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論考シリーズ | No.187 | 2025.11.xx
アメリカ現状モニター

「トランプ2.0のアメリカ」民主党編①
迷走の民主党20年越し「デジャブ現象」とマムダニ勝利

渡辺 将人
慶應義塾大学総合政策学部教授

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アメリカ民主党が深刻な迷走の危機に陥っている。1995年に現地訪問で民主党と共和党の観察を始めて以来30年、観察者として、関係者として、さまざまな形でアメリカの政治と選挙の「現場」に触れてきた筆者としても、この危機は出口が見えないと感じている。他媒体の記事1、書籍(共著)2、学会報告3が先行してしまったことで、SPFアメリカ現状モニターでは上書き的発信を抑制していたが、ここではトランプ勝利・ハリス敗北から1年の節目で両党の現場を総括したい。

昨年11月に筆者は大統領選挙後に現地入りし、党幹部、陣営内外への聞き取りを皮切りに、サンダース/AOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)支持の新世代左派から、旧リベラル、旧穏健派まで民主党内各派との対話を繰り返した。今夏から初秋にかけては、中西部(イリノイ州、アイオワ州)、東部(ワシントンDC、ヴァージニア州、ニューヨーク州およびニュージャージー州)に入り直し、共和党各派との恒例「同窓会」に加えて2025年11月の東部2州の州知事選とニューヨーク市長選の直前情勢を現場で確認した。

この最新現地調査を土台として、今号以降、民主党編、共和党編に分けて、それぞれ数回の連続シリーズで「トランプ2.0のアメリカ」の分析をお届けしたい。

沈む米民主党でも意気軒昂な「サンダースの弟子たち」

2024年大統領選の敗北とトランプ2期目を許した米民主党は、かつてない行き詰まりに直面している。トランプ政権再来をめぐる自信喪失感から立ち直れず、以下の3つの事象に象徴されるマイナス思考で時間の浪費に終始した(詳細は次回「トランプ2.0のアメリカ」民主党編②参照)。

1:経済対策vs.アイデンティティ政治の終わりなき争いと、民主党系ジャーナリストとハリス本人による「暴露本」に象徴される「ハリス敗北の戦犯探し」(「女性だから負けた」「経済で負けた」論争の果てに、ハリスが自著で「ブデジェッジはゲイすぎて副大統領候補から外した」と公言し党内困惑)。
2:バイデン夫妻と最側近以外、ほぼ全ての民主党幹部と支持者による「バイデン政権への悪口」(戦後最低の民主党大統領との罵り。バイデンの任命責任者で元大統領なのに第2次トランプ政権でもひたすら続く奇妙なオバマの沈黙)
3:議会、メディア/SNS、酒場や食卓あらゆるところで、民主党支持者が日課のように呟く「トランプ政権への嘆き」(気の利いたトランプの悪口ジョークが必要。ため息とトランプへの嘆きが同志確認の踏み絵)。

実はこれら3つの民主党の迷走自体への怒りが、後述するように11月4日の一連の選挙での民主党勝利への原動力になった逆説性もある。そもそもトランプ新政権のこの1年、熱狂的な観衆を集めるサンダースとAOCの全国キャラバンとニューヨーク市長選に勝利したゾーラン・マムダニの快進撃ぐらいしか民主党に希望を感じさせる動きがなかったからだ。「希望」を作る手っ取り早い方法は観衆を集める熱狂的なイベントをSNSで拡散することと何か1つ選挙で勝利することだ。今回の諸選挙で再確認されたのは以下である。

1:トランプが出馬していないサイクルの選挙で共和党はさほど強くない(トランプ個人崇拝の「トランプ連合」は共和党の勝利には情熱的ではない。「保守主義」再定義の迷走とも関係)
2:加速する民主党の世代交代(若いニューヨーク市長の誕生の一方、ペローシ元下院議長とその盟友のシャコウスキーなど1990年代から連邦下院の顔だったリベラル派ベテランが続々引退表明)
3:民主党内の勝利は個別の事情で、左派一人勝ちではない(NY市長選だけで左派の主流化を即断するのは拙速。ヴァージニアとニュージャージー州知事戦の民主党候補はいずれも穏健派)

かつての民主党の基準では極左に近い「党外左派」的なマムダニの勝利が民主党の左傾化の「新次元」を象徴するのは事実だ。トランプ政権始動後、明るいニュースがほとんどなかった民主党内が沸くのも理解できる。筆者の周辺やメーリングリスト、ゲスト参加させてもらっている民主党関係のオンライン会議も、連日「祭り」状態だ。

何より「志」の継承先を探していたサンダースはついに支持者を託せる、民主社会主義を謳う「弟子筋」の発掘に成功した。ニューヨーク市長は全米の「市長」の中でも特別な地位にある。民主党内ではシカゴ市長、ロサンジェルス市長、サンフランシスコ市長、ボストン市長と並んで、民主党の支持基盤の多民族が群雄割拠し大口献金筋と有力政治家たちの拠点となる大都市のリーダーである。登竜門中の登竜門で、かつてのジュリアーニのように、大統領選挙の有力候補を目指せる地位だ。わずか34歳でここに到達したことは、マムダニの今後の政治人生のポテンシャルを示す。ブデジェッジ元運輸長官も29歳の時インディアナ州北部のサウスベンド市で市長に選ばれたが、ニューヨークとは知名度も重みも違う。ただ、ウガンダ生まれのマムダニは現行法では大統領になれない(2018年にアメリカ国籍を取得するまで「在米インド系ウガンダ人」だったマムダニの生い立ちは興味深く別途検討する)。

2004年民主党敗北の「デジャブ」:戦争、信仰争点、左旋回

私見では、現在の民主党の危機は、20年前の民主党に部分的に似ている。2004年の大統領選挙に敗北した直後の2005年である。あのときも、再選を果たしたブッシュ息子政権下で、共和党が連邦議会上下両院でも多数派で3極支配を達成していた。

類似点の1つ目は、戦争が民主党を分断させ、共和党を利したことだ。アメリカが加担する戦争では、一定の周期で反戦世論が大統領選挙に影響する。例えば、1968年選挙でのヴェトナム戦争、2004年選挙でのイラク戦争、そして2024年選挙でのイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘である。それぞれ反戦リベラル派を勢い付かせ、民主党側で分断要因になった。

2004年選挙のジレンマは、2000年代初頭の民主党が9/11以後の超党派の対テロ推進の世論の中で、「安全保障に弱い民主党」のイメージ払拭のために「タカ派演出」にひた走ったことに遠因がある。連邦上院議員になったヒラリーは、自身のライフワークの児童虐待や医療保険を脇に置いて軍事委員会に入り、彼女やバイデンなど民主党の主流連邦議員はこぞってイラク戦争の決議案に賛成した。イラク戦争の「戦犯」を共和党ブッシュ政権、とりわけ先日亡くなったチェイニー副大統領、あるいはネオコンに限定する理解は必ずしも正しくない。民主党穏健・中道派も「共犯」である。大統領候補だったジョン・ケリーは大統領選挙中、「イラク戦争のフレッシュ・スタートをきろう」という意味不明なスローガンを用いて、共和党の戦争の「進め方」を小手先で批判することで戦争自体の否定を避けた。それぐらい2004年秋段階ではイラク戦争を正面から批判することが難しい空気だった。だが左派はこれに痺れを切らしていた。マイケル・ムーアによる映画『華氏911』(2004年)を皮切りに反戦世論が民主党内で拡大した。

翻って20年後の2024年はどうか。ガザの犠牲にもテロリズムにも根本対策を示さず、イスラエルの自衛権と「2国家解決」のどちらも大切、とバランス取りだけに終始したバイデンとハリスの二枚舌が際立った。共和党内にもイスラエル政策やウクライナ政策での賛否はあるが、党の決定的な亀裂に至っていない。現在の共和党内では、ウクライナ支援派、反イスラエル派の声が弱すぎるからでもあるし、戦争への加担への反戦世論の台頭は民主党を分断しやすい構造がある。

類似点の2つ目は、2004年も2024年も民主党大統領候補がカトリック信徒で、案の定「文化争点」で傷を負ったことだ。民主党政治家として人工妊娠中絶の権利を認める「プロチョイス」の立場をとることは女性票確保には大前提である。しかし、非カトリックの政治家なら許せても「カトリックの背信は言語道断」という反発が起こりやすい。候補者本人がカトリックであることは決してプラスにならない。無党派まで広がるカトリック票の離反を招く宿命にある。2024年連邦上院選ではペンシルバニア州で民主党カトリック候補のボブ・ケーシーが敗北した。ケリーもバイデンも奇しくもカトリックだったが、2004年には同性婚、2024年にはトランスジェンダーが共和党によって巧みに争点化された。カトリックはアイルランド系やイタリア系などかつては「ホワイト・エスニック」だったが、現在は中南米系の大票田も意味する。彼らはトランプ支持の労働者層の一角を築きつつある。

類似点の3つ目は、大統領選挙の敗北を受けての左傾化である。民主党は大敗北の後、大規模な「中道化」(1993年からのクリントン政権)か「左傾化」(2006年以降)で党勢を立て直すことがある。2005年は急激な「左旋回」が凄まじかった。民主党内でイラク戦争を支持した中道派が「粛清」を受け、1990年代に隆盛を誇った穏健・中道派は崩壊し始めた。彼らが党内で風前の灯のような弱小勢力になったのは、イラク戦争に賛成したことによる自滅である。民主党内では中道叩きがブームになり、マイナーな存在だったリベラル派が党の「主流」を乗っ取った。それはまるでクーデターのような展開だった。民主党全国委員会の委員長にリベラル筆頭州のバーモント州で知事を務めたディーンが就任し(委員長に左派が選ばれるのは異例)、全米で最もリベラルな都市のサンフランシスコを地盤にするペローシが女性下院議長になった。

翻って、2025年はどうか。民主党エスタブリッシュメントが対トランプで手をこまねいている中、サンダースが新世代左派のAOCと全米キャラバンで存在感を示し、ニューヨーク州議会議員のマムダニがニューヨーク市長になる。民主党主流派が、党勢維持のために渋々受け入れていたサンダース派の「民主社会主義」路線は、もはや無視できない存在に成長した。

20年前との違い:民主党のカリスマ不在と党内分断、強固な「トランプ連合」

だが、2006年中間選挙と2008年の大統領選挙で民主党が連勝した20年前のような展開になる保証はない。懸念すべき相違点もある。

相違点の1点目は、カリスマと「統合」を両立できる人材の不在である。20年前はオバマが「統合」のシンボルになった。2005年に連邦上院議員になったオバマは2007年の大統領選出馬まで僅か2年で全国的な存在に台頭した。中道派の没落を尻目に力をつけた党内リベラル派が彼を担いだからだが、オバマ自身はマムダニのような急進的なリベラルではない。超党派路線で共和党政治家との協力を目指し、「1つのアメリカ」を訴えた。

「新星」政治家はいつの時代もエスタブリッシュメントに抵抗する勢力である必要がある。しかし、かつてはその抵抗も「適度」であることが欠かせなかった。「抵抗」の演出も民主党の既存政治の「枠」の中に収まっていた。サンダース支持者に言わせれば、かつての民主党リベラル派は左寄りの民主党エスタブリッシュメントに過ぎない。二大政党自体に反発を抱く現在の新世代左派とは政治的立ち位置が違う。

オバマは人種こそ非白人だったが、反戦派ではなくイラク戦争不支持歴も偶発的な棚ぼただった(当時は州議会議員で外交安保に責任がなかった)。その証拠に大統領としてはドローン攻撃を乱発した。医療保険改革も皆保険的なヒラリー案と異なる保険会社への妥協を前提とした中道案だった。気候変動、核軍縮、いずれも掛け声先行だった。オバマの左派性は初の非白人大統領としての歴史を築いたが、「人種の壁」を破りつつも自身の家族のアジア・ルーツを目立たせないようにするなど大統領としては多文化主義の誇示に慎重だった。印象はリベラル、実際は中道的、という存在が「統合者」に向いていたのだ。

トランプ政権下で現在のように分極化が極限まで進んでいる状況では、新たなオバマも生まれにくい。AOCやマムダニには独特のカリスマはある。AOCは2028年の大統領選挙への出馬が取り沙汰されるが(年齢的には出馬の違和感はない)、連邦上院など州規模選挙区の経験を経る必要がある。日和見で人気凋落のシューマー院内総務をニューヨークの連邦上院選で追い落とせば、カリスマは倍加する。

だが、彼らは民主党の「統合者」には必ずしも向かないし、共和党との超党派路線も受け入れないだろう。現実的にはカリフォルニア州のニューサム知事のような人物が安定候補と党内では囁かれる所以だが、スペックの網羅性と安定性は退屈さや既存政治の肯定と裏返しでカリスマや熱狂を保証しない。俳優のように完璧に見えるニューサムには原理原則への執着感や「野性味」が欠けている。あちらを立てればこちらが立たず、である。

相違点の2点目は、左傾化の一方で穏健・中道派が2005年の時ほどには死に体になっていないことだ。11月4日の選挙でも、マムダニは左派だが、ヴァージニア州知事選に勝利したアビゲイル・スパンバーガーとニュージャージー州知事選に勝利したミッキー・シェリルはいずれも穏健・中道派である。興味深いことに二人とも女性候補だった。

彼女たちに共通するのは「愛国」「治安」で、スパンバーガーは元CIA職員で、民主党左派が主張する「警察予算削減」(白人警官の人種差別への反動)を辛辣に批判してきた。同じ2019年に就任したAOCなどの「新世代左派」議員4名からなる「スクワッド」との対比で、軍・諜報機関・保安機関などの退役者の民主党新人下院議員としてAOCらと反目してきた。彼女の資金面、運動面の後ろ盾は北ヴァージニアに居住する30万人以上とされる連邦職員と政府請負業者で、政府効率化省(DOGE)により本人や同僚が解雇された彼らがスパンバーガーを支えた。ニュージャージーのシェリルも海軍のヘリコプターパイロット出身で、下院では軍事委員会とアメリカと中国共産党の戦略的競争に関する特別委員会に所属し、超党派協力を辞さないプラグマティストで知られる。

穏健派州知事2名の誕生と民主的社会主義者でムスリムのNY市長の誕生は、それぞれ違う動力での勝利で、この選挙を「民主党巻き返しの3勝」で片付けると深刻な党内「分断」が見えなくなる。2005年の左派一元化とは異なる動きだ。

相違点の3点目は、共和党の「強度」だ。2006年中間選挙の民主党大勝は、かなりの程度、共和党側の自滅によるものだった。長期化するイラク戦争の犠牲と増大する戦費に「小さな政府」を信じる共和党支持層が我慢できなくなった。選挙のときだけ同性婚や人工妊娠中絶を争点にするものの、政権としては対テロ戦争ばかり優先する口先だけのブッシュ政権をキリスト教保守は見限った。「ブッシュ連合」は中から崩壊していった。
 
ところが2025年現在、トランプの支持率が以前より低下していても「トランプ連合」大崩壊の兆しはない。「イスラエル」、「関税」、「エプスタイン」という共和党のMAGA支持層を揺るがす3つの問題には、ワシントンと地方、タッカー・カールソンなどの「MAGAメディア人」と「MAGA土着層」では温度差もあり、トランプを地方で支える草の根支持が瓦解しているわけではない(共和党編参照)。確かにトランプが候補者ではないサイクルの選挙の共和党はそう強くはない。それは今月の選挙でも実証されたことだ。だが、だからこそ党への求心力とトランプ個人への忠誠が別物になっている今の共和党では、11月4日の敗北が「トランプ連合」の衰退をそのまま意味しない。レーガン以来の共和党連合に依存していたブッシュ息子政権の末期とはここが違う。

いずれの相違点にも共通する背景は、20年前には顕在化していなかった、支持政党を超越して吹き荒れる、反エスタブリッシュメント、既存政治への強い怒りのポピュリズム、そして伝統メディアへの信頼低下とソーシャルメディアの浸透である。もちろん中国の覇権主義による危機感も20年前にはなかったことだ。

民主党「死んだふり作戦」の愚

そもそも、第2次トランプ政権発足に際して民主党議会指導部が採用した、トランプにあえて抵抗しない「死んだふり作戦」あるいは「戦術的な休止」が党内分断を加速させた。ビル・クリントン元大統領の参謀として中道政治を戦略面で牽引してきた功績のある民主党系戦略家のジェームズ・カービルが、何もしないのが民主党に最良の戦略、だと提唱したものだ4。「共和党に減税、メディケイド削減、フードスタンプ削減を推し進め」させ、「共和党の崩壊をアメリカ国民に見せつけ、彼らが私たち(民主党)の支援を必要とするまで待つ」ことで、トランプにアメリカを滅茶苦茶にさせれば、民主党を救世主として求める有権者の声が全米に広がると想定した。議会幹部は正面からトランプと敵対せず、シューマー院内総務は共和党の予算案に応じた。ところが、この作戦は目論見が外れた。何が問題だったのか?

第1に、民主党の無策を印象付けた問題だ。反撃をしない民主党の路線を採用したシューマーの妥協は激しく叩かれ、今回慌てて政府閉鎖を厭わずに予算に抵抗のポーズをとっている。

第2に、トランプ支持者は「短期的な痛み」の原因をトランプ政権だとは考えない問題だ。トランプの「痛みの原因は民主党政権」だという理屈を有権者が受け入れれば、その責めは全て民主党に向く。それ以前に、民主党が想定したほどには経済が急激に1年では悪化しなかった。急落した株価も持ち直し、関税の影響も消費者への転嫁などの顕在化が早期には深まらなかった。

第3に、トランプ政治を放置する道義的な問題である。内政では中間選挙で逆転すれば傷は最小限にとどめられるかもしれないが、大統領に裁量が大きい外交では不可逆的なダメージを生じさせる。「混乱したら立て直せばいい」というのは国内政治の発想で、外交安保では取り返しがつかない。このカービルの発想は、ウクライナにも台湾にもガザにも何の関心も知見もない、南部の選挙戦略家の彼らしい提案だ。

第4に、カービルの呼びかけに応じるのは民主党の主流派だけで、左派は馬耳東風でまるで効き目がないどころか、党内分断の原因になったこととだ。「死んだふり」に忠実に応じる民主党エスタブリッシュメント、そして「死んだふり」を拒否し反動で暴れ回る左派の分岐である。民主党主流派が意図的に静かにしている中、痺れを切らしたサンダースとAOCはコンビで全米キャラバンを展開し、連日彼らの演説がメディアの放送枠を埋め、これがマムダニ応援運動にレールを敷いた。メディアやソーシャルメディアで聞こえる大声が左派ばかりになると、無党派や共和党支持者の「ウォークwoke」嫌悪症候群がむしろ起き上がり、これが「トランプ連合」の強化を促す連鎖効果にもなった。

NY市長選でマムダニを勝利を下支えした5つの背景

しかし「死んだふり作戦」の愚があっても、民主党はニューヨーク市で勝利した。そこには幾つかの複合的な要因がある。マムダニの目玉政策は「家計争点(キッチンテーブル・イシュー)」に焦点を絞ったもので、バスと保育の無料化、市営の食料品店(試験的運用)、家賃値上げ凍結など、生活者の暮らしを身近な次元で改善する具体性がカギだったが(富裕層増税で賄うという財源の問題や実現性は別の議論)、マムダニへの支持を下支えした政治的な文脈は無視できない。

第1には、上記の民主党幹部による「死んだふり」愚策への一般有権者の怒りがあった。
 
第2に、NY市長選特有の事情として、元警察官の黒人政治家の現職、エリック・アダムズが収賄罪や詐欺など汚職まみれで信頼が地に堕ちていたことだ。現職への失望は彼が黒人でマイノリティ系だったことで増幅された。ただマイノリティの黒人であることは、必ずしも「良き政治」を直ちには保証しないという当たり前のリアリティの浸透である。アンドリュー・ヤンという2020年の大統領選挙候補でもあった東アジア系(台湾系)との選択で黒人のアダムズを予備選で選び、結果裏切られたと感じたリベラルなニューヨーカーは、「さらにリベラルな属性」を渇望した。東アジア系でも黒人でもない、今までにないリベラルさ。それは南アジア系というエスニシティだけでなく信仰や年齢の壁だったし、在米ウガンダ人という「外国性」の許容にまで及んだ。その「新属性」を政策の魅力とは別に有権者は試したがっていた。また、市政に長く携われば、それだけ貸し借りや利害も増え、それが汚職につながる。「経験値」は「しがらみ」の代名詞であり、ニューヨークのような大都市で長く権力を持てば何かしら隠したい裏も生まれる。本当にクリーンな人を望むなら、若手の「未経験」を受け入れるしかない。そこにマムダニははまった。

第3に、民主党エスタブリッシュメントへの反動作用だ。これは、6月のNY市長選の民主党予備選に元ニューヨーク州知事のクオモが出馬したことが火種となった。ニューヨーク民主党政治の「ドン」であるイタリア系のクオモ家は今やエスタブリッシュメントの既得権益の象徴である。「ヒラリー敗北で民主党エスタブリッシュメントは懲りていないのか」と、これに対する草の根左派の怒りがエネルギーになった。ウォール街金融筋や富裕層リベラルがこぞってクオモを支持したことで、左派との対立構図は明確になった。

第4に、イスラエル要因である。ユダヤ系とムスリム双方の人口が多い一方、リベラル系のユダヤ人も少なくないニューヨーク市では、この問題は特別な含意がある。左派はバイデン政権をイスラエル支持一辺倒とガザの被害軽視と受け止めていたが、その急先鋒はイスラエル批判を辞さないリベラル派のユダヤ系だった。彼らはパレスチナ系と共同歩調も見せた。だからこそ、イスラム教徒で学生時代から一貫してパレスチナを支援してきたマムダニに風が吹いた。それに対してこの動きを「反ユダヤ的」ととらえたのが保守派ユダヤ系であったが、彼らが民主党「エスタブリッシュメント」側についたことで対立は極限に達した。民主党内のユダヤ系保守派は、マムダニが「ハマス」を擁護し「反ユダヤ的言説」を繰り広げる存在とラベルを貼り、パレスチナ支援派を敵視して「反マムダニ」の姿勢を強めた。これが「マムダニを守れ」運動を反動的にむしろ活性化させた。

そして第5に、選挙前のタイミングに仕込まれたデモである。トランプ政権へのフラストレーションと民主党の「死んだふり」作戦への激しいアレルギー反応は、議会レベルでは民主党議会指導部に政府閉鎖を起こさせたが、有権者レベルでは「王はいらない(No King)」デモを盛り上げた。パレスチナ支援のデモ、テスラのディーラーへの攻撃、移民の強制送還への反対デモ、平和的抗議から暴走まで「反トランプ」の動きが様々な形で発露された1年だった。しかしチャーリー・カーク暗殺以後、反トランプと暴力を結びつけないため、民主党は平和的デモを成功させる必要に駆られていた。各種支持母体が時間をかけて仕込み、統一性を重視した「掛け声」「歌の歌詞」が事前共有されていた。大人数で全米の都市を反トランプの勢力が埋め尽くしたドローン撮影映像は有権者を興奮させるのには十分だった。

「反トランプ」という接着剤の麻薬的な力の表裏

ただ、民主党がこれだけの規模のデモを組織するのに1年かかった苦悩の裏には、民主党が20年前のように首尾良くまとまれることを保証しない党内亀裂の現実が透ける。掲げるメッセージの統一に二転三転したからだ。2017年は「女性」の闘いにあらゆるリベラルが乗っかるメッセージ統一がなされた。だが、今回民主党幹部筋が恐れたのは、「女性の行進2.0」を統一メッセージにして「アイデンティティ政治」路線に傾倒することでMAGAを利することだった。ゆえにトランプ攻撃の焦点を「経済政策」「アイデンティティ政治」の2択から逸らし、結果として「権威主義的」「強権的」な「王」トランプを否定し、個別の政策ではなく「政治スタイル批判」で統合する道を選んだ。

「反トランプ」以上に民主党内各派を統合する接着効果のあるテーマはない。そして人格攻撃はしやすい。だが、スタイル批判は包括的な一方、弱点も多々ある。

第1に、政策上の具体性の薄さが際立つ弊害だ。同じ大規模な全米デモでも、「公民権デモ」「減税デモ(ティーパーティ)」「女性の権利」「反戦デモ」のような具体的メッセージがあれば良いが、それがないデモは政権不満に終始しがちで、ともすれば人物批判の延長で個人攻撃に堕し、政権奪取への現実感を遠ざけ、無党派に嫌悪感を抱かせることもある。

第2に、この手法がトランプとMAGAに通用するかどうかだ。トランプの人格問題はこれまで散々試されてきた。2016年大統領選挙でトランプが身体障がい者の記者の言動をモノマネする映像が流されたとき、共和党系戦略家もさすがにトランプは終わった、障がい者の身体的動きを馬鹿にする行為をする人は大統領にはなれないと落胆していた。民主党もこれで勝利だと浮き足だった。ところが岩盤支持基盤のMAGAは応援を続け、大勢には影響しなかった。トランプ・ウオッチャーの間ではこの「事件」がトランプのスキャンダル乗り越え基準の一つの物差しになっている。そもそも人格上は問題ありと認定された上での大統領就任、さらに再選なので、もはや女性スキャンダルなどではびくともしない。「王」のように独断だという指摘も、MAGA的には「強いリーダーシップ」に変換され、批判にならない。MAGAが嫌うのは「何もしない」「有言不実行」「事なかれ」であり、ICEによる強行的な移民強制送還もトランプは強権「演出」としてあえてしている。賞賛と嫌悪の「印象スイッチ」が同じ人物、同じ現象でも真逆の反応になる(詳細は共和党編、参照)。

第3に、「王」「権威主義」というメタファーの比較政治上の問題だ。これらの単語はアメリカのリベラル内では、メディアでもSNSでも社交でもこの1年の「嘆き」の主流メタファーと化している。「アメリカが権威主義国になって今日で〜日」という「嘆き」は、オピニオン番組のアンカーや左派インフルエンサーのお決まりの文句ではあり、アメリカらしい健全な風刺である。しかし、デモの自由すらない国との対比では、言葉の矮小化や麻痺、ある種の「権威主義」のインフレーションを招く面もある。『アステイオン』(2025年5月)の拙稿で述べたように5「アメリカのデモクラシーは死んだ」という「死亡宣告」も、かつてアメリカの民主主義には見られなかった次元の問題が生じている健全な経年分析としての比喩であるが、あくまで純アメリカ国内的な意味での自国批判である。最高権力者を実名で批判できるジャーナリズムが存在しない、あるいは命懸けの覚悟がいる社会との比較では誤解も招く。逆説的だが、アメリカ政治を「権威主義的」と感じる人が増える過程で、とりわけ若い世代のアメリカ人が海外の権威主義体制に抱く問題意識が相対的に低下する「内向き」現象、あるいは「アメリカも権威主義ですが、おたくもなんですか」という質的な差を度外視した一般化現象の両極が芽吹いている。この質的な差の麻痺状態が、民主主義という制度やアメリカの威信を溶解させる海外からの認知戦の格好の侵入口を提供している側面も否定できない。
 
しかし他方で、「王による支配は懲り懲り」というデモが、「王」に弾圧されずに実現できる自由を世界に見せた逆説的なソフトパワー効果もあろう。カーク殺害のコメントで一時ABC放送の番組を降ろされたコメディアンのジミー・キンメルも元気に画面に復帰している(言論の自由の危機として降板を憂慮した支持者はABCの親会社ディズニー関連の動画サブスクリプションの解約運動で圧力をかけた)。「王」の「圧政」下でも、「王」に歯向かう市長が選挙で堂々と誕生する。
 
「死んだふりの無策と愚策の民主党執行部」「現職不人気とエスタブリッシュメント候補」「パレスチナ」「全米デモ」、これら政治的背景のもと民主社会主義者のニューヨーク市長が誕生した。トランプ政権でなければ、クオモが出馬していなければ、ガザの被害にバイデン=ハリス政権が冷淡でなければ、そして多文化都市ニューヨークでなければ、どんなに経済政策が野心的でも、勝利は起きていない。社会主義的な経済政策は、民主党全体のアジェンダとしての党内信認を得たものでもないし、全米の民主党が同じ路線で一致団結しているわけでもない。特定の都市や州の文化差は大きい。
 
経済格差か、アイデンティティ政治か、の民主党内の優先順位をめぐる路線対立は棚上げされたままだ。「トランプ連合」は決して「弱体」ではなく、共和党は「NY 市長を見よ。民主党の勝利を放置するとアメリカが社会主義になる」という恐怖を煽るレトリックの武器を手に入れたとも言える。

*次回民主党編②では、トランプ政権批判の軸が定まらない民主党のアイデンティティ危機について「バイデン批判」の問題から考える(「トランプ2.0のアメリカ」民主党編② 挙党的バイデン叩きと「嘆きの党」民主党の今を彩る3冊の「暴露本」)。

(了)

  1. 渡辺将人「米大統領選とアメリカ政治の行方(全2回)第1回 トランプが地滑り的大勝でなくてもハリスが決定的敗北な理由──」、『Intelligence Nippon』2024年11月28日、<https://www.intelligence-nippon.jp/2024/11/28/2147/> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「米大統領選とアメリカ政治の行方(全2回)第2回 共和党の変質と非関与主義──トランプ外交と台湾の事例」、『Intelligence Nippon』(2024年12月26日)、<https://www.intelligence-nippon.jp/2024/12/26/2513/> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「共和党の崩壊と保守主義の終焉?:共和党とトランプ」『公益財団法人日本国際問題研究所』(2025年6月9日)、<https://www.jiia.or.jp/research-report/us-fy2025-01.html> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「米リベラル失速のわけ:「進歩的すぎる」困窮労働者が敬遠、トランプ氏支持へ」『朝日新聞』(2025年1月8日)<https://www.asahi.com/articles/DA3S16121539.html> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「アメリカ政治報道の危機」、『世界』(2025年2月号、82-90ページ)。同論考については、以下の書評を参照いただきたい。「渡辺恒雄伝と米国リベラルメディア考」(産経新聞 論壇時評 2025年2月号)<https://www.sankei.com/article/20250123-DYBZENONHBLFLKEYJQBIESSTFY/> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「トランプ時代のジャーナリズム論」『アステイオン』102号(2025年5月138-150ページ)。<https://www.newsweekjapan.jp/asteion/magazine/vol102/> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「トランプ暴風でアジアは?:外交も「内向き」志向鮮明」、『東京新聞』(2025年2月26日)<https://www.tokyo-np.co.jp/article/388159> accessed on November 20, 2025.
    渡辺将人「カマラ・ハリスの敗因:民主党は立ち直れるか」『安全保障研究』(6巻4号2025年 33-43ページ)。(本文に戻る)
  2. 渡辺将人「アメリカ政治の文脈:2つの分断と「外交の内政化」『ウクライナ危機以後:国際社会の選択と日本』加茂具樹編著(東洋経済新報社、2025年)
    渡辺将人「二〇二四年大統領選挙:民主党敗北と民主主義の危機」『トランプのアメリカ:内政と外交、そして世界』佐橋亮・梅川健編(東京大学出版会、2025年)(本文に戻る)
  3. 渡辺将人「2024年大統領選挙とアメリカ政治の行方」日本選挙学会(2025年5月19日、慶應義塾大学三田キャンパス)
    渡辺将人「トランプ時代の直接民主主義と政党:予備選挙の問題から」アメリカ学会(2025年5月31日、北海道大学)(本文に戻る)
  4. James Carville, “It’s Time for a Daring Political Maneuver, Democrats,” The New York Times, February 25, 2025, <https://www.nytimes.com/2025/02/25/opinion/democrats-trump-congress.html>, accessed on November 20, 2025.(本文に戻る)
  5. 渡辺将人「トランプ時代のジャーナリズム論」『アステイオン』102号(2025年5月138-150ページ)。<https://www.newsweekjapan.jp/asteion/magazine/vol102/>, accessed on November 20, 2025. accessed on November 20, 2025.(本文に戻る)

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  • 渡辺将人「トランプ2.0のアメリカ」民主党編②『挙党的バイデン叩きと『嘆きの党』民主党の今を彩る3冊の『暴露本』
  • 渡辺将人カマラ・ハリス 3つの悩み:民主党史上最強の「ドリームチーム」か脆弱な「パッチワーク」か
  • 渡辺将人「トランプ党」完成化とケネディ支持派のリバタリアン合流」
  • 渡辺将人「ウォルズ夫妻と中国:天安門事件の年から、広東とチベットに広がった「物語」
  • 渡部恒雄「10月7日ハマスのイスラエルへのテロから一年:中東と国際秩序は危険水域に入った」
  • 渡辺将人「ヴァンスはオバマと同じ「物語候補」 -Dreams from My FatherとHillbilly Elegy」
  • 西山隆行「J.D.ヴァンスの副大統領指名と共和党のトランプ党化、その限界」
  • 渡辺将人「民主党左派とカマラ・ハリス:「擬似サンダース政権」継続圧力と予備選の洗礼なき指名の功罪
  • 渡辺将人【特別転載】「アメリカのエスニック「部族主義」ハリスとオバマともうひとつの人種問題」
  • 中山俊宏「ヒルビリー・エレジー的言説がどうしても必要だった理由」

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