第2次トランプ政権の外交・防衛(3)
―日米関税合意の意義と今後の日米関係の課題(後編)―

森 聡
前編で指摘したように、トランプ大統領には、「良い同盟国」に関する新しい定義がある。それは、①その同盟国がアメリカとの貿易不均衡を是正し、投資を行って製造業を振興して、労働者の雇用増加に貢献し、アメリカに十分な経済的恩恵をもたらしているかという経済の尺度と、②その同盟国が防衛力を強化し、紛争の防止に貢献して、アメリカにもたらす安全保障リスクを十分低下させる努力を払っているかという安全保障の尺度である。以下では、これら経済の分野と安全保障の分野で今後課題となり得る点について論じる。
今後の課題その1―投資・関税
第一に、5,500億ドル(約80兆円)の出資・融資・融資保証は、日米双方にとって重要な戦略産業に投資して製造拠点の整備を進め、サプライチェーンの強靭性を向上させるという観点から重要な意義を有する。他方、トランプは8月5日のCNBCのインタビューで、日本による投資について、「野球選手が契約時に受け取る契約金のようなものだ。私たちの資金であり投資のための資金だ」などと発言した。また、投資から生まれる収益を日米が1対9で分けると説明したりして、日本側で不安を惹起した。後者は全体の1~2%にあたる出資部分から上がる収益を日米が1対9で分けるとする了解事項を、詳細に触れずに説明しており、この発言がアメリカ国内向けのアピールであったのは明らかであろう。今般のMOUでは、JBICによる融資資金などの元利金の返済が終わるまでは投資プロジェクトからの利益は日米が折半すると整理されたと伝えられている。前者の発言についても、トランプが国内向けのアピールを意識して発言しているとみるべきであろう。ラトニック商務長官は、これまでも日本企業が参加しない投資案件も想定されるといったような事を述べている。現実的に考えれば、日米合意のスキームの中で投資案件を検討する際には、まず日本企業が参加しうる事業から検討していくはずである。事実、アメリカ側関係者で構成される投資委員会は、日米関係者で構成される協議委員会(日本側からは日本政府やJBIC、日本貿易保険などが参加すると伝えられている)と議論を行った上で大統領に投資案件を推薦し、大統領が案件を選定することになった模様だ。仮に日本企業が参加しない投資案件をアメリカ側が提起するとすれば、それは日米協議委員会で対応ぶりを検討し調整を図ることになろう。
案件選定の際に重要となるのは、日本による出資・融資・融資保証が、日米のサプライチェーンの強靭性を向上させる、ないし日米の経済安全保障に貢献するという原則が全うされるということであり、個別案件ごとにこの点をそのつど確認していくことがボトムラインとして必要となろう。日本にとってなによりも重要なのは、2029年1月を目標に、半導体、医薬品、金属、重要鉱物、造船、パイプラインを含むエネルギー、人工知能(AI)・量子コンピューティングなどの分野で日本がアメリカでどれほど巧みに意味のあるサプライチェーンを張り巡らせることができるかであり、協議委員会では、日本側から投資案件を積極的に提起していくアプローチが望まれる。
また、個別の投資案件が具体化され実行段階を迎える際には、日本の投資がいかにアメリカの製造業や労働者に恩恵をもたらしているかを、各種のメディアを活用して、できるだけアメリカ国内で大々的にプレイアップしていくべきである。大規模工事着工などの機会があれば、大統領や政権閣僚、日本の駐米大使らが参加するセレモニーの機会を設け、主要メディアも招いて日本の投資をアピールし、MAGAや共和党を含むアメリカ社会に広く、日本がアメリカの製造業や労働者にとって重要な存在であるという認識を打ち込んでいくべきである。その際には州政府の協力も欠かせないであろう。
第二に、関税にまつわる各種協議は今後も行われる可能性があり、そのための体制や準備を整えていく必要がある。いまなお通商拡大法232条に基づく調査が行われている分野があり、それらの分野で新たな関税が適用される可能性が高い。8月1日には、50%の関税が銅の半製品など(銅の鉱石とスクラップは対象外)に課された。今後は調査対象となっている木材、半導体・半導体製造装置、医薬品・医薬品原料、トラック、加工済み重要鉱物・製品、商用航空機とジェットエンジン、多結晶シリコン、無人航空システムとその部品・構成品について、新たな個別セクターの関税が課される可能性がある。赤沢大臣は、「今般の日米間の合意では経済安全保障上重要な半導体と医薬品について、将来的に分野別関税が課される際もわが国がEUなどの第三国に劣後する扱いとはならないこととされている」として、8月上旬の訪米時にもこの点を確認したと説明している。日本が影響を受ける分野でセクター別関税が課されれば、影響の大きさに応じて個別分野での協議・交渉が必要となるかもしれない。
当面の課題その2―安全保障
目下、アメリカが中長期的に「抑制(Restraint)」のグランドストラテジーを追求し、世界における安全保障上の役割を縮小させる傾向が続くのではないかとの見通しが散見される。そこには、単にアメリカが軍事的資源を特定の地域に集中させるというだけでなく、今後のアメリカの政権は政党を問わず、核保有国を当事国とする地域紛争が発生した際には、エスカレーションのリスクを避け、さらには直接介入そのもののリスクを回避する姿勢をとるのではないかという懸念が顕れている。この問題はアメリカの国内政治、ひいては政党内の政治とも密接にからむ問題であるが、そうした「抑制」の対外関与姿勢に関する懸念が現実化する可能性がどの程度あるかは不明なものの、「抑制」が超党派的な傾向として鮮明になっていく可能性を排除できない以上、中長期的なシナリオの一つとして想定すべきであろう(森聡「アメリカの『抑制』のグランドストラテジーの超党派性―抑止力と同盟国へのインプリケーション」、加茂具樹編著『ウクライナ危機以後』東洋経済新報社、2025年、59―108頁)。
以下では、日本の防衛費の水準、台湾有事への対応、米軍駐留経費といった当面の課題を取り上げるが、それらの課題への取り組みを検討するにあたっては、アメリカが中長期的に「抑制」のグランドストラテジーへと移行していく可能性も念頭に置くべきである。そこで日本に問われるのは、対中抑止という同盟の戦略的機能において日米が果たす役割・責任の相対的な比重ないし重心が、アメリカから日本に漸次移行していく潮流が顕れてきたときに、日本はアメリカや同志国との防衛協力を強化しつつ、地域安全保障における自らの役割をどこまで拡大すべきと判断するかということであろう。換言すれば、①日本による防衛力の抜本的な強化、②日米同盟の強化、③諸外国との安全保障協力の強化という3本柱の相対的な比重について、②を続行しつつ、①と③にこれまで以上に注力するようなアプローチをとっていく必要が生じている時に、対中抑止という目標の下で、方法と手段をいかに拡充するかということと、アメリカとの軋轢を生まないようにしながら、日本国内での世論の支持と理解を調達し、この過程をいかに管理するかということであろう。これはおそらく、日本の国家安全保障概念の地平を切り拓くような意識改革も必要とするであろうから、多くの議論が巻き起こるだろうが、ロシア・ウクライナ戦争の停戦の難しさやアメリカの政治・外交の不透明な先行きなどを踏まえて、冷静に道筋を見極める必要がある。したがって、防衛予算や台湾有事、米軍駐留経費といった安全保障分野での課題への取り組みは、単にトランプやMAGAを納得させるという観点を超えて、こうした中長期的な展望と戦略的な決断に立って進められるべきであろう。以上を踏まえた上で、トランプ政権を相手に当面直面する課題について述べてみたい。
防衛予算増額と防衛力強化
第一に、防衛予算の水準をめぐる課題がある。ヘグセス国防長官は、2025年5月31日のシャングリラ対話において、「NATO諸国は、GDPの5%を防衛に費やすことを確約し、ドイツですら確約しました。ですので、北朝鮮も含めて、欧州よりも大きな脅威に直面しているアジアの主要同盟国が、それ以下の国防支出に留まるというのは、欧州諸国からみても納得がいかないはずです」と述べ、インド太平洋地域のアメリカの同盟国は、「速やかに防衛力を強化すべきです」と述べた1。中国や北朝鮮を抑止するためには、これまで以上の防衛力の強化が必要との認識に立った発言である。こうした認識はその後も政権内で持たれているようであり、トランプ政権としては、日本に対GDP比3.5%の防衛予算を非公式に打診したという報道もある。
一方で日本政府は目下、防衛力を抜本的に強化すべく、2023年度から2027年度までの5年間で43兆円程度を防衛力の整備に充てる計画に基づいて様々な取り組みを進めている。石破首相は、本年3月の参院予算委員会で、「日本の防衛費は日本が決める。他国に言われて決めるものではない」と述べ、林官房長官も「金額やGDP比ありきではなく、大事なのは防衛力の中身だ」と記者会見で説明した2。
ここで問われているのは、日本自身が現行の計画を前倒しで見直すのか、2028年度以降も視野に入れた上で、防衛予算の水準をどこまでどのような形で引き上げるのかということである。能力の整備と予算の水準・達成目標時期という諸要素に関する戦略上および政治上の判断が求められている。
日本としては、2022年12月のいわゆる安保三文書採択以降の国際安全保障環境の変化を踏まえて、現行の戦略と予算の修正を検討することになると思われる。その際には、前述した中長期的な戦略環境の展望も踏まえる必要があるかもしれない。これまでの国際環境の変化や今後の展望、さらに為替レートの変化などを踏まえれば、上方修正する必要が確認されることになるであろうが、どの程度の予算水準をいつまでに達成するかを検討するに際しては、いくつかの大きな考慮が必要になると思われる。
まず防衛予算と安全保障関連予算を合算する現行スキームを踏襲し、インフラ整備や研究・開発など、日本に経済的効果がもたらされる予算部分を手厚くして、「防衛対非防衛」という二項対立的な緊張関係がなるべく先鋭化しないようにする工夫が必要となるだろう。国民負担という観点からも、広い範囲で「防衛と経済の好循環」を作り出すアプローチを具体化して、それを国民に分かりやすく説明する政治的リーダーシップが求められる。こうした考え方は、すでに防衛省の取り組みにも表れ始めている。
また、防衛力を強化していくにあたっては、引き続き人的要因が重要な意味を持つことになる。短期的には人材確保が制約要因として立ちはだかるため、人員を大幅に増やさずとも運用可能な能力ないしそれを構成するシステムや技術に重点的に投資するアプローチが求められるかもしれない。この観点から、無人システムやスタンドオフ防衛能力などは重点的な予算配分の対象となるであろうし、すでにそのようなアプローチがとられている。。しかしその一方で、中長期的にはAIやサイバーなどを活用する先進的な能力の運用・維持には高度人材が必要となるので、然るべき昇任経路を設けて手厚い待遇を提供し、組織的に人材を育成・登用するアプローチも必要になる。無論、自衛官の処遇全般を改善する既存の取り組みを強化し続ける必要もある。加えて防衛力を整備していくにあたって、防衛省が締結しなければならない膨大な数の契約を処理するキャパシティを定員面・システム面で強化することも必要になるだろう。
さらに、アメリカの防衛コミットメントを確保しつつ、前述したような中長期的な展望に立って日本自身がインド太平洋地域のセキュリティプロバイダーとして、同盟による抑止に基づいた現状防衛の責任を主体的に担っていくという観点から、また防衛予算の対GDP比の水準について、欧州諸国(3.5%+1.5%)や台湾(5%)、韓国(3.5%)が増額を打ち出している情勢も踏まえれば、政治的・実務的なハードルは高いだろうが、例えば10年後までに対GDP比3.5%という防衛予算の水準を目標にすることは排除されるべきではないだろう。NATOでは全加盟国の今年度の防衛予算が対GDP比2%を達成する見通しとなっており、2%という数字は下限となった感がある。ただ、日本が防衛予算を増額するとしても、それはトランプ政権に言われたからやるのではなく、日本政府による現下の、そして今後の戦略環境の精緻な分析と評価に基づいて、日本自身が防衛力のさらなる強化と防衛予算のさらなる増額を必要とする判断に依るべきで、それが対GDP比何%であれ、その判断を宣明し実行に移すべきである。その際には、日本自身による日本とインド太平洋地域の平和と安定へのコミットメントを顕示する政治的な意義があるということも勘案した判断が下されることになるであろう。政府当局が今後必要となる防衛力を整備する計画と予算を策定するとともに、経済的な効果を見込める安全保障面での政府の取り組みを具体化し、安全保障関連予算として計上する現行の2階建てのアプローチが今後も必要になるのではないかと思われる。
なお、対中抑止においてアメリカの存在が必要不可欠であるのは言を俟たないが、前述の通り、そのアメリカには現在、各同盟国による防衛努力が十分か不十分かという尺度に基づいて同盟国がもたらすリスクを測る政権が誕生している。換言すれば、トランプ政権は「不十分」な防衛力しか持たない同盟国はアメリカを紛争に巻き込む安全保障リスクの高い相手とみなし、アメリカが甘受可能なコストで防衛するのは困難とみなす。したがって日本やアジアにおけるアメリカの他の同盟国は、アメリカが納得する形で防衛力を強化することによりアメリカの防衛コミットメントを確保し、もって同盟の抑止力の信頼性を担保する必要に迫られている。インド太平洋で同盟国を防衛するというアメリカの戦略的意図に信頼性がなければ、日米両国間や同志国間でいくら防衛協力を進めても、確かな対中抑止力を発揮しえない。アメリカと同盟国との間に、適正な防衛力をめぐって摩擦が生じるということは、抑止力の劣化を意味するため、避けなければならない。だからこそ日米双方で意思疎通を良くしながら必要な準備を進め、安全保障分野で日米両国が協力を強化する了解をまず事務レベルで静かに整えたところで2+2など、閣僚レベルの協議を実施すべきである。定例開催にこだわるよりも、合意形成を優先すべきであろう。
台湾有事を巡る防衛協力
第二に、台湾有事対応策をめぐる防衛協力の課題がある。日米間でこれまで進められてきた防衛協力上の取り組みは、引き続き進められていくとみられる。自衛隊の統合作戦司令部と在日米軍の統合軍司令部との指揮・統制面での調整、日本の反撃能力の運用をめぐる連携、南西諸島におけるプレゼンスの向上、領域横断的な演習・訓練の拡充、ISRと情報分析に関する協力の促進、サイバー・宇宙・電磁波・情報戦を含む領域横断作戦に関する協力の強化、サイバーセキュリティ及び情報保全面での取り組みの強化、互恵的な共同生産を含む防衛産業協力の促進、アメリカの同盟国同士及び地域諸国との多国間協力の拡充などが進められている。
2025年7月12日の英紙報道によれば、アメリカ国防総省(9月5日付で戦争省へと改称)が日本とオーストラリア両国の防衛当局に対し、中国が台湾に武力侵攻した際の役割を明確にするよう求めた。抑止力を強化するためには、有事に対処する体制を整備する必要がある。ひとくちに台湾有事といっても様々な展開があり得るので、シナリオごとにアメリカとその同盟国・パートナー国がどのような役割を果たしうるのかを明確にすることは、対処策を具体化し実効性を高めていくうえでは重要な第一歩となろう。したがって役割をめぐる協議では、実際の有事に際して関係国がとりうる単一の対処策のセットにあらかじめ政治的にコミットすることを目指すといったことよりも、場合分けされた様々なシナリオの下で、日米豪それぞれが果たしうる役割の幅を特定し、互いに相手に期待しうる役割の範囲を確認することによって、いざ危機や有事が発生した際に、「味方によるサプライズ」が生じにくくするための意思疎通を図ることに第一義的な狙いが置かれるべきであろう。アメリカと同盟国が危機や有事に果たしうる役割を一定の幅として相互に理解できれば、そうした役割の中で実行しうる任務やそれに必要な能力をめぐるさらに突っ込んだ検討や協議が可能になるはずであり、それは抑止力の強化に結びつくはずである。こうした相互理解の深化は、有事に際して、実際に相手がとる行動が、相手に対する事前の期待から乖離し、互いに予想外の事態に直面するリスクを回避するという観点からも重要だと考えられる。
在日米軍駐留経費
第三に、トランプ政権が在日米軍駐留経費負担額の増加を求める可能性がある。在日米軍駐留経費負担に係る最新の特別協定は、2022年4月1日から2027年3月31日までが対象期間となっており、年平均で約2,110億円、5年間で総額約1兆551億円となっている。近年、同盟強靭化予算という通称の下で、①労務費、②光熱水料等、③訓練資機材調達費、④訓練移転費などが含まれているほか、⑤提供施設整備費も含まれている。もしトランプ大統領が再び増額を求める場合には、まさに同盟強靭化に貢献する投資を行うという観点から日本側がアメリカ側の関係当局と協力して積極的に事業予算を組み立てるべきであろう。例えば、⑤は在日米軍の即応性・抗堪性強化に資する事業に投じる予算であるので、自衛隊による部隊分散のための在日米軍基地の共同利用を念頭に、米軍基地施設の抗堪性を強化するために予算を投下し、建設事業を地元企業が請け負う形をとることなどが考えられよう。また、③は自衛隊と米軍の相互運用性の向上に資する訓練資機材の調達に関する経費であるので、自衛隊と米軍が共同で利用可能な領域横断作戦の演習・訓練用の最新の資機材の導入などに充てることができよう。さらに、④はアラスカを訓練移転先の対象とした各年度負担となっているが、移転先の増加や移転の加速のために予算を増額することも検討できるかもしれない。
いずれにせよ、在日米軍駐留経費負担は、日本側がアメリカ側に一方的に支払うといったスキームではなく、同盟の強靭化という戦略的な目的を追求するのに資するスキームへと進化を遂げているので、ここでの増額要求は、一見してアメリカが見返りを要求しているかのように映るかもしれないが、実態は同盟の強化なので、消極的な姿勢をとるのではなく、むしろ積極的な姿勢をとるべきであろう。
おわりに
以上のように、日本はまず関税というトランプ大統領が強いこだわりを持つ分野で最初のハードルを乗り越え、これから安全保障分野でもハードルを越えなければならない。それは日本自身の戦略的な判断に基づく取り組みとして理解されるべきである。実務的には過酷な取り組みになるであろうが、政治的なリーダーシップが発揮されれば乗り越えられないハードルではないと思われる。トランプ大統領の「アメリカファースト」や「力による平和」は、たしかに不安と不信を同盟国にもたらすが、トランプへの関与をためらってディールから逃げれば、かえってそのような不安や不信が現実化していくリスクが高まるという事実を直視すべきであろう。不確実性の高さを覚悟しつつも、対米関係をできるだけ安定化させつつ、同盟を進化させる外交努力と防衛努力を果敢に展開していく必要がある。
アメリカが一国主義的な傾向を強めるなら、日本が対米外交・防衛努力をしても仕方がないので、日本はアメリカとの関係を相対化するために対外関係を多様化すべきだ、などといった抽象的な議論もあるが、それなら今アメリカが提供しているものを他国から獲得するために払わなければならない外交・防衛上の取り組みとそれに伴うコストとリスクを具体的に示す必要がある。しかし現時点における離米論・疑米論は感情論の域を出ず、具体的な算段のない選択肢にしか見えない。
逆説的だが、脱価値的な大統領の下でアメリカの対外関与姿勢が一国主義的な傾向を強めているからこそ、日本や他のアメリカの同盟国は外交・防衛努力を一層粘り強く展開しつつ、自国の防衛力と同志国との連携を強化する必要が生じている。国際ルールや規範の訴求力が相対的に低下した世界で生き抜いていくためには、ルールを共有できる様々な相手と信頼関係を結びながらも、ルールを共有できない相手に対しては、力を背景に利益を追求する取引関係を持たざるを得ない。日本と他のアメリカの同盟国は、力による政治的・領域的な現状の変更を阻止し、現状を守るために、それを下支えしてきた自衛力と同盟、同志国の取り組みを新しい形で強化する戦略的適応を求められている。本稿は、たまたま自民党総裁選に向けたレースが始まった時期に脱稿することになったが、総理・総裁候補の方々には、国家観と外交戦略を論じる際に、日米同盟をどのように舵取りしていくべきかについての持論を明確にしていただきたいと思う。
(了)
- U.S. Department of Defense, “Remarks by Secretary of Defense Pete Hegseth at the 2025 Shangri-La Dialogue in Singapore,” May 31, 2025, <https://www.defense.gov/News/Speeches/Speech/article/4202494/remarks-by-secretary-of-defense-pete-hegseth-at-the-2025-shangri-la-dialogue-in/> (Accessed on August 25, 2025) (本文に戻る)
- 「『日本の防衛費は日本が決める』石破首相、米側の増額要求に」、共同通信、2025年3月5日、<https://news.yahoo.co.jp/articles/d5d42fc8384bc235a604a077206e1ed816b50ce0>(Accessed on August 25, 2025)(本文に戻る)