前編においては、現在の台湾情勢に対するアメリカの対応についての懸念と事態のエスカレーション・コントロールという観点から考察した。これに続いて、本稿では台湾危機を念頭においた日本の対応とそのための準備について考察する。

2 日本の事態対処法制

 諸外国における軍隊の行動は、平時から戦時に至る事態に対して横断的に対応することが一般的である。これに対して日本の自衛隊の行動は、類型と権限を行動別に列挙して対応する法律主義を採用している。いわゆるポジティブ・リスト形式[1]である。そして、日本の平和と安全にかかわる事態に関しては、生起した事態によって対応を区分する「事態対処法制」として整備されている。

 日本の「事態対処」としての法整備は、冷戦後の脅威の蓋然性が自国への直接の武力攻撃から日本周辺で生起した事態が自国に波及する恐れのある事態に変化したことにより、1999年に「周辺事態法」[2]が整備されたことを嚆矢とする。その後2003年には、戦後約50年の間放置されていた武力攻撃に対処するための枠組みを定めた「武力攻撃事態等対処法」が整備された[3]。

 これらがさらに2015年の平和安全法制の整備において、対応範囲を日本周辺に限定した「周辺事態法」の限定を削除した「重要影響事態法」[4]に改正されるとともに、「武力攻撃事態等対処法」に「存立危機事態」[5]が追加される等により、日本の平和と安全にかかわる事態として「重要影響事態」[6]、「緊急対処事態」[7]、「武力攻撃予測事態」[8]、「武力攻撃事態」[9]及び「存立危機事態」の5類型と、国際社会の平和及び安全を脅かす事態に日本が主体的かつ積極的に対処する「国際平和共同対処事態」[10]という枠組みで再整理された[11]。

 各事態における自衛隊の措置は、それぞれの個別法に規定されるとともに、自衛隊法においても第76条(防衛出動)と第84条の五(後方地域支援等)に規定され[12]、武力行使に当たらない対応である「重要影響事態」、「緊急対処事態」、「武力攻撃予測事態」及び「国際平和共同対処事態」と武力行使として対応する「存立危機事態」及び「武力攻撃事態」に大別され、いずれの事態も国会承認が必要とされている。

3 事態別シナリオと日本の対応

 台湾危機では経済制裁を前提とする「船舶検査活動」[13]及び「国際平和共同対処事態」の認定は想定されず、事態に応じて「重要影響事態」あるいは「存立危機事態」の認定が想定される。さらに、事態が日本に波及すれば「武力攻撃事態等」が認定されることとなる。しかしながら、未だに根強い「平和主義」や「中国への配慮」などの日本の政治環境から見て、現実の事態に対して制度上の事態を直ちに当てはめることは必ずしも容易ではない。そこで、以下に事態ごとのシナリオに沿った日本の対応について検討する(各事態の類型と自衛隊の対応については下表を参照)。

表:台湾危機に関連する事態の類型と自衛隊の対応

表:台湾危機に関連する事態の類型と自衛隊の対応

* 筆者作成

(1) 武力紛争前の段階

 現在、東シナ海においては日米が継続して警戒・監視を行っており情報の共有もなされている。したがって、アメリカが兵力を台湾周辺に展開する事態になれば、東シナ海における警戒・監視は日米ともに強化するか、あるいは、米軍の台湾周辺への兵力集中の状況によっては、自衛隊がそれを補完する形で現状の警戒・監視を強化することになろう。

 アメリカが台湾周辺海域への兵力を集中させることになれば、現場部隊に対する補給支援は不可欠となる。緊迫した事態となると、中国との関係を慮るASEAN諸国に補給のための寄港を期待することはできず、台湾への寄港の選択もあるが、展開が長期化すれば洋上での補給支援が必要になる。そうなれば、地理的に現場に近い沖縄などから補給部隊を往復させることができる日本の支援が不可欠となる。自衛隊が米軍部隊を補給支援するためには「重要影響事態」を認定する必要がある。なお、「重要影響事態」を認定することにより自衛隊以外の関係行政機関による「対応措置」に加え、国以外のものへの協力要請も可能となる[17]。

(2) 武力紛争に発展した段階

 事態が武力紛争に発展した場合に、事前に「重要影響事態」を認定していれば当該事態を継続し、認定されていなければこの段階で認定して紛争当事国となった米軍(他に参加国がある場合には、その軍隊も含む)を支援することとなる。しかし、この段階の「重要影響事態」では、自衛隊は現に戦闘行為が行われている現場での「対応措置」ができないだけでなく[18]、「米軍等の防護」もできなくなる。「米軍等の防護」の根拠となる自衛隊法95条の二は「現に戦闘行為が行われている現場で行われるものを除く」ことを規定しており、この段階での米軍等に対する攻撃自体が「戦闘行為」となるためである[19]。一方で、中国の対艦ミサイルの脅威が伝えられるなか、自衛隊によるミサイル防護は重要な支援となる。したがって、防護が必要な場合には直ちに「存立危機事態」の認定が必要となる。

(3) 中国の攻撃が日本に波及する段階

 台湾周辺に派遣される米軍の兵力は、第一に沖縄、横須賀、佐世保などの在日米軍基地所在の部隊が中心となる。これらの策源地である米軍基地だけでなく、重要な後方拠点となる日本の港湾なども中国の攻撃目標となる可能性がある。この場合、日本は武力攻撃が予測される段階で「武力攻撃予測事態」を認定し、「防衛招集命令」、「防衛出動待機命令」の発令が可能であり、さらに、武力攻撃が発生する明白な危険が切迫している場合から「武力攻撃事態」を認定して「防衛出動」を発令することができ、武力攻撃が発生した時点で個別的自衛権を発動することになる[20]。

4 日本はどのように準備すべきか

 最後のまとめとして台湾危機に際しての日本の対応において留意すべき事項を検討し、その解決のための問題提起をしたい。

(1) 事態認定を妨げる要素

 「重要影響事態」、「存立危機事態」の認定に際しては、米国以外に台湾の支援に立ち上がる国の存否が鍵となる。既述のとおり、太平洋正面における米中の兵力差は中国に優位であり、米軍単独で事態に対処することは困難な状況にある。一方、香港の民主派弾圧をきっかけに、中国の覇権主義への警戒が一気に高まったことから、英・仏・加がアメリカの「航行の自由作戦」に同調する形で南シナ海へ海軍部隊を派遣しており、ドイツも派遣の意向を表明している。しかし、中国との直接の武力紛争となった時に、2003年のイラク戦争時に独・仏が参加しなかったようにアメリカに同調するとは限らない。そうした中でも、とりわけ日・豪へのアメリカの期待は大きいが、仮に、アメリカ以外に台湾支援に動く国がないような場合、日本だけが中国に敵対してアメリカを支援するとなれば、賛否を巡って国内での混乱も避けられない。そもそも「重要影響事態」にしても「存立危機事態」にしても、これまでに認定されたことはないことに加え、国内議論の混乱は、政府の迅速な判断を一層困難なものにすることが予想される。

 また、法律上「存立危機事態」は「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生」を要件とされている。そうすると、国内では正規の国交のない台湾が「密接な」、また「国」そのものに該当しないのではないかという議論も出てきかねない。しかし、この件について政府はすでに「「他国」は国交を結んでいる国に限るのか。それとも国交はないが実態として国とみなされている地域(例えば台湾やパレスチナ自治政府)を含むのか」との質問趣意書に対して、「我が国が外交関係を有していない国も含まれ得るが、お尋ねの「国とみなされている地域」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難である。」と回答している[21]。こうした公式の政府見解についても合わせて、事態に応じた手順等を標準化したマニュアルなどを準備しておくことも必要である。

 さらに、「武力攻撃事態」の認定に際しては、中国の攻撃が発生してから自衛隊に防衛出動を発令していたのでは現場の自衛隊は警察権での武器使用でしか反撃できないことから、甚大な被害を受ける恐れがある。このため、より早い段階で防衛出動を発令しておき、攻撃があった場合に自衛隊が直ちに自衛権を発動(武力の行使)して反撃できる体制を整えておかなければならない[22]。

(2) 迅速・的確な意思決定のために喫緊にしておくべき課題

 国の非常事態に際して、意思決定の適時性と的確性は結果を左右するものである。現在のCOVID-19対応において、「緊急事態」宣言のタイミングに関しては様々な問題が指摘され、議論も錯綜した。こうした問題は、2010年9月の巡視船に対する中国漁船の衝突事件や東日本大震災においても同様の問題が指摘されていたが「事態認定」においても共通の問題である。とりわけ本稿テーマの「事態認定」については、その性質上、意思決定の迅速性が極めて重要な要素となる。現在のCOVID-19への対応については、意思決定上の問題だけでなく、軽症感染者の待機場所の問題などは事態対処における国民の避難場所の設定等、共通の問題となる。こうした前例で明らかになった問題については、事後の詳細な検証により本質的な問題の解決を図らねばならない。

 通常、意思決定の成否は情報にある。往々にして意思決定に際しては、より多くの情報を求める傾向もみられるが、決定に不可欠な情報、参考となる情報の類型を平素から整理しておかねばならない。これを欠けば、情報の氾濫による混乱から意思決定に時間を要することになる。そして当該情報に従った意思決定のための処理手順の整備も必要である。こうした準備を官邸から現場まで共有することで、現場も報告の優先順位を把握することで迅速な意思決定に繋がる。

 しかし最も重要なことは、意思決定の手順やマニュアルが準備されており情報を入手したところで、その処理に手慣れていなければ、いきなりその場で処理できるというものではない。そのためには、通常よく行われる現場レベルの図上演習にとどまらず、事態対処に当たる現場から最終的な決定を行う首相官邸のレベルに至るすべての段階を巻き込んだ演習を行うなど、意思決定のメカニズムを平素から確立しておくことが必要である[23]。

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(2021/5/28)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
The Japanese Response to a Taiwan Crisis — How to Prepare and Respond

脚注

  1. 1 一般に自衛隊の行動・権限に係る法律の規定形式の在り方に関する議論においては、「できることだけが規定され、規定にないことはできない」という形式をポジティブリスト形式、「やってはならないことだけを規定して、規定にないことはできる」という形式をネガティブリスト形式と称している。
  2. 2 「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」。内閣安全保障・危機管理室、防衛庁、外務省 「周辺事態安全確保法第9条(地方公共団体・民間の協力)の解説」1999年7月25日。
  3. 3 「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」、制定時、「武力攻撃事態等対処法」は「事態対処法」と呼称されていた。内閣官房「平成15年の通常国会で成立した『事態対処法』」、『国民保護ポータルサイト』(2021年5月22日アクセス)。
  4. 4 「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」。
  5. 5 「存立危機事態」の追加により、法律名が「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」に変更され、「存立危機事態」は第2条4号で「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義された。
  6. 6 「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」、「重要影響事態法」第1条。
  7. 7 「武力攻撃事態等対処法」は第21条において、武力の行使以外の大規模なテロリズムの発生等に対応する「緊急対処事態」も合わせて規定している。
  8. 8 武力攻撃が発生した「武力攻撃事態」には至っていないが事態が緊迫し、武力攻撃が予測される事態で、防衛出動待機命令の発令が可能となる。「武力攻撃事態等対処法」第2条三号。
  9. 9 「武力攻撃が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫している」事態。「武力攻撃事態等対処法」第2条二号。
  10. 10 「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」。
  11. 11 内閣官房 「平和安全法制等の整備について」(2021年5月22日アクセス)
  12. 12 こうした個別法に自衛隊の行動・権限を規定する一方、自衛隊法にも根拠規定が置かれている。自衛隊の基本法として位置づけられる自衛隊法には、自衛隊の行動・権限等に係る規定をすべて網羅しなければならないという考えによるもので、このような規定はインデックス規定と呼ばれ、事態対処関連法のほかに災害対処、PKO、海賊対処行動などにも見られる。
  13. 13 「重要影響事態等に際して実施する船舶検査活動に関する法律」第2条。
  14. 14 「存立危機事態」における「後方支援」、「捜索救助」、「米軍等の防護」は、「重要影響事態法」根拠とする「対応措置」ではなく、自衛隊法88条を根拠とする「武力の行使」の一環として行われる。また政府は、「存立危機事態」における集団的自衛権行使の限度について、「自衛隊が武力行使を目的として、かつての湾岸戦争での戦闘、すなわち大規模な空爆や砲撃を加えたり敵地に攻め入ったりするような行為に参加することは、必要最小限度の自衛の措置の範囲を超えるものであって、憲法上認められるものではありません。したがって、航空優勢、海上優勢を確保するために大規模な空爆などを行うことは新三要件を満たすものではないと考えています」と説明している。『官報号外 第189回国会参議院会議録第34号』2015年7月27日、7頁。
  15. 15 自衛隊法第95条の二(合衆国軍隊等の部隊等の武器等の防護のための武器の使用)。
  16. 16 「重要影響事態法」において、「捜索救助活動」は「戦闘行為によって遭難した戦闘参加者」が対象とされており(第3条1項二号)、「戦闘行為」とは「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたは物を破棄する行為」と定義されている(第2条三号)。したがって、「武力紛争」に至らない事態における「捜索救助活動」は想定されていない。
  17. 17 「重要影響事態法」第8条及び第9条。
  18. 18 同上、第2条三号。
  19. 19 自衛隊法第95条の二(註15を参照)。
  20. 20 自衛隊法第76条1項一号は、「外部からの武力攻撃が発生した場合」だけでなく、その「発生する明白な危険が切迫している」事態にも防衛出動を命ずることができる。したがって、「防衛出動」が命ぜられても武力攻撃の発生がない段階で自衛隊が武力を行使するわけではない。また、武力攻撃が発生して防衛出動が発令されていても、別途の武力の行使の命令があるまで自衛隊は武力の行使ができない(自衛隊法第76条は、総理大臣の防衛出動の命令権のみを規定しており、「自衛権の発動」(自衛隊による武力の行使)を命ずる手続きについては、特に規定はない。したがって、この権限については第76条の総理大臣の権限に内包されていることになる。
  21. 21 「水野賢一参議院議員の質問に対する政府答弁書」内閣参質189第202号、2015年7月21日
  22. 22 註20を参照。
  23. 23 外務省国際法局長や内閣官房副長官補・国家安全保障局次長という要職を歴任し、長年、政府の意思決定の場に携わってきた兼原信克同志社大学特別客員教授は、「最高レベルの戦争シナリオをもとにした閣僚クラスの訓練はどこの国でも実施している。日本はそれをやろうとすると『戦争するつもりなのか』と叩かれる風潮がある」としたうえで、「有事を想定して官邸、省庁、現場を含めて練習しようということが提起すらされないのは国家としておかしい」と、現状に警鐘を鳴らしている。「激変する日本の安全保障環境-国を守るために「今」すべきこと」『Wedge』2021年6月号、2021年5月20日、35頁。