「第11管区海上保安本部(那覇市)によると、2日午前、沖縄県石垣市の尖閣諸島の接続水域で、中国公船4隻が航行しているのを同本部の巡視船が確認した。同諸島沖の接続水域で中国公船が確認されたのは今年に入って283日目となり、2012年9月の国有化以降、過去最多だった昨年を上回った。政府は中国側の動向を注視している。」
 2020年11月2日読売新聞夕刊[1]

 ここで言う「中国公船」とは中国海警の船舶を指している。海警の船舶を「公船」と呼ぶのは果たして正しいのだろうか。これが今回のテーマであり、結論から先に述べれば、海警の船舶は「軍艦」である。

公船と軍艦

 「公船」とは、一般的には「非商業目的のために運航する政府船舶」[2]を言う。我が国であれば、海上保安庁の巡視船や水産庁の漁業取締船などがこれに当たる。一方、「軍艦」とは、「一国の軍隊に属する船舶であり、当該国の軍艦であることを示す外部標識を掲げ、軍務に従事する士官の指揮の下、軍隊の規律に服する乗組員が配置されている船舶」[3]を言う。

 我が国では、中国海警を紹介する際に「海上保安庁に相当する」と喩えることが多く、そのため中国海警の船を「公船」と呼んでいるのであろう。

 たしかに、中国の海上法執行機関が再編される2013年以前、尖閣諸島周辺海域に出没していた「中国海監」や「中国漁政」を名乗る船舶は、いずれも国土資源部[4]国家海洋局や農業部漁政局など行政部門に所属し、それぞれ法執行や資源調査、漁業取締を行う「政府船舶」であった。

 しかし、これらは2013年に人民武装警察部隊(以下、武警)の「公安辺防海警部隊」とともに「中国海警」として再編され[5]、2018年には「武警海警総隊」に改編された。したがって、現在の中国海警の船舶は武警の船舶なのである。

公船と軍艦

軍隊化の進む武警と海警

 2018年の改編は、中国共産党第19期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で採択された「党と国家機構の深化のための改革方案」[6]によるものである。この改革では、海警のみならず、武警そのものも消防やダム建設・金鉱採掘といった非軍事的部門を切り離して、公安部[7]をはじめとする国務院との指揮関係を解消し、人民解放軍と同様に中国共産党中央と中央軍事委員会の一元的な指揮を受ける組織として大きな変化を遂げた。これは「軍は軍、警は警、民は民」の原則に基づくものであり、ここで言う「警」とは公安部の指揮する人民警察(いわゆる一般警察)であり武警は「軍」である。このような実体的な変化は、その後2018年になって改正された「武警法」によってそれまで曖昧にされてきた平時における武警の任務に「非戦争(的)軍事行動」が明記され、同時に「海上維権執法(権益保護と法執行)」も任務に加えられた[8]。

 また2020年11月に明らかになった「海警法草案」[9]では、海警を「執法力量」であるとともに「海上武装力量」であると規定し、「国防法」や「武警法」に基づく防衛作戦を行うとともに、中国が自国の管轄海域[10]と主張する海域において、海警の命令に従わない「外国の軍用船舶や非商業目的の政府船舶に対して『強制措置』を講じる権利がある」ことを明記した。

 このように戦時における防衛作戦のみならず、平時の非戦争軍事行動とも解釈できる「強制措置」が任務化されている。「強制措置」が意味する具体的な内容は明らかにされていないが、一つ後の条項で武器使用を含む強制措置について触れていることから類推すれば、それと同等又はそれ以上の強制措置・軍事行動が予定されているとみても不思議ではない。したがって、海警もまた「軍隊」であると言えよう。また同じく2020年10月に明らかにされた「国防法」の改正案[11]では、人民解放軍の軍旗とともに武警の隊旗の扱いについても一様に明記されている。これらを踏まえると海警の船舶は「一国の軍隊(武警)に属し、その外部標識(武警隊旗)を掲げ、士官(武警士官)の指揮する船舶」であり、「軍艦」であると見なすことが適当であろう。

2027年党軍創立100周年に向けて

 習近平中国共産党総書記兼中央軍事委員会主席が発する「人民軍隊」、「強軍興軍」などの「軍」にはその文脈上、武警が含まれていると読むのが自然である[12]。また武警の機関誌「中国武警」には随所に、「我軍」、「軍民団結」など、武警自身が「軍隊」を自称していることも確認できる。さらに再編後の海警もベトナム海警の船舶を「○○船」と呼称するのに対して、自身の船舶を「〇〇艦」と区別するなど「軍艦」であることを強調するなど[13]、中国社会では以前から武警も軍隊の一つと見なされてきた。

 2020年10月29日、中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)の最終日に発表されたコミュニケでは、「習近平の強軍思想と新時代の軍事戦略方針を貫徹し、人民軍隊に対する党の絶対的領導を堅持して(中略)2027年に軍隊創設100周年の奮闘目標を確保する」と宣言した[14]。「奮闘目標」が具体的に示すものは定かではないが、尖閣諸島周辺海域において我が国の漁船や海上保安庁巡視船の眼前に屹立する海警の船舶が、その「奮闘目標を確保する」ための一翼を担っていることは想像するに難くない。

2027年党軍創立100周年に向けて

認識ギャップ 「法執行機関か軍隊か」vs「法執行機関であり軍隊でもある」

 前回、漁民に対する日中間の認識ギャップについて論考した[15]。

 中国の憲法では日本語の「軍隊」を意味する英語(armed force(s))を「軍隊」ではなく「武装力量」と表し、人民解放軍、武警及び民兵をまとめて「中国の武装力量」と称している。それゆえ、法執行と言えば警察や海上保安庁をイメージする日本語話者は「軍隊」を人民解放軍に限定し、法執行活動を行う武警やその下部組織である海警を「軍隊」とは別物であると理解しがちである。しかし、実際の武警・海警はこれまで述べてきた通り「軍隊」である。

 「法執行機関であり軍隊でもある」組織は国際社会では珍しいものではない。英国では海軍が海上における法執行活動を担っている。

 米国の沿岸警備隊も武警・海警と同様に、陸海空軍、海兵隊及び宇宙軍とともに米国の軍隊(armed forces)に位置付けられている[16] 。米国沿岸警備隊も中国海警も海上における法執行活動を行う「軍隊」である。法執行活動を行うが「軍隊」ではない海上保安庁とは似て非なる存在である[17]。

 フランスの「ジャンダムルリ(Gendarmerie)」は仏軍を構成する国家憲兵隊であり、「警察軍」と呼ばれることもある。中国の武警や海警、民兵、あるいは米国の海兵隊や沿岸警備隊は、それぞれ「武警軍」、「海警軍」、「民兵軍」、「海兵軍」、「沿岸警備軍」と呼び、海警の船舶は「海警艦」とでも呼んだ方がより実体を表しており、日本語話者に優しい表現であると言えよう。

認識ギャップ 「法執行機関か軍隊か」vs「法執行機関であり軍隊でもある」

まとめに代えて

 海警の船舶を「公船」と呼ぶことを中国が否定しないのは、海警の曖昧性を装う意味で中国にとって好ましい状態であるからなのかもしれない。

 一方で、一般的に軍人とは他のグループに増して名誉を重んじる人間の集団である。海警の将兵も党の絶対的領導の下に国益の衝突する最前線で崇高な任務を遂行する「軍人」として「軍艦」に乗り込んでいると自負しているのではないだろうか。そうだとすれば、国際法上の「軍艦」としての礼遇を受けず、単なる「公船」として扱われている現状を、誇り高い彼ら海警の将兵が屈辱だと受け止めていたとしても不思議ではない。

 これもまた日中間の認識ギャップであるかもしれない。

※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない。

(2020/11/17)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
The China Coast Guard as a Part of the China Communist Party’s Armed Forces

脚注

  1. 1 「尖閣接続水域 中国公船航行 283日目 今年、過去最多に 政府 動向を注視」『読売新聞』2020年11月2日。
  2. 2 たとえば、国連海洋法条約(第31条)など
  3. 3 たとえば、国連海洋法条約(第29条)など
  4. 4 国土資源部:国務院に属する土地利用や資源開発政策等を所掌する中央官庁。中国政府の「部」は日本政府の「省」に相当する。
  5. 5 拙稿「防衛駐在官の見た中国(その15)国家海洋局と中国海警局」海上自衛隊幹部学校ホームページ(コラム059)、2015年2月25日。
  6. 6 「中共中央印发《深化党和国家机构改革方案》(中国共産党中央発行;党と国家機構の深化のための改革方案)」『新华网』、2018年03月21日。
  7. 7 公安部:日本の警察庁に相当する中央官庁。
  8. 8 「中华人民共和国人民武装警察法(中華人民共和国人民武装警察法)」『中华人民共和国国防部』2020年6月20日。
    旧「人民武装警察法」では、「国家の付与するその他の安全保衛任務」(第7条8項)が平時における軍事行動であると解釈できなくもなかった。
  9. 9 「海警法(草案)征求意见(海警法草案パブリックコメント募集)」『中国人大网』、2020年11月5日(リンク切れ)。
  10. 10 「海警法草案」では、管轄海域を、内水、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚及び中国が管轄するその他の海域と定義している。
  11. 11 「国防法(修订草案)征求意见(国防法改正案パブリックコメント募集)」『中国人大网』、2020年11月5日(リンク切れ)。
  12. 12 たとえば、「实录:习近平总书记在党的十九大的报告(実録:習近平総書記の第19期党大会における報告)」『中国军网』、2017年10月18日など。
  13. 13 「中越海警开展2019年第二次北部湾联合检查(中越海警が2019年第2回北部湾(トンキン湾)共同パトロールを実施)」『中国海警』、 2019年11月01日。
    本文中において、中国海警は自身の船舶を「中国海警4320艦」と称する一方で、ベトナム海警の船舶を「越南海警8003船」と区別して呼称している。
  14. 14 「中国共产党第十九届中央委员会第五次全体会议公报」『新华网』、2020年10月29日。
  15. 15 拙稿「尖閣は人道主義をめぐる中国と世界の価値観対立の最前線」国際情報ネットワークIINA、2020年9月9日。
  16. 16 Office of the Law Revision Counsel of the United States House of Representatives, U.S. Code Title 10- Armed Forces, Section 101 Definition.
  17. 17 海上保安庁法第25条。