1.ウクライナ侵攻で浮上した二つの核の懸念

 ロシアによるウクライナへの侵攻はあらためて核の問題を世界に投げかけている。

 プーチン大統領は2022年2月27日、ロシア軍の核戦力を運用する部隊に対し、「高度な警戒態勢」に入るよう命じた。ウクライナの抵抗が激しく、主要都市の制圧が当初予定より遅れていると指摘される中、同国やそれを支援する欧米諸国に対し、核兵器使用も辞さない姿勢を示したとみられている[1]。唯一の戦争被爆国である日本国内では、広島、長崎の両市長が「第三の戦争被爆地を生んではならない」と、抗議文をプーチン氏に送るなど、ロシアが核による威嚇と受け取られかねない行為に出たことに反発が広がっている[2]。

 一方、原子力発電所の安全をめぐっては、より切迫した脅威が存在している。

 ウクライナでは日本を超える15基の原子炉が運転中で、同国の電力供給の50%超を担っている「原発大国」である[3]。すでに運転を休止しているチェルノブイリ原発に加え、運転中の原発がロシア軍に制圧されたとの報道があったことで[4]、原発の防護や安全確保への懸念が生じている。

 大規模戦闘下における原発の防護は、経験上、世界に前例がなく、核セキュリティなど原子力関連施設の防護に関する従来の概念上も想定されていない。経験においては、1981年にイスラエルがイラクの原子力研究炉1基を核兵器開発につながる恐れがあるとして空爆し、破壊した例があるが[5]、発電容量が研究炉に比べて桁違いに大きい商業用原発が市街戦を含む戦時下にさらされた例はない。また、上記の概念においては、2010年、オバマ米国大統領(当時)の呼びかけで、各国首脳が参加する核セキュリティ・サミットが創設され、核関連施設の防護強化への国際協力が呼び掛けられた。しかし、核セキュリティはテロリストによる施設への物理的攻撃やサイバー攻撃など、主に非国家主体による攻撃を想定しており、国家間の戦争下における施設の防護は想定していない。戦争状態の中、原発で過酷事故が引き起こされれば、人類史上未知の惨事となる恐れがある。

 本稿では、戦時下における原発防護を考察するにあたり、まず、ウクライナが原子力発電への依存を強めていった背景を分析する。続いて、国際条約において、戦時下の原子力施設防護がどのように規定されているかを検証し、最後に今回の事態から、世界および日本が原子力の平和利用のために何を教訓とするべきかを探る。

2.ロシアとの関係悪化と原発依存―ウクライナのエネルギー事情

 ウクライナは一次資源に恵まれず、旧ソ連時代に整備されたパイプラインにより、ロシアからの石油、天然ガスの輸入に依存してきた。しかし、2000年代以降、天然ガスの供給、輸送条件で両国が対立し、供給量が削減される事態が起きた[6]。2014年のロシアによるクリミア半島の併合以降は、両国関係がさらに悪化した。ロシアは2019年4月以降、ウクライナに対し、天然ガス輸送用の鋼管、石油や石油製品を禁輸とした。ガソリンやディーゼル燃料の輸出についても許可制とした[7]。

 こうした状況下、ウクライナは、欧州の広域にわたって放射性物質がまき散らされたチェルノブイリ原発事故(1986年)を経験しながら、原子力発電に依存せざるを得なくなっている。表1にあるように、国内エネルギー供給のうち、原子力が54%を占め、供給比率で言えば、フランスに次ぐ世界第二の原発大国である。

表1:ウクライナのエネルギー供給比率(2015年)

表1:ウクライナのエネルギー供給比率(2015年)

出所)経済産業省 『国際エネルギー情勢調査』(2017年度)などを参照に筆者作成

 しかしながら、同国の主力電源である原発には耐久性、安全性に問題があると指摘されている[8]。図1にあるように、稼働中の原発は、ロシア型加圧水型原子炉(VVER)と呼ばれる旧ソ連時代に開発された原子炉が中心である。日本を含む西側諸国の原発が原子炉を保護する鋼鉄製の格納容器を設置するなど、航空機の意図的な激突からも原子炉を防護できるような設計をしているのに対し、VVERは過酷事故を起こしたチェルノブイリ原発と全く同型ではないものの、格納容器がない点は同原発と共通している。

図1:ウクライナの原子力発電所分布図

図1:ウクライナの原子力発電所分布図

出所)日本原子力産業協会「世界の原子力発電動向」などを参照に筆者作成

 ウクライナにとっては、ロシアとの関係悪化により、安全性の問題を意識しつつ、電力の安定供給や社会経済活動のために、旧ソ連時代の原発を稼働し続けなければならない状況となっている[9]。

3.国際条約に見る戦時下における原発の位置づけと懸念される事象

(1) 戦時下の原発保護を定めた国際条約

 ロシアによる武力侵攻後の2022年2月24日、チェルノブイリ原発をロシアが制圧したと報道され、同28日には、ロシアあるいは親ロシア勢力が実効支配するクリミア半島と東部ドネツク州・ルガンスク州の一部地域のほぼ中間に位置し、計6基の原子炉が運転中のザポリージャ原発(図1参照)もロシアに制圧されたとの報道があった。ウクライナはロシア軍によるザポリージャ原発の制圧を否定したものの[10]、3月4日には、ロシアが同原発に攻撃を仕掛け、火災が発生したと報じられるなど[11]、ウクライナにおける原発防護、安全確保は予断を許さない状況である。国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長はチェルノブイリ原発が制圧された後、間を置かずに「平和目的の原子力施設に対する攻撃や脅威は、国連憲章、国際法、IAEA憲章の原則に違反する」と強く訴えた[12]。

 IAEA憲章において明確に平和目的の原子力関連施設への攻撃や威嚇を禁じる条文はないが、捕虜や戦闘に参加しない文民の保護を定めたジュネーヴ条約は第4編において「文民たる住民の保護」を定め、原子力発電所を含む保護対象を表2のように定めている。

表2:ジュネーヴ条約第4編「文民たる住民の保護」の主な規定

条文 保護対象
第53条 文化財・礼拝所
第54条 文民たる住民の生存に不可欠な物
第55条 自然環境の保護
第56条 危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原子力発電所

出所)外務省 「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書の主な内容」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/naiyo.html)などを参照に筆者作成

(2) 発生が懸念される事象

 しかしながら、すでに軍事施設がない集合住宅がロシアにより攻撃されるなど、ジュネーヴ条約が順守されていないとみられる事象も発生しており、原発が大規模攻撃にさらされない保証はない。ウクライナの原発のぜい弱性や現況を考慮すると、主に二つの原因により、大規模な放射性物質の放出を伴う過酷事故の発生が懸念される。

 一つは意図的な攻撃あるいは誤爆による原子炉の破損である。原子炉を保護する格納容器がない同国の原発で、原子炉の破損が起これば、放射性物質を閉じ込めることが不可能になり、チェルノブイリ原発事故のように、無秩序に放射性物質が放出される。また使用済み燃料を保管する施設が攻撃されても、同様の事態が引き起こされる。

 もう一つは、原発所員が自らの安全確保のため、原子炉の運転および制御を放棄せざるを得なくなる事態である。原発は制御棒を原子炉内に挿入し、核分裂反応を終わらせれば安全というわけではない。核燃料は反応が終息しても熱を発し続けるため、炉を冷却し続ける必要がある。炉の冷却ができなくなれば、核燃料が自らの熱で溶けだし、炉が高温、高圧になることで原子炉の破損と放射性物質の漏洩が発生し得る。

 後者については、2011年に発生した福島第一原発事故の際、発生が最も恐れられた事象であり、実際、当時の内閣はひそかに「最悪のシナリオ」を作成していた。同シナリオでは、原発所員が退避して、炉の制御が放棄された場合、「強制移転を求めるべき地域が(福島第一原発から)半径170㎞以遠に生じ、年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることをもって移転希望を認めるべき地域が半径250㎞にも発生する可能性」と記されていた。つまり東日本には人がほとんど居住できない状況を想定していた[13]。

4.原子力施設防護の再点検を

 戦時下における原子力関連施設の防護は、第二次世界大戦後、原子力の平和利用が開始されてから、世界が初めて経験する事態であり、現段階では、交戦国、とりわけロシアにジュネーヴ条約を順守し、原発への攻撃を自制するよう訴えるしかない。また、武力攻撃にも耐えられるレベルの強靭性を原発に求めることもほとんど不可能であり、原発が戦闘下にさらされないよう、他国への侵略や力による現状変更を認めない取り組みを国際社会が進めるしかないのが現状である。

 原子力関連施設の防護強化については、各国で対策が進められている。日本においては、福島第一原発事故のような、電源の喪失による核燃料の溶融や、それに伴う水素爆発、放射性物質の漏洩は、テロ行為などの物理的攻撃によっても引き起こされる事象であることから、原子炉の運転を担う中央制御室がテロリストに占拠されても、炉を遠隔操作できるよう特定重大事故等対処施設の各原発への設置が義務付けられるなど、防護体制の強化が図られた。

 しかしながら、2010年以降、政情が安定しているとは言い難い中東においても、原子力発電を新規に導入する国が増えてきており、原発をはじめ、原子力施設の防護強化については、日本単独ではなく、IAEAを中心に国際的な取り組みが必要なのは間違いない。ウクライナにおける今回の出来事を契機に、各国で原発を含む原子力関連施設の防護について、あらためて点検し、ぜい弱性を極力なくす努力を続けるべきだろう。

(了)

(2022/03/04)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Russia’s Ukraine Invasion and the Protection of Nuclear Plants during War — a First-Time Challenge

脚注

  1. 1ロシア「核部隊の準備完了」 キューバ危機以来の局面に」『日本経済新聞』2022年2月28日。
  2. 2第三の被爆地あってはならない 広島・長崎市長がロシアに抗議」『朝日新聞』2022年2月28日(記事全文は有料会員限定)。
  3. 3 経済産業省 『国際エネルギー情勢調査』(2017年度)2015年度実績で電力供給に占める原子力の比率は54%。原子力規制委員会によると、2022年2月現在、日本においては、四国電力伊方原発3号機など5機の原子炉が稼働中である。
  4. 4 ウクライナ国営原発、ロシア軍のザポリージャ原発制圧報道を否定」『ロイター』2022年2月28日。
  5. 5原子力百科事典 ATOMICA イラクの原子力開発と原子力施設」日本原子力研究開発機構(JAEA)2016年11月。
  6. 6チェルノブイリの国ウクライナが原発を使い続ける理由」『朝日新聞GLOBE』2019年7月16日。
  7. 7ロシア政府、ウクライナに対し鉱物資源の禁輸措置を発動」『JETROビジネス短信』日本貿易振興機構(JETRO)、2019年4月22日。
  8. 8原子力百科事典 ATOMICA ロシア型加圧水型原子炉(VVER)」日本原子力研究開発機構(JAEA)2008年12月。
  9. 9チェルノブイリの国ウクライナが原発を使い続ける理由」『朝日新聞GLOBE』2019年7月16日。
  10. 10 脚注4参照。
  11. 11欧州最大の原発で火災、ロシア軍の攻撃で=ウクライナ当局者」『ロイター』2022年3月4日。
  12. 12IAEA事務局長「最大限の自制を」ウクライナ情勢で声明」『朝日新聞』、2022年2月25日。
  13. 13 正式名称は「福島原子力発電所の不測事態シナリオの素描」。パワーポイント15枚の資料で、当時の菅直人内閣が近藤駿介原子力委員会委員長に作成を依頼した。内閣への提出は事故発生から2週間後の2011年3月25日。同内閣はこの資料を公開していないが、筆者が独自に入手した。