「トランプ党」完成化とケネディ支持派のリバタリアン合流
渡辺 将人
筆者にとっては恒例の共和党支持者同窓会が8月に中西部アイオワ州で開かれた。今回も同じく、主流派、キリスト教右派、トランプ支持者のMAGA派、さらにリバタリアンとの会合である(前年の会合についてはこちらを参照)。
今回の最大の話題は、隣接州ミネソタの州知事が民主党副大統領候補に選ばれた件だったが、共和党内のゴシップは一通り包み隠さず共有し合う慣例で、今回もここに書きにくい話ばかりだった。「オバマが痩せているのは麻薬中毒に違いない」という類の滑稽な話から(ケニアのルオ族は痩せ型の遺伝子)、鋭い連邦政府批判まで彼らの議論には幅がある。議論は知的で陰謀論の飲み会ではない。主催者はプリンストン大学卒・イェール大学ロースクール出身の弁護士で、ロースクールではクリントン夫妻と同級生だったが党派は正反対だ。ティム・ウォルズについては「ハリスの父親同様、共産主義者だ」から「中国の代理人だ」まで、飛び出す情報には偏りがあり、ウォルズの中国歴については筆者にも質問が集中した1。
今回の話題は総合すると、1:共和党大会の不運、2:対外関与賛否の本音と建前、3:ケネディのトランプ支持である。
共和党大会ウイークエンドとバイデン撤退「プロジェクト」
第1の話題は、7月に開催された共和党大会の不運である。今年党大会の「先行側」だった共和党大会は、党大会直後の週末に民主党に奇襲攻撃を受けたからだ。バイデン大統領の撤退表明である。
党大会は同時に開催されない。時期をずらして行われるが、「先行」「後攻」で有利不利がある。「先行」は無条件にメディアの注目を先取りできるメリットがある。「後攻」は「先行」の話題の影に隠れ、常に「先行」との比較で語られる。その代わり、「後攻」は大成功を収めれば、そのまま本選に勢いを持ち込める。
鬼門は、月曜から木曜まで平日4日間に行われる党大会後の週末だ。日曜朝のサンデーモーニング討論番組をクライマックスに、週末は党大会の品評でもちきりになる。党大会に参加した代議員は興奮のまま全米各州に「帰還」し、地元で「武勇伝」をBBQや地域の交流で披露し、ソーシャルメディアでの党大会写真の拡散もピークになる。まさに党大会週のウイークエンドを制するものが、党大会のナラティブを制するである。
バイデンの撤退表明は7月21日、すなわち7月15日から18日までの共和党大会の余韻が残る週末の日曜だった。暗殺未遂以来、トランプが話題独占していた中、メディアでは民主党が「主役」になった。バイデン撤退表明以降、メディアは共和党大会のことを話題にしなくなった。
2008年には共和党の「奇襲」を民主党が逆に受けたことがある。オバマを指名したデンバーでの民主党大会の翌日、興奮の余韻に浸る民主党支持者に冷水を浴びせたのが、「無名の女性知事をマケインが副大統領候補に選抜」の速報ニュースだった。アラスカ州知事サラ・ペイリンである。メディアの関心はペイリン一色になり、オバマの指名受諾演説の興奮は一夜で終わった。
両党関係者は、党大会最終日からウイークエンドにかけて、スキャンダル暴露、大ニュースなどが相手陣営から放り込まれることを警戒する。民主党は暗殺未遂で神格化され党大会で勢いづく共和党に何としても隠し球を投げたかった。バイデン撤退決意がただの「衝動」ではなく、公表タイミングに関しては側近や党幹部と巧妙な計算を織り込んでいたことは、政治関係者なら誰でもピンとくる。しかも、バイデン陣営はご丁寧に予防線まで張った。公式の撤退決断の内幕物語を流布するために、一連のハリス禅譲劇でニューヨークタイムズとタンデムを組んで仕込み、独占で撤退決断の内幕スクープを書かせた2。
だが、バイデン陣営企画のようなこの記事が、かえって「仕込み感」を増した。失態を晒したディベート直後から「撤退要請」論説を出したニューヨークタイムズだが、この内幕企画記事で、民主党内では「撤退」は同紙と共謀した「プロジェクト」と揶揄されることになった。この記事の内容を普通の取材の仕方で発表当日に出せるわけがないことは少し記者をやったことがある人には分かるはずだ。記事の密度は案外薄い。バイデンが孤独に悩んだことや、ごく数名の側近や息子ら家族しか知らなかったことを強調するだけで、本質論ははぐらかした内容だった。ハリスとどのようにどこまで擦り合わせたのか(ハリスが出馬意思を固めてくれないのなら「降り損」になる)、決断のタイミングの真相については記載されていない。
民主党内で予備選にはもう時間が足りない差し迫った時期に、且つ民主党大会と本選準備に間に合わなくなるほど遅過ぎない頃、共和党大会ウイークエンド、しかも「奇襲」として日曜にぶつけるのは、絶好のタイミングとなった。バイデン撤退を望みつつもハリス即決ではない「ミニ予備選」的な儀式にこだわっていたペローシ(カリフォルニア州の連邦上院選以来ハリスと深い確執がある)らを抑え込むにはスピードが全てだった。
元大統領・元副大統領、元大統領候補が参加しない党大会?:
「トランプ党」完成化?
党大会の夜のテレビ演説の「ラインナップ」は党と陣営の「方針の代弁」でもある。2024年共和党大会で再確認されたのは、旧主流派(トランプに擦り寄る主流派が多い今、あえて「旧」と言う)の不在だった。党を代表する大物は誰か。言うまでもなく存命の元大統領と元副大統領だ。あるいはホワイトハウスに到達せずとも過去の党大会で指名された大統領候補である。利益団体などの一般市民や小物政治家については「誰が登壇させてもらえたか」がニュースだが、党の重鎮政治家については「誰が登壇しなかったか(未招待か辞退)」がニュースであり、大会の性格を決める。
民主党なら、高齢のジミー・カーターは体力問題から難しくても、ビル・クリントン、バラク・オバマ、元指名獲得者のヒラリー・クリントンを招くのは自然なことだ(その意味では、2000年に大統領になり損ねて以降、環境問題伝道師に転身しつつも党の表舞台から除外されているゴアの立ち位置は微妙)。
ところが共和党は「排除」が徹底された。ブッシュ息子大統領、その副大統領のチェイニー、ブッシュ父大統領(2018年に他界)の副大統領だったクェール、2012年大統領候補だったロムニーと副大統領候補だったライアン元下院議長が不参加だった。極め付けは、トランプ政権の副大統領だったペンスの不在だ。直近で存命の元大統領と元副大統領と大統領候補者が参加しない党大会などあり得ない。2020年のコロナ禍を挟んで、ついに「トランプ党」の完成化をアピールする大会になったと言われるゆえんだ。目立った主流派重鎮はトランプに好意的で党大会にも参加したギングリッチ元下院議長だけだった。
ブッシュ父子政権筋の反トランプ姿勢は固く、両大統領の元スタッフ数十人がハリス支持を表明していたことに加え、チェイニー元副大統領がハリスへの投票を表明した。民主党は本来ならチェイニーを「共和党の裏切り者」枠で民主党大会演説に招きたかっただろうが、民主党大会前にはハリス支持発表を保留したのはチェイニーなりの最後の共和党への愛党精神かもしれない。
逆にいえば、どんなにメディア上ではトランプと争っているように見えても、党大会で演説に招かれていれば「トランプ軍団」の一員である。ラムスワミ、ポンペオなどわかりやすいトランプ派だけでなく、一時は罵り合っていたデサンティス、ヘイリーも登壇した。スコット、ルビオ、2016年予備選で一時旋風を起こした黒人医師のベン・カーソンなど懐かしい顔ぶれも揃っていた。ギングリッチには夫妻で登壇させる厚遇だった。
もう一つ顕著だったのは、トランプ家内部のパワーシフトだ。演説を任されたのはドナルド・トランプJr.とエリック・トランプの二人の息子で、先の政権で中枢にいた娘のイバンカと娘婿のクシュナーは演説からは除外された。トランプが勝利した場合の家族内の次期政権での力関係をある程度反映している。通称「バルーン・ドロップ」と言われる天井から風船を落としてのフィナーレの家族登壇にはイバンカ夫妻も招かれ、不仲説のメラニア夫人との円満さもアピールしたのは、国王と首相を合わせたような存在である「大統領一家」として、そのくらいはする義務があるからだ。
トランプの排除の基準は、議会襲撃事件への賛否だ。クシュナー、イバンカはいずれも同事件を批判したことで遠ざけられた。ペンスと同じである。有権者もMAGAとそれ以外の共和党の根本的な分水嶺は、人種でも宗教でもなければ、労働者かどうかでもなく、あの議会襲撃を肯定しているかどうかに収斂している。これが2期目を目指すMAGAの心の絆である。
ウクライナ支援での党内分裂、イスラエル支持での党内結束
第2の話題は、「対外関与の本音と建前」である。ウクライナ政策は共和党内でも支持が分かれるが、イスラエル政策では共和党は一致して支持で固まってきた。ハマスが人質返還するまで攻撃すべきという考えだ。無論、「アメリカ・ファースト」のコスト意識からは「NATOに負担を分担せるべき」という感情(政策ではない、ある種の感情)でも一致している。9月のハリスとの初顔合わせのTVディベート対戦でトランプが繰り返した通りである。今、MAGA派やキリスト教保守派と旧主流派が同じテーブルで食事をすれば、その席上ではこれらのコンセンサスへの配慮が必須になる。ウクライナ支援からは早期に引くが他方でイスラエルへの絶対的な支援継続。この対外関与縮小と継続という、外交政策上は相反するはずの2方針は、トランプ支持のもとでは矛盾なく共存している。
ウクライナ問題で共和党の一般支持者との対話におけるロジックは「きりがない」という資源の有限性強調の他、「バイデンが息子の不正を暴かれたくないから」という党派的言説、さらにはウクライナの政権の腐敗を主張するものまで多種多様だ。ワシントンのシンクタンクや議会レベルには少なくない「中国の方が重要」という課題優先選択派は少ない。ワシントンの中では超党派で高い評価を得た岸田総理の米議会演説も、ウクライナ支援の予算通過の点では「ありがた迷惑」という感想が、共和党支持者との会合では噴出した。
だが、全体の席を離れて、(旧)主流派と差し向かいの個別会合になれば、トーンは一変する。今回の会合でも、皆での食事中は外交安保政策では黙っていた共和党州委員幹部(ヘイリー支持者)が、「ロシアに勝たせてはいけない」「ウクライナは勝利できる」と、さっきまでの沈黙と打って変わって持論を展開し始めた。いつものことだ。別日に地元の共和党候補の応援集会で筆者と隣席になったMAGA派のことも、その場を離れてバーに移動すると「お前の隣にいたMAGAは陰謀論者だ」と耳打ちもする。現在の共和党は「MAGAへの気遣い」がキーワードである。共和党愛から、党が「トランプ党」になっても共和党から離れられない旧主流派は、自説を変えているわけではないが、トランプ派と同席すると無粋なことは言わず黙るのが暗黙のルールである。大勢の場での取材と個別の意見交換では、特に地方では、まるで主張が異なるのが共和党の常識になりつつある。
ウクライナ支援では相変わらず党内分裂状態だが、イスラエル支援での一致だけは徹底している。ハマスのテロ以降のイスラエル情勢はトランプの支持基盤と党内を固める最大の追い風になっている。特筆すべきは、この件に関してはリバタリアンも足並みを揃えていることだ。筆者と16年来の付き合いの元ロン・ポール陣営のリバタリアンは、フェミニストで「プロ・チョイス」(中絶論では州に決めさせるべきという立場でトランプと同じ)だが幼少期からメノナイト派のキリスト教徒家庭で育ったことが影響し、イスラエル支持では揺らがない。孤立主義のリバタリアンは海外基地の縮小や撤退を主張するがそれは平和主義とは無関係で、純粋な対外非介入主義である。銃所持の権利を大切にする彼らリバタリアンは、自己武装のミリシアの観念が強い。海外派兵や海外の軍事基地展開にコスト意識から反対しているだけで、アメリカを強力な武力で防衛し、テロ攻撃には徹底してやり返すことを是認する。
ハマスのテロへの憎悪を最も激しく口にするのは、キリスト教保守ではなく、むしろ国土防衛に敏感なリバタリアンであることも少なくない。あれほど財政的には小さな政府論で安保的にも孤立主義でも、「イスラエル支援だけは次のトランプ政権でも続けていい。これだけは例外」と力説する。キリスト教社会のアメリカでは、リバタリアンといえども「キリスト教」信仰が政治判断に影響を与えることが少なくない。同じリバタリアンでも世俗性が強くなれば進歩派のアナキストになる。アメリカでリバタリアンが共和党に薄皮一枚繋がっているのは、財政保守的な小さな政府論という共通項だけでなくキリスト教の繋がりがある。
ケネディ支持のリバタリアンのトランプ観
第3の話題は、ケネディのトランプ支持によるリバタリアンの共和党陣営復帰の含意、である。
ロバート・ケネディ・ジュニアは名前こそケネディだが、ケネディ家からは縁切りされていて、民主党内で彼の名前はタブー化している。応援しているのは民主党支持者の別働隊ではなく、推す先がなく彷徨っていたリバタリアンである。ケネディは政策的には環境問題でリベラルな面もあり、共和党と民主党のミックスなのだが、なんといっても「ワクチンの将来的被害」に関する見解が反ワクチンのリバタリアン(彼らの全てが反ワクチンではないが割合は多い)と共鳴した。
リバタリアンが2016年にトランプを支持しなかったのは、トランプが「大きな政府」主義者に見えたこと(実際、長年ニューヨークで民主党献金者だった)、リアリティショーの司会者の延長で政治をオモチャにして自分が目立とうとしているように見えたからだった。ところが政権が始動すると、国際社会からの離脱行為や対外的な負担軽減、インフラ拡大は口にしつつも減税は断行という方針で、リバタリアン的にも一定の有言実行の納得を得た。
その結果、あくまでセカンド・ベストでトランプは第一選択ではないが、「ケネディが支持するなら、自分たちもトランプに合流し共和党に戻る」という立場を示すリバタリアンが現れている。ケネディ応援団にとってワクチンはあくまで関心事のとっかかりの一例で、それ以外では不法移民問題、情報セキュリティ問題でトランプに期待を寄せる。リバタリアンはアメリカの納税者の負担で移民を保護することには強固に反対していて、不法移民への生活支援をゼロにしない限り国境を開くべきではないと考える人が多い。また、強烈な反共、全体主義嫌悪から、近年中国嫌悪を深めている。自由主義なのにTikTokなど一部の海外アプリ規制には賛成している(禁止の理由に関しては超党派で懸念を示しているデータ流出以外にやや検証不可能かつ根拠不明なものもある)。
トランプの大麻合法化案など一連の突飛な発言は、ケネディの背後にいるリバタリアン向けのリップサービスとも見られているが、9月のTVディベートで繰り出された移民を「犯罪者」とスケープゴートにするロジック、「ハリスの父がマルクス主義者である」という点なども受けがいい。彼らは富裕で献金力があることと、信念が強くSNS拡散力があるので、頭数の票数以上の力があるとしてトランプ陣営がケネディの合流の効果に過大に期待している部分はある。
ケネディのトランプ合流に関する最大の効果は、「トランプ支持層の多元化」である。リバタリアンでトランプを支持しているグループで話題を集めた論考は「ロサンゼルス・タイムズ」に掲載された「メディアが依然としてトランプ支持者について誤解していること」(Luca Versteegen)である3。トランプ支持者を取り残された可哀想な人々として描くこと(ヴァンス的な物語:『アメリカ現状モニターNo.162参照』)を否定し、「トランプ支持者は支配的な立場を維持したいエスタブリッシュメント(しかし、人種差別的で性差別的で排他的)」と主張する論考なのだが、トランプ支持者が無教養で疎外された労働者層だという解釈に馴染まない高学歴トランプ支持者が部分的にこの論考を面白がって拡散している。
高学歴・専門職トランプ支持者たち
「陰謀論者」、というと宇宙人のような滑稽なものを無知で信じ込んでしまう現象をイメージしがちだが、ケネディ支持者のリバタリアンに特徴的なのは(これはリバタリアンをMAGA派と大まかに分ける一つの差異でもあるのだが)、平均的な教育レベルの高さである。彼ら曰く「ある意味知能が高く調べ過ぎて詳しくなり過ぎて、政府のお為ごかしの誤魔化しに嫌気がさしているタイプ」の人が集まりやすく、彼らは宇宙人を信じているような陰謀論者とは少し毛色が違う。
弁護士と開業医が多いのも特徴で、これは過激な言論が経済的な自立を条件としているからでもある(ロンとランドのポール親子も医師)。筆者の旧友は数多くの大企業相手に消費者権利の訴訟で勝訴してきた凄腕の弁護士だが、開業しているテキサスとアイオワの共和党の運営にも深く関与してきた。MENSA(上位2%のIQ会員組織)のメンバーで、MENSA限定のトランプ支持メーリングリストも存在する(もとはインド系支持者が始めた)。彼らはトランプ支持者が教育程度の低い人たちだという固定観念に極めて強い抵抗を示す。「トランプが好きなのではなく、イシューの代弁者」だという点を強調する。
曰く:
「実際にトランプの人格を好きだという人は見たことがない(メラニア夫人は好きだ)。しかし、私たちがトランプを評価するのは、彼が誰かに買収されることはないから」
「感情で投票するつもりもない。私はトランプを人間としての道徳的資質を欠いているとして嫌っているが、ハリスのことも軽蔑している。ハリスは無制限にお金を刷り、ウクライナの兵士を通じてモスクワを爆撃することに賛成し、平等を共産主義者と同じように定義している」
「社会主義者や独占企業の富、軍産複合体、製薬業界、連邦準備制度が問題」
「州の権利に対する連邦政府の行き過ぎた干渉がいけない」
「40カ国以上を旅行、これまでに3カ国に住んだ経験がある(国際性の強調)」
いつものリバタリアンの主張で変わり映えはないのだが、トランプ派への合流は、確かにトランプ支持層を多元化したように見せる効果はある。
「反ワクチン」もある種の理詰めだ。法律的には憲法修正第四条のプライバシーの保護が根拠にされている。リバタリアン派の法律家の専門誌『Liberty & Law』では2024年2月号でも大々的に遺伝子操作問題をカバーストーリーで取り上げている。mRNAワクチンは政府が個人の身体というプライバシーへの介入に該当するというのがリバタリアンの法的根拠で、副作用の有無ではなく人体への政府介入を問題視している。医学論ではなく法律論である。単純に想像されがちな「ワクチン陰謀論」とは詰めの部分の根拠で少し毛色が違う。
ケネディ自身もトランプを好んでいるわけではないが、各州で出馬の権利を奪い、ディベートからも排除した民主党への恨みの方が上回っている。民主党に一泡吹かせるためならトランプと組んでもいいというのが本音のようだ。ただ、リバタリアンの政策はトランプ時代以前の共和内でも浮いていたように、分裂要因を陣営内に持ち込む負の作用もある。
例えば、副大統領候補ヴァンスへの評価はリバタリアン内では微妙だ。共和党草の根レベルではヴァンスの「賢さ」に感心する声が強い。ラストベルトのトランプ支持者の等身大の存在というよりは、イェール・ロースクール出のエリートで、ビジネスで成功した理想の若き「成功者」のアイコンを抵抗なく賛美する(その点でヴァンスのエリート性を偽善的とする批判は共和党内では有効ではない)。
ただ、リバタリアンだけでなく古参の共和党支持者にも「喩え用のない信頼できなさ」「言語化できないが胡散臭さを感じる」と漠然とした不信感を口にする者もいる。万が一のことがあった場合に大統領になる人への信頼度として「経験の浅さ」は深刻だ。共和党ではトランプやヴァンスのような民間セクターやビジネスでの成功はすべてに勝ることから、「相変わらず民主党の政治家はビジネス経験がない」という批判で相対的にかき消されているに過ぎない。
そして共和党のトランプ「有罪問題」
共和党側の静かな悩みの種はトランプの裁判だ。有罪34件の量刑言い渡しが、選挙後の11月26日に延期された。共和党系の弁護士であっても、オフレコが条件ならば、何も策を講じないとこのままではトランプは有罪を逃れられないと認める声が大半だ。連邦法の事件については大統領権限で恩赦を自分に与えられるので問題がないが、ニューヨーク州とジョージア州の州法違反は大統領の恩赦が適用されない。このうちジョージアの件は逃げきれても、ニューヨークは有罪確定で、これをどういう方法で乗り越えるのかがトランプが勝利した場合の焦点になる。
このことに気がついている有権者は「トランプに入れてもどうせ無駄だ」と考える可能性あり投票意欲が削がれる。ハリス陣営がトランプを「犯罪者」の固定イメージで攻撃しているのは、ハリスの「元検事」というキャリア記号を際立たせる目的にとどまらず、「勝利しても収監されるのならば大統領など務まらない」というメッセージを暗に拡散するためである。トランプはハリスとニューヨーク州裁判所という二つの敵を相手に時間差で戦わなくてはならない。
「トランプは犯罪者なので投票しても無駄」という暗黙のキャンペーンに正面から争う正攻法の戦術はない。トランプ陣営としては「ハリスになれば世界が終わる」「移民の犯罪者が押し寄せてくる」と言い続けるしかない。移民こそが「犯罪者」で自分の罪など軽度なものだというサブリミナルなメッセージ効果もある。どんな質問にも「移民は犯罪者」で打ち返す「反移民一本打法」で貫いたTVディベートでのトランプはその象徴だった。
トランプはバイデンですら相手にすべき存在ではないのに、その代理のハリスなど小物であると小馬鹿にしてハリスを見ようとしなかった。ハリスは「バイデンではなく私が候補者だよ」と、対話的な論戦を対トランプで挑んでいる印象をアイコンタクトやジェスチャーで与えたが、トランプは無視した。まるでハリスを透明人間かのように扱うこの戦法は、米主流メディアでの採点では周知の通り酷評だったが、本稿で紹介したようなトランプ支持基盤は「大統領らしい風格」と評価していた。パラレルワールドである。ちなみに副大統領ディベートについては、共和党に加えて「ヴァンス勝利だった」と語る民主党穏健派も少なくない。
ハリス陣営としてはトランプが弱すぎることは好ましくない。投票直前まで「このままではトランプが勝ってしまう」という恐怖感を与え続けるには、「危うしハリス」がちょうどいいからだ。「ハリス快進撃」「ハリスが討論で勝利」という盛り上げ報道は投票率と動員の面では「ありがた迷惑」になる矛盾に現場は悩まされていた。ちょうどいい具合の「トランプとの接戦」「世論調査によってはトランプリード」が有難い。この選挙の結果でいよいよ「トランプ党」化に歯止めがきくか共和党の命運が決まる。なぜキリスト教保守がトランプを全力で支えるのかについては別稿に改めたい。
(了)
- ティム・ウォルズ氏についての筆者の見解は以下を参照いただきたい。渡辺将人「ウォルズ夫妻と中国:天安門事件の年から、広東とチベットに広がった「物語」(SPF『アメリカ現状モニター』No. 164、2024年10月10日) <https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_164.html>, accessed on Oct. 23, 2024(本文に戻る)
- Katie RogersMichael D. ShearPeter Baker and Zolan Kanno-Youngs,“Inside the Weekend When Biden Decided to Withdraw,” New York Times, July 21,2024 <https://www.nytimes.com/2024/07/21/us/politics/biden-withdrawal-timeline.html>, accessed on Oct.23, 2024 (本文に戻る)
- Luca Versteegen,“Opinion: What the media still get wrong about Trump voters,” Los Angeles Times, September 15,2024 <https://www.latimes.com/opinion/story/2024-09-15/white-men-christians-trump-supporters-psychology>, accessed on Oct. 23, 2024 (本文に戻る)