積極的差別是正措置の終焉
西山 隆行
2023年6月29日に米国の連邦最高裁判所は、大学の入学試験に際して積極的差別是正措置を採用することに違憲判決を出した。Students for Fair Admissions(学生やその親がメンバーとなっている保守系の非営利組織)が、積極的差別是正措置によってアジア系アメリカ人が不当な差別を受けているとしてハーバード大学を、また、大学は入学試験に際して人種を考慮してはならないと主張してノースカロライナ大学を訴えた二つの事件が扱われた1。連邦最高裁判所の多数派は、積極的差別是正措置は全ての国民に法の平等な保護を義務づけた合衆国憲法の修正第14条に違反すると判示した。
1960年代に導入され、50年以上も実施されてきた積極的差別是正措置とはどのようなものだったのだろうか。また今回の判決は、どのような影響を米国の政治・社会に及ぼすのだろうか。本稿ではこれらの点について検討したい。
積極的差別是正措置とは?
積極的差別是正措置とは、黒人などのマイノリティの状況を改善するために、積極的に差別を是正するための措置をとろうという考え方で、ジョン・F・ケネディ大統領が大統領令で初めて表明したものである。リンドン・ジョンソン大統領が用いた比喩を一部借りて言えば、「それまで鎖につなぎ留められていた人の鎖を外して自由競争だといっても公正な競争にはならないので、公正な競争ができるようにするための条件を整えよう」というのが当初の目的であった2。ケネディやジョンソンが念頭に置いていた積極的差別是正措置は、教育改革など広範な内容を含んでいた。
今日積極的差別是正措置といって多くの人が想起するのは、クオータ制かプラス評価制だろう。クオータ制とは、企業の役員となる人のうち一定割合は黒人から選ばなければならないというような、人種別の割り当て制度のことである。プラス評価制とは、例えば、誰かを雇わなければならない時に、黒人と白人が同等の能力を示している場合には黒人を雇用するというものである。
このクオータ制やプラス評価制を積極的に導入し始めたのは、実は共和党のリチャード・ニクソン大統領やロナルド・レーガン大統領だった。積極的差別是正措置という考え方は国民からも一定程度支持されていたものの、ジョンソンらが念頭に置いていた教育改革などは多くの資金を必要とする。それに対して、人種的な割り当てをするとか、同等の能力を示す場合に黒人を採用するという措置には費用がかからないことから、共和党の大統領にも受け入れ可能だったのである。
高等教育機関における積極的差別是正措置の妥当性については、公民権法第4篇との関連について、議論が提起されている。公民権法第4篇は、公的教育機関における人種統合と、入学者選抜や在学中の審査に際して人種や肌の色、出身国を理由とした差別の禁止を命じている。この立法趣旨は黒人の入学を容易にすることだったが、規定をそのまま読めば、入学者選抜は学力をはじめとする個人の能力に基づいて審査されるべきということになる。出願者の人種や民族を選考時に考慮に入れることの妥当性が問われているのである。
1978年にカリフォルニア大学理事会対バッキー判決で判決文を執筆した連邦最高裁判所のパウエル判事は、クオータ制を用いて人種のみを合格基準とするのは法の下の平等を定めた合衆国憲法修正第14条に違反するために違憲だと判断したが、入学者選抜時に人種や民族を、学力や運動の実績、奉仕活動などと並んで審査項目の一つとするのは問題がないと判示した。これを基に、公立大学や連邦政府から補助金を受給している私立大学が、在学生の多様性を生み出すという名目で、マイノリティに配慮した入学者選抜を行うようになった(ただし、アジア系については所得水準や進学率が高いこともあり、他の人種や民族集団と比べて高い合格水準を求める大学も登場し、逆差別ではないかとの訴訟も提起されるようになった)。
その後、2003年にはミシガン大学を当事者として二件の訴訟が提起された。一方のグラッター判決(Grutter v. Bollinger)では、高等教育の場で多様性が重視されることの教育上の効果を認めて、人種を判断基準の一つとすることが認められた。もう一方のグラッツ判決(Gratz v. Bollinger)では、マイノリティの志願者に対してのみ点数を自動加算するというミシガン大学の措置は合衆国憲法修正第14条についての厳格審査条件を満たしておらず不適切であると判示した。このうち前者は法科大学院の入試を、後者は学部の入試を対象とする訴訟であったために評価の仕方にはやや難しい点もあるが、大学入試における人種的な考慮は、一定の条件を備えている場合には容認されていたといえるだろう。
なお、グラッター判決で決定票を投じたと評されているサンドラ・デイ・オコナー判事は、教育水準が高く人種的に多様な大学生が存在することは組織のパフォーマンスを上げる点で重要だとする軍や経済界のリーダーらの見解をまとめた法廷助言者の意見から影響を受けたとも指摘されている。また、オコナ―判事は、入試選抜時に人種を考慮する期間は限定されるべきだとし、今後25年間でこの策が不要になることを期待していると記していた。
積極的差別是正措置への支持が低下した理由
では、かつては党派を超えて一定の支持があった積極的差別是正措置が、今日否定的にとらえられるようになったのはなぜだろうか。
一つには、積極的差別是正措置が公民権運動の目指していたもの(と理解されているもの)から離れてしまったという認識がある。積極的差別是正措置も、元々は公民権運動から派生した施策だった。だが、公民権運動が人種にこだわらずに黒人も白人も個人としてとらえて差別を撤廃しようという考えに立脚していたのに対して、近年採用されている積極的差別是正措置は、黒人と白人を区別して、人種カテゴリー別の措置を要請する点で、公民権運動とは異なる性格を持っていると考える人が存在するのである3。
第二の要因として、積極的差別是正措置で追及される内容、あるいは、積極的差別是正措置の目的が変質したことが指摘できる。当初積極的差別是正措置では、奴隷制などの「過去の人種差別に対する補償」が目指されていた。だが、徐々に積極的差別是正措置の対象が、女性や民族集団に拡大する中で、「多様性の確保」「社会的代表性の確保」が目的なのだと理解されるようになっていった。
このような中で、第三に、積極的差別是正措置は、実は正義に反するのではないかという考え方が提起されるようになった。まず逆差別の問題が提起されている。マイノリティを積極的に登用するということは、十分な能力を持っていたにもかかわらず登用されなかったマジョリティの人員が存在することを意味する可能性が高い。また、過去の差別に対する補償ではなく、多様性や社会的代表性を確保するということであれば、米国で奴隷だった祖先を持つ人でなく、近年アフリカ等から移民してきた人々を取り込めばよいということになる。だが、彼らは出身国ではむしろエリートに属する人々である可能性もある。グローバルな次元での人種差別という形で議論の次元を拡大すればそのような登用を正当化することも可能かもしれないが、その妥当性について十分に検討されていない状態では、不満を抱く人がいても不思議でない。
積極的差別是正措置に対する世論
積極的差別是正措置をめぐる世論をつかむのは、実は容易ではない。世論調査の質問文に少し違いがあるだけで結果が大きく異なることがあるのは世論調査の常だが、例えば「過去の差別を是正するために導入された」などの説明文が質問文に入っている場合には支持率が高くなるという。
積極的差別是正措置の支持率については調査会社による差異が顕著である。例えばギャラップ社の調査によるならば、人種的マイノリティに対する積極的差別是正措置を支持する割合は、2001年と2021年の数値を比べると、白人の場合は44%から57%、中南米系の場合は64%から79%と上昇している(なお黒人の場合はいずれも69%である)4。また、NPRとPBS NewsHour、Maristが実施した調査では、雇用や昇進、大学入試に際して積極的差別是正措置を継続するべきと回答した人が57%で、廃止派の38%を上回っている5。
だが、他の調査会社が実施した調査では、積極的差別是正措置に対する支持は低下しており、今回の判決に対しても支持する声が強いことがわかる6。
例えば、今年3月27日から4月2日に行われたピュー・リサーチ・センターの調査によれば、大学入試に於いて人種や民族を考慮することを支持しない人の割合が増大している(支持が33%、不支持が50%)。人種別に見た場合、黒人は支持が47%、不支持が29%と支持する割合が高くなっているが、中南米系は支持・不支持共に39%と同率で、アジア系と白人は不支持が上回っている(アジア系は支持が37%、不支持が52%、白人は支持が29%、不支持が57%)。支持政党別にみると、共和党支持者では支持が14%、不支持が74%、民主党支持者では支持が54%、不支持は29%となっている7。
また、YouGovとCBSが行った調査では、積極的差別是正措置自体については存続派が廃止派を上回ったが(53%と47%)、大学入試において人種を考慮することを認めるべきかを問うた場合には、認めるべきと回答したのは30%だけで70%は否定的だった8。
米国では今日でも人種差別が問題だという認識は存在しているが、それを乗り越えるためには個人が重要な役割を果たすべきだ、という考えが強くなっている。New Public AgendaとUSA Today、Ipsosが共同で2023年2月と3月に実施した調査によれば、回答者の63%が、人種差別が有色人種の成功の妨げになっていると回答しているが、より多くの人が、人種差別を乗り越えるためには政府や学校ではなく個人が重要な役割を果たすべきだ、と回答している。世論の多数は、黒人や中南米系、アジア系、ネイティブ・アメリカンのコミュニティに対して資源を追加的に投下するよりも、平等に提供するべきだと回答しているのである9。また、2021年のピュー・リサーチ・センターの調査によれば、共和党支持者の77%が、全ての米国人に平等な権利を保障するために、ほとんどあるいは何もする必要がないと回答している10。
判決に対する世論の評価と民主党
今回の判決については、世論はおおむね好意的だと評価されている。EconomistとYouGovの調査によれば、決定を評価するのは59%で批判的なのは27%にとどまっており、白人の場合は賛成65%と批判的23%で42ポイント差となっている。興味深いのは、積極的差別是正措置から最も多くの利益を得てきたと想定される黒人であっても、支持しない人は36%にすぎず、支持する人が44%だという。その理由として想定できるのは、多くの黒人にとっては今回の判決は個人的に関わりが乏しいことだろう。今年7月6日に発表されたYouGovの調査によれば、積極的差別是正措置が自らに直接的に影響すると回答した黒人の割合は19%に過ぎないからである11。
判決後に行われた世論調査で最も注目すべき点は、賛成・反対の強度の違いである。今回の判決を強く支持していると回答した人が46%なのに対し、強く反対すると回答した人は18%しかいない。若者はリベラルな傾向が強いが、18歳から29歳までの若者でこの判決を支持するのが49%、反対する者が26%であり、その中で判決を「強く支持する」を選んだ人が34%に対して「強く反対する」人は15%である。中南米系に関しては、判決に賛同する人が45%で反対する人が30%であるが、その中で強く賛成する人と強く反対する人だけで見ると割合は2対1である。選挙結果を左右するとされる人々に関しても、穏健派の賛否は56%と23%、支持政党なし層は57%対24%、郊外の有権者は59%対30%で、判決を支持する傾向が強い。いずれに関しても、強く賛成する人の割合は強く反対する人の2倍以上となっている(穏健派に関しては3対1の割合である)12。今日の米国では世論の分極化傾向が鮮明になっているが、全般的に賛成派が多いことに加えて、強く反対する人があまりいないという状況では、判決を覆そうとする動きも盛り上がりにくいだろう。
判決後、バイデン大統領など民主党の政治家は批判的なコメントを出している。だが、世論の反応が鈍いこともあり、彼らも具体的に積極的な活動をする動きはみせていない。左派の活動家や政治家の中で、大学が卒業生の子弟枠など、往々にして白人に有利な結果につながる入試を認めている場合に、その禁止を求めてバイデン政権が訴訟を提起するべきだと主張する人々が存在するが、バイデンらにそのような行動をとる意思はないだろう。
最後に、この判決が今後の大学入試にどのような影響を与えるかについては予想が難しい。現在ではカリフォルニアやフロリダ、ミシガンなど9つの州で公立大学の入試に際して人種や民族を考慮することが禁止されている。例えば、1998年にカリフォルニア大学が人種やジェンダー、民族を入試の要素として考慮しなくなった際には、黒人や中南米系の入学者数が40%減少したとされる。これは、それだけ多くの黒人や中南米系がそれまで優遇されていたということではなく、入試政策の変更を受けて、本来ならば合格したであろう優秀な黒人や中南米系の学生が受験を回避したためでもある。これに対し、今回の判決は、特定の州だけでなく、全ての州立大学と私立大学に適用される可能性が高いので、その影響を見定めるのは困難である。ひょっとすると、伝統的に資源に乏しいとされてやや下位に位置付けられていた大学に優秀なマイノリティの受験生が流れて、それらの大学の価値が上昇する可能性もあるかもしれない。あるいは歴史的に黒人の大学と考えられていた大学で受験生が増大する可能性も考えられるだろう。
他方、伝統的に多様性を重視してきた優秀な大学がこれまでと同様の多様性を維持することができるかも注目に値するだろう。入試時に人種や民族を考慮することができなくなったとしても、例えば卒業生の子弟枠を廃止すれば、白人の入学者比率は減少するだろう。白人人口比率の高いスポーツの推薦枠を減らし、マイノリティ人口比率の高いスポーツの推薦枠を増やすなどすれば、多様性を確保することができるであろう。また、コミュニティ・カレッジからの編入を積極的に認めてみたり、家計の状況を基準とした奨学金を拡充したりすれば、マイノリティの学生数は維持できるだろう。だが、これらの措置は制度的にも財源的にも困難な場合が多い。
今回の判決が米国の政治・社会に、どのような影響を及ぼすか、注目される。
(了)
- 各種報道によれば、2020年の秋学期に、ノースカロライナ大学チャペルヒル校では、学部学生の57%が白人であり、黒人は8%、アジア系は12%、中南米系は9%で、外国人留学生は4%となっている。ハーバード大学の場合は、2020年の段階で、学部生の36%が白人、11%が黒人、21%がアジア系、12%が中南米系、11%が留学生となっている。だが、今日では自らを多人種で多様な民族的背景を持っていると考える学生が増えていることを考えるならば、このような数字がどれだけ状況を適切に反映しているかの評価は分かれるといえよう。(本文に戻る)
- Lyndon B. Johnson, “Commencement Address at Howard University: ‘To Fulfill These Rights’,” The American Presidency Project, June 4, 1965, <https://www.presidency.ucsb.edu/documents/commencement-address-howard-university-fulfill-these-rights> accessed on July 25, 2023.(本文に戻る)
- もっとも、公民権運動についての理解も多様であり、公民権運動自体が実はよりドラスティックな内容を追及していたのだという主張を行う論者も存在する。だが、キングの立場とマルコムXらの立場を対比させて理解する見方が一般的に広がっているように思われるため、本稿はこのような表現を用いている。(本文に戻る)
- Gallup, “Race Relations,” <https://news.gallup.com/poll/1687/Race-Relations.aspx> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- Marist Poll, “The 2024 Presidential Candidates,” June 21, 2023, <https://maristpoll.marist.edu/polls/the-2024-presidential-candidates/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- Amelia Thomson-DeVeaux & Zoha Qamar, “The Supreme Court Could Overturn Another Major Precedent. This Time, Americans Might Agree,” Five Thirty Eight, October 28, 2022, <https://fivethirtyeight.com/features/the-supreme-court-could-overturn-another-major-precedent-this-time-americans-might-agree/> accessed on July 24, 2023; Monica Potts, “Most Americans Wanted The Supreme Court To End Affirmative Action — Kind Of,” Five Thirty Eight, June 29, 2023, <https://fivethirtyeight.com/features/american-opinion-affirmative-action/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- Pew Research Center, “More Americans Disapprove Than Approve of Colleges Considering Race, Ethnicity in Admissions Decisions,” June 8, 2023, <https://www.pewresearch.org/politics/2023/06/08/more-americans-disapprove-than-approve-of-colleges-considering-race-ethnicity-in-admissions-decisions/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- Anthony Salvanto, “CBS News poll finds most say colleges shouldn't factor race into admissions,” CBS News, June 21, 2023, <https://www.cbsnews.com/news/affirmative-action-supreme-court-college-admissions-opinion-poll-2023-06-21/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- 大学での活躍を実現するために、全てのコミュニティに平等に資源を投入すべきとする割合は61%、黒人、中南米系、アジア系、ネイティブ・アメリカンのコミュニティに追加的に投入すべきとするのが21%、これら集団に何よりもまず投入すべきとする人が8%であった。Ipsos, “Majority of Americans Believe Racism Adds Barriers to People of Color’s Success,” June 15, 2023, <https://www.ipsos.com/en-us/majority-americans-believe-racism-adds-barriers-people-colors-success> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- Pew Research Center, “Deep Divisions in Americans’ Views of Nation’s Racial History – and How To Address It,” August 12, 2021, <https://www.pewresearch.org/politics/2021/08/12/deep-divisions-in-americans-views-of-nations-racial-history-and-how-to-address-it/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- Aaron Blake, “Who’s okay with the affirmative action decision? Many Black Americans,” Washington Post, July 6, 2023, <https://www.washingtonpost.com/politics/2023/07/06/whos-okay-with-the-affirmative-action-decision-many-black-americans/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)
- William A. Galston, “A surprisingly muted reaction to the Supreme Court’s decision on affirmative action,” Brookings Institution, July 7, 2023, <https://www.brookings.edu/articles/a-surprisingly-muted-reaction-to-the-supreme-courts-decision-on-affirmative-action/> accessed on July 24, 2023.(本文に戻る)