はじめに

 1月20日に発足したアメリカのバイデン新政権は、国内問題や欧州や同盟国との関係修復など前政権の政策の見直しを図る一方で、ブリンケン国務長官が2月8日の国務省におけるCNNのインタビューにおいて、対中政策については前政権の政策を継承し、「我々は強い立場から中国と関わらなければならない」とその姿勢を表明した[1]。とりわけバイデン大統領自身が副大統領を務めたオバマ政権時代に南シナ海における中国の現状変更を許してしまった対応についても「台湾海峡を含むインド太平洋地域の安定を脅かす試みには、中国に責任を負わせる」と、ひときわ強い姿勢を示した[2]。こうした姿勢を反映して、政権発足から間もない2月5日には台湾海峡に駆逐艦を通峡させ、それ以降も継続的に艦艇の通峡を行っている。さらに日米間では、3月16日の日米2+2(外務・防衛閣僚による安全保障協議)の共同発表において「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調したことに加え、4月16日の日米首脳会談の共同声明においては2+2より踏み込んで「両岸問題の平和的解決を促す」との文言が加えられた。日米共同声明に「台湾」が明記されるのは日中国交正常化前の1969年以来となる[3]。

 一方、台湾との関係の悪化が続く中国は、トランプ政権下で対立が先鋭化するなかの昨年5月22日、李克強首相が全国人民代表大会における政府活動報告の中で、台湾との「再統一」に触れた部分でこれまで通例として付与していた「平和的」との文言を削除し、政策変更の可能性を示唆した[4]。さらに、台湾国防部によれば、昨年380回以上に及んだ中国軍機の台湾のADIZ(防空識別圏)への進入が、アメリカの新政権を試すかように発足直後の1月23日に13機、翌24日には15機の軍用機を台湾ADIZに飛来させた[5]。威圧飛行はその後も止むことなく、台湾国防部(国防省)によれば、中国の軍用機による台湾のADIZへの進入は、5月に入っても、この1カ月で20回以上起きている[6]。

 さらに、1月22日に成立した「海警法」については、日本、フィリピン、ベトナムが懸念を表明するなか、アメリカも国務省のプライス報道官が「この法律が中国の海洋近隣諸国を脅迫するために使用される可能性があることを強く示唆している。」と中国の心理戦への警戒感を示した[7]。

 こうした状況を踏まえ、まず本稿(前編)においては、緊張の継続とさらなる危機が予想される台湾情勢に関するアメリカの懸念とその対応における事態のエスカレーション・コントロールについて考察する。次稿(後編)においては、現在の法制度上、日本が台湾有事において取り得る対応について検討する。

1. 米国の対応

(1) アメリカの懸念

 3月に現職のインド太平洋軍司令官とその後任内定者が議会において、中国の台湾侵攻が「6年以内」あるいは「大方の予想より間近に迫っている」と証言した[8]。この懸念の背景には、膨張する中国の軍事力増強に対するアメリカの軍事力整備の遅れへの懸念も含意されている[9]。2025年時点の西太平洋地域における米中両軍の戦力比較によれば、展開する空母は米国の1隻に対して中国は3隻を保有する予定で、多機能戦闘艦は米国の12隻に対して中国は108隻と予想され、中国は潜水艦の6倍以上、9倍の軍艦をアジアの最前線に配備することになる。戦闘機についても、アメリカの250機に対して中国は1,250機の戦闘機を保有しており、2025年までに1,950機とする計画でアメリカ全体の8倍近くになる。さらには、中国の弾道ミサイルも現場に進出する海軍部隊に大きな脅威となる。

 アメリカは11隻の空母をはじめ全体では対中優位にあるとはいえ、紛争発生時に西海岸やアラスカから部隊を増派しても、日本列島から台湾、フィリピンへ至る第1列島線到着まで2~3週間かかるため、地の利がある中国の数的優位を覆すのは困難だ。

 加えて、完全に軍事化された海警局の存在も無視できない。従来の中央軍事委員会と国務院との二元統制下にあった海警局は、2018年の組織改編によって中央軍事委員会の一元指揮を受ける武装警察部隊に編入され軍隊としての性質がより明確となった[10]。兵力も1000㌧以上の海警局艦船について見れば、2012年には海上保安庁より少ない40隻であったが、2年後の14年には84隻、17年には136隻と驚異的な増勢が進んでいる[11]。この急速増勢の背景には、多数の海軍から転籍された艦船が含まれており、当初は転籍に際して砲を降ろしていたが、近年は搭載したままの艦船が多く確認されている[12]。海軍からの転籍が多いということは、艦船だけを転籍させて運用できるものではなく、常識的に考えれば乗員を含めての転籍と見るべきである。南シナ海における傍若無人な行動からも、このような転籍艦船の乗員は教育を受けた法執行官というより訓練された海軍の戦闘員であると言える。

 南シナ海沿岸各国は、このような中国の海警局の増強に対して、海上法執行機関の整備に注力しており、日米をはじめ多数の国が巡視船等の供与や法執行活動の教育等の支援に当たっている。台湾も3月の公表された向こう4年間の防衛指針に「グレーゾーン事態」に1章を割いてその脅威を強調している[13]。

 アメリカにとって中国が軍事力でアメリカを完全に凌駕し、台湾を奪取することで太平洋への安全な出口を手に入れることは、地域の安全保障にとどまらずアメリカ自身にとって見過ごせない問題である。台湾侵攻が「6年以内」という数字の背景にはこのような懸念も見て取れる。

(2) 事態のエスカレーション・コントロールの模索

 過去にアメリカは、「部隊等の自衛」を根拠として武力を行使している[14]。1979年、アメリカはリビアへの圧力としてシドラ湾の対リビア「航行の自由作戦」(FON Ops)を行い、挑発的な行動をしたリビア戦闘機を撃墜した。また、1980年から88年までのイラン・イラク戦争中には中立国としてペルシャ湾に展開していたアメリカ海軍はイラン艦艇を撃沈したりオイルプラットフォームへの攻撃を行った。最近でも、4月27日、警告に従わず60mまで接近したイランのイスラム革命防衛隊海軍(IRGCN)の高速艇3隻に対して警告射撃を行った[15]。

 米中の対立は台湾だけではなく、アメリカは南シナ海においてFON Opsを続けることによって中国の違法な主張に対抗している。しかし、そうした中でも米中とも微妙に事態のエスカレーションの回避に意を用いていることがうかがえる。これは、冷戦中の米ソ間にも見られたことであるが、双方が交戦に至る武器の使用を慎重に抑制していた。その意味では、1962年のキューバ危機は正に核戦争に繋がるエスカレーションの直前にまで至った唯一の例と言える。

 中国については、中央からどのような指示が出されているか不明であるが、アメリカについては、交戦規則(Rules of Engagement : ROE)によって現場部隊の措置の限度が示される。通常、統合参謀本部からは常設のSROE(Standing ROE)[16]が示されているが、SROEには段階に応じた措置のリストが事前に作成されており、各地域の部隊には、それぞれの状況や目的に応じて、措置の限度をリストから選択して示される。ただし、リストからの選択も、そのリストそのものも、重要機密であり公表されることはない。現場に示されるROEは、それぞれの部隊に対する脅威環境や対象国によって異なるが、中国に対しては、少なくとも対イランよりも相当慎重な対応を部隊に要求しているものと考えられる。

 さらに、アメリカの対応で注目すべきことに海洋政策の変化がある。対中戦力としての沿岸警備隊(CG)の活用である。南シナ海の作戦海域へのUSCGの投入に関しては、2017年頃から議論されており、海軍のFON Opsを支援できるだけでなく、USCGの「白い船体」が対立する環境の緊張を緩和する可能性は十分にあるとの提言もされていた[17]。USCGの意義と重要性については、昨年12月に発表された新たな海洋戦略「Advantage at Sea」においても、海軍と海兵隊は目に見える戦闘即応体制を相手にみせることで、エスカレーションへのリスクを相手に認識させ、抑止する機能があるのに対して、「沿岸警備隊の能力は軍隊のような威力を持たないために、海洋での対峙を緩和させることができる危機管理のための特別な手段となる」と記述されている[18]。

 USCGの西太平洋への継続派遣は、2019年の北朝鮮の「瀬取り」の監視活動に始まる[19]。このとき派遣されたUSCGのカッター(USCGの巡視船の呼称)「ベルトルフ」は1月に西海岸の母港を出港後、先に監視活動に従事していた海軍を支援するためにインド太平洋軍に配属され、第7艦隊司令官の戦術的管理下で東シナ海において監視活動に従事したのち3月3日に佐世保に入港した[20]。第7艦隊によれば、2019年中にUSCGカッター、「ベルソルフ」と「ストラットン」の2隻が326日間西太平洋に配備され、北朝鮮の瀬取り監視を継続するとともに、南シナ海沿岸国への寄港や海軍やCGと専門家の交流や能力開発の演習など行い、3月24-25日の間、ベルトルフは海軍の駆逐艦とともにUSCGとして初めて台湾海峡を通峡している[21]。このほかUSCGは日本の海上保安庁、フィリピンCGとの共同訓練[22]や、2020年8月太平洋でのリムパック2020海軍演習への参加など外国海軍・CGとの共同訓練・演習への参加を推進している[23]。

 さらに、米台間では中国が海警法を制定したことを受けて、3月26日にUSCGと台湾海巡署(米の沿岸警備隊、日本の海上保安庁にあたる)との間に「台湾の海洋委員会海巡署と米国の沿岸警備隊の協力強化」及び「一致して、インド太平洋地域の繁栄・安定の確保に取り組むこと」を目指す沿岸警備作業部会を設置することで合意した[24]。バイデン米政権下で初めての米台間の合意となる。

 アメリカにとって、こうしたUSCGの活用の背景には米中の軍事力格差の拡大を補完する意味もあるだろうが、中国側で海軍艦艇ではなく海警局がUSCGに対応することが定着すれば、日本の尖閣諸島周辺海域で見られるような軍とコーストガードの分離による一定のエスカレーション 回避につながるかもしれない。この米台の枠組みが共同運用のレベルで実現されれば、尖閣で拡大する中国海警の活動に対抗している海上保安庁がUSCGとの共同を考えるうえで重要な前例となる。

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(2021/5/25)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
The Japanese Response to a Taiwan Crisis — How to Prepare and Respond

脚注

  1. 1 “Secretary Antony J. Blinken with Wolf Blitzer of CNN’s The Situation Room,” Interview, U.S. Department of State, February 8, 2021.
  2. 2 Ned Price,“Secretary Blinken’s Call with PRC Director Yang,” Office of the Spokesperson of U.S. Department of States, February 5, 2021.
  3. 3 「日米声明「台湾海峡」明記 初の会談、中国の威圧に反対」『日本経済新聞』2021年4月17日。
  4. 4 Yew Lun Tian, Yimou Lee, “China drops word 'peaceful' in latest push for Taiwan 'reunification',” Reuters, May 22, 2020.
  5. 5 “China flies warplanes close to Taiwan in early test of Biden,” CNN, January 25, 2021.
  6. 6 Simon Lee. 「中国軍機、4日に台湾の防空識別圏に進入-この1カ月で20回以上」『Bloomberg(日本語版)』、2021年5月4日。
  7. 7 Ned Price, “Department Press Briefing - February 19, 2021,” Press Briefings, U.S. Department of State, February 19, 2021.
  8. 8 Brad Lendon, “Chinese threat to Taiwan 'closer to us than most think,' top US admiral says,” CNN, March 25, 2021.
  9. 9 Statement of Admiral Philip S. Davidson, U.S. Navy Commander, U.S. Indo-Pacific Command Before the Senate Armed Services Committee on U.S. Indo-Pacific Command Posture , U.S. Senate Committee on Armed Service, March 9, 2021,pp.32-37; Hiroyuki Akita, “Future balance of power haunts US as China bulks up,” Nikkei Asia, March 16, 2021.
  10. 10 山本勝也「中国海警も中国共産党の軍隊である」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2020年11月17日。
  11. 11 「中国公船の勢力の推移」『海上保安レポート2020』(電子版)図表より。
  12. 12 海上保安庁「平成 28 年8月上旬の中国公船及び中国漁船の活動状況について」3頁、 2016 年 10 月 18 日。
  13. 13 Quadrennial Defense Review The Republic of China 2021, Ministry of National Defense, R.O.C. March 2021, pp.54-60.
  14. 14 当時のROEにおいては「個人の自衛(individual self-defense)」と「部隊の自衛(Unit self-defense)」に区分されていたが、現在のSROE(註16参照)では、その概念を残したまま両者を合わせて「固有の権利としての自衛(Inherent Right of Self-Defense)」と定義づけている。
  15. 15 Idrees Ali “U.S. Navy ship fires warning shots after close encounter with Iranian vessels,” Reuters, April 28, 2021.
  16. 16 “Chairman of the Joint Chief of Staff Instruction: 3121.01B, Standing Rules of Engagement/Standing Rules For The Use Of Force For US Forces.” Micah Smith ed., Operational Law Handbook 2020, National Security Law Department the Judge Advocate General`s Legal Center & School, U.S. Army, pp. 105-129.
  17. 17 Michael Armour, “The U. S. Coast Guard in the South China Sea: Strategy or Folly?” Center for International Maritime Security (CIMSEC), November 6, 2017; 2018年には、マレーシアのマハティール・モハマド首相(当時)も、南シナ海の領海に海軍艦艇(灰色の船体)が継続的に配備されれば、誤算による武力紛争を引き起こす可能性が高いとして、紛争海域においては海上法執行船(白い船体)がパトロールする方が良いとの認識を示している。Jay Tristan Tarriela, “Coast Guards’ Role in the South China Sea,” The Diplomat, November 17, 2018.
  18. 18 Advantage at Sea - Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power, U.S. Navy, U.S. Marine Corps, U.S Coast Guard, December 2020, p.12. 内容の詳細については、福田潤一「米海軍の新建艦計画と新戦略を読む」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2021年2月25日を参照。
  19. 19 拙稿「対北経済制裁で日本ができることとできないこと-法的根拠と制約」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団。
  20. 20 “U.S. Coast Guard Enforces North Korea Sanctions in the East China Sea,” U.S. Coast Guard Pacific Area; Commander, 7th Fleet, March 18, 2019.
  21. 21 “Coast Guard cutter arrives in Japan following an onboard fire,” News, U.S. Coast Guard Pacific Area: Commander, 7th Fleet, September 23, 2020.
  22. 22 Ralph Jennings, “Why US Wants to Send Coast Guard to the Seas Near China,” VOA, November 10, 2020; 海上保安庁「日米海上保安機関合同訓練の実施について(結果概要)~米国沿岸警備隊との連携協力関係の強化の取組~」2021年2月22日。
  23. 23 同上。
  24. 24 「台湾と米国、沿岸警備に関する作業部会設置へ」台北駐日経済文化代表処、 2021年3月29日。