1.NPTの機能不全と核軍拡の危機

 2022年8月1日から四週間にわたってニューヨークの国連本部で開催されていた核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議は、ロシアの反対により最終合意文書を採択できないまま閉幕した。不採択は前回2015年に続いて2回連続である。

 1970年に発効したNPTは191か国が締結し、米国、ロシア、中国、イギリス、フランスの五か国に核兵器の保有を認め、その他の締約国には核兵器の開発や取得を禁じている。再検討会議は5年に一度開催され、同条約の履行状況、とりわけ第6条に定められた「核軍縮交渉を誠実に行う義務[1]」について締約国間で検証する場である。本来は2020年4月から5月にかけて開催予定だったが、新型コロナウイルスの世界的なまん延により、延期されていた。核軍縮や核不拡散の推進に関する目標や行動計画を盛り込んだ合意文書は、コンセンサス(全会一致)による採択を原則としている。

 笹川平和財団安全保障研究グループのプロジェクト「核不拡散・核セキュリティ研究会」(座長・鈴木達治郎長崎大学教授)では、座長を含む委員2名と当研究会の運営を担当する筆者がニューヨークの国連本部における、再検討会議最終週の議論について調査活動を実施した。この過程で、日本政府代表部などからの情報収集、最終合意文書案の修正過程の分析といった調査により、ロシア一国のみに決裂の責任を帰すことができない実態が浮かび上がった。

 実際、ロシアによるウクライナ侵攻など流動化が激しい国際情勢の中で、ロシア以外の国々も自国の利益を最優先し、それぞれに不都合な文言について、次々に削除あるいは修正を求め、合意文書案は骨抜きにされていった。コンセンサス方式により文書を採択する難しさも加わって、結果として、前回の2015年に引き続き、2回続けての不採択となり、NPT再検討会議は核軍縮、核不拡散の国際的な指針を提示する場として機能不全に陥りつつある印象を与えた。

 本稿では、各国の主張を踏まえつつ、最終合意文書の修正過程を分析し、コンセンサス方式の限界を検証する。最後にNPT体制の立て直しに向け、必要な取り組みと日本の役割について考察する。

2.最終合意文書の相次ぐ修正:疑われる核軍縮への姿勢

(1) 核兵器国の主張

 ロシアが最終合意案に反対した主な理由は二つある。一つはロシアが占拠するウクライナ南東部のザポリージャ原発に関する記述であり、もう一つは、ウクライナに核を放棄させる代わりに同国の安全を保証する1994年のブダペスト覚書に関する文言であった。前者については、会期最終日の前日に公開された合意案の改訂版で、原発をウクライナの管理下に戻すようロシアを名指しした部分は削除され、「ウクライナ当局による原発の管理の確保が重要」との表現[2]に修正された。後者は「既存の義務と約束を完全に順守する重要性を再確認する[3]」と記述され、もともとロシアを名指しはしていない。それでも、ロシアの姿勢は変わらなかった。

 ただ、他の核兵器国も核軍縮に向けた提案には後ろ向きだった。核兵器の役割を核攻撃に対する報復に限定し、核弾頭の削減を促す効果がある「先制不使用[4]」政策の採用については、当初、合意文書案に記載があったが、米国などが削除を求め、消去された。現状以上の核軍拡に歯止めをかける効果が期待される核分裂性物質の生産一時停止の提案は、米国との戦力均衡を目指し、核軍拡を進めていると指摘される中国の反対[5]で盛り込まれなかった。

 2021年に発効した核兵器禁止条約(TPNW)に関する表現も忌避された。「NPTとTPNWは補完関係にある」との記述に対し、NPT以外の枠組みが自国の核戦略に影響を与えることを嫌うフランスが反対し、単に今年6月に初の締約国会議が開かれた事実を示すにとどめた[6]。

 さらに、非核兵器国が強く求めた「77年間の核使用のタブー」との表現も核兵器国は却下した[7]。NPTで核保有を認められた五か国は今年1月、「核戦争に勝者はなく、戦ってはならない」との共同声明を出している[8]。しかし、核使用のタブーの表現を拒否したことで、双方が核兵器を打ち合う戦争はしないものの、戦地における局面打開などでの核使用があり得るとの解釈の余地を残した。

(2) 顕在化した「核の傘」国への批判

 自国の安全保障を核兵器国との同盟関係に依存する「核の傘」国にも批判が向けられた。米国が先制不使用の削除を求めた背景には、日本を含む同盟国が「先制不使用政策により、米国の核を含めた抑止力が弱体化する」と懸念したことがあった[9]。そのため、120か国で構成する非同盟諸国(Non-Aligned Movement:NAM)は、核軍縮交渉の停滞に対する核の傘国の責任を訴え、最終合意文書の第1案で記述された。最終文書に残されれば、核の傘国への非難は初めてのことだったが、「各国の安全保障を損なわない、との原則に則って核軍縮を進めるべきである」と反対の声が相次ぎ、削除された。唯一の戦争被爆国として核軍縮を訴える一方、米国の抑止力を安全保障の基盤とする日本にとっては、耳の痛い指摘だった。

 このように、ロシアの反対以前に、最終文書案は他の核兵器国あるいは核の傘にある国々の主張により、核軍縮につながる提案や表現がことごとく削除されていった。合意文書の採択を話し合う最終会議を前に、国連本部で会見した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のフィン事務局長は「最終合意文書案は核軍縮の明確な基準がなく、目標もない。妥協の産物であり、仮に採択されても核軍縮は進展しない」と厳しい評価を示した。

3.NPT体制への信頼に対する危機感とコンセンサス方式の限界

 コンセンサス方式の難しさが露呈したことも今回の再検討会議の特徴である。フィン事務局長ら核軍縮を訴えるNGOや核問題の専門家らの最終合意文書案に対する厳しい評価は、日本政府代表部をはじめ、各国外交官も受け止めていた。一方で、中東非核化地帯構想をめぐる対立で最終合意文書を採択できなかった2015年再検討会議に続き、2回続けて不採択となれば、NPT体制への信頼性が揺らぎ、核軍拡や核拡散に歯止めが利かなくなる危機感があった。そのため、「合意がないよりはまし」を合言葉に、各国代表がぎりぎりの交渉を続けた。実際、最終日前日の8月25日、交渉の合間に当研究会の質疑に応じた日本政府高官は「NPTはそれでも重要な価値をもつことには共通の認識がある。今回は合意に向けて最後まで努力を続けるだろう」と話した。この25日、早朝に最終合意文書案の改訂版が公開され、夜には各国の要望を反映した再改定版がリリースされた事実が、政府高官の言葉を裏付ける。同日にはロシア以外の国々は採択でまとまった。だが、190対1でも合意文書を採択できないのがNPT再検討会議の原則である。日本政府代表部によると、交渉の最終盤には、中国もロシアの説得に加わったというが、コンセンサスの壁を突破することはできなかった。

4.立て直しに向けた方策と日本の役割

 今回の再検討会議の結果を踏まえ、「落日のNPT」(鈴木教授)が核軍縮・核不拡散の推進に向けた本来の機能を回復するために、以下の二つの方策を提案したい。

  • - 再検討会議に向けた準備プロセスの充実
  • - 大国間の核の軍備管理に関する協議の活発化

 前者については、コンセンサス方式の原則をすぐに変更できない以上、準備段階において十分に論点整理を行うための提案である。現行は再検討会議の前の3年間、1週間を会期とする準備会合が毎年開催されるが、作業部会を設置して準備会合を補完することが決まった。以前から日本が設置を主張しており、作業部会を生かし、今回の再検討会議で合意できなかった部分について議論を深めることが求められる。例えば、核兵器の先制不使用について、どういう条件が整えば採用できるのか、核兵器国、核の傘に入っている国、核の傘に入っていない国の間で、時間をかけて検討するべきだろう。

 後者については、過去を含めた再検討会議の結果を見れば、世界の核兵器の9割を占める米国、ロシア間で核の軍備管理に関する協議が進んでいることが合意文書採択の一つの条件と言える。今回の最終文書案でも「米ロ間の核軍備に関する協定と対話の重要性」が再確認されており[10]、米国の同盟国として、日本はロシアとの軍備管理協議の推進を後押しするべきである。同時に、隣国として、中国に米国やロシアとの軍備管理の枠組みに加わるよう促す必要がある。今回のNPT再検討会議において、中国は核分裂物質の生産一時停止に強硬に反対するなど、独自の主張を貫く姿勢を強めた。今後も核軍拡を図り、NPT再検討会議において、今回と同様の姿勢を継続する可能性が高い。中国と個別に軍備管理に関する協議を行うことは、核軍縮を進めるうえで欠かせない要素になっている。

 2023年5月、被爆地・広島でG7サミットが開催される。岸田文雄総理がリーダーシップを発揮し、上記二つの提案を含め、核軍縮に関する新たな指針を示すことで、「G7サミットが核軍縮に向けた新たな出発点」(ダリル・キンボール氏:米国・軍備管理協会会長)となるよう期待したい。

(2022/09/06)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The dysfunctional NPT and Japan’s role in rebuilding a nuclear disarmament regime

脚注

  1. 1核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)第6条「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」。
  2. 2 NPT,“2020 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (Second Revised Draft Final Document)” August 25, 2022, p.5.
    (国連とNPT事務局は現在のところ、合意案を公開していないため、本稿の資料はNGO「Reaching Critical Will」が公開した合意案を基に検討した)
  3. 3 同上、 pp.19-20.
  4. 4 核兵器の先制不使用 (No First Use: NFU)とは武力紛争中、相手国より先に核兵器を使用しない政策。ただし、相手国が先に核兵器を使用した場合に、核兵器で反撃する選択肢は残している。NFUの概念は、核軍縮を促す効果があり、核兵器不拡散条約(NPT)上の核兵器国(米国、ロシア、中国、英国、フランス)を含むすべての核兵器国が同意し、世界規模でNFUの体制を構築すれば、核兵器の役割は他の核兵器保有国による使用抑止に限定される。中国は1964年10月の核実験成功から一貫して、いかなる場合においても核兵器を先に使用しないという無条件のNFUを宣言している。日本軍縮学会『軍縮辞典』(信山社、2015)など参照。
  5. 5 中国のプルトニウム増産計画と核軍拡の動きについては、拙稿「透明性なき中国の核軍拡に関する考察:NPT再検討会議を前に」SPF China Observer, 2022年7月15日を参照。
  6. 6 脚注2の前掲書, p.34.
  7. 7 NPT, “2020 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (Draft Final Document)” August 22, 2022, p.23.
  8. 8 The White House, “Joint Statement of the Leaders of the Five Nuclear-Weapon States on Preventing Nuclear War and Avoiding Arms Races” January 3, 2022.
  9. 9 「米、核の先制不使用に反対 日本など配慮、記述削除」『共同通信』2022年8月26日。
  10. 10 脚注2の前掲書 p.17.