J.D.ヴァンスの副大統領指名と共和党のトランプ党化、その限界
西山 隆行
トランプ党化した共和党
2024年米国大統領選挙の行方を考える上で、7月以降の展開は、人々の想像を超えるものだった。共和党大統領候補のドナルド・トランプがペンシルヴェニア州で演説中に銃撃された後、トランプは副大統領候補にJ.D.ヴァンスを指名し、共和党の全国大会はトランプの下での団結を強調した。
2024年の共和党大会は、共和党がトランプ党化したとの印象を強める機会となった。同大会では、共和党で長らく強調されてきたテーマが登場することがほとんどなかった。人工妊娠中絶と同性婚の問題、銃の権利、そして、ロナルド・レーガンの名前すら、出てくることは稀だった。党大会の初日には、全米最大級の労働組合である全米トラック運転手組合(チームスターズ)のショーン・オブライエン委員長が演説を行ったし、副大統領候補に指名されたヴァンスは演説で「ウォール街の御機嫌とり」はもうこりごりで「労働者のために尽くす」と発言し、減税も小さな政府も主張しなかった。積極的対外関与やテロとの戦いについての言及もなかった。新自由主義やネオコンなど、レーガン以降の共和党を特徴づけてきた立場とは一線を画す姿勢が鮮明になった。
実は2024年大統領選挙に向けて、共和党は必ずしも団結してきたとは言えない状態にあった。予備選挙の段階でトランプ勝利が明確になった後にも、ニッキー・ヘイリーに対する献金が集まっていたことは、それを象徴する事態だった。だが、銃弾がトランプの右耳をかすめただけで終わり、顔に血の付いたトランプがシークレットサービスに抱えられて立ち上がってこぶしを突き上げた姿が映し出されたことによって、事態は一変した。トランプは暗殺未遂の危険を潜り抜けた強い指導者であるとともに、神が味方しているという印象も生まれた1。このような状態で迎えた全国党大会では挙党体制が作り上げられてトランプに対して異論をはさみにくい雰囲気となった。結果的に、亀裂が表面化する可能性もあった共和党がトランプ党化することを容認せざるを得ない状態となったのである。
何故ヴァンスを指名したのか?
共和党のトランプ党化を象徴的に示していたのは、副大統領候補にヴァンスが指名されたことである。一般的に副大統領候補は、選挙戦を有利に展開する観点から、大統領候補の足りない部分を補い、チケット(党の公認候補者)全体のバランスをとる観点から選ばれることが多い。とりわけ、地理的な観点からマサチューセッツ州出身のジョン・F・ケネディが南部出身のリンドン・ジョンソンを選んだり、イデオロギー的な観点からボブ・ドールが保守派のジャック・ケンプを選んだりしたことがあるが、これらが一般的なパターンだと考えられてきた。
この戦略は選挙を有利に進める点では効果的だが、とりわけイデオロギー的なバランスを重視して副大統領が選ばれた場合、大統領と政策的に折り合いが悪くなる結果として、副大統領が大きな役割を果たせなくなることも多かった2。これに対し、1992年大統領選挙でビル・クリントンがアル・ゴアを副大統領に選んでからは、副大統領の選抜方法は変化した。クリントンとゴアはそれぞれアーカンソーとテネシーという南部州出身であったし、イデオロギー的にも共にニュー・デモクラットであった。これは、大統領候補が自らの政策的立場をよりわかりやすく国民に訴えかけるとともに、当選後の政権運営方針を明確化する上で役立ったといえるだろう3。
トランプがヴァンスを副大統領候補に選んだのは、年齢上のバランスをとること(高齢と批判されるトランプに対しヴァンスは40歳)、また、ヴァンスがラストベルトの一角を占めるオハイオ州選出の上院議員であることを考えれば、理に適っている面もある。だが、選挙戦を有利に展開するという観点からは、女性や黒人、中南米系などを副大統領候補に指名する方が合理的なはずである4。トランプ支持者は副大統領候補が誰であろうとトランプに投票するであろうことを考えれば、彼の訴えが届きにくい属性を持つ有権者にアピールすることのできる人物を候補に選ぶのが、選挙戦を有利に展開する上では得策だったはずである。
だが、トランプが選んだのは、白人で、トランプ以上にトランプ的と評されることもあるヴァンスだった。ヴァンスは、ラストベルトと呼ばれる地域における製造業の衰退とその社会的影響、そして2016年大統領選挙でトランプに投票した白人労働者層が抱いていた心情を描き出したとされる『ヒルビリー・エレジー』の著者であることを考えれば(ただし、ヴァンス自身は執筆当時はトランプを支持していたわけではなく、トランプをヒトラーになぞらえていた)、その選択は、選挙時の支持母体を拡大するというよりは、ある種の原点回帰の意味があったといえる。自らの掲げるメッセージをより鮮明にして岩盤支持層への訴えを強化するとともに、自らの政治的遺産を築こうという観点がより強く出されたものだと言えるだろう5。
ヴァンスは海兵隊の任務を4年務めて6奨学金を獲得し、オハイオ州立大学に進学した。そして、イェール大学の法科大学院に進んだ後、ベンチャー企業で財を成したエリートである。ベストセラーとなった『ヒルビリー・エレジー』を書き上げた力もあり、トランプが思いつきのように述べる様々な発言に、一貫性と理論的根拠を与える能力がある。トランプの息子たちや投資家のピーター・ティールがヴァンスに魅了されて彼を副大統領候補に推薦したとされるが、ヴァンスの能力は、上述したようにトランプ陣営が岩盤支持層に訴えかける際に有益であろう。
トランプが共和党の政治家を含む政治家一般に対して脅威なのは、その破壊力である。トランプが仮に2024年大統領選挙に勝利した場合、2年後の中間選挙で勝利したいと考える共和党議員はトランプからの批判を避けるためにも2年間はトランプにおもねった発言をするだろう。だが、2026年中間選挙が終わってトランプ政権がレームダック化すれば、共和党内でトランプに異論を呈する動きが登場するかもしれない。だが、トランプがヴァンスを自らの継承者と位置付けて政権運営に際し重要な役割を担わせ、2028年大統領選挙の共和党候補としての基礎を築かせるとすれば、トランプ主義が共和党内で完全に定着する可能性が出てくるだろう。
ねらいは成功したか?
だが、トランプのねらいが期待通りの成果を上げているかについては、若干の留保が必要である。例えばヴァンスは、2021年にFOXニュースの『タッカー・カールソン・トゥナイト』のインタビューで、カマラ・ハリスら出産経験のない女性のことを「子どものいない惨めな人生を送るキャットレディ」と表現し、民主党の将来は子どものいない人々によって支配されていると発言したりしたことが掘り返され、多くの批判を浴びることになった。それを受けてヴァンスは、子どもと家族の重要性を強調するのが狙いだったと自らの発言を正当化している。
米国の保守派は、1960年代以降、「家族の価値」を長らく重視してきた。ヴァンスの発言はそれを踏まえてのものであろうが、軽率だと言われても仕方のない面がある。例えば、人工妊娠中絶に反対する保守派は、望まずに妊娠した場合でも中絶せずに子どもを産み、養子に出して新たな家族を作るよう提唱することがある。また、保守派の中に同性婚を容認する人がいるが、それは、近年の米国で結婚を望まない人が増える中で、LGBTQの人が家族を作ろうとしていることを評価しているためである7。共和党支持者の女性の中にも、子どもに恵まれなかった人、夫の連れ子を育てている人は当然存在するだろう。
ハリスには義理の息子と娘がいて、夫の前妻であるカースティン・エムホフはハリスが子どもたちにとって良い母親であると発言している。また、ハリスの継娘であるインフルエンサーのエラ・エムホフはインスタグラムのストーリーで、「コールと私という可愛い子どもがいるのに、どうして子どもがいないと言われるのか」とした上で、「私は3人の両親を愛している」と記している。このようなハリスに対してもヴァンスが批判的なコメントを出したことは、民主党支持者のみならず、共和党支持者の間からの反発を招いても当然だろう。
共和党の全国党大会終了後、トランプは民主党候補と目されていたジョー・バイデンに対して支持率で差をつけ、「もしトラ」が「ほぼトラ」「確トラ」に変化したと日本でも報道されるようになった。だが、民主党候補がバイデンからハリスに代わるとともに、ヴァンスの発言に対する反発などもあって、現在ではトランプとハリスが支持率上互角の戦いとなっている。特に、ハリスが副大統領候補にティム・ウォルズを指名して以降の調査では、ハリスがリードしていることもある。大統領選挙の結果を決めるのは支持率ではなく大統領選挙人の数ではあるが、支持率は選挙戦の結果を占ううえでも参考にされる指標である。一般的に党大会の後にはその政党に対する支持が盛り上がることを考えれば、トランプ陣営とすれば、民主党の副大統領候補が発表されておらず、民主党の全国大会がまだ開催されていない段階でこの状態となることは予想していなかっただろう。
2024年大統領選挙でトランプが勝利することができなくなれば、共和党のトランプ党化を進め、自らのレガシーを残そうとするトランプの試みは、その道を阻まれることになるだろう。ヴァンスを副大統領候補に指名したことが吉と出るか凶と出るか、今後の展開に注目したい。
(了)
- 選挙に際して最大の動員力を誇る宗教右派が、2016年大統領選挙に際してトランプの下に結束したのは、1973年のロー対ウェイド判決で認められた人工妊娠中絶の権利を覆すためだった。トランプが同年7月にフェデラリスト協会が作成した保守的な法律専門家のリストを自らが大統領に就任した場合の連邦最高裁判所判事の候補者リストとして提示していたため、トランプのためというよりは、保守派判事を連邦最高裁判所に増やしてロー判決を覆すために団結したのだった。だが、2022年にドブス判決でロー判決が覆された結果、宗教的右派はトランプの下に団結する必要性が低下していた。このような状態の中で、トランプに対する暗殺未遂事件が起こり、トランプに神の加護があるとの印象が生まれたことは、トランプが宗教右派の支持を獲得する上で大きな意味を持つと考えられる。(本文に戻る)
- フランクリン・ローズヴェルト大統領によって副大統領に選ばれたハリー・トルーマン、J.F.ケネディによって選ばれたリンドン・ジョンソンは共に連邦議会の実力者だったが、副大統領になってからは共に存在感を低下させた。(本文に戻る)
- アメリカの副大統領については、西山隆行「〈トランプ氏が副大統領候補を選出〉歴代最も活躍した副大統領は?その役割や歴代の功績」WedgeONLINE、2024年7月16日 、<https://wedge.ismedia.jp/articles/-/34462> (accessed on August 23, 2024)(本文に戻る)
- ヴァンスの妻はインド系である。人口が増大しつつあるアジア系に対するアピールを可能にする要因ともなりうるだろうが、マイノリティ対策を重視するのであれば、より人口規模の多い中南米系のマルコ・ルビオや、黒人のティム・スコットを副大統領候補に選出する方が効率的だろう(アジア系は全体でも人口の5%程度しかいない)。(本文に戻る)
- トランプがこのような選択をした背景には、バイデンが民主党の候補を辞退することはなく、バイデン相手ならば自らは確実に勝利することができるだろう、という思いがあったのかもしれない。(本文に戻る)
- トランプが必ずしも退役軍人らと良好な関係を築いていないことを考えれば、ヴァンスの海兵隊での経歴はプラスになるかもしれない。 (本文に戻る)
- 同性婚を認めたオバーゲッフェル判決の判決文を書いた連邦最高裁判所判事のアンソニー・ケネディは、保守寄り中道派と位置付けられることの多い人物だった。彼は判決文の中で、家族の重要性を強調している。(本文に戻る)