SPF笹川平和財団
SPF NOW ENGLISH

日米関係インサイト

  • 米国議会情報
  • 米国政策コミュニティ
  • VIDEOS
日米グループのX(旧Twitter)はこちら
  • ホーム
  • SPFアメリカ現状モニター
  • 第2次トランプ政権の外交・防衛(3) ―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(前編)―
論考シリーズ | No.184 | 2025.9.11
アメリカ現状モニター

第2次トランプ政権の外交・防衛(3)
―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(前編)―

森 聡
慶應義塾大学法学部教授

この記事をシェアする

2025年7月の日米合意では、日本側は、経済安全保障面での協力強化のための対米投資、アメリカからの輸入拡大、そして日本による非関税措置の見直しといったカードを切り、それと引き換えにアメリカが課す最恵国待遇(MFN)税率を含む相互関税と自動車・自動車部品関税を15%とし、半導体・医薬品については、仮に分野別関税が課される場合には日本を他国に劣後する形で扱わないという約束を取り付けた1。鉄鋼・アルミ関税は50%のままとなった。日本政府はこの投資を単なる投資ではなく、アメリカにおける戦略産業のサプライチェーン構築という経済安全保障のフレームワークの中に位置づけたが、当初この合意をめぐっては、両国間の理解の齟齬の有無を含めて様々な不確実性をはらんでいるとする批判的な評価が目立った。日本でもたれているトランプ大統領に対する不安感や不信感が噴出した一幕であったが、その後アメリカ側の事務手続き上のミスがあったことなどが明らかとなり、ひとまず騒ぎが一段落した。

その後合意文書の署名までまたひと騒動あったが、米国時間9月4日付の大統領令で自動車・自動車部品関税や相互関税については、15%未満の品目は既存の関税率を含め一律15%に、15%以上の品目には上乗せされない「特例措置」が講じられ、航空機・航空機部品については相互関税や分野別関税が適用されないことが確認された。また、米側の求めに応じて、①5,500億ドルの日本の対米投資イニシアチブに関する了解覚書(MOU)では、米商務長官が主宰する投資委員会が、日米両国の関係者が参加する協議委員会と調整を行った上で米大統領に投資案件を推薦し、大統領が投資案件を選定することとされた。もし日本側が資金を出さなければ関税の引き上げもあり得るとされたほか、②半導体・医薬品については、仮に分野別関税が課される場合には、日本をEU等第三国に劣後する形で扱わない(半導体関税については最恵国待遇の適用)、また日本産の航空機・航空機部品には相互関税も分野別関税も課さないという両国のコミットメントを再確認する共同声明を発出した。

日本は、トランプ関税をめぐる交渉と合意によって日米関係の不安定化を回避することにひとまず成功した。石破政権が退陣し、次期政権の下で今後の焦点は安全保障へと移っていくことになると思われる。そこで本稿では、まず日本が置かれている国際環境を確認し、日本にとってのアメリカの戦略的価値をいま一度見定めた上で、今般の関税合意の政治・外交上の意義を論じ、今後の安全保障面での課題について展望し予備的に考察したい。なお、日米関税合意が日本にもたらす経済的な影響については経済専門家による分析・評価に委ねるべきなので、以下ではもっぱら政治・外交上の見地から合意の意義を論じる。

国際システムにおける日本の立ち位置

日本にとってアメリカは依然として経済及び安全保障の分野において最も重要な国である。日米がこれまで築き上げてきたアメリカとの関係の緊密さを示すデータは枚挙に暇がないが、ここでは世界経済における日本の相対的な比重と、日本を取り巻く安全保障環境を確認し、現在いかなる状況下でアメリカと向き合わなければならないのかを明確にしておきたい。

まず経済からみると、2024年のGDPランキングで日本は世界第4位の位置にあるが、世界のGDPに占める日本のGDPの割合は約4%である。1990年に日本のシェアは約14%を占めていたので、この三十余年でその相対的比重は1/3程度にまで低下した。欧州連合はだいたい同じ期間に約27%から約18%へと2/3程度に縮小している。これに対して中国のGDPシェアは、約2%から約17%まで8倍強に拡大した。そして世界のGDPに占めるアメリカのGDPのシェアは、1990年に約26%であったが、その後若干の浮き沈みがあったものの、2024年においても約26%を維持している。なお、購買力平価(PPP)ベースで1990年から2024年への世界のGDPに占めるシェアの変化をみると、日本は約9%から約3%へ、欧州連合は約25%から約14%へ、中国は約4%から約19%へ、アメリカは約22%から約15%へと変化している。(ちなみに、PPPベースだとロシアは2024年に約3.5%となる。)2日本は、経済規模において約5~6倍のアメリカと交渉を行ったということになる。

2008年のグローバル金融・経済危機以降、世界におけるアメリカの相対的衰退は、国際政治・経済の一大テーマとなってきた。アメリカの国際的な影響力はたしかにかつてと比べれば後退したのは間違いない。しかし、2030年においてもアメリカは引き続き世界最大の需要国であり続けるとの見通しもある。他方で、日本は今後も人口減少に直面するのみならず、生産性を大きく向上させるような明るい展望を切り開けずにいる。

こうした状況で、日本にとってアメリカは依然として不可欠な経済的パートナーである。貿易についてみれば、2023年にアメリカは日本の輸出相手国としては第1位(20.1%)であり(第2位は中国で17.6%)、輸入相手国としては第2位(10.5%)である(第1位は中国で22.1%)3。また投資については、日銀の統計によると、2020年から2024年にかけての海外直接投資収益の割合は、対中投資収益が約16%から約9%に低下したのに対し、対米投資収益は約20%から約26%へと上昇している。同じ期間の製造業の直接投資収益の割合については、対中投資収益が約25%から約13%に低下しているのに対し、対米投資収益は約17%から約20%に上昇している4。つまりアメリカは、日本にとって重要な経済的利益の源泉であり、距離を置くべき相手ではない。

また、日本を取り巻く安全保障環境は引き続き厳しいままである。詳細には立ち入らないが、中国は核・通常戦力を強化し続けているのみならず、台湾を軍事・経済・情報の各領域で威圧し続け、南シナ海や尖閣諸島でも威圧・侵入行動を繰り返し、ロシアとの連携を深めながら我が国周辺で軍事活動を活発化させているのは周知の通りである。北朝鮮による核・ミサイル開発を含む軍事的能力は、ロシアからの軍事技術の提供でさらに強化されている可能性も指摘されている。本年1月20日以降、世界の注目がトランプ大統領の動静に集まっているが、中朝露がもたらす安全保障上のリスクは微塵も低下していないどころか増しているともいえる。日米同盟の強固さが日本及びインド太平洋地域、ひいては世界の平和と安定にとって未だかつてないほど重要な意味を持つに至っており、力による現状変更を抑止するうえでアメリカが必要不可欠な存在である事実に変わりはない。

こうした趨勢の中で、トランプ大統領はアメリカが地盤沈下を起こしているという理解の下、アメリカファーストと称される独特の意識(拙稿「第2次トランプ政権の外交・防衛(1)―抑制主義者と優先主義者の安全保障観と同盟国へのインプリケーション」参照)に基づいて、対外経済関係や同盟関係の再編を進めようとしているのであり、今般の日米関税交渉もそうした再編の一環として行われたという理解が必要であろう。

日米それぞれの交渉環境

日本を取り巻いていた諸事情

日米関税合意は、こうした日米間の非対称な経済規模や大きな経済的な潮流の中で実施されたばかりでなく、さらに交渉がこじれれば、経済のみならず安全保障分野にまで悪影響が及ぶ潜在的なリスクがあった。日本にとって必ずしも有利とはいえない次のような条件の下で交渉が行われたという事実を踏まえた評価が必要であろう。第一に、世界におけるGDPシェア4%の日本が25%のアメリカに条件闘争を挑んだ。相手は脱価値的な対外認識を有するトランプであり、「価値の共有」による優遇や手加減は見込めなかった。しかも自動車産業という、アメリカの象徴的な製造業にかかわる関税を引き下げるという高いハードルに直面した。

第二に、日本は相互関税発動の凍結期限を突き付けられた状態で条件闘争に挑んだのであり、時間的な制約がある中でバーゲニングチップを見つけてそれをいかに巧みに使うかがシビアに問われた。自動車に関する追加関税などはすでに発動されており、さらに相互関税がひとたび発動されてしまえば、日米双方で経済的な損害がさらに拡大し、相対的に一層大きな打撃を受ける日本がその状況から脱するために一層大きな妥協を迫られていた可能性もあった。また、石破政権と与党は、7月20日に参議院選挙があったため、交渉の妥結を急ぎすぎれば、努力もせずに諦めるのかと批判されて政治的打撃を被るリスクがあった。こうした政治的思惑がどこまで交渉に影響したかは不明であるが、「妥結の窓」は事実上、参院選挙直後の7月21日から相互関税の凍結期限の8月1日までの短い期間に開いていたのであり、そこで取れるものを取る必要が生じていたのではないかと思われる。

第三に、今回の関税交渉は、基本的に経済と安全保障が切り分けられて進められた。しかし、もし期限までに交渉を妥結させることができなければ、トランプは日本に圧力をかけるために相互関税の発動に踏み切るのみならず、安全保障面で日本の不安を煽って揺さぶりをかける発言を行っていた可能性も排除できなかったはずである。トランプが関税交渉の開始前後の時期に、安全保障分野における日米関係は不平等だという、かねてからの発言を繰り返したのは、日本側に早期妥結を促す圧力をかけるための発言だったと考えられる。期限までに交渉を妥結させていなければ、この種の圧力行使のための発言がエスカレートするリスクが高まっていた可能性があり、そのようなリスクを回避する必要も日本側の交渉力を制約する要因となっていたかもしれない。トランプが圧力行使のつもりでも、同盟の一体性を損なうような発言がひとたび行われれば、それは同盟の信頼性を損なうことになるため、回避されなければならなかった。

米国を取り巻いていた諸事情

無論、トランプも相互関税の発動を回避したい思惑を持っており、アメリカ側が一方的に優位だったというわけでもない。第一に、アメリカの主要な貿易相手国である日本との経済交渉が決裂して相互関税の発動に至ってしまえば、トランプがいくら関税収入が増えると強弁しても、アメリカで物価高を引き起こす要因が増えることになる。しかも他の貿易相手国との交渉も決裂して関税合戦が多発すれば、トランプ政権が不利な形勢に追い込まれるリスクもあったため、表向きは強気の姿勢をとりながらも、できるだけ相互関税発動前に交渉を妥結させたかったはずである。

第二に、トランプ政権にとっての本丸は中国であり、ベトナムやメキシコといった国を介した中国からの迂回輸出を原産地規則の検認強化で遮断するとともに、日本やEUなどとの経済交渉を妥結させて貿易関係の安定化を図り、重要鉱物資源の対中依存という弱みを抱えつつも、対中経済交渉をできるだけ不利ではない状況下で進めたいという思惑もあったであろう。第三に、いわゆるエプスタイン・ファイルをめぐる騒動でアメリカ国内で強い批判を浴びていたトランプ大統領としては、国内外で各種の成果を上げて、世論の注意を逸らしたいという思惑もあったかもしれない。

交渉の詳細な事実の検証は、将来の両国政府文書の公開を待たねばならないが、現時点では、以上のような思惑をもって日米がそれぞれ交渉に臨んだと推察される。日本は守るべきものを守るとともに、関税は引き下げないという原則的な立場を堅持し、投資というトランプを納得させるぎりぎりの譲歩をぎりぎりのタイミングで差し出し、トランプも交渉をなるべく難航させずに国内で「勝利」を吹聴できるような交渉成果を早期に刈り取るべく、日本側と手を打った。トランプ政権側にも事態の悪化を回避して成果を刈り取りたいとの思惑があったからこそ、交渉を妥結させて成果としたいラトニック商務長官らが、日本側に一定の協力を行うファシリテーターとしての役割を果たし得たといえよう。

以上を踏まえれば、7月の日米合意は、両国がそれぞれ前述した構造的・状況的な要因に拘束されながら、自らの譲歩を最小化し利益を最大化する条件をめぐってせめぎ合う交渉の中で見出された結果であるといえる。そもそもこの種の経済交渉においては、当事国がお互いに100%納得のいく結果を出すということはあり得ないし、日本側の譲歩がアメリカ側の譲歩よりも大きかったとしても、それは上記のような環境に照らせば、やむを得ない帰結、あるいは得るべくして得た帰結だったといえよう。不平等な合意であるとか、より良い合意が可能だったなどとする主張は、いかなる方法でどれほどマシな合意が可能だったかを示す必要があるが、そのような議論を説得力をもって行うことは難しいだろう。

同盟管理という観点からみた評価

最近では、日本が対外関係を多様化するとともに自律性を高めるべきだとする議論が流行っており、首肯すべき点もある。しかし、先に述べたように、日本にとって少なくとも安全保障分野でアメリカに代わる同盟相手はいない。アメリカとの経済関係も、いくら不透明さや不確実性があったとしても、依然として重要である(後述するように経済・技術の分野では、欧州諸国などとの関係強化が模索されるべきであろう)。一方トランプ大統領は、グローバリズムやリベラル国際主義がアメリカを消耗させたとする見方に立って、アメリカの対外関係を再編しようとしており、同盟国や諸外国をみる眼は、明らかに歴代の大統領や第1次トランプ政権とは異なる。トランプは一国主義的そして脱価値的な視点から同盟国の重要性を見直そうとしており、そこには少なくとも二つの尺度があるように思われる(森聡「トランプ脱価値外交に向き合う」、『外交』2025年5・6月号参照)。

第一の尺度は、当該同盟国がアメリカにいかほどの経済的恩恵をもたらしているかというものである。①アメリカ製品を購入して貿易不均衡の是正に貢献しているか、②アメリカに投資して労働者の雇用増大に貢献しているか、そして③対中技術流出規制で協力しているか(NVIDIAによる半導体の対中輸出利益15%の政府への上納が異例の措置となるのか常套化するのかは、引き続き注視する必要がある)といった観点から同盟国を「査定」する。同盟国による貢献が十分だと判断すれば、当該同盟国の重要性は再確認されるし、不十分だと判断すれば、トランプにとって当該同盟国の重要度は低下する。それでも庇護を求める同盟国は、トランプに大きな見返りを要求されるリスクが高まる。

第二の尺度は、その同盟国がアメリカに安全保障リスクをもたらしているかというものである。政権内の抑制主義者(一国主義者)は、外国の紛争にアメリカが「巻き込まれて」、アメリカが甚大なコストやリスクを負うことを忌避しているので、同盟国がアメリカを紛争に巻き込むリスクを減らすために努力しているか、紛争防止に貢献しているかを重視する。一方、優先主義者(対中タカ派)は、インド太平洋地域における中国の地域覇権阻止という戦略目標の下、アメリカが甘受可能なコストとリスクで同盟国を防衛できる程度にまで同盟国が防衛力を整備しなければ、アメリカの同盟国に対する防衛コミットメントは信頼性を持ちえないし、そもそも同盟国を防衛するためにアメリカが国力を大きく消耗させるのは本末転倒、という考え方を持っている。ヘグセス国防長官は、4月に国防総省内で国防戦略暫定指針を通達し、今秋にもコルビー国防次官が中心となってまとめた約80ページにも上る国家防衛戦略を国防総省内で策定するともいわれているが、本土・西半球の防衛を最優先目標とし、中国による台湾侵攻の抑止を重要目標として位置づけるとみられる。したがって、インド太平洋地域では、同盟国・パートナー国との防衛協力を促進する一方で、台湾や同盟国・パートナー国自身による防衛力の強化を強く迫り、協力・支援と圧力という両面的なアプローチがとられていくとみられる。ただし、大統領の対中姿勢は軟化しつつあり、対中タカ派がいるから安心できるというような状況ではない(このインプリケーションは後述する)。

今般の日米合意は、上記の第一の尺度、すなわちアメリカにとっての同盟国の経済的価値という物差しをクリアする内容になったのではないだろうか。ホワイトハウスの事実上の対外発表にあたる7月23日付のファクトシート5は、この合意を「歴史的な取引」と称し、「日米関係の強さ」の顕れとしたほか、「今般の合意は、単なる貿易協定ではなく、アメリカ人に恩恵をもたらす日米経済関係の戦略的再編である」としている。もともとトランプ大統領は、既存の貿易関係が「不公正」だという独自の問題意識から出発しているため、そうした問題が是正され、いまや日米経済関係がアメリカに利益をもたらすものだということを国内向け、特にMAGAや支持基盤に向けて謳ったということは、日米関係の安定化に資する重要な意義がある。

また、ファクトシートには次のような文言が含まれている。「この合意は、両国が経済的繁栄、産業面でのリーダーシップ、そして長期的な安全保障に共通してコミットしていることを再確認するものである。これは、日米同盟がインド太平洋地域の平和の礎であるだけでなく、世界の成長とイノベーションの原動力でもあるという強力なシグナルを発している。」今般の合意が経済分野のものであるにもかかわらず、「長期的な安全保障」へのコミットメントや、「日米同盟がインド太平洋地域の平和の礎である」ことに言及していることは示唆的であり、大変重要な意義があるといえる。

対米ディール外交の戦略的含意

日本が交渉を通じて上記のような文言をホワイトハウスから引き出せたことは外交的な成果として特筆されるべきであり、同盟管理という観点から成功だったと評価できる。一国主義的な対外関与姿勢をとるアメリカに対して自国を売り込むアプローチは、「抱きつき戦術」などと揶揄されがちだが、そこにはいくつかの戦略的な含意があることに留意すべきである。

第一に、対米ディール外交に代わる有効な戦略はない。前述の通り、欧州諸国その他同志国とは経済・技術分野で協力でき、安全保障分野でも防衛産業やサイバー・宇宙などで協力する余地はあるかもしれないが、対中抑止でアメリカの代わりになる国はいない。また、「日米同盟と同志国協力を超えた地域安全保障枠組み」を提唱する向きがあり、それは対中関係の改善を示唆するものであるが、そこには2種類の問題があることに注意する必要がある。まず地域安全保障問題をめぐって日本が中国との関係を本質的に改善するということは、中国が国際ルールに反し、威圧行動などを通じて追求している安全保障上の利益を日本が受け入れるということを意味し、そのような政策について日本で国民的な支持は形成しえない。また、日本が対米不安を抱える状況下で中国に接近すれば、それは中国にとって外交戦術面からみて理想的な展開となり、日本に大きなリスクが生じる。例えば、中国が日本国内に立ち込める対米不安を奇貨として表面的には対日関係を改善しながら、日本による「離米」と「対中依存」を促進して、日米間に十分な溝ないし距離ができたところで、強圧的な姿勢に転じて日本に安全保障・経済・技術分野で様々な譲歩を迫るといった展開がありうるかもしれない。このとき中国が対米関係を改善していれば、日本はいっそう難しい状況に追い込まれる。日米関係が悪化した状況下で中国に圧力をかけられるということは、日本が中国の追求する様々な安全保障・経済・技術上の利益の受け入れを迫られることを意味する。したがって、アメリカを信用できないから中国に接近しようといった発想に立つ外交は、泥舟以外のなにものでもない。無論、中国との関係を安定化させる外交努力は必要不可欠である。しかし、対中関係を本質的に改善するということが日本にとってノーリスクないしノーコストであるという暗黙の前提を置く議論には注意すべきである。

第二に、アメリカが国内政治上の要因に突き動かされて一国主義的な姿勢を強めていく状況が中長期的に続くとすれば、それは同盟国にとって大きな不利益となる。このため、アメリカ国内の一国主義的な政策を唱える主体に対して、同盟国と相互依存関係を持った方が彼らの利益に適うという理解を、多層的な対米パブリックディプロマシーを組織的に展開して、首脳レベルから草の根レベルまで浸透させる必要がある。これまでアメリカが同盟国を戦略的資産とみなしていたため、日本や他の同盟国は対米関係のメンテナンスで「下駄」を履いていたといえる。日米が互いに相手を戦略的資産とみなす状況は理想的ではあるが、アメリカの対外関与姿勢が変容し、これまでの「下駄」がなくなったからもうアメリカには頼れないなどという考え方は、シビアな利益本位・力本位の国際関係に向き合う外交から逃げているだけで、そのような発想でいると、おそらくその他諸国との外交もうまくいかないだろう。価値の共有と信頼に裏打ちされた外交関係は理想だが、価値やルールを共有しなくなった相手に、それはひどいと嘆いたところで何の解決にもならない。換言すれば、価値やルールは共有している相手との間でこそ意味を持ち機能を発揮するのであって、共有しない相手との間では意味はないし機能もしない。しかし、価値やルールの共有という外交基盤が失われたからといって、その相手と外交をやらなくていいということにはならない。別種の外交をしなやかに展開する必要がある。

第三に、日本が「見捨てられる恐怖」を緩和させるために対米関係を緊密化させても、トランプやヴァンス、MAGAがそれに見合った形で日本への防衛コミットメントを比例的に強化しないのではないかという懸念は正当なものだが、まさにその問題をどう超克していくかが同盟国に問われている。いわゆる同盟のジレンマ論は、同盟国間に発生する「見捨てられる恐怖」と「巻き込まれる恐怖」のトレードオフの関係(「見捨てられる恐怖」を緩和するために同盟相手との関係を緊密化させると、同盟相手との一体性が高まるが、それと引き換えに、その同盟相手が独自に抱える紛争に「巻き込まれる恐怖」が高まってしまう一方で、その「巻き込まれる恐怖」を緩和するために距離を置くと、今度は同盟相手に「見捨てられる恐怖」が高まってしまうという関係)を指摘するが、これは力がほぼ拮抗する同盟国間で生じる力学である。大国と中小国との間に結ばれる非対称同盟においては、大国に「見捨てられる恐怖」を緩和するために中小国が大国との関係を緊密化させても、大国は中小国との同盟への依存度が相対的に低く、安全保障の自律性が相対的に高いので、大国が中小国の防衛コミットメントを強化するとは限らないとされる。しかし、これはあくまで理論的なモデルであり、中小国が大国を、自国に有利な形で巻き込むことが可能であることは、米イスラエル関係や米英関係の歴史をみれば分かる。カギとなるのは、大国が中小国を重要な利害のからむ存在とみなす構造と環境を平素からの取り組みによって作り出しておくということであり、対米ディール外交の核心は、有事の際の同盟外交の基盤を平時に整備しておくことにあるといえよう。

第四に、トランプ大統領は今のところ習近平国家主席との経済分野のディールに集中しているが、対中取引外交が地域諸国の各種利益を損なわないようにするためには、日本だけでなく、アメリカの他の同盟国も、トランプ大統領と良好な関係を保つ必要がある。トランプの脱価値外交は、力を背景とした利益追求・配分を本質としており、中国(そしてロシア)と同盟国・パートナー国が地域安全保障をめぐって対峙すると、紛争当事国の安全保障上の利益を、トランプなりの紛争当事国間のバーゲニングパワーの相対比に関する目算に基づいて配分しようとする可能性がある。このことはすなわち、中国(やロシア)とアメリカの同盟国は、安全保障上の利益の配分をめぐって競合状態に入りうるリスクが生まれつつあることを意味している。すなわち、同盟国の首脳がトランプとディールして良好な関係を築いていなければ、トランプが中国(やロシア)への利益配分を優先しかねず、万が一そのような事態に至れば、同盟に深刻な亀裂を生じてしまう恐れがある。このような甚大なリスクを現実化させないためにも、経済分野のディールでしっかりと日本の経済的・戦略的価値をトランプとMAGAに認識させることは極めて重要である。

以上の諸点を踏まえ、後編では関税と安全保障それぞれの分野について今後の日米関係の課題について論じたい。

(後編に続く)

  1. 内閣官房・米国の関税措置に関する総合対策本部事務局「米国の関税措置に関する日米協議:日米間の合意(概要)」、令和7年7月25日、<https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/tariff_measures/dai6/250725siryou1.pdf> (Accessed on August 25, 2025) (本文に戻る)
  2. International Monetary Fund, World Economic Outlook Databaseの”GDP, current prices” <https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPD@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD>(Accessed on August 25, 2025)と、” GDP based on PPP, share of world”. <https://www.imf.org/external/datamapper/PPPSH@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD> で示されるデータに基づく。名目GDP値に基づいた類似のデータの取り扱い例として次がある。PHP総研「開かれたジャパン・ファースト宣言」、2025年2月、5頁。 (本文に戻る)
  3. 財務省貿易統計、「最近の輸出入動向」、<https://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/time_latest.htm> (Accessed on August 25, 2025) (本文に戻る)
  4. 日本銀行統計、直接投資(業種別・地域別、目的別)―直接投資収益・年次改定値反映済データ、<https://www.boj.or.jp/statistics/br/bop_06/bpdata/index.htm> (Accessed on August 25, 2025) (本文に戻る)
  5. Fact Sheet: President Donald J. Trump Secures Unprecedented U.S.–Japan Strategic Trade and Investment Agreement, The White House, July 23, 2025. <https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/07/fact-sheet-president-donald-j-trump-secures-unprecedented-u-s-japan-strategic-trade-and-investment-agreement/> (Accessed on August 25, 2025) (本文に戻る)

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  • 森聡「第2次トランプ政権の外交・防衛(3)―日米関税合意の意義と今後の安全保障面での課題(後編)
  • 森聡「第2次トランプ政権の外交・防衛(2)―ロシア・ウクライナ戦争をめぐる停戦外交とそのインプリケーション―」
  • 森聡「第2次トランプ政権の外交・防衛(1)―抑制主義者と優先主義者の安全保障観と同盟国へのインプリケーション―」
  • 渡辺将人「カマラ・ハリス 3つの悩み:民主党史上最強の『ドリームチーム』か脆弱な『パッチワーク』か」
  • 渡辺将人「『トランプ党』完成化とケネディ支持派のリバタリアン合流」
  • 渡部恒雄「10月7日ハマスのイスラエルへのテロから一年:中東と国際秩序は危険水域に入った」
  • 森聡「カマラ・ハリスの外交課題」
  • 西山隆行「J.D.ヴァンスの副大統領指名と共和党のトランプ党化、その限界」
  • 森聡「ロシアによるウクライナ侵略とアメリカ(1)」
  • 森聡「インド太平洋におけるバイデン政権の対中バランシング―最近の主な取り組みと日本の課題―」
  • 中山俊宏「アメリカをめぐる4つのナラティブと国際主義」
  • 中山俊宏「ヒルビリー・エレジー的言説がどうしても必要だった理由」

この記事をシェアする

+

+

+

新着情報

  • 2025.09.12

    NEW

    第2次トランプ政権の外交・防衛(3) ―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(後編)―

    第2次トランプ政権の外交・防衛(3) ―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(後編)―
    アメリカ現状モニター
  • 2025.09.12

    NEW

    第2次トランプ政権の外交・防衛(3) ―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(前編)―

    第2次トランプ政権の外交・防衛(3) ―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(前編)―
    アメリカ現状モニター
  • 2025.08.21

    原子力推進に関するトランプ大統領令を読む:米国の狙いと日本への影響

    原子力推進に関するトランプ大統領令を読む:米国の狙いと日本への影響
    米国政策コミュニティの論考紹介

Title

新着記事をもっと見る

ページトップ

Video Title

  • <論考発信>
    アメリカ現状モニター
    Views from Inside America
    Ideas and Analyses
    その他の調査・研究プロジェクト
  • <リソース>
    米国連邦議会情報
    米国政策コミュニティ論考紹介
    その他SPF発信の米国関連情報
    VIDEOS
    PODCASTS
    出版物
    日米基本情報リンク集
    サイトマップ
  • 財団について
    お問い合わせ
  • プライバシーポリシー
  • サイトポリシー
  • SNSポリシー

Copyright © 2022 The Sasakawa Peace Foundation All Rights Reserved.