はじめに

 2020年11月の米大統領選後の混乱とその後の議事堂襲撃という顛末はあったものの、無事にバイデン政権への移行が行われ、米外交が国際的な関与と同盟国・パートナー国との協調といった従来路線に回帰することが見込まれている。トランプ政権時代の米外交の予測不能性を思えば、これは同盟国たる日本としては歓迎すべきことである。バイデン政権がトランプ政権に引き続き中国を戦略的な競争相手と見なし、強い対中姿勢を維持することも、日本の安心材料である。

 他方で、こうした政治の動きとは別に、米国の外交・安保政策を支える基盤としての軍事の分野では何が起こっているのだろうか。この点、2020年12月に日本の安全保障にも関わる興味深い動きがみられた。米海軍が従来路線を大きく転換した今後30年間の建艦計画を公表し、また海軍・海兵隊・沿岸警備隊の連名での5年ぶりの新戦略をも公表したのである。これらはいずれも、中国とロシア、とりわけ中国の海軍力への対抗を意識し、米国の地域における軍事的劣勢を是正することを意図したものである。本稿では、日常的なニュースとしてはあまり注目されないこの二つの出来事を掘り下げてみたい。

1.米海軍の今後30年間の新建艦計画

 米海軍は毎年の大統領予算案の作成時に今後30年間に渡る建艦計画(30-year shipbuilding plan)を公表している。通常は2月や3月に公表されるものであるが、昨年は2018年に改定された「国家防衛戦略(NDS: National Defense Strategy)[1]」 の内容を反映し、「将来の海軍戦力に関する研究(FNFS: Future Naval Force Study)」を実施した後に公表するということで、公表が12月9日まで遅れた。しかしこの計画が従来方針から大きく変化していたことで注目を集めた。

 そもそも米海軍は中国の海軍力の増強に対して自身の戦闘艦艇(Battle Force)数が停滞していることに危機感を抱いていた。米国の戦闘艦艇数はレーガン政権期には500隻以上を数えたが、冷戦終結後の軍縮を経て2020年現在は296隻まで減少している[2]。他方の中国は昨年の情報によれば、既に約350隻に達しており世界最大の海軍であるという[3]。そこで米海軍は2016年に355隻までの増強という計画を立てていたが[4]、今回、これを更に野心的に変更した形である。

 今回の30年間(FY22-FY51)の建艦計画[5]によって、米海軍の戦闘艦艇の総数がどのように推移するかはグラフ1にまとめた通りである。御覧のように、従来の計画だった355隻の達成は、2031会計年度(FY31)という比較的早期に達成されることが目指されている。のみならず、注目されるのはこれを超えて戦闘艦艇数の増強が計画されることだ。FY51の時点では405隻まで拡張されることが見込まれている。

グラフ1:米海軍の今後30年間(FY22-FY51)の新建艦計画:戦闘艦艇数の推移

(出典:Office of the Chief of Naval Operations, “Report to Congress on the Annual Long-Range Plan for Construction of Naval Vessels,” December 9, 2020, p.7, Table.6.のデータより、筆者作成)

 しかも、計画は更に野心的である。実は「戦闘艦艇」数には有人プラットフォームしか含まない。これとは別に無人の水上艇や潜水艇を多数調達予定なのである。後述する表2で示すように、今回の計画ではFY45までに無人プラットフォームを143隻も調達する予定である。その時点での戦闘艦艇403隻と合わせ、その総数は546隻にも及ぶ。有人プラットフォームのみならず、無人プラットフォームの大増強を通じて艦艇数の飛躍的増大を目指すのが今回の建艦計画の肝なのである。

 現在の戦闘艦艇の保有とFNFSの検討結果に基づく保有数(FY45時点)、そして今回の建艦計画における保有数(FY45時点)を比べてみたのが表2である。FNFSの時点では検討が中間段階であったので、複数の選択肢を想定し、一定の幅を持って示されている。これを見ると、興味深いのは大型水上艦艇の数が減らされる一方で、揚陸艦や小型水上艦艇、攻撃原潜等の潜水艦の数が大きく拡充されていることだ。戦闘後方を担う艦艇の数も増え、そして既述のように無人プラットフォームの大規模な導入が計画されている。

表2:現在の保有数とFNFSの検討結果に基づく保有数、新建艦計画に基づく保有数(FY45時点)

(出典:“Report to Congress on the Annual Long-Range Plan for Construction of Naval Vessels,” pp.9-10, Table A.1-1.より筆者作成)

 つまるところ、今回の建艦計画の基本的な狙いは、艦隊の個々のプラットフォームの規模を縮小し、代わりに数の増大を図ることである。これは米海軍が現在中心的な作戦構想と位置付けている、敵対者の接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力[6]への対抗を重視した「分散海洋作戦(DMO: Distributed Maritime Operations)」構想[7]を反映した戦力構築計画と見なすことが可能である。

 今回の建艦計画はFNFSの検討結果の範囲に収まるものであるが、両者の間に若干の違いがみられることも興味深い。特に注目されるのは、FNFSの検討結果の時点では導入が構想されていた「軽空母(CVL)」について、建艦計画の方ではひとまず見送っていることである。この「軽空母」はアメリカ級強襲揚陸艦をモデルとする船体でF-35B短距離離陸・垂直着陸(STOVL)機を12機以上運用するものと想定されるが[8]、これも「軽空母」導入で従来の正規空母の数を減らして艦艇数の拡充と分散化を図る狙いがあったと思われる。しかし結果的には検討不十分として、ひとまず導入見送りとなった(とはいえ将来的な導入の可能性まで排除されている訳ではない)。

 米海軍が、(主に中国を念頭に置く)対A2/AD作戦構想たるDMO構想に沿って、ここまで大きな変革を志向していることは、日本としても注目してよいことである。むろん、この計画がその通りに実現される保証はない。米海軍は将来の予算制約も想定してはいるが、政権交代や米国の債務拡大等で想定を超えた予算縮小という展開にならぬとも限らない。だが本計画は特定政権の方針というよりは直面する戦略環境に対応するための合理的かつ戦略的な長期計画であり、障害があってもその本質的な性格は今後長く引き継がれるであろう。

2.米海軍・海兵隊・沿岸警備隊連名の新戦略

 2020年12月17日には、米海軍・海兵隊・沿岸警備隊連名の新戦略たる「海上における優位:統合された全領域海軍力による勝利(Advantage at Sea: Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power)[9]」(以下、新戦略)も公表された。前回の同様の戦略公表は2015年であったので5年ぶりとなる。この新戦略もNDS及びFNFSの検討を受けての改定とみられるため、簡潔に内容紹介をしたい。

 新戦略は、NDS方針を受けて中ロの挑戦への対応、とりわけ中国の攻撃的な行為に対する対抗路線を鮮明にしている。中国の海軍や法執行機関の艦船数の急速な増大が西太平洋における主要懸念となっていることを指摘し、対抗措置が不在なままでは米国の海上優位が損なわれるとの警戒を示しつつ、以下の六点を含意として掲げている。

  • ① 同盟国及びパートナー国は米国にとっての重要な戦略優位であり続ける。
  • ② 戦争に至る前の活動でも戦略レベルの影響を引き起こし得る。
  • ③ 競争に勝利することは概念上の挑戦以上のものである。
  • ④ 前方での作戦行動は強要的な行動や通常戦力による侵攻を抑止する。
  • ⑤ 競争下にある海では制海(sea control)の重要性に再注目する必要がある。
  • ⑥ 海上における優位の維持のためには戦力の近代化が必要である。

 そのうえで、新戦略は「全領域(all-domain)海軍戦力」の必要性を強調する。「全領域」の戦力とは陸海空宇宙サイバーに加えて電磁波や情報領域等も含むあらゆる領域での競争や戦闘に対応した戦力のことを指すが、これは同時に海軍・海兵隊・沿岸警備隊という異なる軍種や組織間の垣根を超えて「統合された(integrated)」戦力という意味も持つ。更に、統合軍の他の軍種(陸軍・空軍・宇宙軍)に加え、政府内の他の省庁、同盟国やパートナー国との連携も重要であるとする。

 これと共に、新戦略は「競争継続(competition continuum)」に跨る作戦行動を重視する。「競争継続」とは競争のスペクトラムを「日常的な競争」「危機」「紛争」の三つに跨るものと捉える概念を指すが[10]、そのいずれにおいても全領域海軍戦力が果たす役割が重要であるとする。まず「日常的な競争」においては、競争相手の漸進的な強制を拒否し、米国の外交・政治・経済・技術的な優位を通じて長期的な競争に勝利する土台を作るとする。「危機」においては、危機対応の柔軟な選択肢を提示し、エスカレーションを管理し、国家指導者の意思決定の余地を確保することに貢献するとする。そして「紛争」においては、他の軍種及び同盟国・パートナー国と共に、敵の目的達成を拒否し、敵戦力を打破し、戦争終結を強要するとする。

 こうした作戦行動が可能な全領域海軍戦力の構築のため、新戦略は以下のような優先的取り組みを掲げる。第一に、競争継続のスペクトラムに跨る形で適用される構想や能力を構築すること。第二に、制海の概念をその他の任務よりも相対的に強調すること。第三に、少数の優れたプラットフォームよりも、多数の分散可能な能力の方を重視すること。第四に、統合海軍戦力の近代化を重視すること。第五に、戦闘上の優位を生み出す訓練や教育を重視すること、である。

 そして、結論において新戦略が強調するのは、「全領域海軍戦力の構築」「同盟国及びパートナー国との連携強化」「日常的な競争における勝利」「制海の実現」「将来戦力に向けた近代化」の五つのテーマである。

 新戦略の内容は、NDSは無論のことFNFSや第一節で取り上げた今後30年間の建艦計画とも平仄の合うものだと指摘できる。つまり、それらは主に中国の挑戦を念頭に置いており、そのA2/AD能力への対抗のため、多数のプラットフォームによる分散重視の制海実現を意図したものである、ということである。ただし、新戦略は海軍のみならず海兵隊及び沿岸警備隊の戦略でもあるため、「全領域海軍戦力」という統合の要素が強調されていることがポイントである。また、「競争継続」の概念の下に「日常的な競争」や「危機」における対応が重視されていることも大切な要素であると言えよう。

3.おわりに

 トランプ政権下で米国の外交・安保政策は焦点を見失って混乱したが、米海軍という組織の中ではNDS路線に従って一貫性のある戦略及び戦力構築が追及されてきたことが指摘できる(戦略に関しては海兵隊や沿岸警備隊も含む)。2020年12月に公表された今後30年間の建艦計画と新戦略は、これを象徴するものといえよう。

 問題はトランプ政権末期に策定されたこれらの計画や戦略がバイデン政権でも引き継がれるかであるが、将来的な国防予算の削減によって影響を受ける可能性がないとは言えないにしても、考え方の根幹部分は戦略環境を踏まえた合理的・戦略的なものである故に、その本質は今後も長く引き継がれるであろうことは既に述べた通りである。

 加えて重要なのは、日本の海上自衛隊や海上保安庁が米国のこれらの取り組みからどのようなことを学べるか、であろう。特筆すれば、対A2/AD作戦構想としての多数のプラットフォームを活用した分散化の構想、無人プラットフォームの大規模積極活用、「全領域海軍戦力」のような統合重視の思考、それに「競争継続」という複数の競争スペクトラムに跨る対応を重視する思考、などは日本としても大いに参考になるのではと思われる。

(了)

(2021/02/25)

脚注

  1. 1 NDSの主眼は中国及びロシアとの長期的な戦略的競争を米国の国防政策の中核とするというものである。U.S. Department of Defense, “Summary of the 2018 National Defense Strategy of the United States of America,” January 2018.
  2. 2 Congressional Research Service, Navy Force Structure and Shipbuilding Plans: Background and Issues for Congress, January 26, 2021, p.44.
  3. 3 U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China, 2020, September 1, 2020, p.44.
  4. 4 Congressional Research Service, op. cit., p.3.
  5. 5 Office of the Chief of Naval Operations, Report to Congress on the Annual Long-Range Plan for Construction of Naval Vessels, December 9, 2020.
  6. 6 A2/AD能力とは、特定戦域内への敵対相手の接近を阻止し(A2: Anti-Access)、またその戦域/領域内での行動を拒否する(AD: Area-Denial)能力を指す。具体的には、西太平洋戦域における中国の能力を指す場合、弾道・巡航ミサイル戦力、航空戦力、水上艦戦力、潜水艦戦力、宇宙/サイバー/電磁戦戦力等が含まれる。米海軍戦力が西太平洋戦力における中国との紛争に介入するには、これら中国のA2/AD能力を打破しなければならない。
  7. 7 DMO構想はそれ以前から存在していた「攻撃力分散(DL: Distributed Lethality)」構想を発展させたもので、その本質はネットワークで連結された、相対的に小型で多数のプラットフォームを分散した形で展開することで、個々が敵対者のA2/AD能力によって無力化されても、全体としての海洋拒否力を維持するという構想である。DMO構想の起源や性格については次を参照。Kevin Eyer and Steve McJessy, “Operationalizing Distributed Maritime Operations,” Center for International Maritime Security, March 5, 2019.
  8. 8 2020年10月6日にFNFSの検討結果の概要を説明したM・エスパー(Mark T. Esper)国防長官(当時)の発言による。Secretary of Defense Mark T. Esper, “Secretary of Defense Remarks at CSBA on the NDS and Future Defense Modernization Priorities,” U.S. Department of Defense, October 6, 2020.
  9. 9 U.S. Secretary of Navy, Advantage at Sea: Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power, December 17, 2020.
  10. 10 「競争継続」の概念については海軍・海兵隊・沿岸警備隊という枠組みを超えた、米軍全体に関わる統合ドクトリンとしての位置づけが既に図られている。U.S. Joint Force Development, Joint-Doctrine Note 1-19: Competition Continuum, June 3, 2019.