志賀原発の異変が提起する問題

 2024年1月1日に発生した能登半島地震は最大震度7を記録し、甚大な被害をもたらした。原子力施設も例外ではなく、北陸電力志賀原子力発電所においては、変圧器が損壊し、外部から送電を受けられなくなるなどのトラブルが発生した。同原発は、現在原子炉の運転は停止しているため、放射性物質の漏洩などの重大事故には至らなかった。しかしながら、今回の地震における同原発の動向は、日本の原子力利用にあらためて問題を提起した。

 問題は主に二つある。一つは重大事故が発生した際の住民避難の在り方である。今回の地震で、原発周辺の住民が迅速に避難するために欠かせない幹線道路の大半が損壊した[1]。重大事故が発生していれば、事前に策定していた避難計画が機能しなかった可能性が高い。志賀原発と同様に、半島に設置された原発は、稼働中を含めて日本に複数存在するため、避難計画を見直す必要が生ずる可能性がある。

 もう一つは、震度7を計測した志賀原発周辺を含め、従来の想定を超える大きな揺れが発生したことである[2]。原因については、海側の断層が陸側の断層の下に斜めに入っていく「逆断層運動」とされ[3]、想定より長い海底活断層が連動した可能性も指摘されている。原子力発電は原子炉の冷却に豊富な水源が不可欠であり、日本の原発は例外なく海沿いに設置されている。逆断層運動は四方を海に囲まれ、プレートが連なる日本では、各地で起こり得る現象であり[4]、能登半島に特有の現象とは言えない。揺れのメカニズムがより詳細に明らかになれば、日本の原子力利用に極めて大きな影響を与え得る。

 なぜなら、日本は2011年3月の福島第一原発事故の反省を踏まえた新しい原子力安全規制の目玉として「バックフィット」制度を採用しているためである。「バックフィット」とは、地震や津波のメカニズムなど、原子力の安全に影響を与える新たな知見が得られた場合、その知見を規制の改正に反映し、新たな規制を過去にさかのぼって適用する制度である[5]。つまり、逆断層運動による地震メカニズムが新たな知見となり、原子力安全規制が改正された場合、過去の規制で安全と認定された原子炉を含めすべてをいったん停止させ、新たな規制に基づいて審査することが求められる可能性がある。そうなれば、審査は年単位に及ぶため、日本のエネルギー安定供給、エネルギー安全保障への影響は避けられない。

 本稿では、志賀原発が提起した主要な二つの問題を検証しながら、日本の原子力利用について考察する。

原子力事故を想定した避難計画の実効性への疑問

(1) 能登半島地震と志賀原発周辺の状況

 志賀原発はメルトダウン事故を起こした福島第一原発と同じ沸騰水型原子炉2基を有する。1号機は540メガワットとやや小型で、2号機は1,350メガワットの大型である[6]。いずれも2011年以降運転を休止している。

写真 1:北陸電力志賀原発

写真 1:北陸電力志賀原発
出典:(C)Maxar Technologies, Inc.(2024年1月)

 同原発周辺では、放射性物質の漏洩などの重大事故が発生した際の避難ルートとして国道、県道あわせて11路線を指定している。このうち、能登半島地震において7路線が崩落や亀裂による通行止めとなった[7]。港湾施設も多くが損壊し、津波の再来のおそれもあって、海路を使った避難も困難な状況だった。もし、同原発で事故が起きていれば、放射線の身体への影響を回避できる圏外へ住民が確実に避難できたのかどうか。避難計画の実効性に疑問符が付いた。

(2) 他の原発周辺の避難計画への影響

 原発周辺に居住する住民の避難計画については、福島第一原発事故後に策定ルールが変更された。事故前は、放射性物質が広範囲に放出される重大事故を想定していなかったため、住民避難を必要とする区域は原発から半径8~10kmと小さく設定されていた。しかし、福島第一原発事故では、避難区域が原発から半径20kmに広がり、住民への避難指示が遅れたり、避難先の確保が十分にできなかったり、避難計画が全く機能しなかった。

 そのため、事故後、住民避難を準備する区域は原発から半径30kmに拡大された。福島第一原発事故前までは、避難計画を策定する必要がなかった自治体も対応を迫られ、従来の想定より多くの住民を迅速に避難させる計画が求められている。

図 1:半島に立地する日本の主な原発

図 1:半島に立地する日本の主な原発
出典:著者作成

 図1にあるように、東北電力女川原発(運転休止中)や運転中の四国電力伊方原発なども半島に位置している。一部の住民は船での避難も計画されているなど、両原発とも避難経路が充実しているとは言い難い。今回の志賀原発周辺の事態を受け、避難計画の実効性向上を住民から要求され、その間、原子炉の運転停止を求められる可能性もある。

バックフィット制度による影響

(1) バックフィットとは何か

 バックフィット制度もまた、福島第一原発事故の教訓に基づいている。2012年6月、「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(以下「原子炉等規制法」)の改正により、導入された。改正原子炉等規制法第43条3項の14に「発電用原子炉設置者は,発電用原子炉施設を NRA(原子力規制委員会) 規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない」との規定がある。新たな知見により基準が改訂された場合,原子炉が新たな基準に適合して安全と言えるのかどうか、再審査が必要であることを意味している。さらに、「技術上の基準に適合していないと認められる場合,原子力規制委員長は発電用原子炉施設の使用の停止,改造,修理又は移転,発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる」(第 43 条3項の23)とも定められている。過去の基準に合致し、運転中の原子炉であっても、新たな基準に適合していないとみなされれば、原子力規制委員長が原子炉の停止を命じ、電力事業者に対応措置を取らせることができる仕組みである[8]。

 福島第一原発事故前は、原子力規制当局が安全にかかわる新たな知見を獲得しても、電力事業者に通知するのみで、対策を強制する権限がなかった。東京電力が原子力規制当局の通知を受けながら、事故前に福島第一原発における津波対策を取らなかったため被害を大きくした、と事故後に設置された各種事故調査委員会は厳しく指摘した[9]。

写真 2:原子力規制当局の指摘を生かせず重大事故を起こした福島第一原発

写真 2:原子力規制当局の指摘を生かせず重大事故を起こした福島第一原発
出典:(C)Maxar Technologies, Inc.(2020年11月)

(2) バックフィットと今後の原子力利用

 このバックフィット制度について、原子力規制委員会は能登半島地震の直後に開催された定例会合で、地震のメカニズムが解明されれば適用を検討すると表明している[10]。委員会委員の中で、地質や地震のメカニズムを専門にする石渡明委員は「今回の地震は非常に規模が大きく、専門家の研究結果を今後の審査に生かす必要がある」と発言した[11]。2014年に再稼働を申請した志賀原発の審査がさらに長期化することは免れない。また、逆断層運動に関する専門家の研究が進んで新たな知見となり、原子力規制に反映されれば、他の原発の審査にも適用されたり、運転中の原子炉をいったん止めて審査をやり直したり、日本全体の原子力利用に影響を与えかねない。

原子力利用に関する国民的議論を

 政府は最長60年だった原発運転期間の延長を可能にする「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」(GX:グリーントランスフォーメーション脱炭素電源法)を2023年5月に成立させた。2050年にCO2排出量を実質ゼロにする「カーボン・ニュートラル」を達成するため、化石燃料、特にCO2排出が多い石炭、石油の利用を削減し、2022年度は6%弱の比率だった原子力利用の再拡大に舵を切る方針を示したものである(図2参照)。しかし、能登半島地震がもたらした上記の事実は、原子力利用の拡大が容易でないことを示している。バックフィット制度を厳格に適用すれば、日本のすべての原子炉がいったん停止し、国民に厳しい節電要請が課される恐れがある。だからと言って、バックフィットを骨抜きにして原発の再稼働を促進すれば、福島第一原発事故のような重大事故を再び招き、国民の身体、生命に深刻な影響を与えかねない。原子力利用の在り方について、あらためて国民各層を巻き込んだ議論が必要である。

図 2:日本の電源構成(2022年度)

図 2:日本の電源構成(2022年度)
出典):資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」を参照に筆者作成

 本年は「エネルギー基本計画」の策定作業(第7次)が本格化すると予想されている。同計画はエネルギー政策基本法(2002年成立)に基づき、おおむね3年に1回改訂され、第6次の策定は2021年10月だった[12]。同法は第二条で「エネルギー自給率の向上及びエネルギーの分野における安全保障を図ることを基本として施策が講じられなければならない」と宣言し、エネルギー基本計画はこの目的を果たすため、閣議決定を経て国会に提出される。政府には、能登半島地震で示された原子力発電のぜい弱性を直視しつつ、カーボン・ニュートラルやエネルギー安定供給の実現、エネルギー安全保障の確立のため、原子力発電にどの程度の役割を持たせるのか、第7次計画の中で明確に説明し、国民的議論を喚起することを求めたい。

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The Problems of Nuclear Energy Use by Japan Raised Again by the Noto Peninsula Earthquake

(2024/02/20)