3月8日、米政府は、トランプ大統領が5月末までに金正恩朝鮮労働党委員長と会談する意向を発表した。一方で米政府は、歴代の政権は北朝鮮が対話の意思を示しただけで圧力を緩和し、非核化を達成できなかったことを指摘し、今後も北朝鮮に対する制裁を緩めることはないと強調している。米国とともに北朝鮮への実効的な経済政策の遂行に利益と責任を持つ日本としては、今後の対北朝鮮制裁の進展も視野にいれ、その法的根拠と日本の協力内容について、事前に検討しておく必要がある。

米国の制裁活動における船舶検査の位置付けと法的根拠

2月23日にトランプ大統領が発表した「北朝鮮に対して過去最大の新たな制裁」では、ムニューシン財務長官が、27の事業体と28隻の船舶のほか個人1名を新たに制裁対象として追加したと発表した。そしてロイター通信によれば、複数の政府高官の話として、米国がアジア太平洋水域に自国の沿岸警備隊を派遣して、公海(排他的経済水域を含む)上で、北朝鮮制裁違反の疑いのある船舶を停船させて検査する(stop and search vessels)準備を進めており、海上での武力衝突を避けることを目的とした交戦規定も策定しているとも報道された。[1] この記者会見において、ムニューシン財務長官は「米国は検査のための乗船を排除しない」という回答をしており、対象となる船舶への強制的な乗船が強く示唆されている。[2]

  沿岸海域における法執行活動を主な任務とする米国の沿岸警備隊が、平時の任務として遠洋海域に派遣されるのは異例であるが、過去に、国連の禁輸執行として行われ強制的な乗船検査においてペルシャ湾に沿岸警備隊の隊員が派遣されたことがある。

  1990年8月25日、国連安保理は、経済制裁を課したイラクに対して禁輸品を輸送する船舶を、海上で阻止するための禁輸執行活動に参加する加盟国海軍に、強制的な乗船検査や行先変更の権限を授権する安保理決議665号を採択した。この決議に基いた禁輸執行活動に米海軍が参加した際に、平時の乗船検査のノウハウを持たない海軍将兵のために、沿岸警備隊の隊員が海軍の艦船に乗船して指導に当たったのである。

  先のロイター通信の記事では、今回の沿岸警備隊の派遣について、米国の政府関係者の中には、火力が低く、技術的な法執行に従事する沿岸警備隊のカッターの方が、軍艦よりもリスクを最小限に抑えられると考えていると報道されていえる。おそらく、これまでに確認されている制裁逃れの密輸を行う多くの船舶が国籍を偽るために船体表示や国旗を偽装しており、こうした偽装の確認に必要な船舶書類の真贋の見極めなどが海軍では難しいとの判断があったことも想像できる。

  現在の事態に適用される対北朝鮮制裁を定めた国連安保理決議第1718号等においても、公海上でも違反の疑いがある船舶に対して検査することを加盟国に要請している。しかし、その内容は、あくまでも「自国の権限及び国内法令に従い国際法に適合する範囲内」にとどまるものであり、対イラク制裁の禁輸執行決議のような強制的な乗船検査の権限を付与するものではない。

本と裁判

  国際法上、公海上の船舶は旗国主義[3]の原則により、海賊や奴隷取引への従事あるいは無国籍など国際法が定める特定の場合を除き、旗国の同意がない限り外国の干渉を受けることはない。したがって、現状で米国が旗国の同意のない外国船舶に対して強制的な乗船検査を行えば、たとえそれが制裁決議に違反する船舶であっても国際法違反となる。ただし、前述の米財務省のプレスリリースでは、北朝鮮船籍の船が船体の表示を改ざんし、パナマの国旗を掲げて国籍を偽装していたケースが紹介されており、この様な船舶は国際法上、無国籍船として乗船検査にとどまらず、拿捕することも可能である[4]。

 実際に、2002年12月、イエメン沖の公海上で国旗を掲げずに航行していた北朝鮮の貨物船ソ・サン号に対して、米国の要請を受けたスペイン艦船が、威嚇射撃の後、強制乗船して立入検査を行ったケースがある。検査の結果、積荷の中に大量破壊兵器を運搬可能な15基のスカッド・ミサイルが発見された。その後、処理を引き継いだ米国は、ソ・サン号は国旗を掲揚していなかったので、無国籍船として臨検する権限はあるが、積載されていたミサイルは、北朝鮮との適法な契約に基づき購入者であるイエメン政府に運ばれていたものであることが確認されたため、押収する権限はないとして航行の続行を容認した。

  実は、米国にとって、安保理決議のような国際法上の根拠がない強制的な乗船検査の試みはイエメン沖のケースが初めてではない。1993年3月、北朝鮮は核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言し、5月には弾道ミサイル・ノドンの発射実験を行い、翌年4月には国際原子力機関(IAEA)からの脱退を宣言した。この事態に対し、当時のクリントン政権は、経済制裁の強化とともに、独自に安保理決議も旗国の同意もない強制的な乗船検査の実施を決断していた。しかし、その後のカーター元大統領の訪朝によって事態が収束したため実行には至らなかった。[5]

  このときのクリントン政権は、強制的な乗船検査にとどまらず、北朝鮮に対する限定的な軍事攻撃まで決断していた。[6] その後も米国は、9.11同時多発テロ後の2002年9月の「国家安全保障戦略」において、米国の政策として、核兵器を追い求める「ならず者国家」に対処する手段として、米国が先制的(preemptive)および予防的(preventive)攻撃に訴える必要性を明確に宣言している。[7]

  クリントン政権における北朝鮮攻撃時の被害想定の教訓が現政権でどの程度共有されているかは不明であるが、ここで注目すべきは、強制的な乗船検査である。もともと、強制的な乗船検査は国連安保理の決議によって「禁輸執行活動」として実行されてきた。その背景にあったのは、経済制裁で事態が改善されない場合には国連軍の軍事力による強制措置しか規定していない国連憲章の規定にある。この禁輸執行活動は軍事行動の前のワンクッションとして創設されたといえる。そうだとすると、米国が、今回、国際法上の根拠は別にして、先制攻撃の前の段階として強制的な乗船検査というオプションを選択するということが想定される。

日本ができることと、できないこと

海上自衛隊の哨戒機
出典:防衛省ホームページ http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/aircraft/shokai/

 日本は現在、海上自衛隊の哨戒機による監視の強化によって、これまでに4回、洋上での船舶間の密輸(瀬取り)の現場を確認し、国連制裁委員会に報告するとともに、米韓等の関係国にも情報を提供している。仮に、米国が強制的な乗船検査というオプションを選択した場合、日本はどのような形で米国の作戦に協力するのだろうか。

  現在の日本の法律では、戦時の海上自衛隊を除き、平時に外国船舶に強制的な乗船検査ができるのは、海上保安庁が法執行として行うほか、海上警備行動を命ぜられた海上自衛隊が海上保安庁の権限に準じて行う場合に限られる。

 安保理の制裁に対応するための国内法対応としては、先述の1993-94年の北朝鮮危機の教訓を踏まえて改定された「1997年日米防衛協力指針」の実効性確保のために、2000年に「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」が定められた。この法律に基づき、海上自衛隊が安保理決議の禁輸品の確認にための停船及び乗船検査を実施することとされた。この法律は、2015年の法改正で「重要影響事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」に改められたが、実質的な海上自衛隊の活動内容に変更はない。

 しかし、そこで行われる停船及び乗船検査等はすべて対象の船長等の承諾を得たうえでのみ可能であり、強制的な措置は認められていない。しかも、海上自衛隊による安保理決議等に基づく乗船検査等の実施は、政府が「重要影響事態」か「国際平和共同対処事態」を認定した場合に限られ、平素から実施できるものではない。そもそも、安保理決議に基づく制裁違反は、日本の領域内にある場合は別として、それ自体だけでは日本の法執行の対象とはならない。

 したがって、海上保安庁も当該検査等を行うためには法律上の根拠が必要となる。このため政府は、2010年に「国際連合安全保障理事会決議第1874号等を踏まえ、我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法」を成立させた。しかし、ここでも海上保安庁の活動は、旗国の同意を前提としている。もっとも、本法では旗国の同意があるにも関わらず船長が乗船検査等を承諾しない場合には回航命令を発し、これに従わない場合には罰則を設けて強制力を持たせている点で、自衛隊の検査活動よりも実効性が高められている。

 乗船検査活動を発動した場合には、米国が日本に対して、自衛隊の参加を要請してくることが十分に考えられる。仮にそうなれば、自衛隊も国内法の範囲で船舶検査活動や米艦船への後方支援活動を行うこととなるが、こうした自衛隊の活動は、重要影響事態か国際平和共同対処事態に際してのみ認められており、いずれも国会の承認を要する。

 さらには、これにとどまらず、この様なケースにおける米国沿岸警備隊は、自衛隊の行う「米軍等の武器等の防護」の対象にもなる。こうして見ていくと、今後の米国の動向によっては、日本が実際に行動しなくてはならない事態が想定されるため、法的にも、どのようなケースで、何ができ、何ができないのかの「頭の体操」をしておく必要がある。

脚注

  1. 1 U.S. DEPARTMENT OF THE TREASURY PRESS RELEASES.“Treasury Announces Largest North Korean Sanctions Package Targeting 56 Shipping and Trading Companies and Vessels to Further Isolate Rogue Regime”, 2018/2/23.
  2. 2 Reuters: U.S. prepares high-seas crackdown on North Korea sanctions evaders, 2018/2/24.
  3. 3 船舶は国家に登録することによって国籍を取得し、国籍を与えた国(旗国)に所属することとなる。船舶の国籍は一国のみに限られ、それを示す国旗を掲げて航行することが認められる。この結果、船舶は旗国のみの管轄に服し、また保護を受け、何れの国の管轄権も及ばない公海上などにおいては、一定の例外を除き旗国以外の国から臨検などの干渉を受けることはない。このような原則を「旗国主義」と呼び、現在の国連海洋法条約にも、このことが規定されている。
  4. 4 U.S. DEPARTMENT OF THE TREASURY PRESS RELEASES. 2018/2/23.
  5. 5 御厨貴、渡邊昭夫『首相官邸の決断 内閣官房長官石原信夫の2600日』(中央公論新社、2,002年)、162-168頁。
  6. 6当時の熊谷弘官房長官は「半年後に分かったことだが、そのころホワイトハウスで『空爆した場合、北朝鮮軍の反撃で60万人の死傷者が出る』という想定が米軍トップからクリントン大統領に伝えられ、大統領が空爆を断念したということだった。米側は対話路線に転換し、カーター元大統領の訪朝準備に入っていたようだ」と述べている。「94年朝鮮半島危機 集団的自衛権の行使を覚悟 元官房長官・熊谷弘氏」、『日本経済新聞』2012年4月12日。
  7. 7“The National Security Strategy of the United States of America”, U.S. the White House, Washington, September 2002.