国後島
2020年05月18日
・水産業
国後島の水産業は、昆布・サケ・マス・タラバガニ・ホッキ貝・ホタテ貝などがある。サケ・マスは沿岸で定置網漁業として行われ、漁業権は地元と根室の資本家が所有していた。タラバガニの刺し網漁業は缶詰業者と直結した漁業であり、根室を主とする資本家による経営で行われた。ホッキやホタテの桁網漁業は地元の経営者が主であった。昆布は東海岸で採取され、年による豊凶はあるものの比較的安定した漁業として、漁民のほぼ全員が従事していた。国後島では馬を副業として飼育している漁業者も多く、交通運搬に使われた(Ref.1)。
各村の主要漁獲高を見てみると泊村 では総生産額512,417円の内ホタテ貝が42%、タラバガニ28%、ホッキ貝14%、サケ4%、コンブ3%。留夜別村では総生産額320,895円の内、鱒37%、ホタテ貝10%、タラバガニ10%、コンブ8%であった(Ref.1)。
昭和14年 | 昭和15年 | 昭和16年 | |
歯舞群島 | 460 | 560 | 7 |
色丹島 | 20 | 0 | 0 |
国後島 | 1,130 | 1,235 | 575 |
択捉島 | 0 | 0 | 0 |
四島合計 | 1,610 | 1,795 | 582 |
・林業
国後島には北海道本土に劣らないトドマツ、エゾマツの針葉樹があり、各事業区ごとの施業計画によって経営されていた。切り出された材木は、島内および根室、函館地域に供給され、建築用材や箱材の一部として消費された(Ref.3)。
・孵化事業
国後島(くなしりとう)、択捉島(えとろふとう)の2島では、鮭や鱒の人工孵化事業が大きな産業であった。千島における主要水族である鮭、鱒(マス)の資源維持培養のため、官営・民営による人工孵化事業場が多いときで国後島・択捉島合わせて18箇所存在した。昭和18年の事業量は、道内全事業のうち鮭では親魚捕獲数26.3%、稚魚放流数38.3%、鱒では親魚捕獲数83.4%、稚魚放流数76.4%を占めており、同島は鮭・鱒の資源維持において重要な地域であった(Ref.4)。
東沸村孵化場
写真提供:千島歯舞諸島居住者連盟
・畜産業
国後島では、古くから水産の副業として牛馬が飼育されていた。明治以降は、北海道庁が増殖を奨励したため、交通運搬に利用されるようになった (Ref.1) 。
島の造材運搬・馬とダルマ器具
写真提供:千島歯舞諸島居住者連盟
・鉱業
島内の各所には有望な鉱床が存在し、千島鉱山(金、銀)、瀬石(せせき)鉱山(硫黄及び硫化鉄)、東沸(とうふつ)鉱山(硫黄)、宝沼(ほうしょう)鉱山(硫黄)の4箇所で起業された。その他の場所でも、金、銀、銅、鉛、亜鉛、鉄、砂鉄、硫化鉄、硫黄等などの有用鉱産物の試堀または探鉱が行われた。一部を除いては全く未開発の状態であったが、将来を有望視される鉱床の調査と開発には強い期待がもたれていた(Ref.3)。
Ref.1:伊藤久雄 「昭和初年における国後・択捉島及び色丹島の水産業」『北海道地理』41号 (1968年) pp.1-8
Ref.2:北海道総務部領土復帰北方漁業対策本部『戦前における歯舞・色丹・国後・択捉諸島の概況』(1958年)p.34
Ref.3:北海道総務部領土復帰北方漁業対策本部『戦前における歯舞・色丹・国後・択捉諸島の概況』(1958年)pp.29-30
Ref.4:北海道総務部領土復帰北方漁業対策本部『戦前における歯舞・色丹・国後・択捉諸島の概況』(1958年)p.36
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