分極化時代の連邦最高裁判所―その正統性をめぐって

西山 隆行
2022-2023年期の最高裁判決
米国の連邦最高裁判所は毎年9月に審理を開始し、翌年の6月後半から7月初旬に最も重要な判決を出す。2022-23年期については、2023年6月中旬にはアラバマ州の選挙区割りを扱ったAllen v. Milligan判決や、ネイティヴ・アメリカンの土地問題を扱ったHaaland v. Brackeen判決など、リベラル派の選好に合致する判決が出された1ものの、それ以降最高裁は、大学入試に際して人種を考慮すること(積極的差別是正措置)に対する違憲判決2や、バイデン政権が大統領令で行った学生奨学金の返還免除に対する違憲判決、同性婚に対するサービス提供を言論の自由を根拠として拒絶する権利を認める判決など、保守的な内容を持つ判決を立て続けに出した。全体としては、保守優位の判決が基調となったといえる。
2022-23年の判決が出された後の7月3日から27日にかけてギャラップ社が行った世論調査では、連邦最高裁判所に対する支持率は40%と昨年9月とほぼ同様であり、大きな変化は見られなかった。同社の調査によれば、2017年から2021年中盤まで、連邦最高裁判所に対する支持率は49%以上だったのが、2021年9月にテキサス州が妊娠6週目以降の中絶を禁ずる法律を施行したのを差し止めなかったことや、人工妊娠中絶の権利を否定した2022年6月のドブス判決を受けて低下した。同社は2000年9月に連邦最高裁判所に関する調査を始めたが、これまでの支持率の平均値は51%であり、支持率が低下していることがわかる3。
近年の連邦最高裁判所に対する支持率については、党派による違いが顕著になっている。共和党支持者の62%が支持する一方で、民主党支持者の支持率は17%と低くなっていて(支持政党なし層は41%)、その差が45ポイントというのはギャラップ社が同様の調査を始めて三番目に大きい4。ドブス判決が出る前の2020年、21年には支持率について党派による相違がほとんどなかった。今回の調査結果は、米国政治を特徴づけている分極化が司法の部門にも及んでいることを象徴的に示しているといえるだろう5。
連邦最高裁判所に対する不信
法の支配を体現する機関であるはずの連邦最高裁判所に対する信頼・支持が低下しているのは、大いに問題である6。米国において連邦最高裁判所は、時に民主政治を守る機構として位置付けられることもある。代表的なのは、2000年大統領選挙の結果をめぐる動きである。民主党候補のアル・ゴアと共和党候補のジョージ・W・ブッシュが争った同選挙の最終的な勝敗は、フロリダ州の結果によって決まることとなった。だが、フロリダ州の結果は僅差であり、開票方法の妥当性をめぐって二大政党間で対立が生じた。その際には、憲政上の危機(Constitutional Crisis)が語られたが、連邦最高裁判所が最終的にブッシュに有利な判決を出すと、同判決の結果を受け入れるべきだとの態度を世論も示した。これは、当時連邦最高裁判所に対する信頼度が高かったこと、そして、その正統性が認められていたことの反映である。
だが、今日の連邦最高裁判所はそのような信頼を持たれていないように思われる。2022年6月に連邦最高裁判所は、1973年に出されたロー対ウェイド判決を否定し、人工妊娠中絶の権利を否定した(ドブス判決)7。伝統的には、連邦最高裁判所が重要な判決を下すと、短期的には反発を招くことはあるとしても、長期的には最高裁判所が採用した立場に向けて世論も変動するとされてきた8。だが、民主党支持者はドブス判決に強く反発して連邦最高裁判所への信頼度を大きく低下させており9、この判決の結果を受け入れる見込みはない。
このように、連邦最高裁判所の正統性が、とりわけ民主党支持者の間で揺らいでいる理由として、6月の論考の注において3つの理由を提示した。第一は、連邦最高裁判所判事の欠員補充、具体的には後任候補の承認手続きをめぐり、共和党の上院院内総務を務めていたミッチ・マコーネルが2016年と2020年で異なる対応をしたことである。第二は、引退を表明したアンソニー・ケネディの後任として2018年にトランプが指名した保守派のブレット・カバノーに、10代の頃に性的暴行事件を起こしたとの疑惑が複数存在したことである。第三は、保守派判事のクラレンス・トーマスとサミュエル・アリートに、共和党大口献金者から接待や便宜を受けていた疑惑が相次いで浮上したことである。保守派判事が豪華な接待を受けて、一般国民とはかけ離れた良い暮らしをしているとの印象は、最高裁判所の正統性を大いに傷つけている10。
これに加えて、連邦最高裁判所判事が実は就任時点で幅広い国民からの支持を得られていないことが問題ではないか、という指摘もある。連邦裁判所判事は、大統領が指名した人物を連邦議会上院で承認することで、その民主的正統性を担保しているとされる。だが、最高裁判事の承認を支持した上院議員が代表する各州の有権者の数を合計し、それが全国民中に占める割合を調べてみると、保守派判事6名のうち4名が50%を下回っている。具体的には、クラレンス・トーマス(49%)、ニール・ゴーサッチ(45%)、ブレット・カバノー(44%)、エイミー・バレット(48%)が50%を下回っており、サミュエル・アリート(51%)も辛うじて50%を超えているだけである(首席判事のジョン・ロバーツは64%である)。他方、リベラル派判事については、ケタンジ・ブラウン・ジャクソン(57%)、エレナ・ケーガン(65%)、ソニア・ソトマイヨール(72%)といずれも50%を上回っている。連邦最高裁判事の選任は規則に基づいて行われているものの、保守派ブロックを構成している判事の就任を善しとしなかった上院議員が代表する国民の数が、総人口の半数を上回っていることが、連邦最高裁判所に対する不信感の基となっている可能性もあるかもしれない11。
連邦最高裁判所の正統性
以前のペーパーでも記したとおり、米国の三権分立の中で連邦裁判所が持つ政治的資源は限定的である。連邦議会は有権者からの負託を得た多くの議員がいるという点で、大統領は全国民を代表するという点で民主的正統性を得ているが、連邦最高裁判所はそのような直接的な民主的正統性を得ていない。にもかかわらず、連邦最高裁判所は、時に多数派の利益に反する判決を下す必要があるし、2000年のブッシュ対ゴアの事例のように政治に大きな影響を及ぼす決定をすることもある。このため連邦裁判所は、その判断を権威あるものとして提示する必要があるのである。
連邦最高裁判所に対する国民の支持と、立法部門や行政部門に対する国民の支持の強さを比較して、前者が強い場合は連邦議会も大統領も司法部の判断を受け入れるだろう。だが、連邦最高裁判所に対する支持が低下している状態では、連邦議会も大統領も、最高裁判所の下した判決を強く批判することで自らに対する支持を強化しようとするかもしれない。連邦最高裁判所に対する信頼度が低い場合は、大統領がその判決に沿った政策執行をしないかもしれないし、連邦議会が判決を覆す内容の法律を制定しようとするかもしれない。権力分立制度の中で、それぞれの機構は自らの組織的な利益を最大化するべく務めるのである。
判決内容に基づいた政策執行を行政部門がしてくれなかったり、立法部門がその内容を否定する法律を定めたりするようになれば、裁判所の威信は揺らいでしまう。国民が裁判所の判断に反発する状況は、このような行政部門と立法部門の行動を誘発する可能性がある。個々の判事がその信念に基づいて判断を下すことは重要だが、裁判所自体の威信が低下してしまっては意味がない。このような判断を連邦最高裁判所判事、とりわけ、キャスティングボートを握る判事が行っている可能性は高い。
実際、キャスティングボートを握る判事は世論の動向を踏まえて戦略的に行動する傾向がある。例えば、2015年に同性婚の権利を認めるオバーゲフェル判決が出された際には、ケネディ判事が同性婚を容認したことが重要な意味を持った。当時は連邦最高裁判所の構成は、保守派4名、リベラル派4名、保守寄り中道派1名(ケネディ)だと指摘されていた。同性婚に対する世論の支持はオバマ政権期の2010年頃に急速に増大し、その傾向が定着した。裁判所が下級審から提起された問題のうちどれを取り上げるかを決定する上でも、また、それについて判決を行う上でも、世論の動向を踏まえた決定がされたことは、様々な研究で指摘されている12。
また、ケネディ判事が引退して連邦最高裁の構成が保守派5名、リベラル派4名になった際にキャスティングボートを握ったのはロバーツ首席判事だが、彼もしばしば戦略的な行動をとった。2012年に、いわゆるオバマケアの合憲性をめぐる審議が連邦最高裁判所でなされ、オバマケアが原則として全ての国民に医療保険の購入を義務付けたことの妥当性が焦点となっていた。当初、アリート、トーマス、ケネディ、アントニン・スカリア、ロバーツの5名の保守派判事が州際通商条項の解釈に基づいて、連邦議会にはそのような義務付けを行う権限はないということで見解が一致していた。だが、オバマ大統領や上院司法委員会委員長のパトリック・リーヒーらが同法の合憲性を認めるよう求めた。また、各種メディアで政治記者や法律専門家が、同法に対する国民の支持の高さを考えると、同法を無効化する判決を出すことになれば連邦最高裁判所の正統性に疑問符が付く、とのコメントを出すようになった。その中でロバーツは、同法を無効化する判決を出してしまうと、裁判所に対する道義面での疑念が強まって、国家的な紛争を最終的に調停する者として連邦最高裁に向けられていた敬意が損なわれる、と考えるようになった。その結果、他の保守派判事からの反発を押しのけ、(州際通商条項ではなく)連邦議会の徴税権の解釈を根拠に同法を合憲と認める判決文を執筆するに至った13。
だが、連邦最高裁の構成が保守派6名、リベラル派3名と保守派優位の傾向がより鮮明になり、ロバーツがどのような行動をとっても保守的な判決が出ることが想定されるようになると、ロバーツは銃規制、EPA判決、ドブス判決などの論争的かつ重要な判決について保守的な判決を下すようになった14。これはむしろ、裁判所の構成が保守優位になったのを受けて、批判を退け、保守的な判決の重みを増大させるために、保守的な立場をとることが連邦最高裁判所の利益に資すると判断した結果なのかもしれない15。
分断時代の裁判所の在り方とは
現在の米国政治は分断と対立激化をキーワードにしており、その傾向は司法部門にも及んでいる。他方、連邦最高裁判所は米国の政治社会の分断を防ぐうえで重要な役割も果たしうる機関である。それを可能にするためには、連邦最高裁判所は正統性を確保せねばならない。
だが、連邦最高裁判所が正統性を確保するのは、必ずしも容易ではない。裁判所に対する人々の態度は、政治学者のデイヴィッド・イーストンが言うところの特定的支持と拡散的支持という用語を用いて説明されてきた。特定的支持とは人々が自らの要求と照らしてアウトプットを肯定的に評価した時に与えられる支持の態度であり、これをジェイムズ・ギブソンは「パフォーマンスに対する満足」と表現している。他方、拡散的支持とは、自らの利益や選好に反するようなアウトプットが出された場合にもそれを受け入れるような好意的態度のことであり、同じくギブソンはそれを「正統性」あるいは「忠誠」と呼んでいる16。
裁判所が自らの政治的立場を強める上では、特定的支持と拡散的支持の両方を獲得するのが望ましい。だが、裁判所はその性格上、特定的支持の獲得を目指して行動するのが妥当でない場合も多く、一部の国民の利益に反する判断をせねばならない時もある。それゆえに、自らの利益に反する判決が出された場合にもその結論を受け入れてもらえるか、拡散的支持を得られるか、が重要になるのである。
連邦最高裁判所が正統性を確保するために、支持を得たいと考える人の利益・関心に沿った判決を下すのは、必ずしも容易なことではない。伝統的に連邦最高裁判所は世論の動向に合致した判決を出す傾向が強いと指摘されてきたが、今日のように世論が分極化している状態では、世論の動向を踏まえて戦略的に判事が行動するのも容易ではない。今日の状況で実施可能なのは、トーマスらの接待疑惑への対応を兼ねて裁判所判事が守るべき倫理規定を定めることぐらいかもしれない。
分断時代において連邦最高裁判所は、正統性の確保という困難な問題に直面している。最高裁判所の正統性の低下は、法の支配という米国の根幹をなす価値を揺るがす危険を秘めている。中国をはじめとする権威主義体制の国々が、効率性などの点において民主主義体制に対する優位を主張している現在、民主主義の擁護者たる米国は、その国際的威信を守るためにも、連邦最高裁判所の正統性を再確立する必要に迫られているのである。
(了)
- アラバマ州の選挙区割りを扱った判例については、西山隆行「米連邦最高裁判所とアラバマ州連邦下院選挙区割り―保守派判事の驚きの判断の背景」笹川平和財団(SPF)アメリカ現状モニターNo.137、2023年6月28日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_137.html> (2023年10月11日参照)。(本文に戻る)
- 積極的差別是正措置をめぐる判決については、西山隆行「積極的差別是正措置の終焉」笹川平和財団(SPF)アメリカ現状モニターNo.139、2023年7月28日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_139.html>(2023年10月11日参照)。(本文に戻る)
- Jeffrey M. Jones, “Supreme Court Approval Holds at Record Low,” Gallup, August 2, 2023, <https://news.gallup.com/poll/509234/supreme-court-approval-holds-record-low.aspx>, accessed on October 11, 2023.(本文に戻る)
- 一番大きかったのは2022年6月のドブス判決時の61ポイント(共和党支持者が74%、民主党支持者が13%)で、二番目が2015年に連邦最高裁判所が同性婚を認めるとともにオバマ政権の医療保険政策を認めた後の58ポイント(民主党支持者が76%、共和党支持者が18%)である。Ibid.(本文に戻る)
- ピュー・リサーチ・センターが7月10日から16日にかけて実施した連邦最高裁判所に対する好感度調査では、連邦最高裁判所を好ましいと感じているのは44%、好ましくないと感じているのは54%であり、好感度は2020年から26ポイント低下している。党派別の好感度の差も顕著で、民主党支持者(民主党寄り無党派も含む)で連邦最高裁判所に好感を示しているのは24%に過ぎず、共和党支持者(共和党寄り無党派も含む)は68%が好感を示している。ピュー・リサーチ・センターは連邦最高裁判所の党派性に関する世論の認識についても調査を行っており、50%が保守的、7%がリベラル、40%が中道と回答している。共和党支持者は57%が中道と回答しているのに対し(保守的と回答したのは32%、リベラルと回答したのは9%)、民主党支持者は71%が保守的(中道と回答したのは24%、リベラルと回答したのは4%)である。Katy Lin and Carroll Doherty, “Favorable views of Supreme Court fall to historic low,” Pew Research Center, July 21, 2023, <https://www.pewresearch.org/short-reads/2023/07/21/favorable-views-of-supreme-court-fall-to-historic-low/> , accessed on October 11, 2023.(本文に戻る)
- 様々な世論調査機関が連邦最高裁判所に対する評価を調査しているが、調査機関により、質問時に用いられる用語が異なっている。Gallup社は最高裁判所に対する信頼度(trust)と支持(job approval)を問うているのに対し、Pew Research Centerは支持率に加えて好感度(favorable rating)、General Social Survey (GSS)は信用(confidence)を問うている。(本文に戻る)
- 西山隆行「大胆な判例変更、党派性、民意に反する判決。米国の司法政治の特徴とは?」Yahoo! Japanニュース、2022年6月26日、<https://news.yahoo.co.jp/byline/nishiyamatakayuki/20220626-00302613>(2023年10月11日参照)、西山隆行「米国連邦最高裁判決と党派性」笹川平和財団(SPF)アメリカ現状モニターNo.120、2022年7月14日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_120.html>(2023年10月11日参照)。(本文に戻る)
- Joseph Daniel Ura. “Backlash and Legitimation: Macro Political Responses to Supreme Court Decisions.” American Journal of Political Science 58, no. 1 (2014): 110–126.(本文に戻る)
- Jones, “Supreme Court Trust, Job Approval at Historical Lows.”(本文に戻る)
- 西山「米連邦最高裁判所とアラバマ州連邦下院選挙区割り―保守派判事の驚きの判断の背景」注5を参照。 <https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_137.html>(2023年10月11日参照)。(本文に戻る)
- Dan Balz and Clara Ence Morse, “American democracy is cracking. These forces help explain why,” Washington Post, August 18, 2023, <https://www.washingtonpost.com/politics/2023/08/18/american-democracy-political-system-failures/>, accessed on October 11, 2023.(本文に戻る)
- 西山隆行「アメリカ合衆国における同性婚をめぐる政治」『立教アメリカン・スタディーズ』No. 38、2016年、131―151ページ。(本文に戻る)
- Jan Crawford, “Roberts switched views to uphold health care law,” CBS News, July 2, 2012, <https://www.cbsnews.com/news/roberts-switched-views-to-uphold-health-care-law/>, accessed on October 11, 2023; Jeffrey Toobin, The Oath: The Obama White House and the Supreme Court (New York: Knopf-Doubleday, 2012).(本文に戻る)
- 西山「大胆な判例変更、党派性、民意に反する判決。米国の司法政治の特徴とは?」、西山「米国連邦最高裁判決と党派性」(本文に戻る)
- 保守派判事のなかでも、とりわけロバーツは、バランシングを重視していた。今日では、トーマスとアリートは徹底した保守の立場で一貫しているが、ロバーツ、カバノー、バレットは、ホームズ以来のプラグマティックな法解釈の方法にも理解があるため、状況に応じては立場を変更させる可能性があるかもしれない。(本文に戻る)
- David Easton, A Systems Analysis of Political Life (New York: John Wiley, 1965); James L. Gibson, Electing Judges: The Surprising Effects of Campaigning on Judicial Legitimacy, (Chicago: Chicago University Press, 2012).(本文に戻る)