原子力技術の拡散、その結果としての核兵器への転用が懸念される。

 日本は、非核兵器保有国で唯一、核燃料サイクル[4]技術を確立し、国際原子力機関(IAEA)による世界の核物質管理に協力してきた。今後とも、原子力利用の国内市場の縮小に向き合いながらも、核不拡散分野における国際的な影響力を維持するために、原子力の基盤技術と人材維持に向けた方策を検討する時期に来ていると考える。

 ここでは、まず原子力の国際動向から見える核拡散リスクを概観し、続いてIAEAによる核物質管理の限界を指摘しながら、日本が原子力の基盤技術を維持する意義を検討する。

2. 国際原子力市場での中ロ両国の台頭と原子力技術の拡散

 日本国内では、福島第一原発の6基の原子炉をはじめ計24基の廃炉が決まった一方[5]、中国やロシアは、国内外に新規原子力発電所の建設を推し進めるなど、国策として原子力開発の新たな展開を図っている。

 2010年から2019年における世界の原子炉輸出動向をみると(表1)、最も多いのはロシア(10基)、ついで中国(4基)、韓国(4基)となっている。つまり、原子力の輸出市場の中心は、中ロ両国に移りつつあることがわかる。

表 1 世界の原子炉輸出動向

表 1 世界の原子炉輸出動向

出典)建設開始ベース。The Power Reactor Information System(IAEA)を参照に筆者作成。

 一方の「導入国」をみると、パキスタン、UAEが最も多く(いずれも4基)、ついでバングラデシュ、インド、ベラルーシ(2基)となっている。2018、19年にフランスから計2基の原子炉導入を決めたイギリスを除けば、「導入国」の中心は新興国や開発途上国と称される国々であり、「原子力利用の新規参入」が多い。中ロ両国は、今後も中東やアフリカでの電力需要の拡大を見込み、原子炉輸出の拡大を図る方針であり、原子力技術が水平拡散していく可能性が高い。

3. 核拡散の懸念とIAEA体制の限界

 このような原子力発電所の拡散は、「核」技術の拡散リスクを高める。

 日本では、伝統的に、「原子力」は平和利用、「核」は軍事使用と用語を使い分けているものの、本来、両者は同一技術である。具体的には、天然ウランを原子炉の燃料にするためのウラン濃縮技術、使用済み燃料からプルトニウムを取り出して再利用する再処理技術は、核兵器への転用が可能な技術である。事実、インドが1974年、カナダより導入した研究用原子炉からプルトニウムを取り出して核実験に至り[6]、2006年以降6回の核実験を行った北朝鮮も、核技術確立の背景に旧ソ連の協力が指摘されている[7]。新興国や開発途上国への原子力技術の移転が見込まれる現在、核拡散の懸念を過去の話として看過できない。

 このような拡散に対して、IAEAは、核物質の利用を検証・査察する「保障措置」を実施している。

 この「保障措置」は、核兵器不拡散条約(NPT)の発効(1970年)に伴い、非核兵器保有国を含むすべての加盟国の核物質を管理することを目的に制度が確立され、日本は1977年に締結している[8]。当初は加盟国の申告書類の審査が主体だったが、1990年代、旧ソ連構成国からの不適切な核物質の移転が判明したことや、北朝鮮の核開発疑惑を受けIAEAの権限強化が図られた。97年に保障措置の強化を定めた追加議定書が採択・発効され、加盟国の原子力施設に対して、IAEAが抜き打ち査察を行う権限が認められた[9]。

 しかし、追加議定書を採択していない国、例えばイランやベラルーシ[10]で平和目的以外の核物質利用が判明したり、加盟国が査察を拒否したりする場合、IAEA自らが経済制裁や貨物船の出入り監視などの強制措置を行う権限はなく、国連安全保障理事会に付託するシステムになっている。そのため、実効性が必ずしも高くないという側面もある。

 保障措置のこうした限界を補完し、核拡散リスクを低減しようと、IAEAは原子炉輸出国による使用済み燃料の引き取りを促進したり、プルトニウムを抽出する核燃料サイクル施設について、多国間管理の構想の提案を行ったりしているものの[11]、現時点では実現に至っていない。

4.原子力基盤技術・人材維持の意義

 中国、ロシアともIAEAの保障措置に協力しており、両国の原子力国際市場での台頭が直ちに核拡散リスクにつながるわけではない。しかし、両国が自らの原子力技術や核物質の輸出戦略に都合良く国際規範の策定を図る恐れはある。唯一の戦争被爆国であり、戦後一貫してIAEAと協力して原子力の平和利用に徹し、非核兵器保有国で唯一、核燃料サイクル技術を確立した日本が、核不拡散分野で世界を主導するため、「原子力基盤技術の維持」と「人材育成」が重要になる。

 そのためには、日本国内の施設や研究所で、IAEAの取り組みに協力し、保障措置を担える人材の育成を図ることや、核拡散リスクの懸念を共有する国々と協力して核不拡散に貢献できる原子炉の共同研究・開発を行うことが有用である。実際、日立製作所と米国のゼネラル・エレクトリック(GE)社により設立されたGE日立ニュークリア・エナジーは、プルトニウム金属燃料を使用し、発電効率が高く、使用済み燃料からの兵器用プルトニウムの抽出がほとんど不可能な新型炉の開発を行っている[12]。これらの施策により、原子力工学の専攻者が増加に転ずれば、日本の原子力基盤技術と人材の維持に帰結する。

 さらに、日本では、福島第一原発事故から10年を迎える今、廃炉プロセスの安全な進行のため、核物質の安全な取り出しと管理に向けた新技術の開発とそのための人材の確保が喫緊の課題になっている。運転を終えた原子力施設の核物質を適切に取り出して管理する技術の確立は、核物質の不法な移転の防止につながる。

 このような日本発の技術が、IAEAにより実施される核物質管理との両輪で、国際的な核拡散リスクの低減に貢献することは、安全保障外交上の一つの強みになる可能性を持つとともに、これから世界レベルで増加する原子力発電の廃炉にも対応でき、核物質の管理強化に寄与できるのではないだろうか。

(了)

(2021/03/11)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Maintaining Japan’s Nuclear Technology and Contributing to Non-Proliferation Ten Years After Fukushima

脚注

  1. 1 「結果概要 【2020年11月分】」資源エネルギー庁『電力調査統計(統計表一覧)』、2021年2月26日。
  2. 2 久保田啓介「原子力人材、維持できるか 現場経験者減少に危機感」『日本経済新聞』2019年2月11日。
  3. 3 日本で初めて原子力専攻を設置した東海大学は2021年度をめどに原子力工学科を廃止する方針。「東海大(本部・東京)が2021年度にも工学部原子力工学科を廃止方針」『Viewpoint』2019年7月1日。
  4. 4 原子力発電で使い終えた核燃料から核分裂していないウランや新たに生まれたプルトニウムなどをエネルギー資源として回収し、再び原子力発電の燃料に使う仕組み。「日本原子力文化財団原子力総合パンフレット」。
  5. 5 電気事業連合会「原子力発電所の廃止措置」。
  6. 6 「インド共和国」日本原子力産業協会『躍進するアジアの原子力』2010年1月27日。
  7. 7 「北朝鮮「水爆実験」で変わるロシアとの「闇の関係」」『時事通信』2016年1月19日。
  8. 8 「IAEA保障措置(1)」外務省『核軍縮・不拡散』2019年11月11日。
  9. 9 2019年10月現在,追加議定書の締結国は日本を含む136か国。「IAEA保障措置(2)」外務省『核軍縮・不拡散』2019年11月11日。
  10. 10 同上。
  11. 11 例えば、2005年、エルバラダイ・IAEA事務局長(当時)が「核燃料サイクルの多国間アプローチ」(Multilateral Nuclear Fuel Cycle Approach: MNA)構想を発表した。勝田忠広「原子力の国際管理構想:実現への阻害要因と課題」拓殖大学海外事務研究所『海外事情』第55巻第5号、57‐78頁、2007年5月。
  12. 12 GE日立ニュークリア・エナジー「GE日立ニュークリア・エナジーが、米国エネルギー省の革新型原子炉研究開発プロジェクトを受託」2014年11月6日。