はじめに

 2000年代後半からイスラエル、キプロス、エジプトで大規模ガス田が立て続けに発見され、東地中海は天然ガス開発の新たな「ホットスポット」だと期待されるようになった。欧州市場に隣接する地域であることから、パイプラインやLNG(液化天然ガス)による域外輸出の可能性も広がり、外資企業も続々と参入した。一方で、東地中海では地政学的競争とエネルギー開発競争が連鎖し、中東・北アフリカ・欧州諸国間での多様な協力・対立が展開されている。特に、トルコと域内諸国の対立が、リビア紛争、シリア内戦、NATO加盟国間の対立、中東湾岸諸国の軍事的関与など、地政学的な緊張を高めている。

 東地中海において交錯するエネルギー開発と地政学的競争の背景と各国の思惑を理解し、今後の展開を見通すために、本稿ではまず東地中海における天然ガス開発の進展について整理したうえで、トルコの進出によって激化する地政学的競争の構図について整理する。

東地中海における天然ガス開発と進む域内協力

 2010年、米地質調査所(U.S. Geological Survey)はトルコ、キプロス、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトを含む東地中海地域に、3兆4500億m³の天然ガスと170億バレルの原油が埋蔵されていると推定した[1]。世界的にみると、天然ガスは埋蔵量13位のイラク(3兆5000億m³)と同規模、原油は埋蔵量14位のカタール(257億バレル)に次ぐ規模となる(2018年BP統計)。

 2000年代後半にはイスラエルとキプロスで、2015年にはエジプトで大規模なガス田が発見され、東地中海における天然ガス開発への期待が高まった(表1参照)。この背景には、①2014年前半までは原油・天然ガス価格が高水準であり、新たなガス田の調査・開発が促進されたこと、②2010年代の欧露関係の悪化(特に2014年2‐3月のウクライナ騒乱とクリミア併合)を受けて、ロシアに天然ガスを依存してきた欧州において供給源の多様化が重要課題となったこと、③2014年6月に発足したエジプトのシーシー政権とイスラエルが接近し、域内諸国のエネルギー協力の機運が高まったこと――が指摘できる。

 イスラエルでは1996年に初の商業規模での天然ガス田が発見され、その後も大規模ガス田の確認が進んだことで、主要なエネルギー源として天然ガスへの注目が高まった。2010年に発見されたタマル(Tamar)ガス田は2013年から生産を開始し、これによってイスラエルは天然ガス自給がほぼ達成され、2019年からは推定埋蔵量 6200億m³とされるリヴァイアサン(Leviathan)ガス田での生産も開始されている。

 キプロスは現時点で生産が開始されたガス田は持たないものの、欧米のメジャー企業が参入して精力的に探鉱を行っており、南方のアフロディーテ(Aphrodite)ガス田で2025年内の生産開始を目指している。国内の需要が少なく、輸出の余力があることが強みだが、他方で石油・天然ガスの生産に必要なインフラが確保されていない点が今後の課題である。また、後述する北キプロス問題が安定的な開発を阻むリスクとなる[2]。

エジプトが主導する東地中海の天然ガス開発

 エジプトは東地中海における天然ガス開発の活発化において重要な役割を果たしている。2015年8月、イタリアのエネルギー企業Eniはエジプト沖で、地中海最大規模となるゾフル(Zohr)ガス田を発見したと発表した。埋蔵量は8500億m³と推定されている[3]。また、気体の天然ガスを大量に遠隔地に輸出するには、マイナス162度という超低温に冷却して体積を600分の1に圧縮し、液化天然ガス(LNG)にしてタンカーで輸送する必要があるが、同国にはダミエッタ(Damietta、別名SEGAS LNG)とイドク(Idku、別名ELNG)という2つのガス液化プラントがある。これらは東地中海において最大規模の液化設備(合計1220万トン/年の液化能力)であり、エジプトはこの液化能力をテコにして域内の天然ガス開発・輸出のハブ化を目指してきた。

 エジプトでは1980年代から天然ガス開発が行われていたが、「アラブの春」後の混乱や国内需要の高まりにより、2014年にはガス輸入国に転落した。しかし、同年6月に発足したシーシー政権は、エネルギー供給の安定と外貨獲得を目的として、国内の油田・ガス田開発に積極的に取り組んだ。2017年からのゾフル・ガス田の生産開始、外資石油企業による投資や開発の活発化により、2018年には天然ガス自給が再び達成された。2018年9月、エジプト石油省は国内の天然ガス生産量が日量1.9億m³(m³/d)に達し、自給が可能になったためLNG輸入を停止すると発表した。

 2019年1月にはヨルダン向けの天然ガス輸出が再開された。年間契約で480万m³/dの輸出と報じられるが、これはヨルダン国内の発電需要の50%に相当する。他方で、現在のガス輸出余力は5年間程度とみられており、人口増にともなって国内需要が高まる見通しであることから、ガス自給の持続化が当面の課題となる。今後ゾフルと同規模の新規ガス田が見つかれば、天然ガス輸出国としての潜在力はさらに高まると考えられる。

図1:東地中海における天然ガス田

図1:東地中海における天然ガス田

表1:国別のガス田の埋蔵量と開発状況

表1:国別のガス田の埋蔵量と開発状況

出所:Economist 、表は各種報道を元に筆者作成

 また、シーシー政権はイスラエルとのテロ対策や経済面での協力を進め、両国関係を改善させた。これにより、再び天然ガス供給や開発協力の機運が高まり、2018年2月にイスラエルからエジプトへの10年間のガス輸出が合意され[5]、2020年1月に輸出が開始された。エジプトに送られた天然ガスの半分は国内市場に供給されるが、残りは液化され、周辺国にLNGとして再輸出される計画である[6]。また2019年7月、イスラエルとエジプトはアジア市場へのLNG輸出を狙って、シナイ半島の紅海側に150億ドルを投じてLNGプラントの共同建設を検討していると公表した。

 2019年1月、イスラエル、イタリア、エジプト、キプロス、ギリシャ、ヨルダン、パレスチナの7カ国・地域の関係閣僚がカイロで会談し、「東地中海ガス・フォーラム(Eastern Mediterranean Gas Forum)」の設立を宣言した。同フォーラムは2020年1月、地域機関へと昇格、本部をカイロに設置することで合意した。また、EU、米国、UAEが常任オブザーバーとなったほか、フランスが2021年内にメンバー国として参加する予定だという。このように、エジプトをハブとした東地中海諸国の天然ガス開発協力への動きが高まっている。

表2:東地中海の既発見ガス田の合計生産量と域内需要予測

表2:東地中海の既発見ガス田の合計生産量と域内需要予測

出所:Wood Mackenzie[7]

 2020年1月2日、イスラエル、キプロス、ギリシャは東地中海ガス・パイプライン(EastMed)を2025年までに完成させることで合意した。2,000kmにおよぶ同パイプラインは、イスラエル・キプロス沖のガス田から、キプロス、ギリシャのクレタ島と本土を通過し、イタリアに至る構想である(図2参照)。この構想自体は2017年から議論されていたが、2019年11月にトルコがリビアと結んだ東地中海を分断する形の海洋境界設定に関する覚書(後述)に対抗する意図から、具体化が進められたとみられる。

図2:EastMedパイプラインの構想

図2:EastMedパイプラインの構想

出所:Aljazeera[8]

トルコの進出によって激化する地政学的競争

 一方で、東地中海では地政学的競争と天然ガス開発競争が連鎖し、中東・北アフリカ・欧州諸国間での多様な協力・対立が展開されてきた。同地域における地政学的な緊張を一気に高めた台風の目は、トルコである。1950年代以降のキプロス紛争だけでなく、2010年代に入って勃発したリビア紛争、シリア内戦、近年の欧州・中東諸国との対立など、様々な局面で緊張が高まっている。域内諸国による天然ガス開発協力が進んでいるのは事実だが、一方でトルコを排除した形で――さらにいえばトルコに圧力をかける形で進んでいることに注意が必要である。前述の「東地中海ガス・フォーラム」にも、トルコは参加していない。

 また、東地中海ではトルコとギリシャやキプロス、イスラエルとエジプト、レバノンなど域内諸国間の排他的経済水域(EEZ)の多くが未確定であり、係争中の海域も多い。加えて、近年合意されたトルコとリビアのEEZ(2019年11月)、エジプトとギリシャのEEZ(2020年8月)は他国の権益を毀損する形で設定されており、緊張を高める要因となっている。

 2019年11月、エルドアン大統領はリビア国民合意政府(GNA)のサッラージュ首相と、①両国間の安全保障協力、特にトルコからリビアへの軍事支援に関する覚書と、②東地中海における両国間の海洋境界設定に関する覚書に署名した(図3参照)。この覚書では、両国のEEZが接する18.6海里(35キロメートル)のラインが海洋境界として設定された。トルコはこの2つの合意をテコにして、GNAへの軍事介入を強化するとともに、トルコを排除して進められてきた東地中海の天然ガス開発に大きなくさびを打ち込むことに成功した[9]。

図3:トルコとリビアGNAが合意した海洋境界設定

図3:トルコとリビアGNAが合意した海洋境界設定

出所:Anadolu Agency[10]

 リビアでは、2019年4月から軍事組織「リビア国民軍(LNA)」が首都トリポリを侵攻しており、窮地に陥ったGNAは外部の支援を求めていた。この点で、東地中海の天然ガス開発において孤立し、協力相手を求めていたトルコと利害が一致したといえる[11]。しかし、両国の合意はギリシャ、キプロス、エジプトなどトルコと対立する周辺国からすれば一方的な境界設定であり、各国は国際海洋法に違反していると反発した。

 2020年6月、トルコ軍は「長距離作戦を行うための指揮・実行能力を開発する」ことを目的として、リビア近海で演習を行なったと発表した[12]。同時期に、トルコがリビア国内に2ヶ所の軍事基地(ドローン基地および海軍基地)を設立する計画が報じられている。トルコ現地紙によれば、「東地中海におけるギリシャの挑発と海軍力の戦略的重要性を踏まえ、同地域におけるトルコ海軍のプレゼンス維持の重要性が確認された」という[13]。

 東地中海においてトルコと対立するエジプトやUAE、フランスは、リビア紛争ではLNAを支援してきた。つまり、リビアでGNAが優勢となってトルコの立場が強化されることは、リビアにおける「代理戦争」のみならず、東地中海における競争の優劣の変化にもつながる。このように考えれば、トルコの対リビア軍事介入と東地中海諸国との対立は密接に連関しているといえよう。

 現在、リビアでは2021年12月の大統領・議会選挙を目指した政治プロセスが進められ、2月には新たな暫定政府の首脳陣も選出された。だが、トルコが東地中海における天然ガス開発競争を有利に進めるためにGNAと結んだ合意を必要とする限り、同国はリビアへの政治的・軍事的介入を続けるだろう。

表3:トルコと東地中海諸国の対立構図

表3:トルコと東地中海諸国の対立構図

※天然ガス採掘をめぐってトルコと対立する国
出所:各種報道をもとに筆者作成

 だが、トルコの強引な対外政策に対して、周辺国は強く反発している。2019年10月、カイロでエジプト、ギリシャ、キプロスの首脳会談が行われ、11月上旬には地中海においてこれら3カ国の合同海軍演習が実施された。また、2019年7月と11月、欧州議会はトルコのキプロス近海での「違法採掘」に対する制裁を決定した。2020年5月には、EU諸国外相の連名でトルコの東地中海における行動(キプロス領海内でのガス掘削)を懸念する共同声明が発出された[14]。

 2020年8月には地域の緊張を高める出来事が立て続けに発生した。同月6日、エジプトとギリシャは両国のEEZを確定する合意文書に署名し、トルコ・リビアEEZ合意に対抗する動きをみせた[15]。12日には東地中海沖でトルコの天然ガス採掘船を護衛していたトルコ軍艦にギリシャ軍艦が接近、衝突寸前になる事件が発生した[16]。また24日頃にUAEはF16戦闘機をギリシャに派遣して地中海沖での軍事演習に参加した[17]ほか、27日にはギリシャ軍機をトルコ軍機が追尾するという事件が起きている。

おわりに

 以上の通り、東地中海における天然ガス開発は地政学的競争と深く連動しており、トルコの拡張主義的な対外政策とそれに対する周辺国の反発によって緊張が高まっている。同地域には、トルコ、ギリシャ、キプロス、イスラエル、シリア、レバノン、ヨルダン、エジプト、リビア、北キプロス、パレスチナといった10カ国・地域に加えて、欧州、米国、中東湾岸諸国などもそれぞれの思惑にもとづいて関与しており、域内の協力・対立関係は複雑さを増している。

 東地中海では未探鉱の地域が多く残されており、大規模ガス田の発見が続いていることから、地質構造的にもさらなる石油・ガス田の発見が期待される。一方で、これまで述べてきた通り、域内諸国関係は複雑であり、政治的・地政学的動向がもたらすリスクを十分に踏まえる必要がある。次号以降では、各国の思惑や複雑な対立構造、国際社会に与える影響について論じていきたい。

※著者の肩書は掲載時のものです。

(2021/03/08)

脚注

  1. 1 U.S. Geological Survey, “Assessment of undiscovered oil and gas resources of the Levant Basin Province, Eastern Mediterranean,” March 12, 2010.
  2. 2 川田眞子「イスラエル・キプロス・エジプトを中心とする東地中海の天然ガス事情―Leviathanガス田生産開始-」JOGMEC、2020年4月20日。
  3. 3 “Eni discovers a supergiant gas field in the Egyptian offshore, the largest ever found in the Mediterranean Sea,” ENI Press Releases, p.1, August 30, 2015.
  4. 4 “Egypt is optimistic about new gas discoveries in the Mediterranean,” The Economist, July 5, 2018.
  5. 5 Amr Emam , “Eastern Med countries agree to move ahead with gas forum,” The Arab Weekly July 27, 2019.
  6. 6 Eytan Halon, “Israel starts exporting natural gas to Egypt,” The Jerusalem Post, January 16, 2020.
  7. 7 Simon Flowers, “Monetising the East Med’s giant gas finds,” Wood Mackenzie, July 10, 2020.
  8. 8 “Greece, Israel, Cyprus sign gas pipeline deal, angering Turkey,” Aljazeera, January 2, 2020.
  9. 9 小林周「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2020年8月13日。
  10. 10 Ali Murat Alhas, “Turkish-Libyan maritime pact a game changer in E.Med,” Anadolu Agency December 12, 2019.
  11. 11 なお、サッラージュGNA首相はトルコ側から海洋境界設定に応じるよう圧力をかけられていたとの報道もある。Samy Magdy, "Joining the Conflict in Libya, Turkey Sees Economic Gains," Associated Press (AP), June 30, 2020.
  12. 12 “Turkish military conducts air, sea drills off the coast of Libya,” TRT World, June 12, 2020.
  13. 13 Orhan Coskun, Tuvan Gumrukcu “Turkey eyes Libya bases for lasting military foothold: source,” Reuters, June 15, 2020; Ragip Soylu “Turkey tests military flights to Libya amid reports of establishing bases,” Middle East Eye, June 12, 2020.
  14. 14 “Statement of the EU Foreign Ministers on the situation in the Eastern Mediterranean,” Press release, European Council, Council of the EU, May 15, 2020.
  15. 15 Mahmoud Mourad , “Egypt and Greece sign agreement on exclusive economic zone,” Reuters, August 6, 2020.
  16. 16 Michele Kambas, Tuvan Gumrukcu, “Greek, Turkish warships in 'mini collision' Ankara calls provocative,” Reuters, August 14, 2020.
  17. 17 Anna Ahronheim , “UAE sends F-16 jets to Crete for joint drills with Greece,“ The Jerusalem Post August 24, 2020.