国後島の帆立漁業

国後島では、古くから鮭鱒を主とする漁業を唯一の生業としていたが、沿岸漁業の不振に伴い、カニ、ホタテなどの沖合漁業へ進出し、水産加工業が栄えるようになった(Ref.1)。

ホタテの主な漁場は、泊湾から根室湾にいたる浅い大陸棚で、ホッキは太平洋沿岸にある砂質の浅海域であった(Ref.2)。

昭和14年12月、根室貝類缶詰合同株式会社が設立され、翌15年4月から操業し、ホタテおよびホッキ貝の缶詰製造が開始された。国後島には、古釜布や東沸に工場があった(Ref.1)。

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古釜布ホタテの湯釜風景・藤野工場(泊村古釜布地区古釜布)
写真提供:千島歯舞諸島居住者連盟

ホタテの漁獲高(単位:千貫)(Ref.3)
昭和14年 昭和15年 昭和16年
歯舞群島 20 - 7
色丹島 460 560 -
国後島 900 1,200 500
択捉島 - - -
四島合計 1,380 1,760 507

tit
Ref.1:北海道千島調査所編『千島調査書』領土復帰北方漁業対策本部, 1956年(昭和14-16年の調査)p.108
Ref.2伊藤久雄「昭和初年における国後・択捉島及び色丹島の水産業」『北海道地理』41号 (1968年) pp.1-8
Ref.3:北海道総務部領土復帰北方漁業対策本部『戦前における歯舞・色丹・国後・択捉諸島の概況』(1958年)p.34