はじめに

 北アフリカの政治・治安情勢は、エネルギー、移民・難民問題、イスラエル・パレスチナ情勢、ロシアの地政学的伸長など様々な側面において、国際政治・安全保障と連動している。2024年6月に開催されたG7イタリア・サミットには、テブーン・アルジェリア大統領、サイード・チュニジア大統領、ガズアーニ・モーリタニア大統領(AU議長国として)が招待され、2日間のセッションでは北アフリカに関係する多くの議論が行われた[1]。

 本稿では、北アフリカ諸国の政治・治安情勢およびイスラエル・パレスチナ情勢への対応について分析し、各国の政治情勢や紛争が、国際政治と深く連動している様子を指摘する[2]。

エジプト・アルジェリア・チュニジア:現職大統領の圧勝と政府の権限強化

 2023〜2024年は世界的な「選挙イヤー」となるが、北アフリカも例外ではない。2023年12月にはエジプトで大統領選が実施され(2024年春の予定から前倒し[3])、現職のシーシー大統領が3選を果たした。同大統領の任期は2030年までとなり、2014年の就任から16年間にわたる長期政権となる。エジプトでは、軍を中心に、司法、宗教機関、治安機関、官僚機構、政党・政治家、企業・実業家、メディア・有識者などからなる支配構造が確立されており、シーシー政権の安定性は当面揺るがないだろう[4]。

 アルジェリアでは、2024年9月7日に大統領選挙が行われ、現職のテブーン大統領が84.3%の得票で2期目の再選を果たした(任期5年)。同国では、2019年4月にブーテフリカ大統領が抗議運動の激化を受けて辞任し、20年の長期政権が崩壊した。その後に発足したテブーン大統領の政権運営は比較的安定的していたと評価されるが、この要因として、軍部が政治権力の中心を掌握して支配体制が揺らがなかったこと、コロナ禍での外出規制も利用して民主化勢力や抗議活動を押さえ込んだことが指摘される。また、ウクライナ戦争以降の石油・天然ガス価格上昇の恩恵を受けて、雇用創出や公共サービスの拡充が可能となり、国民の政権に対する支持が増大した[5]。

 10月6日に行われたチュニジアの大統領選挙では、サイード大統領が90%以上の得票率で再選された(任期5年)。ただし、投票率は28.8%(2019年第1回投票は約49%)と異例の低さであり、国民の強い政治不信が表れていた。同国では、2019年に就任したサイード大統領の下で政府の権限が強化され、「『アラブの春』の唯一の成功例」と言われた民主化移行からの逆行が進んでいる。2021年7月、同大統領は突如首相を解任し、議会を停止、全議員の免責特権を剥奪した。その後、2022年7月に国民投票を通じて憲法を修正し、大統領の権限を大幅に強化した。また、最大政党であるイスラーム主義系「ナフダ」の弱体化を進め、2023年4月にはガンヌーシー党首(前国会議長)を逮捕、党本部を閉鎖した。

 一方で、資源国ではないチュニジアの経済・財政状況は深刻で、国民生活は悪化している。国際通貨基金(IMF)からの19億ドル規模の融資交渉や、2023年7月に調印されたEUからの約10億ユーロの支援も進んでいない。サイード大統領がこれらの支援の前提条件である政治・経済改革への要求を、内政干渉として拒絶しているためである。チュニジアの経済不況は構造的なものであり、短期的な解決策はなく、国民の経済的な不満が政治の不安定化を招くリスクは高まっている。

リビアとスーダン:出口の見えない紛争と諸外国の介入

 リビアでは、2021年12月に予定されていた大統領・議会選挙が延期され、政治プロセスの停滞と対立の激化が危惧されている。選挙が実現しなかった要因としては、①暫定政府、議会、政府機関が既得権益維持のために選挙プロセスを阻害した、②政府、議会、司法など重要な国家機関の正統性が不透明であり、重要な政治・司法決定が阻害された、③大統領選の候補者要件に関する政治的合意が得られなかった、④軍事組織や民兵による選挙暴力、政治・司法決定への介入がなされた、といった点を指摘できる[6]。

 ドベイバ首相率いる暫定国民統一政府(GNU)は、設立時に定められた任期が切れているものの、石油収入のばら撒きによってリビア西部の市民や民兵組織の支持を取り付け、政権維持を図っている。一方で、2022年3月には代表議会(HOR)が新内閣「国民安定政府(GNS)」を承認、かつての「1つの国に2つの政府、2人の首相」という状態が繰り返されることとなった。

 本稿執筆時点(2024年10月)ではドベイバ首相を支持する民兵組織がトリポリを中心にチュニジア国境から西部沿岸地域の大部分を押さえており、対してハフタル司令官率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA)」がGNSと連携して東部・南部を実効支配している。西部地域においても、一部の地方都市にはGNUに対抗する強力な民兵勢力が拠点を置いており、「東西対立」とは異なる、より複合的な対立構造が形成されている。

 2023年4月15日に勃発したスーダンの内戦は、停戦や沈静化の兆しが見えないまま1年半が経過した[7]。首都ハルツーム近郊や西部のダルフールなどでは国軍と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」による戦闘が継続しており、既に約1万5,000人以上が死亡した。また国連によると、少なくとも1,320万人が住む場所を追われ、このうち230万人以上がエジプトやチャド、南スーダンなどの周辺国に避難している。長引く戦闘によって教育や医療など社会基盤が崩壊しており、国連は人口の半分以上にあたる約2,700万人が支援を必要としていると述べるなど、人道危機は深刻化している[8]。国連のほかアフリカ連合(AU)やサウジアラビア、米国などが停戦や和平交渉を働きかけているが、道筋は立っていない。

図:リビア・トリポリの街並み

図:リビア・トリポリの街並み
出典:筆者撮影

 リビアとスーダンの紛争に共通するのは、諸外国の政治的・軍事的な介入である。リビアは2011年のカダフィ政権の崩壊直後から、中東諸国による地政学的競争の「アリーナ」となってきたが、近年はトルコやロシアの進出が目立っている。また、石油や天然ガスをめぐる欧州諸国の競争も続いてきた[9]。ロシア軍および民間軍事会社ワグネルは、リビア国内の複数の基地をハブとして利用し、アフリカ諸国に展開してきた。地中海を挟んで欧州の対岸にあるリビアがロシアのアフリカ進出の拠点となっていることを、西側諸国は強く懸念している[10]。

 スーダン内戦においては、エジプトやイランが国軍を支持する一方で、UAEやロシアはRSFを支援しており、域内諸国の分断が深まっている。ワグネルがスーダン内戦においてRSFを支援し、また同国の金鉱山開発によって利益を得ていたことから、ウクライナ軍は2023年後半からスーダンに特殊部隊を派遣し、ロシア人部隊に対する軍事作戦を実施したと報じられる[11]。ウクライナはスーダンのみならずマリなどアフリカ諸国において、ロシア/ワグネルへのカウンターとして現地の勢力(場合によっては過激派組織)を支援してきたと報じられており、ウクライナ戦争とアフリカの紛争の連動性が強まっている。

 紅海に面するスーダンは地政学的な重要性も高く、以前からロシアは主要な港湾都市ポート・スーダンへの進出を狙ってきた。2024年5月、スーダン国軍はロシアからの武器弾薬供給の見返りとして、紅海沿岸の都市ポート・スーダン近くにロシアの「後方支援基地」を設置することで合意したと発表した。加えて、農業、鉱業提携、港湾開発などの経済的側面を含む協力の拡大に合意したという[12]。これらの合意は、同年4月下旬、ボグダノフ露外務副大臣がスーダンを訪問し、ブルハーン国軍司令官と会談した際に調整されたものと見られる[13]。これまでワグネルを通じてRSFを支援してきたロシアのスーダン内戦における立場が変化すれば、同内戦の構図や展開も大きく影響を受けるものと注目される。

イスラエル・パレスチナ情勢との連動

 2023年10月7日に行われたパレスチナの武装組織ハマースなどによるイスラエル攻撃と、それを発端としたイスラエル軍によるガザ地区への大規模侵攻は、北アフリカ諸国にも大きな影響を与えている。

 特にガザ地区と国境を接するエジプトは、アラブ連盟本部を抱え、1979年3月の平和条約調印以降イスラエルとも連携する重要な紛争当事国である。ガザ情勢を契機として、冷え込んでいたトルコとの関係改善も進んだ。2024年2月にはエルドアン・トルコ大統領が12年ぶりにカイロを訪問、また同年9月にはシーシー大統領が就任以降初めてアンカラを訪問したが、最も主要な議題の1つがガザ戦争であった。

 シーシー政権にとって、ガザ戦争は政治的に極めて重要な問題ではあるが、現時点では体制を脅かす直接的な脅威とは位置付けられていない。エジプトはパレスチナの権利擁護を掲げつつも、ガザ地区とその不安定化は「封じ込めるべきもの」と捉え、パレスチナ難民の流入は「レッドライン」だと明言している。ただし、経済面での悪影響は既に顕在化している。安定的な外貨収入源であったスエズ運河は、紅海でのフーシー派による船舶攻撃によって、航行船舶量と航行料収益の減少に直面している。2024年2月、シーシー大統領は、年間約100億ドルと推定されるスエズ運河の収入が約40~50%減少したと述べた。もう1つの柱である観光業も、2023年には史上最高となる1,490万人のインバウンド観光客があったが、地域情勢の不安定化で先行きが不透明化した[14]。

 アルジェリアは親パレスチナの立場を堅持しており、最近の中東諸国によるイスラエル接近にも同調してこなかった[15]。10月7日以降はガザ地区向けの人道支援物資をいち早く提供したほか、パレスチナ自治政府やハマースの幹部が頻繁にアルジェを訪問している。2024年からは国連安保理の非常任理事国として、国際場裡におけるパレスチナ支持を積極的に打ち出している。

 同時に、テブーン大統領がパレスチナと西サハラを「民族自決」の問題として結び付けて論じるなど、パレスチナへの支持を通じて、関係が冷え込むモロッコへ圧力をかけようとする姿勢も見られる。モロッコの南方に位置する西サハラについて、アルジェリアが独立を支持する一方でモロッコは領有権を主張しており、長年対立してきた。西サハラ問題およびモロッコとイスラエルの国交正常化合意(後述)を要因として、2021年8月にアルジェリア政府はモロッコとの外交関係断絶を決定し、同年11月にはモロッコ向けの天然ガス供給も停止した。

 モロッコは、米国の仲介によるアラブ諸国とイスラエルとの一連の国交正常化合意、通称「アブラハム合意」[16]の一環で、2020年12月にイスラエルと国交を正常化した(ただし代表部の設置のみで、大使館の相互開設は未合意)。これを受けて、米国(当時トランプ政権)が係争地西サハラに対するモロッコの主権を認めたことは、モロッコにとって戦略的な勝利であった。モロッコ政府としては国内の反イスラエル感情の高まりを考慮し、パレスチナ支持を掲げつつも、イスラエルとの関係を維持する方針だと見られる。

 北アフリカ諸国の政府としては国民の親パレスチナ・反イスラエル感情に配慮する必要がある一方で、過激な対応によって欧米との関係を悪化させることも避けたく、微妙な舵取りを迫られている。

おわりに

 本稿では、北アフリカ諸国の政治情勢や紛争が、国際政治と連動しながら大きく動いている様子を分析した。前述の通り、エジプト、アルジェリア、チュニジアでは現職大統領が勝利し、政治権力を掌握する一方で、経済不況やイスラエル・パレスチナ情勢に悩まされている。リビアでは政治対立が、スーダンでは内戦が継続しており、早期に安定が訪れる気配はない。アルジェリアとモロッコの西サハラ問題をめぐる政治的緊張も継続している。

 北アフリカ諸国には豊富なエネルギー資源が埋蔵されており、ヨーロッパ市場に近接していることから、エネルギー地政学の観点からも重要である。リビアは世界9位、アフリカ大陸首位の石油埋蔵量(484億バレル)、アルジェリアは世界10位の天然ガス埋蔵量(4,500bcm)、世界15位の石油埋蔵量(122億バレル)を誇る。エジプトでも地中海沖で大規模ガス田が発見され、東地中海における天然ガス開発が注目されている[17]。2022年2月のウクライナ戦争勃発以降、EUはロシア産化石燃料からの脱却を目指し、北アフリカ産のエネルギー資源への注目を高めている。エジプトやモロッコでは再生可能エネルギーの大規模開発も進み、水素生産も有望視されている。一方で、各国は今後の開発拡大に向けて、内需の拡大や不透明な政治・治安情勢といった課題も抱えている[18]。

 本稿で取り上げた問題以外にも、テロリズムや移民・難民問題、ロシアの伸長など、北アフリカ情勢が国際社会に与える影響は大きい。NATOが最近南方(つまり地中海の先にある北アフリカ・サヘル地域)への関与を強化させていることは、その証左であろう 。換言すれば、北アフリカの政治的安定や経済開発は、中東・アフリカ地域の更なる不安定化を防ぐ防波堤になり得る。2025年8月の第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が近づく中、日本としての対北アフリカ関与の意義は高まっている。

(2024/10/30)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The Political and Security Situation in North Africa after the “Election Years” ― Its Links to the Israel-Palestine Situation and International Politics

脚注

  1. 1 外務省「G7プーリア・サミット(概要)」2024年6月17日。
  2. 2 本件に関するより詳細な分析は、拙稿「北アフリカの政治・エネルギー情勢~期待・課題・国際政治との連動~」『中東動向分析』第23巻第4号、1-16頁、2024年7月を参照されたい。
  3. 3 エジプト大統領選は当初、任期満了となる2024年春に実施される見込みであった。しかし、2023年10月からのガザ・イスラエル紛争の激化に加え、物価高や外貨不足など経済状況の悪化による国民の不満の高まりや政治的混乱のリスクを懸念したシーシー政権が、選挙の前倒しを決定したと指摘される。また、野党などに選挙活動のための時間的猶予を与えないという思惑もあったとみられる。Yolande Knell, “Egypt's early presidential election campaign off to eventful start,” BBC, October 5, 2023.
  4. 4 横⽥貴之「エジプト:2 つの「⾰命」がもたらした虚像の再考」⻘⼭弘之編『「アラブの⼼臓」に何が起きているのか』岩波書店、2014年、23-27⾴。
  5. 5 Dalia Ghanem, What Algeria’s Upcoming Elections Mean for the Next Five Years, Middle East Council on Global Affairs, September 4, 2024.
  6. 6 拙稿「大統領・議会選挙延期後のリビア情勢――「リビア・トラップ」からの脱却に向けた課題」『中東研究』546号、90-101頁、2023年1月。
  7. 7 坂根宏治「過去40年で最も深刻な人道危機に直面するスーダン――停戦と支援再開への道はあるのか?」国際情報ネットワーク分析IINA、2024年8月5日。
  8. 8 Zeynep Conkar, “Sudan war has killed at least 20,000 people: UN”, TRT World, September 2024.
  9. 9 拙稿「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」国際情報ネットワーク分析IINA、2020年8月13日拙稿「緊張高まるリビア紛争Ⅱ-欧米の分裂が妨げる安定化」国際情報ネットワーク分析IINA、2020年11月30日。
  10. 10 拙稿「露ワグネルのアフリカにおける動向−『プリゴジンの反乱』はどのような変化をもたらすか−」国際情報ネットワーク分析IINA、2023年7月27日。
  11. 11 Kateryna Zakharchenko, and Alisa Orlova, “EXCLUSIVE: Ukrainian Special Forces Interrogate Wagner Mercenaries in Sudan,” Kyiv Post, February 5, 2024.
  12. 12 “Sudan to solidify military and economic ties with Russia, including Red Sea base,” Sudan Tribune, May 25, 2024.
  13. 13 “Russian envoy meets Sudan's army commander in show of support,” Reuters, April 30, 2024.
  14. 14 他方で2024年上半期の観光客数は史上最高の706.9万人、観光収入は66億ドル(前年同期比3億ドル増)を記録した。 “Egypt's tourism revenue hits 6.6 bln USD in H1: ministry,” Xinhua, July 2, 2024.
  15. 15 1988年 11月、パレスチナ民族評議会 (PNC) でアラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長により「パレスチナ独立国家」の独立宣言が読み上げられたのは、アルジェリアの首都アルジェであった。
  16. 16 2020年8月以降、米トランプ政権の仲介によってUAE、バーレーン、スーダン、モロッコといったアラブ諸国が相次いでイスラエルとの国交正常化に合意した。この「アブラハム合意」以降、UAEが2023年4月にイスラエルとの包括的経済パートナーシップに合意するなど、アラブ諸国とイスラエルの経済・技術協力が拡大した。
  17. 17 拙稿「東地中海のエネルギー開発と地政学的競争(1)エジプトとイスラエルの接近、トルコと周辺国の対立」国際情報ネットワーク分析IINA、2021年3月8日。
  18. 18 拙稿「北アフリカの政治・エネルギー情勢~期待・課題・国際政治との連動~」。
  19. 19 長嶋純「NATO首脳会合の3つの成果と今後――価値共同体NATOの挑戦と日本のグローバル・アプローチの進化への課題」国際情報ネットワーク分析IINA、2024年8月13日。