日本にセキュリティ・クリアランスを本格導入
半導体や人工知能(AI)など先端技術の漏えいや軍事転用による安全保障への脅威は年々高まっており、「セキュリティ・クリアランス(適性評価)制度」が、近く日本で本格導入される。これは、機微情報の漏えいによる国家安全保障への影響を防ぐため、その取り扱いを国が認定した人に限定するものである。2024年5月17日に公布された「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(重要経済安保情報保護法)は、公布から1年以内に施行することを附則で定めており、政府は2025年5月に施行する方針である。
適性評価は国が実施し、家族や同居人の氏名、国籍、過去の犯罪、借金歴、精神疾患の有無、飲酒の節度などを面接に基づき調べる。必要があれば、警察や金融機関への照会により、事実確認を行ったうえで、機微情報へのアクセス権限が付与される。権限を付与された者が情報を漏えいすれば、刑事罰が科される。すでに多くの西側先進諸国では、全面的に導入されているが、日本ではまず、2014年に施行された「特定秘密の保護に関する法律」(特定秘密保護法)で防衛、テロ防止などの4分野に限定導入された[1]。

あまり知られていないが、日本においても、セキュリティ・クリアランスが先行導入された事例がある。それが原子力分野である。核物質の盗掘や破壊行為など核テロと呼ばれる事象において、施設内部の人間が関与した事例が海外で発生したことなどから、2017年、個人の適性評価が導入された。
しかし、その制度整備が諸外国に比べて大きく遅れていた日本は、導入を急ぐため、国の責任で適性評価を実施する他国とは異なり、国会審議を経ずに改訂できる規則(省令)によって、原子力施設を有する各事業者が適性検査を行う仕組みとなった。重要経済安保情報保護法も原子力分野には全面適用されず、事業者による個人の適性評価が継続される。規則による運用では、制度に問題が生じた際、立法府を通じたチェック機能が働かないおそれがあるほか、事業者主体の制度に他国から疑問が寄せられ、核セキュリティの強化や次世代型原子炉の開発における情報共有など国際協力が、今後困難になるおそれがある。
本稿は、日本の原子力分野におけるセキュリティ・クリアランスの概要と経過を概観し、海外の同制度との比較検証後、原子力分野の今後のあり方について考察する。
日本における原子力分野のセキュリティ・クリアランス
日本では、2017年11月、原子力発電所、使用済み核燃料再処理施設など核物質を扱う施設において、セキュリティ・クリアランスが導入された[2]。背景には、国内外の事情がある。国際要因として、善良な市民になりすまして原子力施設に入り、警備体制や施設のぜい弱性をテロリストに漏えいする「内部脅威」への懸念が世界で高まったことがある。2007年11月8日、南アフリカにおいて、核兵器開発に関する機密情報を盗む目的で、ペリタンバ核研究施設を武装した4人組が襲撃する事件が発生した。施設職員に協力者がおり、侵入を手助けしたとみられている[3]。国際原子力機関(IAEA)は、南アの核施設襲撃事件や、その前に起きた米国同時多発テロを踏まえ、2011年1月、「核物質および原子力施設の防護に関する勧告(INFCIRC/225)」第5版を刊行し[4]、各国に原子力施設においてセキュリティを強化することを求めた。そして、日本でもIAEA勧告などを参考に、セキュリティ・クリアランスの導入が進められた[5]。
国内事情としては、2011年以降、東京電力福島第一原発の廃炉作業に不特定多数が出入りし、一部で反社会勢力とみられる人々が作業に従事していることが週刊誌で取り上げられたことがある[6]。そのため、事案の性質上、明示的にその因果関係が述べられることはないが、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)に規定される「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」(炉規則)に基づき、原子力施設を有する事業者ごとに、原子炉を運転する制御室や核物質を取り扱う区域に立ち入る者、機微情報に触れることができる者を定め、該当者に対し個人の信頼性を確認するセキュリティ・クリアランスが開始された。
しかし、適性検査が規則を根拠として行われている点には問題があると考えられる。規則は一般になじみが薄いが、法的には法律や政令の下部に位置するものであり、施行された法律を前提として、違反した場合には、罰則を科すことは可能である。とはいえ、国会での審議を経ていない点など、問題点を多く残している。こうした日本のセキュリティ・クリアランスは、内部脅威対策として上記IAEA勧告に定められた要件を満たしてはいるものの、後述するように、西側主要国の同制度とは根本的に異なっている。
諸外国の原子力分野におけるセキュリティ・クリアランス
米国やイギリス、フランスなど主要な原子力民生利用国においては、国が実施主体となるセキュリティ・クリアランスを整備し、テロ行為の防止や安全保障への影響排除を図っている。
米国では、原子力規制委員会(NRC)が、原子力発電所や核物質を扱う民生用施設において、施設にアクセスする権利を付与する職員に対して個人情報を事業者に申告させ、可否を判断している。個人情報には該当職員の犯罪歴や金銭借入の履歴も含まれる。イギリス、フランス、ドイツは国家機密情報に関する業務、治安、および国家安全保障にかかわる業務において、職員に機密性の高い情報や施設へのアクセス権を付与するにあたり、治安当局など政府機関が適性評価を実施する法律を施行している。これら三か国では、いずれも原子力分野も法律適用の対象としている 。
対象を原子力に特定している制度(米国)、国防やAI、サイバーなど広い分野をカバーし、原子力もその対象とする制度(英仏独)などの違いは観察されるが、法律に基づき、国が対象職員に対し信頼性確認を実施する点は共通している[7]。

原子力を国としてどう位置付けるか
実施の根拠が規則であれ、法律であれ、実施主体が事業者であれ、国であれ、セキュリティ・クリアランスの実施細目は、なりすましへのヒントを外部に与える可能性があり、公表されていない。そのため、両者の実効性に差があるかどうかは検証できない。今のところ、日本の原子力分野におけるセキュリティ・クリアランスに問題はないように見える。しかしながら、軍事転用可能な原子力技術の管理は国の安全保障に直接かかわるため、他国との比較から日本の現行制度について以下の三つの視点から再考が必要と考える。
第一に、規則と法律の違いは小さくないことである。規則の運用に国会の承認やチェックは必要ない。職員への適性評価にもかかわらず、核セキュリティや技術に関する情報が漏えいしたり、あるいは、適性評価が職員の人権を侵害したりするなど、問題が生じても、その発覚や制度の改善に向けた取り組みが遅れる可能性がある。
第二に法の整合性である。原子力は外国為替及び外国貿易法(外為法)第48条などに基づく安全保障貿易管理制度[8]の対象になっている。日本など主要先進国の間で、軍事転用可能な技術が、国際社会の安全性を脅かす専制国家やテロリストに渡ることを防ぐため、国際輸出管理レジームを作り、国際社会と協調して輸出管理を行う仕組みである。一方、安全保障への影響を排除するため機微情報の管理を厳格化する重要経済安保情報保護法では、原子力は全面適用の対象にならず、職員の適性評価を事業者に任せる仕組みが継続される。どういう理由で原子力について国が主体となってセキュリティ・クリアランスを実施しないのか、説明が求められる。
第三に原子力分野の国際協力が近年、拡大していることが挙げられる。2022年1月、日本原子力研究開発機構(JAEA)、三菱重工業、米国の次世代炉開発会社テラパワー社などが「ナトリウム冷却高速炉技術に関する覚書き」を締結した[9]。今後、次世代炉の燃料となる高純度低濃縮ウラン(HALEU)の製造、供給についても、米国などとの国際協力が進む可能性がある[10]。HALEUは現在世界に普及している軽水炉より、濃縮度が高く、兵器用濃縮ウランの製造技術にも直結するため、厳格な管理が求められる。今年3月に筆者が日本核物質管理学会の幹部と意見交換した際にも、今後、国際協力の進展の中で、日本の制度について海外から疑問が寄せられるおそれがあることを認めていた[11]。
日本は今後、原子力を政策にどう位置付け、その中で、機微技術の管理をどう確立しようとするのか。原子力分野におけるセキュリティ・クリアランスは現状のままでいいのか。新法の施行を契機に、あらためて議論するべきだろう。

(2025/04/28)
脚注
- 1 内閣官房「特定秘密の保護に関する法律の概要」2025年4月2日アクセス、1頁。
- 2 原子力規制委員会『2018年度 年次報告』2025年4月2日アクセス、71-74頁。
- 3 原子力委員会「(参考資料)南アフリカの原子力研究施設への襲撃について」2025年4月2日アクセス。原子力委員会の資料では、「南アで核施設襲撃」『毎日新聞』2007年11月16日、夕刊、2面の報道の他に、南アフリカ原子力公社(Necsa)の事案に関するプレスリリースが掲載されている。
- 4 IAEA “Nuclear Security Recommendations on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities (INFCIRC/225/Revision5) , accessed March 2, 2025.
- 5 核物質管理センター「核物質防護」2025年4月2日アクセス。
- 6 例えば、竜田一人『いちえふ:福島第一原子力発電所労働記』モーニングKC、2014年には、刺青をしている作業員が描かれているほか、週刊誌などで一時盛んに取り上げられた。「福島第一原発作業員 緊急座談会 汚染水処理の現場はヤクザとど素人だけになった」週刊現代、2013年10月22日など参照。
- 7 この章の諸外国事情については、文部科学省「諸外国におけるウランクリアランスの制度の整備状況(概要)」2025年4月25日アクセス、などを参照。
- 8 経済産業省ウェブページ「安全保障貿易管理」2025年4月2日アクセス。
- 9 日本原子力研究開発機構(JAEA)ウェブページ「カーボンニュートラル実現に貢献するナトリウム冷却高速炉技術に関する日米協力の推進について(米国テラパワー社との協力)」2022年1月27日。
- 10 拙稿「ロシアによる原子力市場支配への挑戦:日米欧の取り組みと今後」(国際情報ネットワーク分析 IINA、2023年7月7日)参照。
- 11 2025年3月18日、東京都内で筆者の聞き取りに応じた。