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論考シリーズ | No.188 | 2025.12.2
アメリカ現状モニター

「トランプ2.0のアメリカ」民主党編②
挙党的バイデン叩きと「嘆きの党」民主党の今を彩る3冊の「暴露本」

渡辺 将人
慶應義塾大学総合政策学部教授

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本編は「トランプ2.0のアメリカ」民主党編①迷走の民主党20年越し「デジャブ現象」とマムダニ勝利」に続くシリーズ2本目です。

民主党内で吹き荒れるバイデン批判と「イスラエル要因」

第2次トランプ政権立ち上がり後の民主党「無策の1年」、あるいは民主党「戦犯探しの1年」を彩るのは、3冊の暴露本である。NBC記者ジョナサン・アレンと議会専門紙「ヒル」の記者エイミー・パーネスによる2024年大統領選挙の記録Fight: Inside the Wildest Battle for the White House(2025年4月1、そしてCNNアンカーで政治記者のタッパーと「アクシオス」記者のトンプソンによるOriginal Sin: President Biden’s Decline, Its Cover-Up, and His Disastrous Choice to Run Again(2025年5月)2、さらにカマラ・ハリス自身による107 DAYS(2025年9月)3である。これらの3冊は、回顧録を鋭意作成中のバイデンのレガシーに水を差しただけでなく、民主党を嘆きと愚痴で満ちた負のオーラに陥れた。「嘆きの党」としてのアメリカ民主党の1年を象徴した3冊としてノミネートしたい。

だが、この3冊が刊行される前から、党内事情通や政策専門家にはバイデンへの手厳しい評価はあり、これらの本がそれを全党的に加速させた。

「副大統領としては最高の副大統領だった。だが、大統領の器ではなかった。政策が悪いわけではない。しかし、信頼がない。何か適当なことを言い、次の日には違うことを言う、口調の激しさだけ。2024年に出馬をしないと早く宣言して予備選をやらせるべきだった。一番の罪はイスラエルを甘やかしたことだ。長年の関係があるからこそ厳しくすべきで、戦争犯罪人のナタニヤフのジェノサイドに何もしなかった。それを選挙戦で踏襲したハリスも同罪だ。自分も高齢だが、人間はこの年齢になれば不安定になる。ある日は調子良くても翌日は調子が悪いこともある。そういう不安定な人間にアメリカ合衆国の大統領をさせるべきではないのだ。明らかに前々から様子がおかしかった。それにクリントンとオバマは確実に賢い(スマートな)人間ではあったが、バイデンは残念ながら賢くない。」

このコメントは民主党を長年支持してきたシカゴ大学の教授の言説で、筆者との個別の場でなされたものだ。筆者も指導を受けたことがあるジョン・ミアシャイマーではなくリベラルな外交史家である。政権評価が下がることを好まない利害関係の当事者(元政権周辺)はバイデンの高評価を誘導するスピン操作をかけ続けている。しかし、現段階、アメリカのリベラル系知識人でバイデンを積極的に評価する者は少ない。もちろんバイデン以外の政治家への評価が高いわけでもない。この教授の大統領通信簿も例外なく民主党に厳しい。

「オバマはアフリカ系初の大統領という事実は素晴らしい。しかし、彼が何をやったのか思い出せない。彼の仕事はなぜか記憶に残らない。慎重すぎて結局何もやらないからだ。医療保険改革だけ。それ以外は記憶にない。外交は酷かった。北朝鮮については動かす努力すらしなかった。しかも彼はドローンで大量に殺傷攻撃をしている。ハリスは能力がない。もう終わった人間だ。2020年にバイデンに投票した有権者のうち1,900万人が(2024年に)棄権したが、そのうちかなりの数がガザ攻撃に反対した人だ。無視できない数の棄権が、パレスチナ支援の声を彼女が無視したことで生まれた。」

この批判は間違っていない。IMEU(The Institute for Middle East Understanding)の世論調査では、2020年のバイデン支持者で2024年にハリスに投票しなかった有権者が掲げた理由のトップは「ガザにおけるイスラエルの暴力の終結」(29%)だったが、そのうちの3分の1以上(36%)は、ハリスが「イスラエルへの追加兵器供与を停止すると約束し、ガザに対するバイデン大統領の政策からの離脱を誓約していたら」投票する可能性が高かったと回答しているからだ。バイデンからトランプに支持が逆転した6つの激戦州に絞ると、「ガザ」は20%で「経済」の33%に次ぐ主要要因だった。4 経済で労働者を失って負けたという言説の一方で霞みがちだが、「イスラエル要因」はハリス敗北に十分に影響を与えた(マムダニNY市長選勝利の構造と同じで、新世代左派の本質は「社会正義」左派で単なる格差是正の「経済左派」ではない)。
                                                                                                                                                                        
もちろん、民主党の草の根の有権者間に渦巻く怒涛のバイデン叩きの政治的な目的は、必ずしも政策をめぐる反省ではない。心理的に民主党支持者の心を一時的に鎮める鎮静剤効果である。「トランプのアメリカ」を日々生きなければならない、やり切れなさの中、不甲斐ない民主党へのスケープゴートとしての何かの「はけ口」を求める心理だ。ハリス支持者はハリスが悪かったわけではないと思いたい。マイノリティ女性に突然役目を押しつけて責任を負わせた上司の白人高齢男性の横暴という構図は心理的にも受け入れやすい。以下のようなある黒人民主党幹部の弁はその好例だ。民主党で議会補佐官、大都市の市長補佐官などを歴任している60歳近いベテランの黒人政治インサイダーだ。

「カマラ敗因は経済のメッセージを出さなかったこと。アイデンティティ政治とのバランスは重要だが経済、格差是正を最優先にしないとダメだった。しかし、一番の問題はバイデン。2024年に 再選を目指すべきではなかった。オープンな予備選を開催すべきだった。ハリスは無能だと皆言うが、バイデンに押さえつけられていたからだ。バイデンが悪い。いざ大統領になれば彼女はそれなりの活躍をしたはずだ。」

 

民意を顧みない利己的な候補「禅譲」?:暴露本① 民主党的手続き問題

バイデン撤退の過程の酷さを暴いたのが、上述したアレンとパーネスによる2024年大統領選挙の記録Fight: Inside the Wildest Battle for the White Houseである。バイデン大統領からハリス副大統領が民主党候補の座を予備選なしに譲り受ける過程を具体的な発言で明らかにした。彼らは保守派ではない。ヒラリーやバイデンに食い込み、何冊も内幕ものを刊行している民主党に強いパイプを持つベテラン記者コンビだ。

同書によると、「ミニ予備選」による競争的党大会を求めるオバマ元大統領とペローシ元下院議長と、公開的な競争なしにハリスの指名獲得を希望するバイデン大統領とクライバーン下院議員の民主党指導部の路線対立が溝を深めていた。しかも、バイデンは撤退に際し、予備選をせずにハリスに譲ることには同意していたが、自らのレガシーの輝かせ方に躍起になっていた。ハリスは指名獲得に向けてバイデンの公式の支持表明が鍵と考え、バイデンの撤退声明に同時に「ハリス支持」を盛り込んで欲しいと懇願した。

「やってくれるか?」「あなたが本当に撤退するのなら、私もやる」とハリスは言った。「ただし、あなたの支援がある場合に限る」「支援は約束する、若者よ」とバイデンは言った。(中略)。ハリスはそれだけでは不十分だと知っていた。彼女は、バイデンが明確な後継支持を示さず退く場合、ハリスの勝利と職務遂行能力、またはその両方に自信がないと思われると考えた。それは、まだ始まっていない戦いへの「死の宣告」になる可能性があった。また、ハリスを副大統領に選んだことが誤りだったと示唆する可能性もあった。「ジョー、あなたは私を支持しないといけません」と彼女は強調して答えた。「これはあなたの遺産のためです——副大統領に対する絶対的な信頼を示すこと。それを明確にするしかない。声明を出すなら、私の名前は入るのですよね?」

しかし、バイデンはこのハリスの願いを退けた。「撤退宣言」で世間の注目を独占したかったからだという。指名競争はオバマvs.バイデンの代理戦争の様相も呈した。オバマの意中の本命はミシガン州の女性知事のグレチェン・ウィトマーだった。ハリスはオバマに支持を請願したが、オバマ夫妻は即時の表明を拒んだ。ハリスは支持をしてくれないならと元オバマ陣営上級スタッフなどやり手コンサルタントの人材派遣を求めた。そこでデイビッド・プラフなどオバマ派の戦略家がハリス陣営を支えることになった。だが、こんなアリバイ的な「派遣組」が幹部を務めるキャンペーンで陣営の士気が増すはずがない。自前の側近筋で陣営を立ち上げられない人材不足のハリスは、外部のキャンペーン頭脳に依存するほかなかった。
 
オバマとペローシはハリス指名を挫くため、開かれた形式で「ミニ予備選」をすべきだと主張し、オバマは黒人政界に絶大な影響力を誇るクライバーンに電話会談を求めた。オバマの「ミニ予備選」を求める動きが「初の黒人女性副大統領」を排除する目的と誤解されないようにするため、重鎮黒人政治家のクライバーンの理解が必須だったからだ。だが、クライバーンは筋金入りのバイデン派で、オバマでも考えを変えさせることができず会話は一瞬で終わったという。
 
この本の生々しい証言から浮き彫りになるのは、正副大統領が自らのレガシーと大統領の信任に拘泥する姿、指名決定において党員や支持者の民意を顧みない利己的な大統領達の姿、そして党内の政争に巻き込まれ、利用されていくハリスの姿だ。
 
アレンとパーネスの克明な描写は、民主党大会を現地調査した筆者の観察とも符合する。大会前夜のイリノイ州のプリツカー州知事主催の大口献金者と党幹部限定の懇親会には、ダービン、ダックワースら地元イリノイの上院議員だけでなく、シューマー院内総務、ペローシ元下院議長ら議会幹部らが勢揃いしたが、ハリスの話題は「オバマとヒラリーの故郷からカマラを支える」と誓った乾杯の時のみであった。筆者はペローシをはじめ数十人の議会幹部や州知事、一人一人と一定の時間をとって意見交換したが、ハリスの名前を明確に出したのは、クロブシャー上院議員だけだった。それも2021年のバイデン=ハリス就任式でのクロブシャー上院議員による「初の黒人、アジア系、女性副大統領」というハリス紹介が良かった、という話を筆者があえて振ったからだ。それ以外では、党大会の前夜祭なのに誰も候補者の名前(すなわち後ろめたい指名過程)に触れたがらない異様な空気であった。それはまるでハリスいじめのような様相だった。心から挙党的に推せないのなら、そういう人物をはなから候補にすべきでなかった。「ミニ予備選」をしていたらわだかまりは消えたのだろうか。民主党の支持者がそれを判断する機会を権力で阻止したバイデンと加担したクライバーンらの責任は小さくない。女性という「属性」だけでバイデンのショートリストに入れられ、副大統領として独自色は封印され、直前で突然今度は大統領候補を押し付けられた。ハリスは幸運の持ち主でもあり、お飾りに利用された「被害者」でもある。

バイデンの認知能力と台湾における「疑米論」:暴露本② 大統領統治問題

CNNアンカーで政治記者のタッパーと「アクシオス」記者のトンプソンによるOriginal Sin: President Biden’s Decline, Its Cover-Up, and His Disastrous Choice to Run Againはさらに辛辣だった。連邦議員、ホワイトハウス、バイデン=ハリス陣営関係者ら約200人の証言により、バイデンの認知機能低下と側近による隠蔽工作を同書は暴いた。元オバマ側近で「地上戦の神様」と崇められていたデイビッド・プラフは、無様な負け戦を「全てはバイデンのせいで、彼は我々を完全に裏切った」と述べ、バイデンに責任をなすりつけている。女性政治家ならミシガン州知事のウィットマーにすべきで、ハリスのことを「十分に努力をしない好ましくない候補者」だったと後悔の念をあからさまに語る関係者の声も紹介されている。
 
タッパーらの暴露本第2弾が描く、バイデン大統領側近が健全な顧問集団として何の機能も果たしていない姿は、バイデン政権の統治の健全性への疑義にもつながる。バイデンがジル夫人と二人で再選出馬を決めてしまい、側近は誰も止めなかった。本書によれば、ある上級補佐官は再出馬に反対して辞任した。勇ましいがこれでは「説得」ではなく「逃亡」である。そもそも2022年の民主党中間選挙勝利はバイデンへの評価ではなく、トランプが指名した最高裁判事が中絶を非合法化する判決を下したことへの女性の反発だった。当時のことは筆者にも鮮明な記憶がある。勝因分析自体はバイデン側近も正確だった。「説得する」と言っていたが、結局大統領の耳に直接入れるのを躊躇した。トランプ2.0を阻止できるのは現職大統領の威厳だけという「おべっか」が先走った。2008年の大統領選で共和党ジョン・マケインは高齢を理由に仮に勝利しても1期大統領と公言していた。カーターや父ブッシュのような1期大統領は通例は「恥」だが、それは再選選挙で落選したからだ。高齢という特別な理由で1期で降りることは妥当だ。
 
だが、バイデンには意地になる背景があった。本来は2016年に副大統領としてオバマの後に出馬すべきだったが、2015年に脳腫瘍で息子のボーを失ったことでヒラリーに座を譲り、半ば政界を引退した。2020年にサンダースとウォーレンの快進撃で民主党の予備選勝者が左派になりそうなのを阻止するだけの役目として、党内エスタブリッシュメントに担がれた「つなぎ大統領」だったバイデンは、自我を取り戻したかったのだと思う。ボーへの想いも高じて夫妻で決めたのだろう。とことんやる、誰の指図も受けないと。2008年の予備選取材でボーと親交もあった筆者は、息子の闘病への想いを記した父バイデンの書、Promise Me, Dad (邦題『約束してくれないか、父さん』)には素直に感銘を受け日本向けに書評も書いた(日本経済新聞2021年12月11日)。だが、家族や個人をめぐる想いに駆られるボスを諭し、国益と国際社会での指導力を優先するよう水先案内するのが側近の役目だ。
 
特に罪深いのは、40年近くバイデンに仕えたマイク・ドニロンら最側近たちがバイデンの認知能力の衰えを隠蔽していたことだ。タッパーらの本に以下のように記されている。

「2019年12月、アイオワ州での8日間にわたる過酷なバスツアーの最中、バイデンは側近たちを不安にさせた。演説の練習で、長年側近を務めたマイク・ドニロンの名前を思い出せずにいたのだ。『えと、あの、あの』と彼はもがきながら言った。」


もし、認知能力が大統領就任前から問題だったならば在任中の言動に疑義が生じる。任期中にバイデンは複数の機会で台湾防衛に踏み込んだ発言をした点で異例だった。「我々はNATO第5条に神聖なる誓約を立てている。NATO同盟国が実際に侵略または攻撃を受けた場合、我々は対応する。日本も、韓国も、そして台湾の場合も同様だ」(2021年8月)5、「そう、我々にはその(台湾防衛の)義務がある」(2021年10月)6、「前例のない攻撃があった場合、米軍を派遣して台湾を防衛する」(2022年9月)7といった発言の数々は、台湾防衛への明言を避ける第二次トランプ政権よりもはるかに台湾防衛に独自色があった。勿論、ホワイトハウスや国務省が「1つの中国政策」の方針維持でバランスを取る「おまけ」付きではあったが、北京の面子を一定程度維持させつつ、台北の不安を取り除く巧妙な「歌舞伎 Kabuki」として外交玄人筋では評価されていた。ところが、これらのバイデンの発言が認知能力によって曖昧な失言の可能性を含むとなると、バイデン政権の台湾外交評価は歴史的に微妙になりかねないし、ただでさえ深まる台湾社会の「疑米論」(有事に際してアメリカに見捨てられる台湾社会の懸念)を増幅する。

関係国に不安を与え、敵対国に情報戦の揺さぶりに利用される道具になりかねない認知能力の不安がバイデンにはいつから見られ、どのような仕事における能力に問題が生じていたのか、大統領史家、外交史家の大きな宿題になる。無論、大統領の健康状態は国家機密でむやみに明らかにすればいいわけではない。バイデンが現在公表している転移性の前立腺がんは在職中から発症し、おそらく「政権始動の2021年には発症していた」とエゼキエル・エマニュエル医師(エマニュエル元駐日大使の兄)はコメントを公表している8。在任中の健康問題は、国家安全保障に影響を与えかねないが、認知症に加えて腫瘍を抱えていることを知りながら側近が再選出馬を止めなかったとすれば、その責任は重い。

だが、今ごろになってこの問題をベストセラーで暴露したCNNのタッパーら、アメリカの伝統メディアの面々の姿勢にも苦言を呈さないわけにはいかない。

筆者は2020年2月のアイオワ州党員集会前にバイデン陣営に密着し、バイデン陣営と同じホテルに宿泊し、集会も舞台袖から観察していたが、痩せ衰えたバイデンの鈍さは明らかだった。あのアドリブの天才が台本原稿なしには演説ができず、アイオワでは原稿を用いていた唯一の候補で、質疑も禁止された。そのことを筆者は2020年2月「【大統領選挙現地報告】民主党主要候補集会の特質分析①バイデン、ウォーレン」(アメリカ現状モニターNo.38)で書いた。しかし、タッパーのCNNは記者を送り込んでいたし一部始終を撮影していたのに報じなかった。バイデンは何度も演説に詰まり、演説は同行していたジョン・ケリーがほとんど代行した。演題から落ちた台本を拾えず転倒しそうになる一幕もあった。人の名前を思い出せない、勘違いして話すのは日常的なことだった。大統領選挙中にそれらを報じ、有権者の投票の判断材料にさせるのはメディアの役割ではないか。だが、サンダースとウォーレンに勝たせないために、バイデンの汚点は「見て見ぬふり」をするのが、民主党エスタブリッシュメントを代弁する伝統メディアのやり口だった。

実は類似のアクシデントは2015年の夏にもあった。まだ日本でほとんど知られていなかったサンダース運動を一番乗りで伝えるべく、アイオワの事務所開きに立ち会いサンダース夫妻に同行して州全土を回ったときだ。ちなみにサンダースの演説は文字通り「スタンプ演説」で同じことだけを繰り返す。寝言で出てくるほど暗記させられてしまうが、つまりは不規則発言がないので、筆者の取材のコアな対象はある段階からはサンダース夫妻ではなく集会に集まるサンダース支持者だった(「アメリカ大統領選挙UPDATE1『サンダース現象』考察」(東京財団、2015年))9。あるアイオワの田舎町でサンダースとヒラリーの合同演説会が開かれた際、ヒラリーが演説中に咳が止まらなくなり中断した。水を飲んでも治らない。ヒラリー陣営の幹部たちは目を見合わせて、まるで「何かの大病かもしれない」「これが報じられたら終わりだ」という顔をしていた。サンダース上院議員が舞台袖でヒラリーを心配そうに眺めていた。あと少し彼女の咳が止まらなければ、あるいは吐血でもすれば、すぐに舞台から降ろして休息させる必要があったが、すんでのところで咳がおさまった。会場はピリピリしていた。「私たちは何も見なかった」というように何事もなかったかのように会場も聴衆も振る舞った。サンダース支持者も紳士的で、共和党の餌になるこの話をソーシャルメディアで悪意をもって広めることはしなかった。

だが、現場で一部始終を撮影していた米大手メディアは適切に報じるべきだっただろう。大統領という職務は体力勝負である。不安が報じられたら、陣営は健康診断書の提出で応じればいいし、候補者もエネルギーを別の形でアピールすればいい。必要なのは現場にはいない大多数のアメリカの有権者に伝えることだ。メディアが特定の候補に肩入れするのはいつものアメリカ式だが、それは論説でやるべきことだ。目の前で起きている事実を伝えることはジャーナリズムとしての義務だろう。

今になってバイデンの批判本を得意気に出すなら、CNNはバイデンの認知能力と健康不安を2020年早々の予備選段階でしっかり報じるべきであった。大統領に選ばれてからでは遅いからだ。予備選段階ならまだ問題のある候補を阻止できる。有権者が報道を参考にしつつ投票で判断をする。だからこそアメリカの大手メディア報道の責任は重大である。海外メディアは米メディアを参考に報じるからだ。日本のメディアも例外ではなく、常に米メディアが設定したトーンに影響を受けている10。

ハリス本人によるバイデン側近への反発と弁明:暴露本③ 再生の理念欠如

だが、この「バイデン叩き」ブームが民主党内の鎮静剤になっている間は良かった。暴露本で言えば2冊目まではジャーナリストによる民主党批判だった。ところが、ハリス本人の暴露本で、バイデン叩きはマイナス効果の方向に一線を超えた。当たり前である。あれほど「バイデンに忠誠を誓い、ジョーの遺産を受け継ぐ、だから私に投票してほしい」と、「バイデン=ハリス政権」の看板に忠実に訴えていたハリス本人が、バイデン否定をし始めれば、ハリスに嘘をつかれていたと有権者は感じる。何のためにハリスを応援していたのかと。ハリスだけはバイデンに敬意を示し続け、どんなに理不尽な大統領候補指名だったと感じても、副大統領に突然してくれた棚ぼたに感謝し、黙って支持者の支援に改めて感謝を示すに留めるべきであった。

「『ジョーとジルの決断だ』。私たちは皆、まるで催眠術にかかったかのように、その言葉をマントラのように繰り返した。それは寛大さに満ちた行為だったのか、それとも無謀な行為だったのか?振り返ってみれば、無謀だったのだと考える。リスクがあまりにも大きすぎた。個人のエゴや野心に委ねるべき選択ではなかった。個人的な決断以上のものが必要だった。」

こう自著で語るハリスは、バイデンの再出馬を個人のエゴや野心に還元させた。「自分のせいではない」「ジョーとジルが無茶な最出馬を勝手に決めたからだ」という愚痴は、女性として初めて副大統領まで上り詰めた人物としてあまりに保身的で小さすぎないかという批判が出るのも当然だった。むしろ、アメリカの有権者が聞きたいのは、ハリスのビジョンだったはずだ。アメリカをどう立ち直らせたいのか、世界をどうしたいのか、グローバリズム、移民、テクノロジー、平和と人権の問題をどう考えているのか。大局観に満ちた「民主主義論」「アメリカ論」が聞きたかったはずだ。オバマの本で言えばThe Audacity of Hope(希望を持つ大胆さ)(邦題『合衆国再生』)のようなリベラル再建と超党派改革の青写真である。あるいは賛否は分かれるが、ヒラリーの大統領夫人時代のIt Takes a Village (邦題『村中みんなで』)のような介入論も同様だ(児童虐待などで公的機関や弁護士が家庭に介入して保護する、社会やコミュニティで子どもを育てていく理念だが、この理念は外交上の介入論の原点にもなっており、ヒラリーの精神分析上、実は最も重要な書)。

無論、言い訳本にも回顧録としての資料的な価値はある。バイデン周辺がハリスに協力しないホワイトハウス内の確執はリアリティ十分だ。大統領チームと副大統領チームが犬猿の仲になり、元々「無任」である副大統領がさらに遠ざけられる様相は主として近年では民主党政権(クリントン政権のゴア、オバマ政権のバイデン、バイデン政権のハリス)に見られ、共和党政権は副大統領がチェイニーやヴァンスのように独特の存在感を示す傾向がある。民主党ホワイトハウスの副大統領室と大統領側近の争いは既視感があるが、ハリス冷遇は群を抜いていた。筆者はバイデン側からのハリス批判と、ハリス側からのバイデンへの愚痴の双方に触れてきた。

だが、愚痴や負け惜しみの公開は、政治家としてはキャリアの最後にしておかないといけない。マイナス思考の発言をする政治家をアメリカ人はとりわけ好まない。陽性と陰性で言えば、陽性オーラのメッセージでしか勝利できない。ヒラリーが2016年敗北の言い訳本であるWhat Happened(邦題『What Happend何が起きたのか?』)を出版したとき、政治家としてのキャリアを閉じたのだと誰もが理解した。

だからこそ、敗北後最初のハリスの本は、言い訳本ではなく青写真本あるいは理念本であって欲しかったというファンは少なくない。あるいは今こそ生い立ちを語ってもよかった。ジャマイカ出身の父とインド出身の母を持ち、インド系の文化で育ち、カナダからの帰国子女で、アフリカ系大学で黒人文化に浸り、ユダヤ系の夫を持ち、アジア系政治家名鑑にアジア系の連邦上院議員として掲載されていたのに、2020年大統領選挙以降は黒人女性に政治的定義を限定した。多様性を抱きしめたようなハリスの胸の内を筆者であれば聞きたい。オバマの人種的な葛藤を描いた自伝的小説Dreams from My Father(邦題『マイ・ドリーム』)のような本だ。しかし、そういう本にならなかった。これまた興味深いウガンダと南アジアという国際的ルーツの宝庫であるマムダニの登場で、「黒人女性」という国内の民主党が求める属性を超越した、複合的かつ国際的なルーツと多文化的な生い立ちを語らないハリスの自制も少しは変わるだろうか。

数ある批評の中で最も辛辣な部類のレビューは、むしろハリスに期待していた女性論客から繰り出された。女性指導者論で知られるガーディアン紙コラムニストのアルワ・マハダウィは、ハリスがバイデン個人を批判する一方、「バイデンの衰弱を示す陰謀などなかった」「選挙運動と統治能力は別」と、バイデン大統領の政権評価を落とさないように政権擁護をしていることを「信じがたい」と批判する11。また、本稿冒頭で述べたガザの問題に何も答えていないことも指摘する。書籍刊行イベントではパレスチナ支援の若者が押しかけてハリスを問い詰める一幕もあったが、暖簾に腕押しだった。マハダウィは本稿冒頭の世論調査を引用し、ハリスの政権当事者意識のなさを痛烈に批判する。

「バイデンの無条件のイスラエル支持が民主党支持者の投票率に大きく影響したことが明らかになっているのに、ハリスはガザ問題についてほぼ無視を貫いている。選挙集会に詰めかけたデモ参加者に彼女は問う。『なぜ彼らはトランプの集会で抗議しないのか?』と。ハリスは理解できないのだろうか?なぜなら当時トランプは権力の座におらず、彼女は権力の座にいたからだ。バイデン大統領がパレスチナ人への真の共感を持たないと明言したように、ハリスにもそれはほとんど見られない。」

ハリスとしてはトランプの名前さえ出しておけば民主党支持者の注意をそらすことができると考えているのかもしれない。また、ハリスは本書でピート・ブディジェッジを「有能だがアメリカが副大統領として受け入れるにはゲイすぎる」とも記しており、LGBTQ読者を呆れさせた。そんなふうに思っていたのかと。ある種のアメリカのセクシュアリティに関する保守性と「壁」のリアリティではあるが、本心を自著で自分で暴露すれば、自身の再出馬の首を絞める。マハダウィもこう締めくくる。

「『107 Days』に決着や希望を見出そうとするハリス支持者も、きっとがっかりするだろう。頑なに支持を続ける者たちも、そろそろハリス支持の看板を下ろすときかもしれない。有権者に『私たちは後戻りしない』と繰り返し訴えてきたこの女性が、アメリカの前進への道筋を示すことに失敗しているからだ。結局のところ、彼女は私たちと同じように無力に見える。」

それでもハリスは2028年に再出馬の意向を持っていると民主党の大口献金者など実力者の間からは聞こえてくる。有難迷惑で諦めて欲しいという声が大勢だ。カリフォルニア州でニューサム知事と献金筋を奪い合うため、ニューサム派は苦々しく思っている。いずれにせよ、再出馬なら書く本を間違えている。別の「理念」本を改めて出して、民主党とアメリカ再生の青写真を示す必要がある。

そのような中、ハリスの本に先立ち7月にはバイデンが1,000万ドルの前払金で回顧録の出版契約をした。認知問題もあり記述の正確さも不明なのに不人気な元大統領の回顧録など誰が読むのかと民主党内には辛辣な声ばかりだが、筆者はバイデンが自身の前立腺がんの治療の合間に必死に回顧録を完成させようと急いでいることに深い敬意を示したい。「オバマ回顧録論」で書いたように、回顧録は大統領本人が存命のうちでないと意味がない。政権側近やスピーチライターが共作すれば十分であり、政権の新鮮な記憶があるうちに急ぐことが肝要だ。いつどんな事故があり元大統領が書けなくなるかわからない。大統領回顧録とは自分がやり終えた直後に「日記のあとがき」を書くような仕事であるべきで、それが任期最後の非公式ではあるが「お勤め」である。

オバマはそれをせず、自身の政権後半部分に該当する回顧録後半をいつまでたっても出さない。退任後、トランプ1次、バイデン、トランプ2次と後続3つ目の政権に入っている。オバマは後続の政権を見届け、彼らと差別化しつつ、数十年単位の「時代」の中に自分の政治と外交のレガシーを文学的な表現で位置付けたいのだろうが、それはジャーナリスト、研究者、作家の仕事で大統領の仕事ではない。

オバマはこの民主党の未曾有の危機にあって、かつてのカーターやビル・クリントンのような活発な退任後活動は控えている。オバマに2期仕えたホワイトハウスの元上級補佐官が筆者に言うには「自分の影響力を知っているからこそ、安易な発言で分断に加担しないようあえて息を潜めている」とのことだが、学生時代に作家・詩人を目指して短編小説を書いていた若き頃のオバマに回帰したのかもしれない。何しろ8年以上も回顧録を書き続けている。ハワイでバスケットとボディサーフィンで鍛えた体力の持ち主とはいえ、何かあった場合に暫定刊行できる「ドラフト」はすでに用意されていると信じたい。「創作」にのめり込み、目の前の危機の先頭に元大統領の威厳をフル活用して立ち上がってくれないオバマの沈黙も、サンダースを慕うマムダニら「新世代左派」伸長の逆説的な要因である。

*続く論考では、共和党に経済争点の主導権を奪われ、トランプ支持の労働者連合が白人のみならず人種的マイノリティに広がる現実を明らかにして、民主党を震え上がらせた若手データ専門家による調査結果を論じる。

(了)

  1.  Jonathan Allen and Amie Parnes, Fight: Inside the Wildest Battle for the White House, William Morrow, April 2025, < https://www.harpercollins.com/products/fight-jonathan-allenamie-parnes?variant=43464319860770>, accessed on Nov 25, 2025.(本文に戻る)
  2. Jake Tapper and Alex Thompson, Original Sin: President Biden’s Decline, Its Cover-Up, and His Disastrous Choice to Run Again, Penguin Press, May 2025. <https://www.penguinrandomhouse.com/books/799924/original-sin-by-jake-tapper-and-alex-thompson/>, accessed on Nov 25, 2025.(本文に戻る)
  3. Kamala Harris, 107 DAYS , Simon & Schuster, September 2025. <https://www.simonandschuster.com/books/107-Days/Kamala-Harris/9781668211656>, accessed on Nov 25, 2025.(本文に戻る)
  4. “New Poll Shows Gaza Was A Top Issue For Biden 2020 Voters Who Cast A Ballot For Someone Besides Harris , ” The Institute for Middle East Understanding, January 15, 2021, <https://www.imeupolicyproject.org/postelection-polling>, accessed on November 20, 2025.(本文に戻る)
  5. “Full transcript of ABC News' George Stephanopoulos' interview with President Joe Biden, ” ABC News, August 19, 2021, <https://abcnews.go.com/Politics/full-transcript-abc-news-george-stephanopoulos-interview-president/story?id=79535643>, accessed on November 20, 2025. accessed on November 20, 2025.(本文に戻る)
  6. Kevin Liptak , “Biden vows to protect Taiwan in event of Chinese attack, ” CNN Politics, October 22, 2021, <https://edition.cnn.com/2021/10/21/politics/taiwan-china-biden-town-hall/index.html>, accessed on November 20 , 2025.(本文に戻る)
  7. “Biden tells 60 Minutes U.S. troops would defend Taiwan, but White House says this is not official U.S. policy,” CBS News, September 18, 2022, <https://www.cbsnews.com/news/president-joe-biden-taiwan-60-minutes-2022-09-18/, accessed on November 20, 2025.(本文に戻る)
  8. Nick Mordowanec , “Joe Biden Had Prostate Cancer While President, His COVID Adviser Says, ” Newsweek, May 19, 2025, <https://www.newsweek.com/joe-biden-prostate-cancer-zeke-emanuel-morning-joe-2074140>, accessed on November 20, 2025.(本文に戻る)
  9. 渡辺将人「アメリカ大統領選挙UPDATE 1:『サンダース現象』考察 アメリカ現地調査を踏まえ」(東京財団、2015年10月21日)<https://www.amazon.com/promise-me-dad/s?k=promise+me+dad>, accessed on Nov 25, 2025(本文に戻る)
  10. 渡辺将人「アメリカ政治報道の危機」『世界』(2025年2月号82-90ページ)。(本文に戻る)
  11. Arwa Mahdawi , “107 Days by Kamala Harris review – no closure, no hope,” The Guardian, September 22, 2025, <https://www.theguardian.com/books/2025/sep/22/107-days-by-kamala-harris-review-no-closure-no-hope>, accessed on Nov 20, 2025(本文に戻る)

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  • 渡辺将人「トランプ2.0のアメリカ」民主党編①迷走の民主党20年越し『デジャブ現象』とマムダニ勝利」
  • アメリカ現状モニター「米国選挙(中間選挙・大統領選挙)関連論考などまとめ」
  • 渡辺将人カマラ・ハリス 3つの悩み:民主党史上最強の「ドリームチーム」か脆弱な「パッチワーク」か
  • 渡辺将人「トランプ党」完成化とケネディ支持派のリバタリアン合流」
  • 渡辺将人「ウォルズ夫妻と中国:天安門事件の年から、広東とチベットに広がった「物語」
  • 渡部恒雄「10月7日ハマスのイスラエルへのテロから一年:中東と国際秩序は危険水域に入った」
  • 渡辺将人「ヴァンスはオバマと同じ「物語候補」 -Dreams from My FatherとHillbilly Elegy」
  • 西山隆行「J.D.ヴァンスの副大統領指名と共和党のトランプ党化、その限界」
  • 渡辺将人「民主党左派とカマラ・ハリス:「擬似サンダース政権」継続圧力と予備選の洗礼なき指名の功罪
  • 渡辺将人【特別転載】「アメリカのエスニック「部族主義」ハリスとオバマともうひとつの人種問題」
  • 中山俊宏「ヒルビリー・エレジー的言説がどうしても必要だった理由」

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