原子力推進に関するトランプ大統領令を読む:米国の狙いと日本への影響

小林 祐喜
1.原子力推進に関する4つの大統領令
米国のトランプ大統領は2025年5月23日、米国の原子力産業の再活性化を目指す4つの大統領令に署名した1。
- ①原子力規制委員会(NRC)の改革を命じる大統領令
- ②エネルギー省(DOE)における原子炉試験の改革を図る大統領令
- ③原子力基盤の活性化を図る大統領令
- ④国家安全保障のための先進原子炉の導入を図る大統領令
この中に含まれる主な内容は、
- (ⅰ) 2050年までに原子力の発電能力を現行の4倍にする
- (ⅱ) 上記目標達成のため行政機関による審査プロセスの迅速化
- (ⅲ) 核燃料の自給化、および使用済み核燃料からプルトニウムを抽出し再利用する核燃料サイクルの強化
- (ⅳ) 既存炉の発電能力向上、小型炉を中心に先進原子炉で世界を先導すること、および、軍事基地への小型炉の設置推進
であり、これらの施策の実現により、国家安全保障が強化されると書かれている2。
筆者は本年1月、本欄に拙稿「原子力発電用ウラン燃料の自給化の試み:トランプ2.0の動向に関心」を上梓し、バイデン政権によるロシア産低濃縮ウラン禁輸などの取り組みを分析して「2期目のトランプ政権がこれらの取り組みを継続するかが注目される」と指摘した3。5月の大統領令は、前政権の路線を継続し原子力分野の自給力向上を図るどころか、米国が再び原子力国際市場で覇権を獲得することを目指し、なりふり構わず原子力利用を推進しようとするトランプ政権の姿勢にも見える。脱炭素社会の実現などを背景に、日本を含む世界で発電中にCO2を排出しない原子力回帰への動きが見られる中、米国の動向が国際社会に与える影響は小さくない。
一方で、大統領令の実効性に疑問符が付くのも事実である。上記4つの主な推進施策に限っても、発電能力4倍増には原子炉数百基の増設が必要で、膨大な予算措置が欠かせないうえ、軍事基地と原発を一体化させる構想は、後述するように国際人道法の趣旨に反している。これらの大統領令が議会の承認を得て、掲げた施策を実行に移せるかどうか、現段階で見通しは立っていない。
本論考では、以下の3点に着目して分析し、最後に日本が大統領令に基づく米国の政策展開とどのように向き合うべきかを考察する。
- ◆ 原子力発電能力4倍宣言とその背景(米国内要因と国外要因)
- ◆ 4倍増に向けて展開する施策と米国の目的
- ◆ 大統領令の実効性・問題点(4つの主要施策の課題)
2. 大統領令の背景:原子力推進の象徴としての発電能力の4倍引き上げ
原子力発電能力の増強を掲げる背景には、国内外の要因がある。国内要因としては、電力消費が大きい人工知能(AI)の利用やデータセンターの整備において米国が世界に先駆けていることが挙げられる。こうした電力需要の増大に対応するため、DOEは最大で2050年までに原子力発電の供給能力を3倍に高める必要があるとの試算を今年1月に公表している4。実際、米国の大手IT企業に、自らのデータセンターの電源を原発に求める事例が相次いでいる。例えば、マイクロソフトは2024年9月、かつて2号機がメルトダウン事故を起こし、1号機も2019年に運転を停止したスリーマイル島原発(ペンシルベニア州)の再稼働を所有者に依頼し、その全発電量を20年間にわたって買い取る異例の契約を締結した5。上記大統領令はDOEの試算を上回る原発の供給能力4倍を掲げ、原子力推進を鮮明にしている。
さらに国外要因として、ロシア、中国による国際原子力市場の支配が挙げられる。「原子力基盤の活性化を図る大統領令」には、米国の危機感が明記されている。
It took nearly 40 years for the United States to add the same amount of nuclear capacity as another developed nation added in 10 years. Further, as American deployment of advanced reactor designs has waned, 87 percent of nuclear reactors installed worldwide since 2017 are based on designs from two foreign countries... These trends cannot continue.
過去40年間で、アメリカが追加した原子力発電容量は、他の先進国が10年間で追加した容量と同程度である。 さらに、アメリカで先進設計の原子炉の配備が衰退したため、2017年以降に世界で設置された原子炉の87%が2つの外国の設計に基づいている。・・・このような傾向は容認できない。
Reference: Whitehouse “REINVIGORATING THE NUCLEAR INDUSTRIAL BASE” May 23, 2025.
日本原子力産業協会が毎年発行している「世界の原子力発電開発の動向」2025年版によると、2024年の世界全体での新規原子炉着工基数は4か国・計9基で、その内訳は中国製7基(6基が中国国内、1基がパキスタンへ輸出)、ロシア製2基(1基がロシア、1基がエジプト)である6。2017年までさかのぼっても、中ロ両国以外で新規に原子炉建設に着工した国はフランス(イギリスへ輸出)のみである。上記大統領令は「87%が2つの外国の設計に基づいている」と述べており、名指しこそ避けているものの、中ロ両国を指すのは明らかである。そのうえで、こうした傾向を容認できないとしているのである。
3.大統領令の中で示された具体的施策
4つの大統領令の中で、中心となるのは、「NRC(原子力規制委員会)の改革を命じる大統領令」で掲げられた以下の項目である。
It is the policy of the United States to:
(a) Reestablish the United States as the global leader in nuclear energy;
…
(c) Facilitate the expansion of American nuclear energy capacity from approximately 100 GW in 2024 to 400 GW by 2050;アメリカ合衆国の政策として、以下を推進する:
(a) 米国を原子力エネルギー分野の世界的リーダーとして再確立すること。
…
(c) 米国の原子力発電能力を、2024年時点の約100GW(ギガワット)から2050年までに400GWへ拡大すること。
Reference: Whitehouse “ORDERING THE REFORM OF THE NUCLEAR REGULATORY COMMISSION” May 23, 2025.
トランプ大統領は、米国における原子力産業衰退の一因を行政の失敗に求めている。行政の失敗を原因とする考えは、他の問題でも共通してみられる特徴だ。4つの大統領令のうちの2つが行政機関に関するものであり、原子力の発電能力4倍増をあえて「NRCの改革を命じる大統領令」の中に挿入した事実がそれを証明している。
NRCに関する言及は厳しい。
Between 1954 and 1978, the United States authorized the construction of 133 since-completed civilian nuclear reactors at 81 power plants. Since 1978, the Nuclear Regulatory Commission (NRC) has authorized only a fraction of that number; of these, only two reactors have entered into commercial operation... the NRC has instead tried to insulate Americans from the most remote risks without appropriate regard for the severe domestic and geopolitical costs of such risk aversion...Beginning today, my Administration will reform the NRC, including its structure, personnel, regulations, and basic operations. In so doing, we will produce lasting American dominance in the global nuclear energy market, create tens of thousands of high-paying jobs, and generate American-led prosperity and resilience.
1954年から1978年の間に、米国は81の原子力発電所において133基の民間原子炉の建設を認可した。しかし1978年以降、NRCが認可した原子炉はその一部に過ぎず、商業運転に至ったのはわずか2基のみである。・・・NRCは極めて稀有なリスクから国民を隔離することにこだわり、そうした姿勢がもたらす深刻な国内的・地政学的コストを適切に考慮しなかった。・・・本日より、政権はNRCの構造・人員・規制・基本業務を改革する。これにより、米国の原子力市場における持続的な優位性を確立し、数万人規模の高収入雇用を創出し、米国主導の繁栄と強靭性を実現する。
Reference: Whitehouse “ORDERING THE REFORM OF THE NUCLEAR REGULATORY COMMISSION” May 23 2025.
1978年以前とそれ以降に分けているのは、1979年にスリーマイル島原発でメルトダウン(核燃料の溶融)事故が発生し、米国内での新規原子炉の建設が長期にわたって凍結された経過を踏まえている。
こうした評価に続き、原子力推進に向けた具体的な規制改革として、
- ◆ 新型原子炉の建設・運転申請:最初の規制ステップから18か月以内に最終決定
- ◆ 既存原子炉の運転継続申請:最初の規制ステップから1年以内に最終決定
- ◆ 申請者の過失を除き、これらの期限を延長することは認められない
を挙げている。
返す刀で、DOEにも先進技術を活用した新型原子炉の試験審査の迅速化を命じている。
The Secretary shall ensure that the Department’s expedited procedures enable qualified test reactors to be safely operational at Department-owned or Department-controlled facilities within 2 years following the submission of a substantially complete application.
長官は、申請書が実質的に完了した日から2年以内に、省の迅速な手続きにより、省が所有または管理する施設で認定試験炉が安全に運用可能となるよう、保証する。
Reference: Whitehouse “REFORMING NUCLEAR REACTOR TESTING AT THE DEPARTMENT OF ENERGY” May 23 2025.
「原子力基盤の活性化を図る大統領令」では、こうした行政側の後押しにより、民間が取り組むべきこととして具体策を掲げている。以下にまとめたように「自ら(トランプ大統領)の任期中に実現すべきこと」と「長期的な取り組み」に分けていることが特徴である。
<任期中に実現すること>
- ◆ 既存原子炉の出力増強によって5ギガワットの追加電力を確保すること
- ◆ 2030年までに、設計が完了した新規大型原子炉10基の建設を開始すること
を命じ、自らの任期中に、目標とする原子力発電の供給能力増強に道筋をつける姿勢を示した。
<長期的取り組み>
- ◆ 燃料の供給と生産の拡大
- ◆ 民間原子力サプライチェーンの確保
- ◆ 先進原子炉の認可プロセスの効率化
- ◆ エネルギー分野でのアメリカの優位性を確立するための人材育成
最初の「燃料の供給と生産の拡大」では、歴代政権が凍結してきた「核燃料サイクル」の強化を掲げており、具体化に向けて動き出すのか、国内外の関心を集めている。トランプ大統領自身は本大統領令から240日以内に、核燃料サイクルの進め方についてエネルギー長官に報告するよう求めている。
Within 240 days of the date of this order, the Secretary of Energy, in coordination with the Secretary of Defense, the Secretary of Transportation, and the Director of the Office of Management and Budget (OMB), shall prepare and submit to the President, through the Chair of the National Energy Dominance Council and the Director of the Office of Science and Technology Policy, a report that includes:
(i) a recommended national policy to support the management of spent nuclear fuel and high-level waste and the development and deployment of advanced fuel cycle capabilities to establish a safe, secure, and sustainable long-term fuel cycle;
(ii) a review of relevant statutory authorities to identify any legislative changes necessary or desirable to achieve the national policy recommended under subsection of this section;
(iii) an evaluation of the reprocessing and recycling of spent nuclear fuel from the operation of Department of Defense and Department of Energy reactors and other spent nuclear fuel managed by the Department of Energy...本命令の日付から240日以内に、エネルギー長官(Secretary of Energy)は、国防長官、運輸長官、行政管理予算局(OMB)局長と連携し、国家エネルギー支配評議会(National Energy Dominance Council)議長および科学技術政策局(OSTP)局長を通じて大統領に報告書を提出するものとする。報告書には以下の内容を含める:
(i) 使用済み核燃料および高レベル放射性廃棄物の管理を支援する国家政策の提言。安全・確実・持続可能な長期的核燃料サイクルの確立に向けた先進的燃料サイクル技術の開発・展開を含む。
(ii) 関連する法令の見直し:上記の国家政策を実現するために必要または望ましい法改正の特定。
(iii)使用済み核燃料の再処理・リサイクルの評価 国防総省およびエネルギー省の原子炉から発生する使用済み核燃料の再処理・リサイクルの現状と、改善のために必要な措置。・・・
Reference: Whitehouse “REINVIGORATING THE NUCLEAR INDUSTRIAL BASE” May 23, 2025.
長期的取り組みの三番目に掲げられている先進原子炉については、本稿の最初に紹介したように、別建てで「国家安全保障のための先進原子炉の導入を図る大統領令」を発令しており、施策を列挙している。この大統領令を見てみると、原子力国際市場における米国の衰退が国家安全保障上の重大な懸念と述べたうえで、具体的に4タイプの先進原子炉の早期開発、普及を指示している。
Advanced nuclear reactors include nuclear energy systems like Generation III+ reactors, small modular reactors, microreactors, and stationary and mobile reactors that have the potential to deliver resilient, secure, and reliable power to critical defense facilities and other mission capability resources. However, despite its promise, such technology has not been utilized in the United States at the scale or speed necessary to meet the Nation’s urgent national security requirements, while our adversaries are rapidly exporting and deploying such technology around the world.
先進原子炉には、以下のような原子力エネルギーシステムが含まれる:
- ・第III+世代原子炉(Generation III+)
- ・小型モジュール炉(SMR)
- ・マイクロリアクター(微小型原子炉)
- ・固定型および移動型原子炉
これらの技術は、重要防衛施設やその他の任務遂行資源に対して、強靭で安全かつ信頼性の高い電力供給を可能にする潜在力を持っている。
しかしながら、こうした技術の有望性にもかかわらず、米国では国家の緊急な安全保障ニーズに対応するために必要な規模や速度での導入が進んでいない。一方で、米国の敵対者はこの技術を急速に輸出・展開しており、世界各地での影響力を強めている。
Reference: Whitehouse “DEPLOYING ADVANCED NUCLEAR REACTOR TECHNOLOGIES FOR NATIONAL SECURITY” May 23, 2025.
続いて「軍施設における先進原子炉技術の配備と利用」の項目を設け、原子力発電の軍事利用も打ち出している。
The Secretary of Defense, through the Secretary of the Army, shall establish a program of record for the utilization of nuclear energy for both installation energy and operational energy. The Secretary of Defense, through the Secretary of the Army, shall commence the operation of a nuclear reactor, regulated by the United States Army, at a domestic military base or installation no later than September 30, 2028.
国防長官は、陸軍長官を通じ、施設エネルギーと作戦エネルギーの両方における原子力の利用について、記録的なプログラムを確立するものとする。 国防長官は、陸軍長官を通じて、2028 年 9 月 30 日までに、国内の軍事基地または施設において、米国陸軍が規制する原子炉の運転を開始しなければならない。
Reference: 同上。
文中で「2028 年9月30日」と期限を区切り、自らの任期中に実現することを命じている点は、極めて興味深い。
4つの大統領令に明記された施策、その背景として語られる危機意識を要約すれば、「1979年のスリーマイル島原発事故以前の強い米国を取り戻す」ことと解釈できる。「NRCの改革を命じる大統領令」で、同事故以前とそれ以降の米国原子力産業の動向を説明していることがその証左である。
米国はウラン濃縮の軍事利用で先行し原子爆弾を製造したが、第二次大戦後は原子力技術の平和利用でも世界を先導した。日本をはじめ、西側諸国の原発への低濃縮ウラン(LEU)供給を一手に引き受け、世界の原子力利用を管理した。1970年代に西ドイツ(当時)がブラジルに原発を輸出しようとした際、米国は核不拡散の観点から反対し、LEUの供給停止をちらつかせそれを断念させるほどの影響力があった7。しかし、スリーマイル島事故により、米国は原子力分野の競争力を喪失し、国際市場は中ロ両国が主導するようになった。米国内の原発で利用するLEUも海外に依存するようになり、特にロシアへの依存が高まっている(表1)。こうした国内外の現状が国家安全保障上の危機として大統領令に反映されている。
表 1:米国における低濃縮ウランの供給(単位:トンSWU)8
供給国名 | 2021年(比率) | 2022年(同) | 2023年(同) |
---|---|---|---|
米国 | 2,736(19%) | 3,876 (27%) | 4,313 (28%) |
ロシア | 3,953 (28%) | 3,409 (24%) | 4,141 (27%) |
フランス | - | - | 1,839 (12%) |
ドイツ | 1,825 (13%) | 1,763 (12%) | 855 (6%) |
オランダ | 1,583 (11%) | 1,303 (9%) | 1,217 (8%) |
イギリス | 2,366 (17%) | 1,593 (11%) | 1,021 (7%) |
その他 | 1,754 (12%) | 2,232 (16%) | 1,854 (12%) |
計 | 14,217 | 14,176 | 15,240 |
(出典)US Energy Information Administrationなどを参照に筆者作成
4.大統領令の実効性と問題点
このようにトランプ大統領による4つの大統領令は、米国原子力産業の抜本変革を目指す一方、核燃料サイクルの強化など歴代政権の政策と根本的に異なる政策も含まれる。そのため、実効性について詳細な検証が必要である。とりわけ、冒頭で挙げた主要な4つの施策を検証することは、大統領令の実効性を判断する上で重要と考えられる。以下の節でそれぞれ順に取り上げる。
(1) 原子力発電能力の引き上げ
「100GW(ギガワット)から400GWまで増やす」と言われても、それがどの程度の規模なのか、一般の人々にはイメージしづらい。発電能力1GW=1,000MW(メガワット)であり、現在世界に普及する原子炉の発電能力がおおむね1基あたり1,000MW、つまり1GWである。2050年までの25年で原子力発電能力を300GW増やすということは、現行の標準的な原子炉300基を増設、1年あたり12基ずつ着工する計算になる。小型炉を主流にする場合はその2、3倍の原子炉増設が必要である。「原子力基盤の活性化を図る大統領令」に自らの任期中に実現する項目を掲げ、トランプ大統領の本気度はうかがえる。しかし、現在、国際原子力市場を主導する中ロ両国の1年あたりの新規原子炉着工数が2国あわせて10基程度であること、上記で見たように、米国では、1978年以降の47年間で、2基しか原子炉新設の経験がなく、原子炉製造のための人材育成も十分に進んでいるとは言えないことを踏まえると、大統領令の数値目標は無謀、ごく控えめに言っても、かなり野心的に映る。
また、原発の整備は米国に限らず、民間の努力だけで実現できるわけではなく、政府の資金援助が欠かせない。そのため、議会が予算を承認しなければ実現性は見通せない。米戦略国際問題研究所(CSIS)も、長期にわたる連邦政府の資金援助がなければ大統領令は絵に描いた餅になると警鐘を鳴らす。
Without robust and consistent federal funding, the ambitions outlined in the EOs will remain largely unfilled, jeopardizing the United States’ continued global nuclear leadership.
強固で一貫性のある連邦政府資金がなければ、EOs(大統領令)に概説された野心はほとんど達成されないままとなり、米国の世界的な原子力リーダーシップの継続が危ぶまれることになる。
Reference: CSIS, Jane Nakano and Leslie Abrahams “White House Executive Orders Target Ambitious Nuclear Deployment in the United States and Abroad” June 9, 2025.
(2) NRC審査プロセスの簡素化
発電能力増強の一助として、NRCに審査プロセスの迅速化や簡素化を命じたことについても米国では論争になっている。原子力事業者から、「審査期間の予見性を高め、原子力産業の活性化に資する」との評価の声が上がる一方9、原子力安全の研究者、専門家を中心に、「米国原子力業界の信頼を失墜させ、国際競争力の低下につながる」との懸念が広がっている。
NRCは①予算、人事、許認可の権限を付与され、その決定に関し、政治や他の行政機関の干渉を受けない「政治的独立」と、②原子力安全に関する技術上の判断で電力事業者や原子炉メーカー、他の行政機関など他者に依存しない「技術的独立」を伝統とし、安全審査のプロフェッショナルとして社会的評価を得てきているが、大統領令を通じて政治が迅速化・簡素化を命じたことで、NRCのこうした独立性が脅かされるおそれがあるためである10。
この視点に立ち、カーネギー財団・Nuclear Policy Programの研究者たちはThe Hill紙に寄稿し、以下のように述べている。
The Nuclear Regulatory Commission’s credibility as a professional, independent regulator is also a major selling point for U.S. nuclear vendors seeking to win overseas contracts.
At a time when the U.S. nuclear industry is trying to achieve economies of scale to bolster its competitiveness against Russian and Chinese firms (who can offer better financing and other perks), the commission’s reputation as the gold standard in nuclear regulation is one of the few comparative American advantages...
But now — just as nuclear power nears a new dawn — is the worst possible time to damage the commission’s capacity to credibly assess and faithfully, independently and publicly report its evaluations and licensing considerations and decisions.
米国原子力規制委員会(NRC)が専門的かつ独立した規制機関として持つ信頼性は、米国の原子力関連企業が海外契約を獲得する際の重要なセールスポイントでもある。
現在、米国の原子力業界は規模の経済を追求し、ロシアや中国の企業(より良い資金調達やその他の特典を提供できる競合他社)に対抗して競争力を高めようとしている。このような状況下において、NRCが「原子力規制の最高基準」としての評価を受けていることは、数少ない米国側の比較優位のひとつだ。・・・
しかし今、原子力発電が新たな夜明けを迎えようとしているまさにこの時期に、NRCがその能力を損なわれるような事態――つまり、評価や認可に関する考慮事項と決定について信頼性を持って、公正に、独立して、かつ公開のかたちで報告できなくなるような状況――に陥ることは、最悪のタイミングであると言える。
Reference: The Hill website, Toby Dalton and Ariel E. Levite “Trump’s executive orders could endanger America’s nuclear renaissance” May 28, 2025.
同様に独立性が尊重されるはずの米連邦準備制度理事会(FRB)に公然と利下げを要求するトランプ大統領にとって11、NRCの審査プロセスに口出しすることに抵抗はないかもしれない。しかしながら、そうした政権からの干渉によりNRCが独立性を喪失し「時の政権の意向により原子炉設置の安全基準を変えられる」かのような印象が国内外に広がれば、米国原子力産業の信頼を貶めるおそれがあることには留意が必要だろう。
(3) 核燃料サイクルの強化
核燃料サイクル技術は使用済み核燃料からプルトニウムを抽出し、燃料として再利用することを基幹とするが、核兵器への転用のおそれがあり、非核保有国の日本を含む核燃料サイクル実施国にとって機微な問題である。核保有国の米国にとっても同様であり、核不拡散の観点から、国際的に核燃料サイクルを規制するとともに、国内でも凍結するよう求める超党派の意見がこれまでも議会に寄せられてきた。大統領令にあるように、命令から240日以内にエネルギー長官が核燃料サイクルを含めた国家政策を提言し、それを受けて議会が関連法令の改正を行うかどうか、予断を許さない。
米国はかつて再処理の先進国であり、1960年代には、民間会社が再処理工場を稼働させた。1970年代に入ると、米国は再処理技術の軍事転用を懸念し、核保有国と、高い民生用原子力技術を有する国(日本を含む)で「原子力供給国グループ」(NSG)を発足させ、再処理技術の移転規制を含む核拡散防止政策を展開した12。1977年に政権の座に就いたカーター大統領は国内においても再処理政策の凍結を決め、以降の政権も党派に関係なくこの姿勢を踏襲してきた。バイデン政権下の2023年には、超党派でNational Security Memorandum (NSM) 19と呼ばれる法律を成立させ、ホワイトハウスは法律に則った米国の基本方針を以下のように説明した。
it is the policy of the United States to:
1…
3 Focus civil nuclear research and development on approaches that avoid producing and accumulating weapons-usable nuclear material and enable viable technologies to replace current civil uses of these materials;以下の取り組みを米国の方針とする:
1…
3 兵器に使用可能な核物質の生産と蓄積を回避し、実行可能な技術が現在のこれらの物質の民生利用に取って代わることを可能にするアプローチに、民生用原子力の研究開発を集中させる。
Reference: The Whitehouse “FACT SHEET: President Biden Signs National Security Memorandum to Counter Weapons of Mass Destruction Terrorism and Advance Nuclear and Radioactive Material Security” March 2, 2023.
こうした背景から、核燃料サイクルの本格再開、強化は行政の一存で進められる政策ではないことが分かる。核不拡散において世界に模範を示すよう主張する勢力は超党派議員で構成されており、彼らを説得し、核燃料サイクル推進への協力を得るのは容易ではないと考えられる。
(4) 小型原子炉の軍事基地への設置
原子炉を陸上の軍事基地に設置することは、空母や潜水艦に原子炉を搭載するのと異なる。仮に原子炉への軍事攻撃により放射性物質の漏洩が起これば、周辺住民を含め、非戦闘員への付随的被害の拡大を免れないためである。
国際人道法であるジュネーヴ諸条約第一追加議定書13の第56条は、非戦闘員への損失発生の防止を重視し、第1項で、「危険な力を内蔵する施設」として、ダム、堤防、原子力発電所の三つを列挙し、これらの施設への軍事攻撃の禁止を定めている。原発が内蔵する危険な力とは、言うまでもなく、放射性物質の漏洩である。
Works or installations containing dangerous forces, namely dams, dykes and nuclear electrical generating stations, shall not be made the object of attack, even where these objects are military objectives, if such attack may cause the release of dangerous forces and consequent severe losses among the civilian population. Other military objectives located at or in the vicinity of these works or installations shall not be made the object of attack if such attack may cause the release of dangerous forces from the works or installations and consequent severe losses among the civilian population.
危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない。これらの工作物又は施設の場所又は近傍に位置する他の軍事目標は、当該他の軍事目標に対する攻撃がこれらの工作物又は施設からの危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には、攻撃の対象としてはならない。
しかし、この第56条は第2項に例外規定がある。
2. The special protection against attack provided by paragraph 1 shall cease:
(a)…
(b) for a nuclear electrical generating station only if it provides electric power in regular, significant and direct support of military operations and if such attack is the only feasible way to terminate such support;2 1に規定する攻撃からの特別の保護は、次の場合にのみ消滅する。
(a)…
(b) 原子力発電所については、これが軍事行動に対し常時の、重要なかつ直接の支援を行うために電力を供給しており、これに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合。
つまり、軍事基地に原子炉を設置すれば、国際人道法の保護規定を外れる可能性が高く、攻撃対象となり得る。米国は第一追加議定書を批准しておらず、大統領令の作成にあたり、同議定書に配慮した形跡は見られない。大統領令は今のところ、「国内の基地に」と設置場所を限定しているが、日本を含めた同議定書の批准国に存在する米軍基地にも原発を設置する意図を表明すれば、議論を呼び起こすだろう。
5.おわりに:日本の向き合い方
ここまでの分析から明らかなように、トランプ大統領の大統領令は、米国原子力産業の再興、国際原子力市場での競争力復活といった趣旨を超越している。なりふり構わないように見える原子力推進は、連邦政府の予算配分の点で、再生可能エネルギーをはじめ他のエネルギー源の普及策と整合性が取れるのか、取れない場合、原子力を優先するのか、など、米国内で今後議論が展開されるのは必須である。国外でも、原子力安全規制の原則の崩壊、核拡散の懸念を想起させる内容を含んでいる。あらためて大統領令の中身や背景を要約し、日本がどのように向き合うべきかを最後に考察したい。
- (1) トランプ大統領は国際原子力市場において、米国が競争力を喪失し、中ロ両国が台頭する現状を国家安全保障上の危機と認識している。
- (2) 米国の原子力産業の再興が国家安全保障を強化すると考えている。
- (3) 具体的目標として2050年に原子力発電能力を現行の4倍に引き上げることを目指す。
- (4) 実現に向けた手段として、原子力規制委員会(NRC)に審査プロセスの短縮を命じるなど、安全審査の独立性が危ぶまれる項目がある。
- (5) また、核燃料サイクルの強化を掲げたことは、党派にかかわらず歴代米国政権が重視してきた核不拡散の方針の転換を意味する。
- (6) 原子炉の軍事基地への設置は国際人道法の保護対象から外れる恐れがあり、非人道的な武力攻撃を引き起こしかねないとして、国際社会の懸念を惹起するおそれがある。
原子力利用をめぐる国際情勢は近年、複雑さを増している。2022年のウクライナ戦争後の化石燃料の価格上昇やそれに伴うエネルギー安全保障政策の見直し、そして脱炭素電源として原子力が見直されつつあることで、これまで原子力民生利用の実績のない中東や東南アジアにも原子力発電が拡大する様相を呈している。わが国でも、2011年の東京電力福島第一原発事故以降続いてきた脱原発の動きから、原発の最大限活用へと政策転換が起きている。さらには、戦時下における原子力施設への攻撃がタブーでなくなった現実がある。この複雑な状況にさらに混乱を加えるような要素を多く含むトランプ大統領令と日本はどう向き合うべきだろうか。
日本はウラン濃縮に必要な遠心分離機の製造技術を持ち、米国が先進型原子炉と呼ぶ原子炉のうち、小型炉に必要な特殊な核燃料の製造技術も有している。また、核燃料サイクル政策を放棄せず、使用済み核燃料再処理工場の稼働を目指している。2025年7月に合意した日米関税協議において、ホワイトハウスが公表した「Fact sheet」に原子力関連の項目は含まれていないが14、こうした技術に米国が着目し、日本との協力を模索することは十分に考えられる。その場合、原子力について軍事転用が可能な機微な技術との認識を有し、国際原子力機関(IAEA)と協力して核の拡散防止に取り組んできた日本は、原子力の平和利用と軍事利用の区別を明確にしたうえで、米国との技術協力を行うのか、どのように行うことができるのか決断を迫られる。その時に向けた検討が必要だろう。
また、大統領令が原子力規制当局の審査プロセスに干渉した事実を日本は重く受け止めるべきである。日本においても原子力の安全審査が長引き、再稼働まで10年超におよぶ事例もあり、規制行政への批判は存在する。だからと言って、高度な専門知識が要求される原子力利用において、規制当局の独立性を侵害し、政府の一存で原子力利用のあり方が規定されるようになれば、安全を担保できないばかりでなく、軍事転用など核の拡散防止上も重大な問題を引き起こしかねない。民主国家でない国々を含め、これまで原子力をエネルギーとして利用してこなかった国々にも原発の設置が進む中、トランプ大統領令に見られる規制当局の独立性を侵害するような姿勢を他国に悪用されるおそれを忘れてはならない。日本は新たに原子力利用を始めた国々の規制人材の育成などを通じて、規制当局の独立性こそが原子力をエネルギーとして安全に、社会の信頼を得る形で利用できる前提であることを国際社会に広く訴えるべきだろう。
(了)
- US Department of Energy “9 Key Takeaways from President Trump’s Executive Orders on Nuclear Energy” <https://www.energy.gov/ne/articles/9-key-takeaways-president-trumps-executive-orders-nuclear-energy>(accessed on July 16, 2025)(本文に戻る)
- 同上。 (本文に戻る)
- 拙稿「原子力発電用ウラン燃料の自給化の試み:トランプ2.0の動向に関心」(笹川平和財団米国政策コミュニティ論考)2025年1月17日。 <https://www.spf.org/jpus-insights/uspolicy-community/spf-amuspolicy-community-documents-03.html> (本文に戻る)
- DOE “Pathways to Commercial Liftoff: Advanced Nuclear” September, 2024. <https://gain.inl.gov/content/uploads/4/2024/11/DOE-Advanced-Nuclear-Liftoff-Report.pdf> (accessed on July 16, 2025) (本文に戻る)
- 日本貿易振興機構(JETRO)ビジネス短信「米スリーマイル島原発を再稼働、マイクロソフトに発電全量を供給」2024年9月24日。<https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/09/5e27ca3e80052b28.html>(2025年7月16日閲覧)(本文に戻る)
- 日本原子力産業協会「2025世界の原子力発電開発の動向」 <https://www.jaif.or.jp/inf/wnpp/> (2025年7月16日閲覧)(本文に戻る)
- 津崎直人『ドイツの核保有問題~敗戦からNPT加盟、脱原子力まで』2019年3月、昭和堂、pp. 262-278. (本文に戻る)
- SWUはSeparative Work Unitの略であり、分離作業単位の意味。ウラン濃縮において天然ウランから濃縮ウランを製造する際に必要な作業量を示す指標として用いられる。原子力百科事典ATOMICA。<https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_125.html> (2025年7月16日閲覧) (本文に戻る)
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- 鈴木達治郎、城山英明、武井摂夫「安全規制における『独立性』と社会的信頼―米国原子力規制委員会を素材として」『社会技術研究論文集』第4巻、2006年12月、pp.163-164. <https://www.jstage.jst.go.jp/article/sociotechnica/4/0/4_0_161/_pdf> (2025年7月18日閲覧) (本文に戻る)
- NHKウェブサイト「トランプ大統領 FRBを異例訪問 改めて利下げを要求」2025年7月25日。<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250725/k10014873961000.html> (2025年8月20日閲覧)(本文に戻る)
- 津崎直人『ドイツの核保有問題~敗戦からNPT加盟、脱原子力まで』pp. 262-278. (本文に戻る)
- 武力紛争における傷病者、捕虜、戦時下の非戦闘員の保護を目的に、第二次世界大戦後の1949年、ジュネーヴ諸条約が採択された。その後、軍事技術の発達などで攻撃の形態が多様化したことに対応し、戦時下における具体的な保護対象などを定めた第一追加議定書が1977年6月、国連人道法外交会議で採択された。日本は2004年に批准している。日本軍縮学会『軍縮辞典』(信山社、2015)など参照。(本文に戻る)
- Whitehouse website “Fact Sheet: President Donald J. Trump Secures Unprecedented U.S.–Japan Strategic Trade and Investment Agreement” July 23, 2025. <https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/07/fact-sheet-president-donald-j-trump-secures-unprecedented-u-s-japan-strategic-trade-and-investment-agreement/> (accessed July 25, 2025)(本文に戻る)