1.転機を迎える廃炉作業

 福島第一原発事故から11年が経ち、同原発の廃止措置(廃炉)作業は転機を迎えている。地震や津波による電源喪失で冷却機能を喪失した1、2、3号機において、核燃料が溶け落ちて塊となった固形物(デブリ)について、東京電力は本年から、まず2号機で取り出しを試みる[1]。また、デブリを冷却するために注入され、汚染された水を専用装置で浄化した「処理水」については、2023年春から同原発沖に放出する予定である。これにより、処理⽔を保管するタンクが原発内を埋め尽くす事態を回避できそうである[2]。事故直後から廃炉作業における最も困難な課題と指摘されてきたデブリの取り出しと処理水の放出が開始されることで、『福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ』の第5次改訂版(2019年12月公表、以降ロードマップ)[3]において、2041~2051年と記載されている「廃炉の完了」に前進する。

 しかしながら、作業の前進を無条件に歓迎できるわけではない。ロードマップは「安全に作業を進め、結果として早期の作業完了につなげていく」と言及しているものの、「廃炉の完了」が何を意味するのか、すなわち廃炉後の福島第一原発跡地がどういう姿になるのかを必ずしも明確にしていないためである。

 地域住民と地元自治体は、すべての放射性廃棄物が福島県外に搬出されることを望んでいる一方[4]、これまでの世界における原子力関連施設の廃止措置においては、放射性廃棄物がすべて取り除かれ、施設跡地が全面開放された事例はほとんどない。さらに、福島第一原発には事故を起こした原子炉という特殊事情もある。

 デブリの取り出しが始まるのを機に、「廃炉の完了」が意味することについて、東京電力、政府は国内外に明示するべきではないだろうか。

 同原発の廃炉作業をめぐっては、すでに、低濃度汚染水の海洋放出や処理水に含まれる放射性廃棄物の濃度に関する情報が二転三転し、地域住民のみならず、近隣国・地域の不信と反発を招いた過去がある。「廃炉の完了」の定義を明確にしておくことは、今後の廃炉作業の透明性を確保するとともに、核兵器不拡散条約(NPT)第4条に掲げられる原子力平和利用の権利を最も享受してきた国として、核物質や放射性廃棄物の適正な管理と処分に責任を持つ姿勢を世界に示すことにもつながる。

 本稿ではまず、福島第一原発事故後の東京電力や政府の廃炉への取り組みを概観する。続いて、これまでの世界における実施例や国際機関による廃炉の定義から、どのような跡地の形態があり得るのかを理解したうえで、同原発の「廃炉の完了」とはどういう形態を意味するのかという定義の必要性について考察する。

2.事故後の廃炉作業―デブリとの闘い

 福島第一原発事故後の廃炉作業はデブリとの闘いである。しかし、原子炉の燃料棒内で通常に燃焼した核燃料と異なり、デブリの取り出しは困難である。

 デブリは溶け落ちて変形したうえ、熱で鋼鉄製の原子炉や原子炉を保護する格納容器を侵食し、1、2、3号機のいずれにおいても、不規則に拡散しているとみられる。すべての号機のデブリを合計すると、880トンに上ると推計されている[5]。さらに、熱を発し続け、人が数分近寄っただけで死に至るほどの高濃度放射線を放出するため、デブリの分布状況を正確に把握するための調査は難航している。これまでひとかけらのデブリも取り出せていないだけでなく、2号機から始める取り出し作業は数グラム単位からになる。取り出したデブリなど高濃度放射性廃棄物の最終処分場をどこに設置するのかも決まっていない[6]。

 また、デブリを冷却するために注入された水は、原子炉や格納容器の一部破損によって、デブリに触れた後、あちこちに漏れ出し、同原発の下部を流れる地下水にも接触して、汚染水の大量発生を招いている。事故直後、東京電力が十分に周知せず、低濃度汚染水を海洋放出し、国内外から多くの批判が出たことや[7]、汚染水を浄化する専用装置について、放射性物質の除去が不十分なケースが発覚したことで、専用装置を経た処理水は海洋放出による最終処分ができないまま、原発敷地内のタンクに保管されている。2022年2月、海洋放出に反対する中国や韓国の専門家も参加する形で、国際原子力機関(IAEA)による安全性の検証が行われ、4月にも結果が公表されるが[8]、予定通りに来年から処理水放出を開始できなければ、原発敷地がタンクで埋め尽くされる可能性がある。

処理水を保管するタンクがたまり続ける福島第一原発

処理水を保管するタンクがたまり続ける福島第一原発

出所)「(C)Maxar Technologies, Inc.」(2020年11月)

3.廃炉の完了とは何か

 こうした状況から、福島第一原発の「廃炉の完了」はどのように想定されるのだろうか。廃炉の定義については、IAEAが1990年代後半から2000年代初頭にかけて各国に提示した。1960年代に運転が開始された実験炉や商業炉が寿命を迎える時期に入ったためである。IAEAによると、「廃止措置とは原子力施設の一部または全部をそこに課せられている規制から除外するための行政的、技術的な活動である。この廃止措置の活動には、放射性物質、廃棄物、機器・構造物の除染、解体、撤去が含まれ、放射線リスクの低減を実現するために適用されるものであり、安全確保に必要な事前の計画や評価に基づいて実施される」[9]。この定義に沿い、廃炉についてIAEAは三つに大別している(表1参照)。

表1 IAEAの定義による廃炉の方式

廃炉の方式 特性 結果
即時解体 放射能汚染物質を含んでいる器材、構造物、設備をすべて撤去することを原則とし、規制当局が示す許容レベルまで放射線レベルを下げるため、敷地全体を除染 原子炉の運転停止後に速やかに作業が開始され、全ての放射性廃棄物は敷地とは別の処分施設へ移送
遅延解体 敷地全体を除染し、規制当局が示す許容レベルまで敷地全体の放射線レベルを下げるものの、施設の一部について安全な工法が確立されるまで現場に維持 最終的には解体された施設や放射性廃棄物はすべて、敷地から移送されるが、廃炉作業はかなりの長期に及ぶ
原位置処分 放射性物質で汚染された施設の一部や廃棄物について、周辺環境に影響を与えないよう安全対策を実施したうえで、現場で処分 旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所のように、施設および放射性廃棄物の一部を強固な遮蔽物で覆うなどして恒久的に管理し、放射能レベルの自然減衰を待つ

出所)一般社団法人 日本原子力学会・福島第一原子力発電所廃炉検討委員会
『国際標準からみた廃棄物管理:廃棄物検討分科会中間報告』などを参照に筆者作成

 表1で明らかなように、方式により、「廃炉の完了」が何を意味するのかは変わってくる。これまでの廃止措置の事例を見ると、日本国内で唯一、廃炉作業を完了した、旧日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の動力試験炉(茨城県東海村)の場合、跡地を更地にし、除染も終えて再利用できる状況になっている。しかしながら、施設の基礎部分のコンクリートなど一部の構造物は現地に保管している[10]。海外においては、核燃料製造工場の跡地の一角にビジターセンターが設置された例(米国)はあるものの、この製造工場を含め、大半は敷地の一部をそのまま放射性廃棄物の処分場にしている。そのため、人々がアクセスできない管理区域を設けており[11]、表1に照らせば、原位置処分か遅延解体に該当する。

4.廃炉の完了に関する議論の開始を

 「廃炉の完了」がどういう形態になるのかは、地域復興に直結するが、福島第一原発の現状および、現行の技術水準を考慮すると、不確定要素が多く、デブリの取り出しがロードマップに定められた期間を超え、長期に及ぶことは十分に考えられる。それどころか、数世紀に渡ってデブリをはじめとする放射性廃棄物を福島第一原発内で管理しなければならない事態も想定される。

 こうしたことから、東京電力や政府は、すべての放射性廃棄物の福島県外処分という目標は維持しつつ、IAEAの定義を参照しながら、複数の可能性を提示するべきではないだろうか。核物質利用について、最後まで過程を透明にすることは、戦後一貫してIAEAに協力し、原子力の平和利用に徹してきた日本の責務である。そのうえで、どういう場合に、廃棄物の施設外処分という目標を変更する必要があり、どのように地域住民や国民に説明して合意を得ていくかのプロセスを明確にしておく必要がある。

 例えば、米国では、エネルギー省が環境管理プログラムを策定し、廃炉について事業者や当該自治体、地域住民が協議する場を設置して原子力施設跡地の形態を決定する方法が採用されている[12]。日本においても、今のうちに、国、自治体、地域住民が、福島第一原発の「廃炉の完了」について話し合う公式の場を設置するべきだろう。

(了)

(2022/03/10)

脚注

  1. 1福島第一原発 燃料デブリ取り出し 来年の開始目指す 東京電力」『NHK』2021年6月28日。
  2. 2福島第一原発の処理水を海洋放出、政府が方針を正式決定」『朝日新聞』2021年4月13日。
  3. 3福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ』東京電力ホールディングス(株)廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議、2019年12月。
  4. 4 例えば、2016年8月、福島第一原発近隣の13市町村の首長は連名で、国に以放射性廃棄物の県外処分を申し入れている。福島県ホームページ「放射性廃棄物の県外処分に係る申し入れ」2016年8月29日。
  5. 5デブリと処理水、先見えず 新たな懸念材料も―福島第1原発・東日本大震災10年」『時事通信』2021年3月7日。
  6. 6敷地内山積み、最終処分メド立たず――福島原発、廃炉阻む廃棄物、本格作業備え6年で1.7倍(真相深層)」『日本経済新聞』2022年1月26日。
  7. 7 城山英明『大震災に学ぶ社会科学 第3巻 福島原発事故と複合リスク・ガバナンス』東洋経済新報社、2015年、171-177頁。
  8. 8IAEAによる東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水の安全性に関するレビューが行われました」経済産業省2022年2月18日。
  9. 9 “Decommissioning of Nuclear Power Plants and Research Reactors, Safety Guide, Safety Standard Series,” IAEA, No. WA-G-2.1,1999 and No. WS-R-5,2006.
  10. 10 「福島第1原発に先んじて廃炉完了、炉心跡も再利用できる更地に」『日経XTECH』、2021年3月4日。
  11. 11 米国オハイオ州のファーナルドサイトは1950年代からウラン金属の生産が開始され、兵器用プルトニウムの製造も行われた。1991年に廃炉措置が本格化し、2006年に終了した。敷地の一部にビジネスセンターが開設されたが、敷地の大部分は管理区域とされ、人々がアクセスできない。一般社団法人 日本原子力学会・福島第一原子力発電所廃炉検討委員会『国際標準からみた廃棄物管理:廃棄物検討分科会中間報告』2020年7月、40頁。
  12. 12 同上、32頁。