対立が多層化するNPT
2025年4月28日から5月9日まで、ニューヨークの国連本部で開催されていた2026年核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた第3回準備会合は、来年の再検討会議において議論の指針となる勧告文書を採択できないまま閉幕した。
1970年に発効したNPTは191か国が締結し、米国、ロシア、中国、イギリス、フランスの5か国のみを「核兵器国」と認め、その他「非核兵器国」には、核兵器の開発や取得を禁じている。再検討会議は5年に一度開催され、同条約の履行状況、とりわけ核兵器不拡散条約の第6条に定められた「核軍縮交渉を誠実に行う義務」について締約国間で検証する場である。前回の再検討会議は2020年に開催予定だったが、新型コロナウイルスの世界的なまん延により、2022年に延期されたため、次回会議は4年周期の2026年となる。合間に開催される準備会合は、核軍縮や核不拡散の推進に関する目標や行動計画を再検討会議で取りまとめるための論点整理が期待されている。

筆者は第3回準備会合の最終週の議論を傍聴した。この過程で明らかになったのは、締約国間の対立の多層化である。旧来から存在する核兵器国と非核兵器国との間の核軍縮の進め方に関する見解の相違のみならず、核兵器国間、特に米中ロの間では、最終日まで非難の応酬が続いた。さらに、非核兵器国間では、安全保障を他国の核による拡大核抑止(核の傘)に依存する国と、安全保障を核に頼らない国の対立が深刻化していることを印象付けた。こうした状況下、唯一の戦争被爆国として、核兵器国と非核兵器国の「橋渡し役」を掲げる日本政府は、その役割を果たせないでいる。
再検討会議では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻など悪化する国際情勢を受け、2015年、2022年と、すでに2回続けて最終合意文書を採択できないでいる。準備会合での亀裂が解消せず、2026年も3回連続で採択失敗になれば、多国間条約としての信頼がさらに失われ、核軍拡や核拡散に歯止めが効かなくなる深刻な事態を招くことが懸念される。
本稿では、勧告文書案に関する議論が中心となった準備会合最終週における各国の主張を振り返りながら、日本が「橋渡し役」としての役割を果たし難い状況にあることを踏まえ、次期再検討会議での合意文書の採択とNPT体制の信頼維持へ必要な取り組みについて考察する。
準備会合における各国の主張とその背景
2025年5月9日午後3時(現地時間、以下同様)、準備会合の最終セッションが開始されると、ハロルド・アジマン議長(国連ガーナ政府代表部常駐代表)は意見の相違が大きく、全会一致での合意を見込めないと切り出し、勧告文書の採択断念を宣言した。あわせて採択を目指していた再検討プロセスの強化を目指す文書も不採択が告げられた[1]。
写真:第3回準備会合最終日の議場

勧告文書案は準備会合最終週の初日に当たる5月5日に議長から各国に提示された[2]。
- 米ロは、2026年2月に失効する新戦略兵器削減条約(新START)について、継続、あるいは新たな核軍備管理条約の締結に向けた交渉を行うこと
- 核兵器国は核兵器を先行使用しない法制化の合意を目指すこと
- 核兵器国は核戦力、運搬手段、それらを保有する戦略的意図、核軍縮に向けた意思について、標準化されたフォームでそれぞれ報告すること(核の透明化の推進)
この他に、核不拡散、原子力平和利用に関する事項を含め65項目が列挙された。再検討プロセスの強化文書では、核兵器国に求める核の透明化、説明責任の方策が盛り込まれた。加えて、「核の傘」国に対し、核共有や核の拡大抑止に関する検討を求める項目も挿入された[3]。
いずれに対しても反対意見が多く、閉会前日の5月8日に議長から提出された勧告文書案の改訂版では、米国、およびその核の傘にある日本を含む国々の反対により、先行不使用に関する項目は「法制化の合意を目指す」から「法的拘束力を持たせる方策についての対話を行う」に表現を弱めた[4]。再検討プロセスの強化文書にあった核共有や拡大抑止の検討に関する文言もまた、核の傘国の反対で削除された[5]。それでも、各国間の溝は埋まらず、勧告文書案は議長の作業文書として残されることになった。
不採択の最大の要因は対立構造の多層化である。核兵器国間では、米ロに加え、米中の対立も厳しさを増した。最終日も、米国政府代表部が「中国は不透明な核軍拡を進め、ロシアも新型核兵器を開発している。米国が核の軍備管理に関する対話を呼びかけても、両国は応じない」と発言すると、即座にロシア代表部が、「自らを棚に上げて責任転嫁をするのは失礼だ」と反論した。中国代表部も「核の近代化を進め、核共有、核の拡大抑止による核の同盟を強化し、核軍縮をめぐる対話を阻害しているのは米国だ」と非難した[6]。
非核兵器国間でも、自国の安全保障を他国の「核の傘」に頼る日本や北大西洋条約機構(NATO)加盟国と、自国の安全保障を核による拡大抑止に頼らない国の対立が、以前よりも激しくなった。非同盟諸国(NAM)の声明として、インドネシア、ナイジェリアなどが会合終盤、相次いで発言を求め、「核の拡大抑止、および核共有はNPTの趣旨に合致しない」と核の傘国に問いただした[7]。南アフリカに至っては「NPTにおいて核の傘に依存する国々は、非核兵器国とは別のカテゴリーではないか」とまで踏み込んだ[8]。
NAMの主張が先鋭化した背景として、核軍縮がなかなか進展しない状況への不満に加え、2021年1月に、NAMの多くが加盟する核兵器禁止条約(TPNW)が発効した事実が挙げられる。2025年3月に開催されたTPNW第3回締約国会議では、「核兵器は保有、核抑止に賛成、反対にかかわらず、すべての国の安全保障に対する脅威であり、核兵器の完全廃絶がすべての国にとって喫緊の課題」と宣言した[9]。準備会合での発言も同宣言に沿っている。

「橋渡し役」日本の苦境
こうした状況を踏まえ、日本政府代表部は、2026年再検討会議で最低限合意が見込める事項として、核兵器の透明性向上に関する施策の実現を繰り返し訴えた。NPT第6条の履行を非核兵器国が訴え続ける中で、核兵器国が次期再検討会議で妥協する可能性があるとの判断に基づいている[10]。実際、今回の準備会合においても、核の透明性、説明責任の向上を柱とする再検討プロセスの強化が文書化され、採択が目指された。核の透明性向上は、核軍縮に直結するわけではないが、それぞれの核戦力や核を保有する意図を明らかにすることで、相手の意図を誤解したり、誤算によって生じたりする核兵器使用のリスクを低減し、核兵器国間の信頼醸成を図る効果が期待されている[11]。
これは長年、NPT内で議論されてきたテーマの一つである。日豪を中心に段階的な核軍縮を志向する計12カ国の非核兵器国で形成する「軍縮・不拡散イニシアティブ」(NPDI)は特に透明性に関する議論を主導し、2012年には、核弾頭数、核兵器の種類、核兵器の運搬手段、保有する戦略的意図、兵器用核物質の保有量などで構成する標準報告フォーム案を作成し、核兵器国に提示している[12]。
しかし、核兵器国の足並みがそろわず、各国共通の標準フォームによる報告は実現していない。特に中国は、米ロなど核大国が他の核兵器国に圧力を加える道具になりかねないこと、自ら核兵器の先行不使用を宣言し、「意思の透明性」を保っていることを理由に一貫して標準フォームによる報告に反対している[13]。準備会合でも「核軍縮の一義的な責任は米ロ両国にある」「先行不使用で合意することが先決」と従来の主張を繰り返した[14]。
また、日本を含む「核の傘」国が、再検討プロセスの強化文書に盛り込まれた核共有や核の拡大抑止に関する検討を求める文言を削除するよう求めたことも、核の透明性向上で合意を目指す機運に水を差す形になった。日本政府代表部の市川とみ子軍縮大使は「非核保有国ではなく、核保有国の国別報告に焦点を当てて議論を進めるべきだ」と主張した[15]。中国の核を含めた軍拡、北朝鮮による核、ミサイル開発の加速など、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す今、拡大抑止の役割低減につながりかねない議論をするのは適切ではないとの判断を踏まえたものと考えられる。しかし、準備会合では、中国やロシアから、拡大抑止による核の同盟の強化こそ核軍縮の対話が進まない原因ではないかと追及され、NAMからも核の傘への依存を責められた。結果として、日本は核の透明性向上の実現へ「橋渡し役」を果たせたとは言い難い。
NPT体制の維持のために
それでは、対立の多層化で追いつめられるNPT体制の信頼を維持するため、日本をはじめ、各国は何をするべきか。準備会合で岩屋毅外務大臣が訴えたNPTの原点への回帰[16]が一つの示唆になるだろう。
NPTは核保有を許される国と許されない国を明確に区別する不平等条約であるが、核兵器を保有する国を増やさないことが、国際秩序の安定に欠かせないとの認識を両者が共有した結果、発効した[17]。さらに、第6条に明記されているように、核兵器の廃絶を目指して、「核軍縮に締約国が誠実に取り組む」ことも共有されていた。この共通認識が原点であり、半世紀を超えて同条約が存続している理由でもある。「橋渡し役」を自任するのであれば、日本はこの原点に基づき、NPT体制を維持する重要性を訴え続け、行動するべきである。
しかしながら、米ロ、米中間など核兵器国同士の軍縮をめぐる交渉の促進に日本が関与できる余地は極めて限られる。非核兵器国間で原点を再確認し、次期再検討会議で核の透明性向上を含む最終合意文書の採択を目指して足並みをそろえることが現実的方策と考えられる。そのためには、NPT内で発言力を増すNAMとの協調が欠かせないが、繰り返し提起されるTPNWへのオブザーバー参加は歴代政権が一貫して否定しており[18]、実現性は低い。TPNWの枠外で、同条約が掲げる被爆者支援(第6条)や軍縮・不拡散教育の拡充(前文)に日本が協力することが有効な手法になり得る。
その上で、核の透明性向上の実現に協力を求めるだけでなく、それが実現した後に、どういう条件が整えば、先行不使用など核の役割を低減する施策に核の傘国として協力できるのか、日本として構想しておかなければ、非核兵器国間の協力は長続きしないことも自覚しておく必要がある。
(2025/06/05)
脚注
- 1 “ (20th Meeting) 3rd Preparatory Committee for Non-Proliferation of Nuclear Weapons Treaty Review Conference 2026,” UN Web TV, May 9, 2025. 議長の発言は、2:15~2:50を参照のこと。
- 2 “Draft Recommendations to the Review Conference of the NPT,” Reaching Critical Will, May 5, 2025. 新STARTに関する言及はパラグラフ21、先行不使用の関連はパラグラフ22、標準報告フォームについてはパラグラフ25を参照のこと。
執筆時点で、国連ウェブページには、NPT第3回準備会合の勧告文書案、各国の声明はまだ掲載されていないため、本稿では、NGO「Reaching Critical Will」ウェブサイトに掲載している資料を参照している。 - 3 Ibid. 核共有、核の拡大抑止に関する言及は2 (b)を参照のこと。
- 4 Ibid. パラグラフ22を参照のこと。
- 5 Ibid. 2 (b)を参照のこと。
- 6 “ (20th Meeting) 3rd Preparatory Committee for Non-Proliferation of Nuclear Weapons Treaty Review Conference 2026,” UN Web TV, May 9, 2025. 米国代表部の発言部分は58分30秒~1時間4分17秒、ロシア代表部1時間07分58秒~1時間9分14秒、中国代表部1時間20分39秒~1時間24分05秒(中ロ両国の発言は英語通訳参照)。
- 7 “GENERAL REFLECTION By the Non-Aligned Movement States Parties to the Treaty on the Non-Proliferations of Nuclear Weapons,” Reaching Critical Will, May 8, 2025. パラグラフ19 (a)を参照のこと。
- 8 “(17th Meeting) 3rd Preparatory Committee for Non-Proliferation of Nuclear Weapons Treaty Review Conference 2026,” UN Web TV, May 8, 2025. 南アフリカ代表部の発言部分は2時間2分38秒~2時間10分11秒。
- 9 “Third Meeting of States Parties to the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons,” United Nations Office for Disarmament Affairs , March 7, 2025. パラグラフ28参照のこと。
- 10 2025年5月9日、第3回準備会合終了後、ニューヨークの国連本部で、日本政府代表部の一員が笹川平和財団の質疑に答えた。
- 11 西田充『核の透明性:米ソ・米露及びNPTと中国への適用可能性』信山社、2020年、17-18頁。
- 12 戸崎洋史「第3章核軍縮の現状と課題」秋山信将編『NPT~核のグローバル・ガバナンス』岩波書店、2015年、89-91頁。
- 13 西田充『核の透明性~米ソ、米露及びNPTと中国への適用可能性』242-243頁。
- 14 “Statement on Nuclear Disarmament by Sun Xiaobo, Director-General of the Department of Arms Control of the Foreign Ministry of China, at the Third Session of the Preparatory Committee for the 2026 NPT Review Conference” Reaching Critical Will, May 2, 2025. 米ロ核軍縮や先行不使用への言及は2~3頁を参照のこと。
- 15 「[NPT準備委] 核抑止再考 日本など反発 「傘」に頼る国 説明責任を警戒」広島平和メディアセンター、2025年5月9日。
- 16 “General Statement by IWAYA Takeshi, Minister for Foreign Affairs of Japan General Debate The Third Preparatory Committee for the 2026 NPT Review Conference,” Ministry of Foreign Affairs of Japan, Accessed May 12, 2025. 原点回帰に関する言及は3頁を参照のこと。
- 17 佐藤丙午「核兵器不拡散をめぐる政治的考察」吉田文彦ほか編『核なき時代をデザインする:国際政治・核不拡散・国際法からみた現実的プロセス』早稲田大学出版部、2024年、124-127頁。
- 18 例えば、最近の発言として、岩屋外務大臣は「現下の状況に鑑みれば、核兵器禁止条約の第3回締約国会合に、我が国がオブザーバー参加することは、適当とはいえない」と述べている。「岩屋外務大臣会見記録」外務省、2025年2月18日。